唐突にプールに行きたくなった。

理由などない。

我慢する理由など、まったくない。

ならば、行こう―――!

我が欲望を抑えるものなどない。

行くか? ―――――行こう。

誰と?  ―――――従兄妹と。






『プールへゴーゴー』






「とかいいつつ、従兄妹に断られて寂しい祐一でした、まる」


まぁ、その分佐祐理さんがおーけーしてくれたのでむしろラッキー。

従兄妹よりも先輩の方が色気があるしな、うん。

しかも舞と佐祐理さんで二度美味しい。

そして今。プールで佐祐理さんや舞と待ち合わせというべきだ。


「祐一さーん」


後ろから佐祐理さんの声がして、俺は後ろを振り向いた。

水着姿の佐祐理さんがいた。

ただし、もう一人いるべき姿はない。

しかも、佐祐理さんはきわどい、一回り小さいビキニを着用している。


「あ、あの……佐祐理、さん?」

「ふぇ? 何かおかしいですか?」

「おかしいっていえば、全部おかしいけど……。とりあえず、舞はどうしたんですか?」

「逃げられちゃいました」


しょんぼり、と形容したくなるほど落ち込む佐祐理さん。

普段なら、ここで慰めたり雰囲気を変えたりとするところだ。

だけど、今日の俺はどうやら違うらしい。


「逃げたって……舞が? 何かあったのか?」

「実は今日気付いたんですけど、水着がなかったんです」

「それと逃げたとどういう関係が……?」

「で、佐祐理が水着を用意してあげたんですけど……気付いたんでしょうねー」

「気付く……?」

「はい。舞に渡した水着は材質が紙でできてるんですよー」


そりゃー、誰でも逃げます。

というかなんでそんなもの渡したんですか、あなたは。

確かに、気付かなかったらどうなったんだろうなーとか気にならない訳じゃないけど。

嗚呼、残念。

もし舞が材質に気付かなかったら今頃―――――イフの話は止めよう。

えちぃイフの話は好きじゃない。

今は佐祐理さんの前だからな。


「で、次。その水着はなんです?」

「こう、クルものがありますよね?」

「いや、クルとかそういう問題じゃないです」

「冗談ですよ、実はですね〜。洗濯したんですけど乾いてなかったんです」

「ああ、それで着る水着がなかったんですね?」

「はい。佐祐理は去年使っていた水着を使ってますけどね〜」


追記すると、そのせいで舞が逃げるはめになったのである。

誘ったときの嬉しそうな表情を思い出すと……哀れな。

いつかまた誘うからな、舞。


それはそうと、佐祐理さん。

さっき言った通り、スクール水着。

しかも去年の物ということで一回り小さい。

そうなると佐祐理さんの、周りと比べて決して劣らないどころか断然大きな胸とか隠しきれないわけで。

ついでに抜群のボディラインとかくっきりと出ちゃってるわけで。

回りくどいけど、ようするにすっごくやばい。


「祐一さん、そんなにじっくり見られたら恥ずかしいですよ〜!!」

「……っ!! だったら挑発しないでください!!」


セリフと裏腹に水着の肩紐に当たる場所をつつーと下げる佐祐理さん。

だめだ……。何故か知らないけどはっちゃけモードになっているらしい。

俺や久瀬、舞がはっちゃけモードと呼ぶそれは周りに多大な影響を及ぼす状態のことである。

周りが完全に見えなくなり、羞恥心や常識を疎かにしてしまうのだ。

そして、自分のしたいことを最優先し、常識を捨てるという困ったちゃんモードになるのだ。

俺や久瀬を仲直りさせるとかはりきっちゃったときは本当にやばかったなぁ……。

煩悩は男性共通の興味ですよ〜!! なんて言いだしたときは久瀬と二人していかに逃げようか考えたものだ。


「冗談はこれまでとして、遊びませんか?」

「なんかもう充分疲れた……」


そんなことにもおかまいなく佐祐理さんはとっとこプールへ駆けていく。

肩紐、直さないでいいのだろうか。

そんなことを考えていると―――――ぽしゃん、と小さく音を立てて佐祐理さんが飛び込む。

はぁ、と溜息をつきながら佐祐理さんの元へと歩いていく。


「………佐祐理さん?」

「き、きちゃ嫌ですよっ」


何故か拒否する佐祐理さん。

さきほどまでの行動が嘘のようである。

俺は首を傾げつつ、とりあえず佐祐理さんの元へ。


「何かあったんですか………あ」

「………だ、だから言ったじゃないですか〜っ!!」


よーするのあれだ。

肩紐を直してなかった佐祐理さんが、そのままプールに飛び込むとどーなるか。

幸か不幸か、俺が見に行った時は手で隠してあったので見ることはできなかった。

……残念である。


「わ、悪いっ!!」


とりあえず、形だけでも後ろを向いておく俺。

しかし、ちょっとだけちらほら後ろを向いてみたり。

うん。流石佐祐理さん。年上の色気抜群。


「もういいですよ〜」


後ろから声が聞こえて振り向く。

佐祐理さんはすっかり元の姿に戻っていた。それでもはわわーって感じだけど。

俺もとりあえず、プールに飛び込む。


「ふぅ。――ってつめたっ!?」

「そんなことないですよー。泳いでいれば慣れます。あ、そうだ。祐一さん、では競争しましょう」


一人でころころと言葉を紡いでいく佐祐理さん。

やっぱりちょっとハイな様子。


「いいけど……。どうせなら、何か賭けません?」

「何を賭けるんですか?」


ちょっと考えて――――


「佐祐理さんが勝ったら俺を、俺が勝ったら佐祐理さんをもらうっ」


――――なんて馬鹿なことをついつい口にしてみる。

佐祐理さんははぇーなんて言いながら黙りこみ、そして……。


「ふぇ〜!!」


顔を真っ赤にして、何を想像したのか、手を顔に添えていやんいやんと顔を横に振った。

佐祐理さんはだめですよ、まだ早いですから、とか、高校生なのにそんなっ……、とか口走っている。

本当に何を想像したのだろうか。

彼女になれ、とかそんな意味合いで言ったつもりなのに。


「あの、佐祐理さん?」

「祐一さんっ、えっちなのはいけないと思います。そもそも賭けと言うのはですね――――」


赤い顔が戻ったと思ったら、今度は長々と説教を始める佐祐理さん。

うぅ、言わなきゃよかった。


「祐一さん、聞いてますか?」

「はいはい、聞いてますよ。つまり、だめなんでしょ?」


実は何も聞いてないけど、聞かなくても分かる。

何を賭けるかな……と考える。

お金とか現実的な物は却下である。

俺が一生懸命考えていると佐祐理さんが再び顔を赤くしながら、口を開いた。


「そんなこと言ってません。そ、そのですね。祐一さんさえよければ、その、できれ、ば優しく……」


ごにょごにょと声を小さくしながら、ほそぼそと言う佐祐理さん。

何を言っているのか、分からないけど話は決まったらしい。


「では、俺が勝ったら付き合う。佐祐理さんが勝ったら――まぁ、何か好きにしてくれってことでいいのか?」

「ふぇ?」


佐祐理さんは俺の言葉にハテナを浮かべた。

俺は何か間違ったことを言っただろうか。

そして佐祐理さんは自分の勘違いに気付いたように、唖然とした。


「え、ええ。それでいいですよ」


佐祐理さんはなんでもない振りをしながら、頷く。

とりあえず、話はまとまった。

両者、壁についてスタンバイ。


「勝負は対岸の飛び込み台の入り口の前でいいか?」

「いいですよー」


やる気満々の返事。

俺と佐祐理さんが構えてレディ――――GO!!

壁を蹴り、水面を一気に俺の身体が切り裂いた。

開始数秒、数メートル進んだ辺り。佐祐理さんは丁度隣。

差は均衡を保っている。

水泳はちょっと自信があったが、佐祐理さんもかなり、強い。

手が水をはじき、身体を前に弾く。

20メートル進んだ辺りで、俺は息継ぎついでに横を睨んだ。

丁度、同タイミングで佐祐理さんがこっちを見たらしく、目線が交差した。

―――― 負けるか!

―――― 佐祐理も負けません!

一瞬の交差でそんな会話が交わされたように、ペースはますますヒートアップした。

このままでは埒があかない。後半で勝負を決める。

俺はそう考え、ペースを少し落とした。

ここのプールは結構広い。常に全力で泳ぎきるのは不可能に近い。

しかし、佐祐理さんはそんなことおかまいなしに進んでいく。




半分以上が過ぎた。

勝負は後半、俺は一気にスパートを掛けた。

差は見る見る縮まっていく。

そして、丁度並び――――佐祐理さんがラストスパートを掛けた。

佐祐理さんのゴール。続いて俺。


「……ぜぇぜぇ……。佐祐理さん、早すぎ……」

「あははーっ。こう見えても佐祐理は運動は自信があるんですよ〜」


というか、スパートをかける余裕があったのにびっくりである。

途中、俺がペースを落とした地点で勝負は決まっていたらしい。

俺はプールから上がり、プールサイドに座る。


「……で、なんなりとご命令をどうぞ、お姫様」

「あははー。時間もあることですし、もっと遊びましょうよ、祐一さんっ」


そんな体力残ってません。

とは恥ずかしくて言えないので、話を長びかせてみる。


「そんなことでいいの?」

「え〜っと……今言わないとだめですか?」

「いや、後でもいいけど――――まぁ、何を言われるのか気になるし」

「そうですね……。佐祐理の願いは――――」


そう言ったところで、佐祐理さんは再びプールに入る。

俺も追ってプールに入るが、泳ぐ元気はない。


「いきますよーっ」


と佐祐理さんがぱしゃっと水をかけてきた。


「や、やったなっ、このっ」


と、俺も応戦。

水の応酬が始まったところで、不意に佐祐理さんが口を開いた。


「――――これからも、佐祐理のことをよろしくお願いします、かな?」


そんなささやかに願いに、俺は笑顔で了承した。