―――PROLOG 夏

「あづぃー・・・」

「あついね〜・・・」

「あぅー・・・」



某年某月某日・・・とにかく夏。

水瀬家のリビングには三体の軟体動物がいた。



「とけちゃうよ〜・・・」

「そうか・・・良かったな。これではれて『名水』だ・・・」

「『名雪』だよ〜。嬉しく無いよ〜・・・」

「あぅー・・・・・・・なんで祐一はこんなバカで、こんなにあついのよー・・・」

「なんか、さりげなく馬鹿にされたような気がするが・・・まあ、夏だからだろ・・・」

「そんな事はしってるわよぅ・・・」

「じゃあ何が聞きたいんだよ・・・」



そしてまた「あぅー・・・」とうめく真琴。

今の発言を除き、真琴は先ほどからまともにしゃべってはいない。

もっとも、それは名雪と祐一にも言える事なのだが、



「それでもあえて、更に理由をあげるなら・・・」



そう言いながら恨めしそうに壁――正確には壁の上の方に取り付けられてる機械を見て、



「エアコンが壊れたからだろ・・・」




涼み方――生き延び方とも言う――






―――MISSION0 祐一発狂(事の発端)



しつこい様だが某年某月某日の夏、水瀬家のエアコンが壊れた。

それもまるで、呪われてる様に家中のエアコンがいっせいにすべて壊れたのだ。

幸いな事に今日中に修理には来るらしいのだが、とにかく今現在の水瀬家は蒸し風呂状態である。

それにいつ修理に来るか分からないため、家を空けるわけにはいかないのだ。

ちなみに現在秋子は出社中。

とりあえず家中の窓を開けているのだが、風などほとんど無い状態である。



「・・・・・・うがぁーーーーーーーーー!!!」

「あぅーっ。祐一が更におかしくなっちゃった」

「うー、どうしよう・・・」

「そこ! 誤解を受けるような事を言うなっ。このままじゃ本当に命にかかわる。なんとかこの状態を打開しないとやばいぞ」

「どうしようっていうのよぅ」

「各人それぞれこの状況を打開して涼める様に何か一つ考えろ!」

「そんなのがあったらとっくにやってると思うけど・・・」



もっともな事を言う名雪をギロッとにらむ祐一。

その目はなかなかにやばい感じで、正論が通じるようには見えない。



「・・・うー、分ったよ・・・」

「・・・真琴は?」

「わ、分かったわよ」



尋常じゃない祐一の目に押されてしぶしぶ真琴も頷いた。







―――MISSION1 ふーりゅうとはこれ如何に?(真琴の場合)



各々10分間の考える時間を与えられたのち、再びリビングに集合した。



「ふふんっ、真琴のはこれよ!」



先ほどはしぶしぶ納得した様子だったが妙に今はノリノリである。

そしてその手にも持つ物は、



「風鈴?」

「そうよ、にっぽんの夏はふーりゅうの夏。これでふーりゅうな気分を味わって涼しくなるの」

「・・・それはなにか違わないか」

「なによお、負け惜しみ?」

「・・・まあ、俺の負けでいいから勝って涼しくしてくれ。とりあえずつるすぞ」



いつもなら「違うだろ、バカ」くらい言う祐一だが、今はそこまでかまうほどの元気がないので真琴の言う事を素直(?)に聞きいれる。

つるす時、チリンと涼しげな音が鳴った。



そして10分後



「・・・鳴らないな」

「・・・鳴らないね」

「あうーっ・・・・・・」



無風。

一向に風が吹くことは無く、つるした時以来風鈴が音を奏でる事はなかった。



「風流を味わう以前の問題みたいだね」

「だな・・・・・・おい真琴、つるしたけどこの後どうするんだ」

「う、うるさいわね。もう少し待ってみてよ。祐一はせっかちなんだから・・・」



とは言うものの真琴の語調はやや弱気である。



更に10分後。

今だ音は鳴らない。



「てか、さっきまでと状況が変わって無いと思うんだが・・・」

「そうだねー」

「・・・・・・・・・」



真琴は無言だった。



更に10分経過。

チリンッ



「な、鳴ったわよっ」

「うん、鳴ったね」

「ああ、鳴ったな。それで真琴」

「・・・何よぅ」

「涼しいか?」

「・・・あぅーっ・・・・」

「あついね〜・・・」



ふーりゅう作戦、失敗。







―――MISSION2 文明の利器の実力(祐一の場合)



「物置から引っ張り出してきたんだが・・・」

「あ、扇風機だ」

「そう、扇風機だ。一昔前まで、日本の夏に欠かせなかった文明の利器であり、今なお現役で愛されてるいかした奴さ」

「そんなのがあるなら、さっさと出しなさいよね」

「俺に言うなよ。でもなんで夏にこんなもん仕舞い込んでるんだ?」

「家ではあんまり使わないんだよ」

「そんな事より早くつけなさいよ―」

「へーへー」



そう言ってコンセントをさしスイッチを入れる。



ブゥーーン

チリンチリン



扇風機の風で、先ほどつるした風鈴も音を奏でた。



「わー、風だねー」

「まあ、確かに風だな・・・」

「あぅーっ・・・」



無風だった水瀬家に風が流れる。

が、



「生暖かくて気持ち悪いー」

「何て言うか、暖かい空気を掻き回しつつ俺らに直接熱風を当ててくるよな・・・」

「・・・そうだねー」



ブゥーーン

チリンチリン

沈黙が流れる。



「・・・消すか」

「・・・うん」

「・・・なんなのよお」



スイッチを切る祐一。



ブォーーン・・・・・・

チリン・・・



風鈴の音が、やけに空しく聞こえた。



文明の利器、敗退。







―――MISSION2.5 MISSION3への系譜(名雪の場合)



「木陰で涼む何てどうかな?」



妙な沈黙が流れる中、名雪はそう切り出した。



「木陰って言ったて、公園にでも行くのか? その間家はどうするんだよ?」

「祐一が残ってなさいよお」

「じゃあ名雪、一緒に行くか」

「なんでそうなるのよー」



手を振り回して祐一を叩こうとする真琴に、祐一は真琴の頭を押さえて届かないようにしている。

そんな二人を見て少し苦笑を浮かべつつ名雪は、



「違うよ。もっと近場だよ」



そう言って名雪は庭の方を指差す。

そこには、物干し竿が・・・いや、名雪が指差す方向は、それより横にそれており、そこには一本の小さな木があった。

そしてそこには確かに木の影が出来ているが・・・



「いや、あの小さい影に3人で入っても涼しくないだろ」

「真琴もそう思う・・・」

「そうかな? 試してみても良いと思うんだけど・・・」



そう言って備え付けてある洗濯物を干す時のときのためのサンダルに履き替え・・・そこで名雪の動きが止まった。



「? どうした名雪」

「・・・・・・・・・さん」

「は?」

「・・・猫さんだよ」



名雪の視線の先を追うと、そこには塀の上で丸まっている1匹の猫・・・と言うよりもピロがいた。

と、ピロが起きあがってこちらに視線を向けてくる。

そして錯覚かも知れないが、ピロはその視界に名雪を収めた瞬間に玄関方向に向けて走り出した。

そしてそれを追おうとする名雪。



「てっ、駄目だろっ。おい待て、名雪!」



そう言って名雪の肩をつかもうとする祐一だが、その手は空を切り、次見たときには名雪は玄関を飛び出していた。



「ちっ、早い」

「あぅーっ、ピロがー」

「・・・まあ、大丈夫だろ。名雪もサンダルだったし」



そうとは思えないスピードだったが。

本当にあいつ100メートル7秒で走れるんじゃないだろうな?

そう思わずにはいられない走りっぷりだった。



「・・・名雪さん、あんなに走って暑くないのかな」

「さあ? ・・・・・・・・・それだ」

「え?」

「でかした真琴!」

「わ、わっ」



そう言って真琴の頭をなでる祐一。

良く分からないという顔をしつつ真琴は素直になでられていた。







―――MISSION3 答えは五十歩百歩。ついでに暑い(二人の場合 その1)



「つまり名雪は、大好きな猫に集中する事によって暑さを忘れたわけだ。すなわち、こんなとこで暑い暑い言ってないでお互いに暑さなんて忘れるくらい好きな事に没頭すれば良いってわけだ」

「・・・そんなに上手くいくかなぁ」

「まあ、どうするかはお前の勝手だけどな。俺はすきにやらしてもらうぞ」

「や、やらないなんて言ってないわよぅ」



そう言って2階の自分の部屋に向かう祐一に慌ててついていく真琴。

そしてそれぞれ自分の部屋の前で立ち止まり、



「それじゃあ、健闘を祈る」

「ふんっ、見てなさいよ。真琴は祐一なんかよりゆーがに過ごすんだから」



ビシッと祐一を指差しながらそう言って、真琴は部屋に入って行った。

祐一は軽くため息を吐いて、



「突っかからないと気がすまないのかあいつは・・・」



そうもらして祐一も自分の部屋に入った。



そして祐一は部屋に入ってしばらく経った時、ある重大な事実に気がついた。



「・・・趣味が無い」



そう、祐一にはこれと言って趣味が無かった。

暇な時間は確かに漫画を読んだり音楽を聴いたりもするが、少なくとも暑さを忘れるほど没頭は出来ない。

そもそも暇な時間はボーッとしてる頻度も結構高い。

うーむ、と何か無いか考えてる祐一。

あっ、と顔をあげ立ちあがった。



「1つあったな」



そう言って部屋を出て、真琴の部屋に向かった。



祐一が部屋に入って見たものは、暑そうにしながら漫画を読んでる真琴の姿だった。

やはり暑すぎて、今一つ集中できない様だ。



「なによー」

「いや、気にするな」



そう言って祐一は真琴の隣に座ってヒョイっと真琴の読んでる本を覗きこんだ。

どうやら推理漫画を読んでいるようだ。

物語も中盤が終わり、探偵役がいろいろと気づきはじめてるところである。



「なあ真琴」

「なによぉ」

「犯人、探偵と一緒にいる幼馴染だぞ」

「なんで言うのよーー!」

「いや、知りたそうな顔してるな、と思って」

「してない! そんな顔してない!」



怒って真琴は祐一をにらみつける。

祐一は肩をすくめて真琴を見て、



「なに、冗談だ」

「あぅ―っ・・・、本当?」

「本当だって」

「良かったぁ・・・」



そう言って安心してまた漫画の続きを読み始める真琴。



「本当はその一緒にいる嫌味な刑事だ」

「だからなんで言うのよっ!」

「冗談だ」

「うー・・・祐一の言う事は信用できないのよっ」



そう言って祐一を無視して漫画を読み始めた。

その後祐一を無視するためか真琴は本当に漫画に集中し出して読み始めた。

そのスピードは相当なものだった。

そして、



「2人とも犯人だったじゃ・・・っ痛!」



叫びながら立ち上がり、真琴の髪に手を絡めてた祐一の手に髪が引っかかる真琴。

どうやら共犯だった様だ。

真琴が集中してる間、手で真琴の髪を梳いたりしながら近くの漫画を読んでた祐一。



「はぁう・・・なんで言うのよぅ、楽しみにしてたのに。あぅーっ・・・髪の毛抜けちゃう・・・」

「いや、俺それ読んだ事ないから適当に言ったんだが・・・それに髪なら大丈夫だ、手に髪は引っかかってない」

「そう言う問題じゃないー! 大体祐一はなんでここにいるのよっ。自分の部屋ですきな事してたんじゃないの!」

「だからしてるじゃないか」

「何をよっ」

「真琴をからかうこと」

「・・・・・・・・・・・・」



顔を真っ赤にして俯き、肩を震わす真琴。



「真琴?」

「・・・・・・・・・よ」

「よ?」

「余所でやれぇっーーーー!!!」

「どわっ、漫画を投げるなっ」



2人は暑くないのだろうか?

そして祐一に突っかからずにはいられない真琴と構わずにはいられない祐一。

どちらがましなのだろうか?







―――MISSION4 いらっしゃい息子さん(二人の場合 その2)



「そもそも暑くすぎて集中なんてできないのよぅ・・・・・・まったく、祐一はいいかげんな事ばっかり言うんだから」



和解後、再びリビングに下りた2人。

日光に近いためか2階の方が1階よりも暑いことが判明したため下りてきた。

まあそれはともかく、



「たくっ、しかたないな。ちょっと取ってくる物があるからその間に真琴はドアを閉めて、カーテンも閉じて・・・とにかく光が入らないように真っ暗にしとけ」

「そんな事したら暑いー」

「いいから、その後俺が涼しくしてやるよ」



そう言って祐一はリビングを出て行った。



ある物を持って戻ってきた祐一がリビングに入ると、祐一が思ってた以上に暗くなっていた。

持ってきた物その1の懐中電灯を付けて、リビングのソファーに座ってる真琴を照らす。



「ちょっと、止めなさいよ」

「悪い悪い」



そう言って真琴の隣に座る祐一。

そしてテーブルに持ってきた物その2の一本のロウソクに火をつけ(マッチがその3)、懐中電灯の明かりを消した。



「・・・ねえ祐一、何するの?」

「ここまでして分からないのか?」

「・・・・・・エッチ」

「は?」

「・・・・・・真琴に変な事するつもりなんだ」



ススッと祐一から身を離す真琴。



「するか!」

「じゃあなんで締め切ってこんなに暗くするのよぅ・・・ロウソクまで用意して」

「何を想像してるんだ! 怪談だよ、怪談っ」

「あぅーっ・・・階段がどうしたのよぅ」

「怖い話しだ! ホラー、恐怖物語等々!」

「・・・え」



そこで真琴は言葉を止め、



「い、いいわよ。そんなの話して何処が涼しくなるのよ・・・」

「どこがって、夏の定番だろ? 身の毛もよだつような怖い話しで背筋を凍らせるってな。なんだ、怖いのか?」

「こ、怖いわけ、な、無いでしょ」



どもりまくってそんなことを言う真琴。

明らかに怖がっている。



「よし、じゃあ取って置きのやつを話してやろう。・・・・・・それは・・・」

「ちょ、ちょと・・・」

「なんだよ、怖くないんだろ?」

「こ、怖くないわよ・・・」

「そし、それじゃあ・・・」

「ま、待ってよ・・・」

「あのなあ・・・別に本物のお化けだの幽霊だのが出るわけじゃないんだからさ」

「・・・本当?」

「・・・多分」

「あぅーーっ!」

「だーっ、出ない出ない」



錯乱状態に陥りかけた真琴を慌ててなだめる祐一。

祐一は少し調子に乗りすぎたことを反省して、真琴に優しく話しかける。



「大丈夫だって、な? こんなのお遊びだよ。そのお遊びで、更に涼しくなるんだったら万万歳だろ? それにそんなに怖い話しはしないから」

「・・・本当?」

「本当だって・・・・・・そうだな、定番の一つで『猿の手』何てどうだ? これはあんまり怖くなかったぞ」



調子に乗りすぎたことを反省しつつも怖い話し自体は止めない祐一



「・・・わ、分かったわよ」



不承不承と怖い話をする事を承諾する真琴。

その体はわずかながら祐一に近づいていた。



「それじゃあ、始めるぞ」



一拍の間、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。



「ある男がインドがえりの友人から『猿の手』を200ポンドで買い取ったんだ。

 友人いわく、その干からび猿の手にはあるのろいだかまじないがかけられていて、それには3つの願いが叶う物だと言った。

 当然のことながら男は信じず、とりあえず冗談半分に先ほど猿の手に払った200ポンドをくれと頼んだんだ」



ここで祐一は言葉を切る。



「ど、どうなったの?」

「もちろん願いは叶い、男は200ポンドを手に入れたさ・・・・・・・・・息子の事故死の、賠償金としてね」



ヒッと息を呑む声が聞こえる。

祐一は気にせず続け、



「息子の葬式が終わって1週間が経ち、悲嘆に暮れた男の妻は、ある種半狂乱になってしまってな、猿の手に2つ目の願い事をしてしまうんだ

 『どうか息子を生き返らせてくれ』、てな。

 そしてその夜、眠ることが出来ずにいた夫妻の家の扉を静かに叩く音がした」



スッと祐一の腕に何かが触れる。

どうやら、誰かがつかんできた様だ。

気にせずに更に続ける。



「男は喜んで向かい入れようとする妻を必死で止めた。

 それが、生前の息子と同じ存在とは考えられなかったから。

 一度死んだ・・・土の下にいるはずの息子がこんな所まで来て良いはずが無いから。

 しかし妻は夫である男の静止を振りきって、玄関に向かう。

 そして男は猿の手に第3の願いを・・・・・・」



ピンポー―ン



「いやーーーーー!!」



真琴の叫び声と同時に、何故かロウソクの火も消えた。

それに真琴がヒッと喉を鳴らして驚いて、そのまま祐一に抱き着いてきた。



「ちょ、真琴大丈夫だから離れろ。多分電気屋だ。開けないとまずいだろ」

「あぅーっ、祐一開けたら駄目、息子が、息子が!」、

「いねーよ! 早く開けないと帰っちまうだろ!」



ピンポー―ン



「駄目ーーーーー!! 開けた祐一連れて行かれる!」

「何処にだ! てゆうかマジで離してくれ、このまま帰られたら秋子さんや名雪にも悪いし、何よりも俺が暑くてやばいんだ」

「・・・・・・ねえ、祐一」

「・・・なんだ」

「早く猿の手で3つ目の願いを叶えてよぉ」

「ねえよ!」



ピンポー―ン



チャイムの音が空しく響く。







―――MISSION5 [自主規制]の知恵袋(天野美汐の場合)



「それで出てくるのが遅かったのですか。騒がしかったので、いると思ったのですが中々出てこない様でしたので」

「すまない、天野」

「ごめんね、美汐」



もう窓もカーテンも開けており、夏の日差しが入る水瀬家。

来たのは電気屋ではなく美汐だった。

なんでも、今日は真琴が読みたがってた本を持ってくる約束をしていたらしい。

真琴は完全に忘れていた様だが。



「大体祐一が変な話をするのが悪いのよ」

「真琴が怖がりすぎなんだよ。あれはそこまで怖い話じゃないだろ」

「なによ!」

「なんだよ!」

「・・・暑くないですか?」

「・・・・・・・・・暑い」

「・・・・・・・・・暑いー」



にらみ合っていた2人だったが「暑い」の一言で一番はじめの様に体がふにゃけた。



「はあ・・・そもそも涼もうとしてこんな事になったのですよね」



ため息を吐きつつ、美汐はそんな事をいって立ち上がった。



「キッチンをお借りしても良いですか?」

「えっ、ああ良いぞ。なにかいれてくれるのか?」

「真琴はジュースー」

「駄目です真琴。二人は少し待っていてください」



そう言ってキッチンに美汐は入って行った。





「こ、これは・・・」

「あぅーっ・・・」



二人の前に、正確には3人の前には、飲み物が置いてあった。

お茶。

ギンギンに冷えた冷たーーい麦茶では無い。

湯気がムワーッと立つ熱ーーい日本茶。



「いや、天野・・・我慢大会?」

「熱いよお・・・」

「『逆療法』と言うものです。暑い時に冷たいものを飲むのではなく、暑い時に熱い物を飲んで暑気を払うと言うものです。だまされたと思って飲んでみてください」



いぶかしんだ顔をした真琴と祐一だったがやがておずおずと飲み始めた。



「・・・・・・意外と良いな。暑いけど、冷たいものより喉を潤すよ」

「そうですね。それにやはり、夏は冷たいものを飲む頻度が高くなりますし、そうでなくても暑くて胃腸が弱りますから、熱いお茶は体に良いんです」



そう言って天野もお茶を飲む。

その姿は妙に様になっていた。



「美汐おばあちゃんみたい」

「・・・・・・なっ」

「はは、そりゃ良いや。『オバサンクサイジョシコウセイ』から『オバアチャンミタイナジョシコウセイ』にクラスチェンジ・・・・・・嘘ですスイマセン。急須を持って近づかないで、ていうかかけないで」

「・・・・・・・・・物腰が上品な私が、そんなことをするわけ無いじゃないですか。お茶を継ぎ足そうとしただけですよ」

「滅茶苦茶目が据わってたぞ(ボソッ)」

「何か?」

「いや、天野は物腰が上品だなーと」

「ただいま〜」



軽い緊張状態になった水瀬家に間延びした声が響いた。

名雪の帰還である。



「うーっ、猫さんつかまらなかったよ」

「そりゃ残念だったな」

「こんにちは名雪さん。すいません、台所使わしてもらっています」

「あ、こんにちは美汐ちゃん。全然いいよ。わ、お茶だ」



全然驚いて聞こえないが、名雪的にはおそらく驚いてるのだろう。

湯気の立つ茶碗を見て、少し目を丸くしていた。



「意外といけるぞ」

「名雪さんも飲みますか?」

「うん、ありがとう美汐ちゃん。でも、自分でいれるよ」

「いえ、座っていてください」



そう言って美汐はテキパキと名雪の分も準備をした。



「あついねー。でも、おいしいよ」

「ありがとうございます」

「ああ、天野感謝するよ」

「・・・・・・どうせおばあちゃんですから」

「むくれないでくれよ。ホントに暑くて死にかけてたからな、少し生き返ったよ。ありがとう天野」

「・・・・・・いえ」



少し俯いてそう言う天野を苦笑して見る祐一。

そう言えば真琴が先ほどから大人しいなと見てみると、舌を出してヒーヒー言っていた。

どうやら舌をやけどしたみたいだった。







―――MISSION FINAL そして現れるは救世主(何でも屋の場合)



ピンポー―ン



程なくして、再び水瀬家にチャイムの音が響いた。



「お、今度こそ電気屋か?」



そう言って祐一が立ちあがり、インターホンを取った。



「はい・・・・・・水瀬です」



だいぶなれてきたが、まだ『水瀬』と言うのに少し戸惑いを感じる祐一。



『エアコンの修理を頼まれた、何でも屋の『マツイ』ですが』

「何でも屋?」



電気屋じゃないのか?

そう疑問に思って祐一は尋ねた。



「失礼ですが、電気屋ではなく、何でも屋なんですか? 尋ねる家はこの家で合ってますか?」

『はは、合ってますよ。それにこの時期、電気屋だったら電話したその日になんてこ無いよ。何処の家も、買い換えたり壊れたりしてるからね。その点うちなら、結構穴場だよ。とは言うものの、電気屋みたいにいろんな保証は全然無いけどね』

「・・・・・・・・・」



すげーっ、胡散臭いな。

そう思っている祐一に。



『大丈夫だよ。そんな秋子さんの家に迷惑がかかるような事はしないから。それにこんなに早く来たのだって特別サービスなんだぜ?』

「秋子さんの知り合いなんですか?」

『ああ、仕事の関係でね』

「・・・そうですか」



秋子さんの知り合いかよ

祐一は思わず「秋子さんの職業って」と聞きかけて、グッと飲み込んだ。

・・・まあ、大丈夫かな。

そう判断して、祐一は玄関に向かった。







―――EPILOG そして本当の事の発端とは?



「リビングと2階の階段を上がって右手側の部屋は、問題無く直りました。それぞれ中の配線と、室外ユニットに少し異常が見られましたけど対した事はありませんでした」



リビングと真琴の部屋は壊れてはいたが、直ったらしい。

驚いた事に秋子の部屋にはエアコンは置いていなかった。

暑くないのだろうかと疑問に思う祐一だが、今はとりあえず問題がありそうな自分の部屋について聞く事に集中した。



「後の2部屋ですけどエアコン、室外ユニットともに問題が見られませんでしたね」

「へ?」

「そもそもこちらの部屋は問題無く動きますよ」



そう言って名雪の部屋のエアコンを元から電源を入れた。

久しく浴びてない、冷たい風が流れる。



「でも、リモコンは利かないよ?」

「名雪・・・電池は?」

「・・・・・・あ」



ぱたぱたぱたとリモコンを持って1階に降りて行く名雪。

そして戻ってきて、リモコンのポタンを押す名雪。

ピッと機械音がなり、エアコンが止まった。



「直ったよ〜」

「・・・良かったな。それで俺の部屋は? リモコンってことは無いと思うんですけど」

「あー、君の部屋はね・・・」



苦笑しながら何でも屋の男性は天井付近の壁のある一角を指差した。

エアコン・・・ではない。

天井付近の、二つの小さな穴が開いている・・・



「わっ・・・・・・祐一の部屋のエアコンのコンセントが抜けてる! ・・・あーそう言えば、じゃなくて・・・いったい誰が!」

「お前しかいないだろっ!」



そう言って、ポカッと真琴の頭を叩く祐一。



「あぅーっ、なによぅ。祐一が寝ぼけてやったんじゃないの?」

「するか! こんな事仮に寝ぼけてたってお前の他に・・・・・・・・・名雪、やって無いよな?」

「うーっ、酷いよ―。やってないよ」

「ほら見ろ、名雪がやるかっ、秋子さんがやるかっ、ついでに天野がやるかっ、お前しかいないだろ! そもそもさっきの『あーそう言えば』ってのはなんだ! 俺のこのくそ暑い数時間を返せーーー!!」

「な、何よお。祐一が気づかなかったのが悪いんでしょっ」

「そんなこと言い訳になるかバカ! 大体何も家中のエアコンが壊れた時になんてことするんだよっ」

「真琴だって暑かったわよっ」

「・・・お前さては、自分でコンセント抜いた事忘れてただろ?」

「あぅーっ・・・」



その後も結局、困った顔で見ている何でも屋の横で2人はギャーギャー言い合っていた。

そんな二人を見て、



「結局・・・・・・」

「え?」

「いえ、結局いつもどうりなのですね。・・・そう思いまして」

「そうだねー」



そんな、いつもどうりの、夏のある日のこと。