月は太陽を夢見て想う ― moonlight = sunlight ―
波の音が聞こえる
強くはない、心地良さを覚えるぐらいの小さな音
実際、ヒーリング効果を与える事が判明してCDも出される程だ
間違っていない感覚だろう
日は既に昇り、海を照らす
時刻は午前5時と早いが、今は夏真っ盛り
空も薄くて淡い水色が支配している
それより濃い青の海に光は反射し、眩い幻想が創り出されていた
この独特な世界に位置する砂浜に1組のカップルがやって来る
他に人は誰もいない
先述した通り時間が早いからだ
だからこそ、こんなに貴重な世界を味わえる
「もう暑いねー」
黄金の髪を微かな潮風に靡かせる白い水着の女が、髪と同色の瞳に射す陽光を手で遮った
ビキニで肩紐がない為に露わになっている、見るだけで虜になってしまう魔性の色香を漂わせているかのような白い肌
グラマーなプロポーションがより魅力を引き出している
「熱帯夜が続いているしな。昼頃にはもっと暑くなるぞ」
隣に立っているのは白いパーカーを羽織る少年
膝まであるトランクス型の水着と彼女程ではないが色白な肌の持ち主だ
サングラスをかけていて、光避けなのか装飾アイテムなのか――――恐らく前者であろう
それでも何故か似合っていた
2人は手を繋いで、寧ろ腕を絡ませて歩く
常にべったりくっついている事から結構ラブラブな恋人同士であるのが予測出来る
いや、本当にそうなのだが
短めの距離を進んだ所で大きなシートを敷き、予め借りておいたパラソルを差す
荷物を置いて少年は腰を下ろした
「ねえ、祐一。早く海に入ろう」
祐一と呼んだ少年の腕を引っ張る女
「アルクェイド。俺は荷物を全部持っていて疲れたんだ。ちょっと休ませてくれ」
自分の腕を引っ張って駄々をこねる女、アルクェイドを座らせる
「むーっ」
不満な表情を浮かべるも祐一に抱きつくと、ころっと笑顔に変わってしまう
彼女にとって祐一は一番大切な人であり、安らぎなのだろう
実に幸せそうな顔をしている
また殆ど祐一に密着していて、もしかしたら抱きつき癖があるのかもしれない
しかしながら恋人同士という事なのでこれは当然の結果
彼も拒んでいる様子もなく、快く迎え入れている
アルクェイドの頭を撫でていると持って来た荷物が視界に入った
――――あの中には何が入っている?
大事な事を忘れている気がした
「………そうだ!朝食を食べてなかったんだ」
2つあるバックのうち1つから黒いバンダナで包まれた物を取り出す
結び目を解くと2段重ねの弁当箱が現れた
といっても重箱ではなくて、大きさはそのぐらいだが捨てられるプラスチック製の容器だ
「ほらっ。弁当食べようぜ」
バンダナをテーブルクロス代わりにして上に弁当箱を置く
上段には8個のおにぎりが
下段には唐揚げ、卵焼き、ほうれん草の胡麻和えなど色取り取りのおかずが並んでいた
アルクェイドに割り箸とペットボトルに入ったお茶を渡す
「「いただきます」」
挨拶をした後、祐一は喉の渇きを潤す
ちょんちょん
「ん?」
右腕を指で押されているのに気付き、そっちに首を向ける
アルクェイドが卵焼きを箸で挟んでこちらを見ていた
「祐一。あ〜ん、して♪」
「…ぷはぁっ……あ〜ん」
ペットボトルから口を離して、アルクェイドに卵焼きを食べさせてもらう
「ねっ、美味しい?」
「おう!」
「ほんとっ!?よかった〜」
微笑みを零すアルクェイド
彼女の様子を見て和むが、作ったのはお前じゃないけどな、と祐一は声を出さずに突っ込む
可能性は低いけれども、確認として毒味をさせたのかもしれない
祐一の突っ込み通り、弁当を作ったのは琥珀という彼の親友が住む屋敷で仕えている女性である
料理担当で和風、洋風、中華となんでもござれな腕前だ
何故かカレーだけは料理として認めていないが
祐一はコンビニで菓子パンやおにぎり類を買おうとしていたのだが、琥珀が作らせて欲しいというので任せた
「愛情をたっぷりと込めてありますから」
渡す際、そう言っていた
実は彼女、祐一に好意を持っていたりする
表立ってアタックせず、こういった方法で好感度を少しずつ上げていく
例え祐一と結ばれなくとも一生お世話が出来ればいい
それだけで彼女は満足を感じ、幸福で満たされるのだ
因みにアルクェイドは彼女が祐一を好きであるのを知っていても危険視していない
「わたしにもして欲しいな」
「分かったよ」
半分に切られているチーズハンバーグを口元に持っていく
「んじゃ、あ〜ん」
「あ〜んっ」
入った物をゆっくりと咀嚼
飲み込んで、また祐一にせがむ
「ゆーいちぃー」
「はいはい。次はこれな」
嫌がる素振りはなく、祐一は次の料理、人参のグラッセを選ぶ
「あ〜ん♪」
「うまいか?」
「うん、美味しい〜。海も綺麗だし、志貴達も来ればよかったのにね」
「仕方ないさ。2人の体はあまり他人に見せられるものじゃにからな」
飲み物を口に含み、祐一は答えた
『志貴達』とは一体誰の事なのか?
志貴達――――遠野志貴とシエル、この2人を意味する
祐一とアルクェイド同様、彼らも恋人同士
4人で遊んだりする事もしばしば
志貴とシエルのデート先は高確率でメシアンという本格的インド料理店
そこで毎回カレーを食べている
というのも、シエルは大のカレー好き
家で作る料理も大抵がカレーと言う程大好きなのだ
その為に時々琥珀とカレーについて口論が繰り広げられる事も
さて、どうして2人は他人に見せられるような体ではないのか?
志貴の場合は子供の頃、死に至る傷を負い、今も胸には大きな傷跡が残っている為
シエルの場合は腕や背中に刻印が刻まれている為だ
理由は長くなるので省略するが、とにかく共に体に何かしらの残されるものがある
だから肌を曝け出すような場所には行かない
今日もまた、仲良くメシアンへ出かけるのだろう
「あ〜ん♪」
祐一はアルクェイドに唐揚げを食べさせた
美味しそうに食べる彼女を見て、自然と笑みが零れた
何気ないやり取りがこんなにも楽しく感じられるのは彼女でだからであろうか
その通りだ
アルクェイドといるから俺は毎日を充実して過ごせる
だからこそ、ずっとこの時を覚えていたい
おにぎりを頬張りながら祐一は考えていた
結局、何回も食べさせ合ったり、祐一が食べかけたおにぎりをアルクェイドが食べたり逆もまた然り、
と続けられて1時間も食事にかかってしまった
周囲に人がいたら幾つものハートが溢れているのを視認出来たはずだ
長針が1回りして太陽はさらに高く昇っていた
パラソルを差していても日差しは2人に降り注ぐ
海に入りたいところだが、食べ終えたばかりで運動可能な状態ではない
落ち着くまで食後の休憩を取る事にした
ちりちりと容赦なく日差しが肌を焼く
抱きつくアルクェイドを離し、祐一は羽織るパーカーを渡す
「これ着とけ」
袖を通してすぐに彼に腕を回して甘えるアルクェイド
頭を撫でてもらったり、首筋を舐めたり、顔をすりすりしたり等々
一番似合う、というよりこれしか当てはまらない表現は猫
確かにネコミミを付けたらマッチする事間違いない
目を細めて擦り寄る姿は正しくそれである
「でもどうしてこれを着るの?」
下から目線を祐一に向ける――――所謂上目遣いでアルクェイドが問う
瞬時に祐一はかなりの萌えを感じたらしい
暫く見つめ合いが続き、見惚れていた状態から我に返って口を開いた
「アルクェイドの肌を日焼けさせたくないからな。お前の肌は本当に白くて綺麗だ。何時までもそのままでいて欲しいんだよ」
祐一は恥ずかしさ、彼女の可愛さ、美しさで頬が少しばかり赤くなっていた
互いに言葉はなくなって水の遊ぶ音だけが流れる
幾ばくかの時が過ぎ、先に動いたのはアルクェイドだった
回していた腕に力を込める
だが祐一に息苦しさを与えるものではなく、優しく抱擁するようなもの
心地良さが全身を巡っている感じだ
「やっぱり優しいね、祐一は」
無邪気な笑顔から慈愛に満ちた笑顔に変化
普段は窺えない新たな一面もまた彼女には似合っていた
「面と向かって言われると照れるな」
「だって本当だもの。そう………恐いくらいに」
「恐い?」
「わたしが生きる現実は、本当は夢じゃないか。まだわたしは鎖に繋がれたまま無機質に眠っているだけじゃないか、そう考えちゃう。
祐一の優しさはわたしを狂わせる。祐一の温もりで貴方に縋りたくなってしまう。わたしの中の抑制が全て外れて、
わたしの存在そのものを預けたくなってしまうの。けどそれは都合が良過ぎる事…」
アルクェイドは淡々と話していく
何処か儚さが感じられた
彼女の微笑みにも翳りが生まれている
祐一は頭を撫でながら黙って聞く
「わたしは兵器。感情なんて殺戮人形には必要ない、無駄なもの。だから情報だけで知っていたこの現実に似た事を、
わたしも理解していない潜在意識が願望として夢を創り出している。そして必ず来る終わりは何時なのか………。
不安で……恐くてしょうがないの」
アルクェイドの腕が、身体が震えていた
顔を俯けているが、彼女は泣いているのを理解出来る
涙の粒が祐一の身体に落ちてくるからだ
不意に同じような光景が頭をよぎる
あの時――――初めてアルクェイドが弱さを見せた、吸血衝動が暴走しかけたあの日と同じ
因縁の戦いにも決着がつき、平和な日々が始まると思っていた
しかし長年抑えてきたアルクェイドの吸血衝動が暴走
すでに付き合っていた志貴とシエルが全力で食い止め、何の力を持たない祐一は見ているだけ
今まで志貴とアルクェイドは吸血鬼達と戦い、祐一は普通の日常を彼女に味合わせる
つまり精神的な面で支えてきた
故に戦闘が始まれば祐一は何も出来ない
強大な力を見境なく撒き散らすアルクェイド
徐々に疲れの色が見え始めて苦戦を強いられる志貴とシエル
自分に出来る事は何か?
彼女に休息を与えたい、だから俺達が過ごす日々を楽しませたいのではなかったのか?
俺に出来る事はただ1つ
なら、やるべき事は決まっている
決意を心に祐一は1歩1歩、アルクェイドに向かって歩き出す
3人は気付かない
余波が容赦なく祐一に襲い掛かり、身体に傷をつけていく
ゆっくりと、だが臆する事なく動きが止まっていた3人の間に割り込んだ
そして自分の存在に気付いて睨むアルクェイドを抱きしめた
「もう……いいだろ…?いい加減…楽になろうぜ……」
赤子をあやすように祐一は優しく頭を撫でる
詳しい事はアルクェイド自身にも分からないらしい
愛の為せる技なのか
正気を失っていた瞳には生気が宿り、祐一の姿を映す
全身の力が抜けて崩れ落ちるようにへたり込む
吸血衝動は、原因不明のまま治まった
自分が何をしていたか、その後認識したアルクェイドはボロボロだった自分を大泣きして抱きしめてくれた
忘れられない、忘れたくない
嬉しかった――――アルクェイドが自分に誰にも見せた事のない感情をぶつけてくれたのが
悲しかった――――アルクェイドの弱さに、辛さに、痛みに気付いてやれなかった自分が
バックからタオルを取り出して祐一は顔を拭いてあげる
「いいじゃないか、夢だって」
「えっ…?」
綺麗になったアルクェイドの頬にそっと触れる
「これがお前の創り出した夢だとしても俺はお前と一緒に生きている。俺達は愛し合っている。それだけでいい。
夢であろうがそれだけは現実だ」
手はどんどん下に降りていき、ボリュームのある左へ辿り着く
全身を駆け抜ける快楽
刹那、身体は一度痙攣して火照った吐息が漏れる
「あっ……」
「体温もあって心臓の鼓動も分かる。こんなにもアルクェイドは温かい。俺はそれを知っていて、覚えている。
アルクェイドだって俺を抱きしめてるから分かるだろ?」
「うん。祐一の命がわたしに伝わってくる」
「過去とか未来とか、現実とか理想とか、そんなものは考える必要はない。今、この時をしっかりと刻み込めばいい。夢だとしてもさ、
開き直ってもっと楽しもう」
笑いながらアルクェイドの髪を乱暴に撫でた
それでも彼女の表情は晴れない
「夢だったら……夢が覚めたら祐一は消えちゃう…。嫌よ………そんなの…耐えられない…」
不安と恐怖は未だ渦巻く
何もなかった自分に祐一が生きる楽しさを教えてくれた
故に失う辛さを誰よりも認知し、ダメージを受ける
数々の強者に勝ち、永き間戦ってきた姫は見る影もなく――――弱い
悪い事ではない、寧ろ良い事だろう
自覚しているからこそ、分かってもらえる者がいるからこそ支えてもらい、前に進められる
「大丈夫だって。ちゃんと俺は存在してるから」
「………ほんと?」
「俺もよく夢を見るんだけど、その中に出てくる人や物は実際に見た事がある可能性が高いんだ。
例えば俺が夢の中でコンビニに行ってレジの店員と話していた。夢から覚めて学校の帰りにコンビニに寄ったら、
レジの店員が夢で出てきた人と一緒だったんだ。だから俺も志貴も他の皆も何処かで見た事があるんだよ。
とにかくさ、そんな難しい事は考えないで生きていこうぜ。もう自由なんだから、もっと気楽にさ」
悪戯なものではない、今度は安堵感と浮遊感で包んでくれる笑顔を向けた
――――あぁ……わたしの大好きな祐一の表情…
祐一が触れた左胸に両手を添えた
ゆっくりと力強く脈打つ心臓、流れ巡る血液、生命
アルクェイドはこの世界で生きている
現であろうが夢であろうが己を認めていれば、他はどうであれ、自分は存在しているのだ
――――これにわたしは何回救われただろう…?
胸に添えた手を祐一の顔へ移す
優しい手つきで全体を触っていく
急な事で驚いたが、祐一もアルクェイドの好きなようにさせている
先程と同様に祐一の左胸に到着
「……祐一も此処にいる。ちゃんと…生きてる……」
自分と同じ鼓動を確認して漸く笑顔が戻った
ただし普通の笑顔ではない
太陽さえも霞んでしまう、極上なもの
――――俺の大好きなアルクェイドの笑顔だ…
言葉では言い表せない衝撃が祐一を襲う
勿論、衝撃といっても痛みがあるわけではない
常識を超えたアルクェイドに見惚れてしまい、動きが止まる
逆光であってもはっきりと見えていた
彼女自身が光を発している、そんな錯覚までしてしまう
――――これに何回心洗われただろう…?
アルクェイドが抱える闇もまた、祐一は感じ取り、自分のものとして受け止める
何とも言えないもやもやが生まれるが、一瞬にして浄化されていく
打ち寄せた波が静かに引いていくように
互いに在る命を見つめ合う間を緩やかな潮風が吹き抜けた
軽いまどろみの世界に入っていた2人の視線が交錯する
黒い瞳と紅い瞳
共に宿すは生に対する執着、愛に対する希望
種族は違えど想う事は一緒
隔てる境界など一切ない
縮まっていく2人の距離
そして零になった時――――塞がる穴、繋がる心
光を反射して煌く海を背景に、祐一とアルクェイドは唇を重ねた
柔らかい感触は生を実感させ、流れ込む熱もやはり生を実感させる
夏の日差しという外部からの暑さ………否、迸る愛の炎という内部からの熱さ
舌を絡ませる激しいキスではない
重ねるだけの初々しい恋人同士が行うキス
決して2人がそうなったばかりというのは間違いではあるが、しかしそれでも濃厚で甘い
この場で確かめるには十分なものだった
「祐一……」
唇が離れ、とろんとした目をむけるアルクェイド
「好き……大好き…」
頬にもう1度キスをしてそのまま祐一に体重を預ける
祐一も腕を回してアルクェイドを包み込んだ
「俺も大好きだ」
項に祐一の吐息が当たる
くすぐったさも気持ち良く感じられた
日差しは依然降り注ぐ
来た時よりも増しているのは気の所為ではない
抱きしめあったままの祐一とアルクェイド
汗が滲んでこようがお構いなく続けられている
アルクェイドは瞼を閉じていた
余韻に浸っているのか、はたまた眠っているのか
どちらにせよ、彼女の顔は繊細で安らかなものだった
「ねぇ……」
頭を祐一の肩に乗せたアルクェイドが尋ねる
「もし太陽が消えて、月明かりだけが照らす闇の世界になったらどうする?」
「唐突だな」
「わたしは月しか知らないから太陽に憧れてた。月の冷たい光じゃない、暖かな光。
全身で受け止めて貴方を温もりで包んであげたいの。何時もわたしは支えてもらってばかりだから」
「月だって幻想的だし、昔はその月明かりが数少ない灯だったんだ。それにアルクェイドは月の姫なんだからな。
俺は嫌悪しないけど。で、太陽が消えたらって質問だったな。答えは絶対に消えない」
祐一が自信を持って言い切る
答えが不満なのか、アルクェイドは頬を膨らませた
「それじゃあわたしの質問の意味がないでしょ。消えた事を前提にして答えてよ」
「消えたってあの太陽だろ?」
祐一は上を指差す
差した先には変わらずに輝き、光を放ち続ける太陽
視線を向けたアルクェイドは眩しさに目を細めながら頷く
「あれが消えても太陽は存在し続ける」
「どうしてそんな事が言えるの?」
アルクェイドが祐一を見つめた
彼女の困惑した表情を視界に映す
ちゃんと答えて欲しい
揺るぎない瞳で自分に訴えかけている
祐一は視線を外して前方の海へと移した
「だってさ……」
海を眺めながら口を開く
声量は大きいわけではない
だが、そこには確固たる自信が含まれている
アルクェイドはそんな気がしてならなかった
だからこそ、妙な緊張を抱えて次の言葉を待っていた
まだ祐一は声を発しない
じっれたさから回す腕に無意識に力を込めてしまう
漸く話す気になったようで、ふぅと一息つく
目線は動かさずに続く言葉を紡いだ
「俺にとっての太陽はアルクェイドなんだ。あの太陽が消えても、アルクェイドが俺をずっと照らしてくれる」
「ゆう……い…ち…」
驚き、安心、喜び、感動
様々な感情が生まれて混ざり、声を出したいのに出来ない
ただ自信に満ち溢れた愛しい者の横顔を見ているだけしか出来ない
「よしっ!」
急に勢いよく立ち上がった祐一
先程の台詞が恥ずかしくて隠したいのだろう
その所為で抱きついていたアルクェイドはバランスを崩し、顔面をシートに上にぶつけてしまった
「痛い……」
「………はっ、早く海に入ろうぜ!暑くて仕方ないからなっ」
涙目で鼻を摩るアルクェイドから逃げるように走っていく
サングラスを外して前を向きながら器用に後ろへ投げると、しっかりと荷物の上に落ちた
祐一の背中をアルクェイドはぼーっと眺めていた
大人びた言葉を言ったと思ったら、既に子供のようなはしゃぎっぷり
誰もいないのをいい事に大声で騒いでいた
自然にほんわかとした気分になって笑みが浮かんでしまう
同時に頬を伝うひとしずく
鼻を打った痛みは関係ない
自分を想っていてくれる優しさ
自分を必要としてくれる嬉しさ
加工がされていない、けれども綺麗に輝く純粋な宝石のような素直さ
祐一が言う何気ない言葉はこんなにも自分を動かす
だからこそ一緒にいたい
夢だとしても、それを信じて歩いていきたい
祐一の隣にいれば、何でも楽しく感じられるから
指で涙を拭ってパーカーを脱ぐ
立ち上がって大きく1回伸びをした
海に続く砂浜に残された彼の足跡を見て、アルクェイドは呟く
「祐一も……わたしを照らしてくれる太陽だから…」
波と彼の声で自分でも聞き取れない程の声量
しかし想いは迷わずしっかりと届いているようだ
「早く来いよー!」
大きく手を振って祐一が呼んでいた
「今行くっ!!」
アルクェイドが駆け出す
祐一の残した足跡と寄り添うように彼女の足跡もまた、刻まれる
足が海水の中に入り、ひんやりとした感覚が下から上へ、パルスのように昇っていく
水面は膝下ぐらいの高さで祐一との距離は3mにまで近付いた時
「祐一っ!」
アルクェイドが満面の笑顔を咲かせて跳躍
祐一も両手を広げて笑顔で待ち構える
そして――――
「ずっと一緒だからね!」
バッッシャーーーン
水飛沫を上げながら2人は抱き合って海へ倒れ込んだ
波の音が聞こえる
強くはない、心地良さを覚えるぐらいの小さな音
そんな波の音を消してしまう2人の笑い声
明るく、楽しく、愉快に踊っているかのように水をかけあって遊んでいる
上から光を降り注ぐ太陽
海はそれを反射して輝く
そんな輝きの中でも映えて見える2人の姿
仲良く、幸せで、無邪気な笑顔を振り撒いている
自らが光輝くように見える………否、この言葉に語弊はない
太陽は1つだけじゃない、此処にも存在していた
全てを照らす太陽ではなく、大切で愛しき者を導く太陽
月があるから太陽がある、太陽があるから月がある
月明かりがあるから陽光の温もりを知り、陽光があるから月明かりの神秘さを知る
2人も同じ、切っても切り離せない永遠の関係
痛みも苦しみも悲しみも、乗り越えていける
闇き世界を愛の光で照らしてくれるから……