〜羽根が導く夢幻の駅で〜




 〜8月1日(火)〜

 私、春日木葉12歳。
 中学生になったばかりのぴかぴかの一年生。
 なんて、誰に向かって自己紹介なんかしてるんだろ私ってば。
 小説家なんて目指しているから何の脈絡もなく変なことを考えてしまう。
 まあ、こんなことも日記のネタにはなるよね。
 私の日記を見たらみんな驚くだろうな。
 自分の置かれている状況や感じている心理描写を頭の中で文章として思い浮かべては日記のネタにしてるせいで、
 日記というよりは小説みたいになってしまっているから。
 だけど、私の日記を読む人なんていない。
 もともと日記なんて人に見せるものじゃないんだけど、ほら、よくあるでしょう?
 家族の誰かがこっそり盗み見たり、遊びに来た友達が冗談半分に読もうとしたり。
 そんなマンガみたいなハプニングなんて実際には滅多に起こらないとは思うけど、
 私の場合はその可能性がほぼ完全にゼロだったりする。
 だって私、友達いないから。
 それにパパとママはいつも仕事で家に帰ってこないし、
 たまに帰ってきても私の部屋に寄り付くどころか、私との会話すらほとんどない。
 こんなありさまで、一体誰が私の日記を読むというのだろう。
 別に誰かに読んでほしいわけじゃない。だってやっぱり恥ずかしいから。
 ようするに、何が言いたいのかというと




 ぱたっ、と途中で日記を閉じる。

 長い間握り締めていた鉛筆を机の上にころころと転がし、ベッドに駆け寄ってばふっと勢いよく身を投げる。

 いくら誰も読まないからって、日記に書けるわけがない。

 寂しいよ、だなんて。

 どうして私には友達ができないんだろう。

 苛められてる訳じゃないし、無視されてるわけでもない。

 だけど、私には友達がいない。

 喋らないからかな。笑わないからかな。それとも他に何か理由があるのかな。

 やっぱり、ひとりは寂しいよ……。





 春日木葉12歳。

 ひとりで家に閉じこもってばかりいるのは寂しいので、私はこれから旅に出ます。

 これで『探さないでください』なんて付け加えたらまるで家出だよね。

 うん、やっぱり私はまだ少女だから、やっぱり旅っていうよりは家出って感じかも。

 でもでも、私は少しばかり背伸びしたいお年頃なのです。

 それに、どうせパパもママも帰ってこないし、たとえ帰ってきたとしても私がいないことに気付かないと思う。

 お金もたくさん持ってるし、1ヶ月くらいなら大丈夫だよね。

 思い立ったが吉日とばかりにリュックサックに着替えとか、お菓子とかを詰め込んでゆく。

 もちろん、行き先に連絡を入れておくのも忘れない。

 風の吹くまま気の向くまま、なんてまったく計画性のない旅なんて中学生になったばかりの私には無理だからね。

 連絡先は親戚のおばあちゃんの家。

 おじいちゃんもおばあちゃんも快く了解してくれた。両親の許可は取ってあるって嘘ついちゃったけど。

 嘘をつくことに罪悪感はあったけど、それ以上にここから出たいって気持ちの方が強かった。

 電車の時刻と乗り換えの確認をして、しっかりと戸締りの確認をして、ガスの元栓を閉めてから家を出る。

 おばあちゃんの家に行くには、まずはバスに乗らなきゃならない。

 でも、実を言うと私ってひとりでバスに乗ったことって無かったんだよね。

 それに、ひとりで学区外に行くのだって初めて。

 もちろん中学生には学区外に出ちゃいけませんなんて規則はないんだけど、まだ私は小学生気分が抜けていないから、

 まるでこれから悪いことをするみたいにドキドキしながら(まあ、家出は悪いことなんだけど)バス停へ向かった。





「あらまあ、そうなの。ひとりでおばあちゃんのお家に行くの。
 えらいわねぇ。大丈夫?ひとりでちゃんと電車に乗れる?電車は長距離のときは自動販売機じゃなくてちゃんとした切符売り場に行って買わなきゃダメよ。
 それからちゃんと上りと下りの確認をするのよ。乗り間違えたりしたら大変なことになっちゃうわよ。迷子になっちゃうんだから。いいわね。絶対に確認すること。
 それから電車の中で寝ちゃダメよ。寝過ごしたりしたら大変。それに知らないおじさんについて行っちゃダメよって大丈夫よね木葉ちゃんなら。
 ああそうそう電車の中で車掌さんに切符を見せてくださいって言われたらすぐに見せなきゃダメよ。それから切符は絶対になくしたりしないようにしなきゃ。ええとそれから……」

 …困った。いきなりハプニング発生。

 バス停に着いたのはいいけど、ご近所のやかましオバサンもバスを待っててこの通り。

 通称「歩くマシンガン」と呼ばれているこのオバサンは、ただひたすら一方的にまくしたてる。

 右から左へと流れてゆく迷惑極まりない説教は絶え間なく続く。

 この幸先の悪さは、まるで旅なんてしないほうがいいと言われているみたい。

 暫く耐え続けていると、ようやく向こうからバスがやってくる。

 やかましオバサンはバスに乗り込むと真っ先に座席を確保。私は前の方で立ってることにする。

 やかましオバサンが隣に座れと手招きしてくる。その姿はまるで地獄に誘い込もうとする死神みたい。

 うわっ、想像したら本当に怖くなってきた。

 私はやかましオバサンに向かって首を振り、拒否の合図をする。

 やかましオバサンは獲物に逃げられた腹ペコの肉食獣みたいな顔をして、ふぅっと溜息をつくと窓の外へ顔を向けた。

 少し可哀想だったかな。いや、ダメダメ。ここで同情なんかしたらきっと骨も残らず食べられてしまう。

 マシンガンのように言葉を叩きつけて相手を弱らせ捕食する獣に同情するのは食べてくださいと言ってるようなものだよね。

 …なんだか私、また失礼なこと考えてるような気がする。

 とりあえず気のせいということにして、そんなくだらないことを考えている間にバスが駅に到着した。

 もちろん私は真っ先にバスを降りる。急がないと保護者気取りのマシンガンに捉まってしまう。

 真っ直ぐに自動販売機へと切符を買いに走る…けど、そこでは目的の駅までの切符を買うことができなかった。

 そこでふとやかましオバサンのセリフを思い出す。

 …そうだ、長距離のときは切符売り場で買えばいいんだ。ありがとうやかましオバサン。

 さっきまでの暴言の数々は取り消さないけど、とりあえず感謝。

 なんとか無事に切符を買って、駅の5番ホームに向かう。

 だけど切符を買うのに戸惑ったのが失敗だったみたい。電車はもう出発するところだった。

 『駆け込み乗車は危険ですのでおやめください』という定番の警告を無視して急いで電車に乗り込む。

 間一髪で電車に乗り込むことに成功。すぐに後ろでプシューっと音がしてドアが閉まる。

 ガタゴトと電車が動き出し、少しずつ窓の外の景色が流れてゆく。

 とりあえず座れるところが無いかと見回すと、電車の中はがらがらだった。

 誰も乗ってない。まさに貸切状態。

 靴を脱いで、座席に寝転がってみる。当然ながら、誰にも咎められる事が無い。ちょっとだけ幸せかも。

 だけどひとりで電車に乗ったのは初めてだったので、電車の中に自分ひとりだけというのはちょっと心細い。

 ふぅっと溜息とともに不安を体から無理矢理追い出して席に座りなおすと、座席に白い羽根がおちていることに気が付いた。

 手にとってみると、その羽根には安全ピンがついていて、バッジのようになっていた。

 共同募金とかでよくある赤とか緑の羽根みたいな形。

 なんとなく気になったので、胸の辺りにつけてみる。うん、いい感じ。

 我に幸あれ、なんてね。





 ここから乗り換えの駅まで2時間。

 新幹線を乗り継げばもっと早く着くけど、できるだけお金を節約したかったので新幹線は使わない。

 リュックの中からポテチとジュースを取り出し、流れる景色を眺めながら食べていると、アナウンスが車内に流れる。

 どうやらこの電車は快速だったらしい。暫く駅には止まらないようだ。

 ポテチを食べ終え、再び座席にころりと横になる。

 時折かたかたと揺れるのが揺りかごのようで気持ちよくて、このまま寝てしまいたい。

 暫くウトウトとしていると、再びアナウンスが車内に流れ、電車の速度が徐々に落ちてゆく。

 電車が駅に止まる。プシューっと音がしてドアが開き、アナウンスが5分後に発車すると告げる。

 冷房の効いた車内に熱気が流れてくる。冷房に慣れた体にはその熱気が心地よい。

 やがて再びドアが閉まり、電車が走り出す。

 結局この駅では誰も乗ってこなかった。凄い偶然もあったもんだ。ホームにはあんなに人が溢れていたというのに。

 電車は私ひとりを乗せたまま走ってゆく。いや、いくらなんでも私ひとりってことはないか。

 他の車両に乗ってるのかもしれないし、運転手さんだっているはずだ。アナウンスが流れてるんだから。

 再びアナウンスが流れ、各駅の到着時刻を教えてくれる。目的の駅まであと1時間半もある。

 目的の駅はこの電車の終点なので、寝過ごすことはないはずだ。気を取り直して仮眠をとることにしよう。

 私は再び座席に横になり、目を閉じる。貸切状態だから他の乗客を気にしなくていいのが嬉しい。

 私はそのまま電車に揺られながら、ゆっくりと眠りについた。





 目が覚めると、電車は既に止まっていた。既に乗客は皆降りてしまったのか、それとも誰も乗ってこなかったのか、車内には誰もいなかった。

 私は電車を降りて駅名を確認する。…ちょっと待って。『夢幻駅』って何? もしかして寝過ごした!?

 でも、そんなはずない。だって、乗り換えの駅は確かに終点だったはず。だったらまだここは終点じゃないのかも。

 私は慌てて電車に戻ろうとする。するといきなりドアが閉まって電車が走り出した。

 何? どういうこと? アナウンスとかも無しでいきなりドアが閉まって走り出すなんて。それもまるで私を逃がさないように。

 と、とにかく次の電車がいつ来るのか確認しておかないと。次の電車は…うそっ!?

 何度目をこすってみても変わらない。時刻表には何も書かれていなかった。…たったひとつを除いて。

「…嘘…ここって…一日一本しか…電車来ないの…?」

 信じられない。一日一本しか電車が来ない駅だなんて聞いたこと無い。そんな駅、とっくに廃線になっててもおかしくないよ。

 もう一度駅名を確認してみる。『夢幻駅』…一体何の冗談ですかっ!?

 そうか、きっとこれは夢なんだ。きっと私はまだ電車の中で寝てるんだ。早く目覚めろ、私。

 でもほっぺを抓るとものすごく痛い。…夢じゃないんだ。

 とりあえずどうしよう。線路に沿って歩いてみようか。このままこうしているよりはまだマシかもしれないし。

 よしっ、それじゃ……

「なにしてるんだ? こんなところで」

「うひゃぁっ!?」

「わっ、び、びっくりした…」

「びっくりしたのはこっちだよ!!」

「す、すまん…」

 いきなり声をかけてきたのは同い年くらいの男の子。

 左右に二本ずつ縦に白いラインの入った黒いズボンに黒いTシャツを着ていて、それが凄く違和感を感じさせる。

 はっきり言って、全然似合わない。

「…悪かったな、似合わなくて」

「え? わ、私そんなこと言った?」

「言ってないけど、似合わね〜って感じの目で見てた」

「わわ、するどい…うん、全っ然似合わない。これでもかってほどに似合わない。センス零って感じ」

「いや、そんなにはっきりと言われると傷付くんだが」

「言わなくても判るなら、言った方が私としては気分がいいから」

 …我ながら酷い言い様だ。少なくとも初対面の相手に言うセリフじゃない。

「随分といい性格してるな」

「ありがと。嬉しいわ」

「誉めてねーよっ!!」

「そなの? それじゃ、悪口!? 酷いっ、女の子にそんなこというなんてっ!! 罰として電車の出てる駅まで案内して」

「なんだよそれっ!!」

 変だ。思ったことがすらすらと口に出てしまう。まるで私が書いてるヒロインみたいにすらすらと言葉が紡ぎ出される。

 いつもなら私はこんなこと言わない。それどころか、こんなふうにまともに会話することすらできないはずなのに。

 …いや、これがまともな会話だなんて思わないけど。

「いいじゃない。暇なんでしょ。暇よね。そうに決まった。じゃ、案内して」

「お、おい、ちょっと待てぇっ!!」

 私が思い描く小説のような展開が繰り広げられる。私は名前も知らない男の子の手を取り、線路の上に飛び降りる。

 …ってちょっと待てっ!? 

「おいこらっ!! 危ないだろうが!! 電車が来たらどうするんだよ!!」

「一日一本しか来ないんだから大丈夫でしょ。それよりほら、早くいこ♪」

 私は軽く首を傾げ、ウインクをする。

 いや〜っ! こんなの私じゃないぃぃっ!

「い、いまさらそんなふうに可愛こぶってんじゃねぇ!!」

「あ、どもった。そっかそっか。ダメだよ、私に惚れちゃ火傷するよっ」

「誰が惚れるかっ!! そもそも線路に沿って歩くなら案内なんかいらねーだろっ」

「旅は道連れ世は情けってね」

「俺は道連れかよっ」

「…むしろ生け贄?」

「生け贄? じゃねー!! 付き合いきれるかっ」

「こんなに可愛い子がデートに誘ってるんだから大人しくエスコートしなさいよ」

 かかかかか可愛いぃぃ!? 私が!? 何で!? 何で私こんなこと言ってるの? これじゃ私ヘンな子だよっ!?

「…お前、アホな子だろ」

「…てへっ」

「だから可愛こぶってんじゃねーっ!!」

「もー、我侭だなぁ」

「どっちがっ!?」

「んっ」

「指差すなっ!!」

「キミは私にどーしろと?」

「俺か? 俺が悪いのか!?」

「うん」

「うがああああぁぁぁぁぁぁぁ」

「…ヘンな子だね。いきなり絶叫するなんて」

「あ、う、お、お、お前…お前が……」

「はいはい、それじゃ、行こっか」

「…はぁ、もういい。わかったよ」

「うん、判ればよろしい」

 あうぅ、ごめんなさい、見ず知らずの男の子。こんなこというつもりじゃなかったの。

 私は自分の右手をそっと上げてみる。うん、問題ない。

 ゆっくりと手を閉じたり開いたりしてみる。これも問題ない。

 大丈夫。私は何かに操られてるわけじゃない。うん、大丈夫。

 ついでにほっぺをもう一度抓ってみる。やっぱり痛い。夢じゃない。

「何やってるんだ? お前、頭がおかしくなったのか?」

「…あ、あの…ゆ、夢じゃないかって…思って……」

 ちゃんと喋れる。それに…うん、これが本来の私の喋り方のはずだ。

「…はぁ? 夢? なんで?」

「うるさいわね。いいでしょ、別に」

「…この暑さで頭がおかしくなったのか…可哀想に…」

 ぼぐしっ!!

「ぐあっ」

「おかしくなんて無いわよっ!!」

「…って、ちょっと待て、その馬鹿でかいハリセンどこから出したっ!?」

 それは私の方が聞きたい。どっから出したのこれ?

「鉄扇は乙女のたしなみよ♪」

「どこが乙女だっ!?」

「突っ込むところが違うでしょっ!!」

「しかも鉄扇かよっ!!」

「律儀に突っ込んでくれてありがと」

「ついでにさっきの鉄扇どこ行った!?」

「大事なところに隠してあるの♪」

「どう考えてもあんな馬鹿でかいものが隠せるところなんてないだろ!?」

「それは…もう、えっちなんだから♪」

「なんでだっ!? 何がエッチなんだ!?」

 あ、これ…確かこの前読んだ小説と同じ展開なんだ。

 小説だったらこういうのはお約束なんだけど、現実でもありえることだったんだ…ってそんなわけないでしょっ!?

 どこから出したの? どこに仕舞ったの? 私がどんどん私の知らない私になってくよ〜。

「それよりさ、次の駅っていつまで歩けばいいの?」

「何がエッチなのか小一時間問い詰めたいところだが…まあ、そんなに遠くないはずだぞ。もう時間もないことだし」

「時間? なにそれ、どういうこと?」

「さあね。それよりさ、お前、本当に変な奴だよな」

「こんな可愛らしい美少女を捕まえて変な奴だなんて、キミこそ変な奴だよ」

「でもさ、いつもそうやって頭ん中のこと全部ぶちまけてしまえばきっとひとりくらいは変わり者が釣れるかもしれないぞ」

「なによそれ。だからどういうことなの? 何が言いたいの?」

「少なくとも俺はさ、今のお前、嫌いじゃないよ」

「…そ、それは…ありがと」

 なんだろう…私も変だけど、この子もなんだか…変。

 まるで私がひとりぼっちだってことを知ってるような言い方。

 男の子は私を見透かしているようにジッと私の顔を覗き込んでくる。

 男の子の瞳に私の顔が映ってる。その瞳に映る私の顔は、なんだか別人のようだった。

 そういえば私、他人の顔どころか、鏡に映った自分の顔すらはっきりと見た事が無かったんだ。

 いつも自分に自信が無くて、鏡の中の自分にすら顔を向けられない、笑顔を見せられない。

 いや、鏡に向かって笑ってたら、それはそれでヘンな子だけど。

「もっとしっかり前を向いていればいいんだよ。楽しかっただろ? 言いたいことをはっきり言うのは」

「キミは…一体……」

「俺にできることは、ただ背中を押してあげることだけ。願いをかなえる天使の羽根だなんて言われてるけど、そんなに万能じゃないんだ」

「ねがいを…かなえる…?」

「後は、お前次第だよ。今度はお前の方から話しかけるんだ。そうすれば、きっと大丈夫だから」

 この子が何を言っているのか理解できない。これが夢ならもっと簡単なことなんだけど、夢じゃないからわからない。

 急に、目の前が暗くなる。いつのまにかトンネルにさしかかっていた。

 普通なら、トンネルにも灯りが点いていてもっと明るいはずなんだけど、このトンネルは先が闇に閉ざされていてよく見えない。

「あ、あの…このトンネルは迂回したほうが…」

 私の声がトンネル内に響き渡る。だけど、男の子から返事は返ってこない。

「ね、ねぇ…キミ…ちょ、ちょっと待って……」

 置いていかれたのかもしれない。私は慌てて奥へと走り出す。足元がよく見えなくて躓きそうになる。

 一生懸命に走るけど、男の子の姿は見えない。気配も感じられない。

 もう、何も見えない。男の子も、壁も、線路も、床も、自分自身も。

 完全な闇の中で、私の意識は少しずつ削り取られていった…。





『…です。お忘れ物のないようにご注意ください』

 アナウンスの声で目を覚ます。私は慌ててリュックを背負い、電車の外に出る。

 ぼんやりしている暇はない。すぐに電車を乗り換えなければならないのだ。

 念のため、駅名を確認しておく。すると、私はまた自分の目を疑った。

 また? なんで私はまただなんて思ったんだろう。それよりも、私はいつの間に電車を乗り換えていたのだろうか。

 私はもう一度駅名を確認する。間違いない。ここは目的の駅だった。

 駅名を勘違いしているわけではないはずだ。だけど、私は電車を乗り換えた記憶がない。

 …でも、何故か一度電車を降りたような記憶があるような気がする。なんでだろう。

 とにかくこうしてても始まらないので、改札口を出ることにする。

 そこには、おばあちゃんたちが待っていた。やはりここは目的の駅で間違いではなかったらしい。

 とにかく、私は初めての一人旅を成功させたわけだ。





 夏休みの大半をおばあちゃんの家で過ごし、家に帰る。

 帰りは特に記憶が飛ぶようなこともなく、何事もないままに無事に家に到着する。

 やはりというか、パパもママも私の家出に気付いてはいなかった。

 私は家出に気付いてほしかったのだろうか。気付かれなかったことに安心するよりも、残念な気持ちの方が強い気がする。

 私は今回の家出で自分を変えたかった。嫌いな自分を少しでも好きになりたかった。だけど、私は変わることができたのだろうか?

 夏休みが終わり、新学期が始まる。

 私のクラスは、みんな学校に来るのが早い。みんな少し早めに学校に来て、友達同士で話をしている。

 私は相変わらずのひとりぼっち。今更みんなに話しかけていく勇気なんて無い。

 結局、私は何も変わっていないのかもしれない。これからも、私はずっとこのままなんだろうか。

 チャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。

 何も変わらない、いつも通りの日常。

 だけど、その日は少しだけ違っていた。

「あーっと、今日は転校生を紹介する。ほら、てきとーに自己紹介してくれ」

「あ、はい。三島直行です。よろしく」

 その男の子の顔を見た瞬間、私は無意識に胸のポケットを押さえていた。

 その中には、いつの間にか持っていた、白い羽根のバッジが入ってる。

 なんでだろう。初めて会ったはずなのに。なんとなく、あの子を知っている気がする。

 ホームルームが終わり、その転校生にクラスメートが殺到する。

 いつもの私だったら、そんなことは絶対にできなかったはずだ。だけど、そのときの私はまるでそうすることが当然のようにその子の元へ歩いて行った。

 突然の私の行動に、クラスメート達が驚いている。私だってびっくりだ。私は何をしようとしているのだろう。

「あ、あの…」

「え?」

 男の子の目が大きく開く。まるでヘンな物でも見つけたかのように。

「お、お前は夢に出てきた変な奴!!」

「失礼ね!! キミだって十分ヘンな子でしょう!!」

「あ、あれ?」

「あ……」

 私達はお互いを指差したまま固まってしまう。

 クラスメート達も、私を見て固まっている。

 夢ってどういうことだろう。それに、いつもなら決して声になんか出さないのに、咄嗟に声に出してしまっていた。





 止まってしまった時は、無機質なチャイムの音と共に動き出す。ずっと閉じ込めていた、私の本当の心と共に。

 私の胸のポケットの中で、白い羽根がやさしく光を発し、そして消えた。