8月14日
ガタンゴトン、ガタンゴトン
冷房の効いた静かな車内で、僕は静かに目を閉じていた。
高校三年の夏、受験で一番大事な時なのに僕はこんなところにいる。
勉強するのが嫌だった。
勉強するのに疲れていた。
勉強をすることに意味を見出せないでいた。
都内の進学校、それが僕の通っている高校だった。
夏休みも返上で勉強に明け暮れる毎日、それでも僕は苦痛を感じなかった。
自分の将来の為なのだから別に勉強は忌むべき物では無かった。
でも、ある日、帰り道の途中で僕と同じくらいの年のグループとすれ違った。
そのグループは4,5人でいかにも遊びまわっている様な風貌だった。
すれ違っただけで、話したわけでも何をしたわけでもないのに、僕はそのグループに心魅かれた。
輝いていた。
少なくとも僕なんかよりもずっと輝いていた。
おそらく、将来、先のグループの誰より高い地位に就けるかも知れないけど、それでも何故か僕が負けているような気がした。
人間的な輝きというか、魅力というか……そういうのが遥かに劣っている気がしてならなかった。
それ以来、気が抜けた。
今まで自分が積み上げてきた勉学の知識がくだらないようなものに見えた。
皆が一斉に机に向かって無言で練習問題を解く姿がおぞましいものに見えた。
勉強が怖くなった。
いてもたってもいられなくなった。
何かしないといけないのに何をすればいいのかわからない……そんな心境だった。
気が付けば、僕はカバン一つを持って家を飛び出していた。
僕は一番簡単な方法……すなわち、逃げたのだ。
行くあてがあるはずも無く、かといって家にも帰ることも出来ず、仕方ないので祖母のいる実家に行くことにした。
そして現在……実家に行くための電車の中に至る、というわけだ。
「次は華ヶ丘ー、華ヶ丘ーでございます。お降りの際は忘れ物にご注意ください」
「次か……」
まもなくしてプシューと扉が開く音がした。
僕はカバンを持つとその扉をくぐって、久方ぶりの故郷の空気をめいっぱい吸い込んだ。
青い青い空の下で…
「あっつ……」
さびれた駅を出ると、そこは都心から来た僕にとっては『ど』が三つは付きそうな田舎だった。
ミーンミーン、と耳が痛くなるぐらいの蝉時雨が僕を出迎えてくれている。
全然嬉しくないお出迎えだが、同時に田舎だということを否が応でも認識させてくれた。
「なんていやな認識方法だ」
率直な感想をつぶやいて実家への道を歩き出した。
さくさくと歩き出すと、見覚えのあるような無いような不思議な光景が広がる。
深く思い出そうとすれば、昔ここで遊んだこととかを思い出せるのだけども……
まぁ、いかんせん思い出の数が多いので懐かしさだけ感じながら、基本的にはスルーしていった。
大木の木陰
申し訳程度にひかれてる水路
道に嫌になるくらい茂ってる雑草
空にはさんさんと光はなつ夏の日差し
ああ、都会でも田舎でも暑いものは暑い。
それでも、アスファルトの熱反射やエアコンの排気扇などの暑さよりかは、何となく心地良いもののような気もする。
空気がいい、そこだけが都会より勝ってそうな箇所にも思えていたのだが、その認識も改めれなければいけないようだ。
夏の日差しを一身に受けながら歩く。
一応、道は舗装されているが、文字通り『一応』レベルだ。
あぜ道よりかは歩きやすいが、アスファルトの道に慣れてしまっている僕には歩きにくく感じられる。
いらつく。
ああ、これだから夏は嫌いなんだ。
暑さで汗が吹き出てシャツが身体にぴったりと張り付くし、暑いから少々のことでイラつくし、食べ物もすぐにダメになるし、なんでもないただけずっただけの氷がシロップをつけるだけで商品価値を持つようになるし、空調代はかさむし、いいところがまるでない。
あぁ、忘れていた。
それにすごくノドが渇くから、飲み物代もかかるじゃないか。
現に僕もノドが渇いて仕方ない。
自販機、自販機……っと、ん? なんだアレ?
目の前に変な光景があった。
眼前にはごく普通の飲み物の自動販売機があった。
ただ変なのはその下に人が倒れていることだろうか。
見た感じ僕と同じくらいの年齢の女の子で、このクソ暑い日差しの中、真っ黒な上着とスカートを穿いている。
……こんな都会じゃ絶対ありえない光景を前にして僕は……
ちゃりんちゃりん
ぴっ
ごとん
ちゃりんちゃりんちゃりんちゃりん
「ふー、生き返る。夏はやはりサイダーだな」
「……って、どうして私の事無視して冷静に飲み物買って飲んでいるんですかっ」
サイダーを飲んでたら謎の行き倒れに怒られた?
疑問系なのは、その少女が半べそかいてて、怒っているのかどうか不明だからだ。
非難しているのは確実っぽいけど……
「だって、僕には行き倒れに知り合いいないし」
「知り合いじゃなくても、普通助けるものですっ」
「え? なんでさ?」
「えっ? なんでって言われても……うう〜〜っ、ずるいです。わるものです」
自販機でサイダー買っただけで悪者にされた。
さすが田舎、僕の常識を超えた場所だ。
そもそも、この少女は僕に何を求めているのだろう?
そんなことを思っていると、少女が桜色の髪を翻して自販機の方に振り向くと、再び倒れた。
「……死体ごっこ?」
「違いますっ! ……私、死体なんかじゃないです」
「……じゃあ、どざえもんごっこか?」
「水死体でもないですっ」
少女は自販機の前で倒れているだけかと思ったが、それだけでは無いらしく、ごそごそと自販機の下に腕を入れようと奮闘しているようだ。
僕はため息を一つつくと、そこら辺の木の枝を適当な長さで折った。
「おい、そこの不審人物」
「うう〜〜っ、私、不審人物じゃないです〜。それでなんですぅ?」
「ほら、持ってろ」
「えっ?」
僕はきょとんとしている少女に飲みかけのサイダーを手渡して、自販機の前でしゃがんだ。
そして、大雑把に木の枝を自販機の下につっこんで適当に下にあるものを掃きだした。
「ほら、探し物はこれか?」
「んぐんぐ……え? 何?」
振り返ると僕のサイダーを飲んでる不審人物がいた。
少女は僕と目が合うと、はいっ♪ って悔しいけど可愛いと言わざるを得ない人懐っこい笑顔でサイダーをこちらに返してきた。
「お前……」
「サイダー、ありがとう」
腹が立ったんで、ポカッと頭を叩いておく。
「な、なにするんですかっ!」
すぐに半ベソになる不審人物。
僕はそのうらみがましそうな視線をはなつ少女からサイダーを受け取った。
「はぁ……もういい、探し物はこれか?」
そう言って、僕は自販機の下に落ちていたもの……おもちゃの指輪を少女に差し出した。
「あっ、これです……どうもありがとうございます」
少女は少し困ったような表情でおもちゃの指輪を受け取った。
「それじゃ」
「あ、あのっ、その……お礼させてくれませんか?」
「別にいいよ、そんな大したことしたわけじゃないし」
木の枝で自販機の下はいただけだしな。
「じゃあ、せめてお名前だけでも……」
「……僕の名前きいたって、別に意味ないだろ」
「だって、名前を知っていたら、この村にいる間は名前呼んで挨拶できるんです。それはいいことだと思いますよね?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……それじゃ」
蝉がみんみん鳴いている日差しの中、僕は踵をかえして歩き出した。
あ〜、実家まで歩いて20分もかかるんだよな。
つまり、20分はこの日差しと闘わないといけないのか……
「うう〜〜っ」
せめて実家に文明の利器であるエアコンが導入されていることを願う。
なければ水風呂だ。
水風呂、あれはいいものだ、冷たいけど気持ちいいし。
「う〜う〜」
西瓜とかがあればなおいい。
勉強一辺倒だった僕でも実感できる夏の風物詩だ。
縁側で塩振って食べれば絵になるだろう。
「うう〜〜っ、名前は大切なんですぅ……」
しかし
なんだって
後ろのコイツは僕についてきているんだろう?
「……須藤和真」
「ほぇ?」
「僕の名前だ」
「いい名前ですねっ」
じゃあ、かずまさんって呼ぶんですー、と人懐っこすぎる笑顔を向けてくる少女。
不思議だ。
どうしてここまで、純真で邪気がなく、能天気で子供っぽく、馬鹿で人懐っこくいれるんだろう?
田舎で育つと皆こうなるのか?
「で?」
「ほぇほぇ?」
「ほぇほぇ? じゃなくてお前の名前。僕にだけ言わせて自分は言わないつもりか?」
「えっと、私の名前は草野エイ、今は幽霊してるんです」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……それじゃ」
「え〜ん、信じてくださいよう、今、あの世ではお盆で現世帰りの許可装置の大安売りが……」
「まぁ、この暑さだしな……」
「哀れんだ目で見ないでくださーい! 本当にこの時期、あの世では格安で現世に戻れるバーゲンがあるんです」
「あー、はいはい幽霊なんだな」
「う〜、信じてないです。じゃあ、これでどうですかっ!」
ふわっ
「…………おいおい…冗談きついぞ」
目の前でふわりと浮き上がる少女。
唖然としている僕がおかしいのか、さらに驚かせようと高度を上げていく。
「えへへ〜っ、どうです? 信じてくれました?」
「……まぁ、悔しいが信じた。けど一つ忠告しておいてやる」
「ほぇ?」
「空飛ぶのは結構だが……ぱんつみえてるぞ」
「…………え?」
ぷかぷかと浮いたまま固まる自称幽霊。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………見た目のわりに大人っぽいの穿いてるな」
「いやーっ!」
スカート押さえて急降下してくる幽霊。
墜落してくるのはかまわないんだけど、僕の方に墜落してくるのはどういうことか。
「ちょ、待っ…げふぁ!?」
「みっ、見ないでくださーい!」
女の子座りのまま落下してくる少女の膝が視界いっぱいに広がったところで僕の意識は途切れた。
「う…うーん……ここ…は?」
目を開くと、光と緑と茶色のコントラスト。
葉っぱと枝の間から漏れてくる夏の日差しがまぶしくて目を背ける。
だが、こうして寝ていること自体は不快じゃないので、目を閉じて耳を澄まして一時の安らぎを享受する。
木陰にいるらしく、道を歩いている時ほど暑くはない。
瞼越しに感じられる木漏れ日も程よい感じだ。
蝉の鳴声もそれほどうるさくも無く、夏を感じるに適量程度の音量だ。
そんな状態でしばらくいると、蝉の鳴声とは別に、す〜す〜、という声が聞こえることに気が付いた。
「ん?」
す〜す〜、と声のする方を見ると桜色をした髪の少女が木を背にして寝ている。
そして気付くのがかなり遅いようだが、僕はこの少女の膝枕で眠っているらしい。
あー、何か思い出してきた。
確かこの少女が空飛んで文字通り浮かれているところに、親切な忠告とその感想を述べたら膝の『いい』のを眉間にもらって……
どうやら、僕をここまで運んできて介抱してくれてたようだ。
この少女のせいで意識を失ったのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、こちらにも非が無いわけでもない。
放って置いて逃げることも出来たはずなのに、それをしなかったところは、この純真な少女っぽいなと思う。
いや、そんなことより、そもそもこの少女は何なのだ?
自分は幽霊だと名乗る少女、草野エイ。
話を鵜呑みにすれば、あの世からこっちの世界にくる為の何かを安く買い叩いて来たらしい。
俄かに信じがたいが、僕が気絶することになった要因は少女が空を飛んだことだ。
それにまだ会って間もないが、この少女が嘘をつける性格だとは思えない。
以上、彼女の性格とか事実から考えて、本当に幽霊だと言うことになる。
…………マジですか?
マジ幽霊?
幽霊って足あるんだな、今度誰かに教えてやろう。
ついでに幽霊の膝枕は気持ちいいことも。
少女の方を見ると、いまだす〜す〜と寝息をたてている。
う……くそ、幽霊のくせに可愛いじゃないか。
顔をあげて起き上がって少女の方に向き直ると、子供っぽい言動とは裏腹に年上っぽく、お嬢様然とした寝姿だった。
とりあえず、いつまでもこうしてられないので、起こさないと……
「おーい、起きろー」
「す〜す〜」
「お〜き〜ろ〜」
「す〜す〜」
む、頑固だな、ここは強行手段だ。
柔らかそうなほっぺをぷにぷにとつついてみる。
「ほれほれ」
「にゅ……そんなことしたら、はんばーぐ……食べれないよ……」
「ほれ、起きろ」
「や〜め〜て〜よ〜」
効果あるものの、対象を起こすのには至らず。
作戦は第二段階に移行します。
「必殺、鼻つまみ」
「ぴぁ!?」
「さぁ、いつまで保つかな?」
「う〜……グリーンピースが……グリーンピースが……」
「……どんな夢見てるんだ……?」
「や〜、こんな死に方はヤ〜……ぷはっ!」
起きた。
目をぱちくりさせて、目の前を……すなわち僕の方を見ている。
「ほぇ……えっと、かずまさん?」
「おう、かずまさんだ」
「……さっき、私に何かしてませんでした?」
「気のせいだろ」
「でも、さっき、かずまさんの手が顔に触れていた様に見えました」
「幻覚だろ?」
しきりに首をひねってる幽霊少女。
少女が起きたので僕は立ち上がって、また家の方に向かって歩き始めた。
僕の後ろを慌てて少女が追っかけてきた。
「わ、待って、待ってよー」
「なんだ? もう名前は名乗っただろ?」
「そーじゃなくて……その…聞きたいことがあるんです」
「知らない」
「まだ何も言ってないです」
「面倒くさい」
「歩きながらでいいですから聞いてください」
「…………ま、道中の暇つぶしに聞いてやるよ」
そう言って歩きながら答えた。
実際に実家までただただ歩くだけというのも芸が無い。
ただそれだけの理由。
まぁ、少しはこの幽霊という怪現象に興味もあったのだが。
「えっと……かずまさんは草野エイと言う人物を知っていますか?」
「……草野エイってお前のことだろ? 僕の事バカにしてるのか?」
「違うんです、その……『まだ生きていた頃の草野エイ』を知っていますかって意味なんです」
「はぁ?」
「実は私……自分がどうして死んじゃったのか憶えてないんです……それで気になってこっちの世界に死因を調べに来たんです」
「……それがなんだって自販機のしたで死体ごっこしてたんだよ? あそこに手掛かりでもあったのか?」
「いえ……あれはそのぅ……こっちの世界の滞在に必要な指輪を落としてしまって」
「バカだな」
「よく言われます」
「結論を言うと、僕は生前のお前は知らない。僕がここに来るのは……六年ぶりだから」
「そうなんですか……残念です」
会話が途切れる。
もう、聞きたいことは無いらしいみたいなのだが……何故か僕についてくる。
なんなんだ?
間が持たないので、話題を提供してみることにする。
「なぁ、お前って幽霊なんだろ?」
「え? は、はい、そうですけど……」
「幽霊って昼間でも活動できるんだな」
「はい、いつでも活動できますよ。……でも悪い幽霊さんは夜にならないと出てこれないそうなんです」
「ほー」
どうでもいい豆知識が増えた。
人に話せない辺り、まったくもってどうでもいい知識だ。
「お前ってさ、壁抜けとか、そういうこと出来るの?」
「一応、頑張ればできますよー」
「それって、一部分だけ壁抜け出来るようにして、他の指先とかだけ物に触れたりとかも出来るのか?」
「え? 多分、すごく頑張れば……」
「じゃあ、何でそれで自販機の下の指輪を取らなかったんだよ?」
「…………」
「…………」
「気付かなかったんです」
「バカだな」
「よく言われます」
壁抜けは出来るらしい。
でも、バカだから使い所がわからないだろう。
宝の持ち腐れだな。
その他にも色んなことを聞きながら歩いているうちに、実家が見えてきた。
この少女と話していたお陰で暑さから気は紛れていたが、身体の方はそうもいかなく、汗まみれだ。
早く冷房の効いてる部屋に行きたい。
冷房が無かったら、水風呂でもなんでもいいからこの灼熱地獄から解放されたい。
「もう実家が見えてきた」
「……じゃあ、ここでお別れですね」
「じゃあな、幽霊の話、なかなか楽しかったぞ」
「あ……」
「ん? なんだ?」
「あのっ、その……もし出来ればでいいんですけど、って言うか私的には是非ともなんですけど、かずまさんにご迷惑かけるわけにもいかないんで強制はできないけど、でも一緒の方が心強いっていうか……」
急におろおろしだす幽霊。
それにしても、このおろおろした態度に年季が入っているって言うか、板についてる姿は、微笑ましいけど哀れだな。
「……で、結局なにが言いたいんだ?」
「そのっ! 一緒に私の死んだ理由を調べて欲しいんです!」
「…………」
「だめ……ですか?」
「ま、いいぞ」
よく考えれば、実家に帰ってもやることないし、丁度いい暇つぶしになるだろう。
そもそも勉強が嫌になって実家に帰ってきたんだし、勉強以外にすること無かった僕が他にやることなく暇をもてあますのは明白だ。
だから、承諾した。
この少女がずっと付いて来たのは、今のことを言いにくかったからだろう。
それに、少女が身体全体で喜びを表現している姿も悪くない。
「だけど、一ついいか?」
「え、何です?」
「……とりあえず、明日からな? 今日はもう暑すぎでダメ、すぐに冷房の効いた部屋で眠りたい」
「え、あ、はい! では明日からですね!」
「ああ、それじゃ……あの自販機のところで待ち合わせだ」
「はいっ!」
そう言って少女に背を向けて実家に歩いていく。
明日からのことを考えて、少しだけ頬が緩むのは、暇を潰せるからで、他の要因は……きっと、無いはずだ。
8月15日
昨日と変わらず、さんさんと降り注ぐ夏の日差し。
いいかげん、何とかならないものかと思う。
まだ朝なのにこの暑さなのだ。
これからもっと暑くなるのかと思うとかなり鬱になる。
「あぁ……今すぐ回れ右して家に帰りてぇ……」
しかし、そうもいかない。
待ってる人がいるから。
もう来ているかもな……とか思いながら、昨日、少女の倒れていた自販機に向かう。
我ながら暇人だよな……
もう少し有意義な時間の使い方もあるだろうに……
でも、今まで勉強以外の事は殆どしてこなかったからなー。
いざ自由な時間を持っても、使い道がわからない。
だから、幸運といえば幸運なのかもしれない。
幸運かどうかを置いたとしても、稀有なことであるのは違いない。
なーんて考えていると、自販機のある場所に着いた。
そこには昨日と寸分違わぬ光景があった。
「…………死体ごっこか?」
「あっ、かずまさん。おはようございます」
僕が声をかけると、エイは立ち上がって僕の方を向き、ぺこりんと頭を下げた。
本当に幽霊か? と思わせる笑顔をふりまいている。
「ああ、おはよう……で? また落としたのか?」
「えへへ……」
笑って誤魔化す少女。
僕は、はぁ…とため息をつくと、昨日と同じように指輪を掃きだした。
「ほら」
「どうもありがとうございます、かずまさん……」
そう言って彼女は苦笑とも言うべき微妙な表情でそれを受け取った。
さすがに二度も同じ場所に落としたので決まりが悪いんだろう。
「さて、お前の死因を探すんだったよな?」
「はい、そうです」
「今まで、どういう風にして探してきたんだ?」
「え? えっと……なんとなくそれっぽい所をふらふらーって探してたんですけど」
「…………徒労だな」
「はうぅぅ……」
「この町には図書館とかは無いのか?」
「え? ありますよ?」
「じゃ、まずはそこに行くぞ」
「はいっ」
二人並んで夏の日差しの降り注ぐ道を歩く。
気温はさらに上がってきており、人間の生活できる限界ぐらいの温度になっているような気がする。
こんなことなら、さっきの自販機で飲み物を買っておくべきだった。
隣には、ふよふよとは浮かずに、しっかり二本の足で歩いてついてきている幽霊。
その表情は、もしかして笑顔以外の表情を知らないのか? と思わせるような笑顔。
基本的にこの少女は笑顔のままである。
それでも、からかったりするとすぐに色んな表情に変化するが。
しかし、少女の表情を見ていると全然暑そうには見えない。
もしかして、幽霊には暑さとか冷たさとかは感じられないのだろうか?
「なぁ、お前ってさぁ……」
「ほぇ?」
「この日差し……暑くないのか?」
「そう言えば……あんまり暑くないです」
「あんまり?」
「はい……多分、幽霊さんになったからです」
「ふーん、そういう部分はいいなぁ、あんた」
「あっ、あのっ! かずまさん?」
「ん?」
「その……私だけかずまさんのことを名前で呼ぶのはずるいと思うんです」
「はぁ?」
「私が『かずまさん』って呼んでるのに、かずまさんは『あんた』とか『お前』とか、ずるいです。失礼です」
「……要するに、あんたのことを名前で呼べと?」
「そうです」
「はいはい、これからはエイちゃん、とでも呼んでやろう」
「却下です」
「む……なんでだよ?」
「かずまさんは見たところ学生さんです。私、かずまさんより年上で社会人です。だからちゃん付けはおかしいです」
「…………いや、すまなかった。ちょっと暑さで耳がダメになってたようだ。もう一度言ってくれないか?」
「え、そうですか? ではもう一度言います。私の方が年上なのでちゃん付けはおかしいです」
どうやら、耳がおかしくなった訳では無いようだ。
はっきり言って、見た目は同じぐらいで、性格はそこらへんの子供レベルだ。
それが年上?
あまつさえ、社会人?
「なぁ?」
「え? なんですか?」
「嘘はよくないぞ?」
「嘘じゃないです」
「…………今、お前いくつだよ?」
「20歳です。あ…でも死んでから二年経ってるから22歳です」
「……………………まぁ、幽霊だし普通の常識は通用しないよな」
「……すごく失礼なことを言われた気がします」
まさか年上だったとは……世の中不思議でいっぱいだ。
とにかく、呼び方を変えるにしても、こんなのに『さん』とか付けたくない。
「エイ、でいいか?」
「はい、それじゃかずまさん、急ぎましょう」
……で、図書館に着いた。
閑散としたもので、中にはほとんど人がいない。
とりあえず、調べてみようと思うのだが……
「具体的にどうすりゃいいんだよ……」
「ええっ、かずまさんが知ってるんじゃないんですか!?」
「普通の高校生は、そんなドラマに出てくるような探偵の真似事はしない」
「わ、私だってしたこと無いですよぅ……」
よく考えたら、僕は図書館で何を調べようとしたのかわからない。
まさか、都合よくエイの死因の書かれてある記事があるわけないし……
そういうのは警察とかに保管されてるんだろう。
困ったな……
「かずまさん、かずまさん!」
にこやかな顔で走り寄ってくるエイ。
何かわかったのだろうか?
「ほらこれっ! これ見てください」
「ん? なんだこれ? 『世界の手品』?」
「すごいです! 私もやってみたいです」
ボカッ!
「いった〜い! 何するんですかぁ…!」
「お・ま・え・はー……自分の死因を探す気があるのか?」
「えー……だって……」
「お前は子供か?」
「う〜っ! せっかくこっちに来れたんだから少しくらいいいじゃないですか……」
とぼとぼと本を元の位置に戻しに行くエイ。
うーん、少し可哀相だったか?
「まぁ、のんびり探すか……取り立てて急ぐ必要も無いわけだし」
駄目で元々、その日は一日中エイと共に手がかりを探したが殆ど何も見つからなかった。
しかし、エイ自身は図書館の本を読み漁ってご満悦だった。
8月16日
相も変わらず気候は最悪。
むしろ最悪なところにさらに磨きがかかっている様な気がする。
つまり、解かりやすく言うと、凄まじく暑い。
明日あたりに雨が降る兆候があるらしいのだが、僕の見立てではそれは無さそうだ。
それはさておき、僕は今日もエイと会う。
場所は昨日と同じあの自販機。
しかし、よく考えてみると何であんな所に一つだけポツンと自販機があるのだろうか?
僕が考えても詮無い事なんだけどな。
まぁ、田舎には田舎の事情があるのだろう。
僕としては、暇つぶしの種と出会えたのだから、文句は無いけど。
ミーンミーン
相変わらず蝉もうるさい。
もはや公害レベルだ。
もし都市部でこれだけの音量を出す蝉が発生しだしたら、迷わず撲滅運動に出るだろう。
そんな蝉時雨の中、僕らはまた出会う。
自販機にたどり着いた先には『いつもの』光景。
「ははっ、三日も続いたら『いつもの』光景なんだな」
僕は何だかおかしくなって笑った。
自販機には『いつもの』光景……地面にへばりついてるエイがいた。
「かずまさん、笑うなんて酷いです」
「エイが笑われるような事をしているからだろ?」
「むぅ〜〜、かずまさん嫌いです」
僕はいつもの様に枝で自販機の下を掃いてやる。
下から出てきたのは予想通り例の指輪だった。
「ほら、毎度毎度、手間かけさせて……」
「すいません、かずまさん……」
そういって、昨日と同じように決まりの悪い笑顔で受け取るエイ。
まったく……世界を行き来するような大事なものを、普通そうそう何回も落とすか?
それも同じものを全く同じ場所に……
…………偶然、なのか?
そんな偶然があるのか?
「かずまさーん! 早く行きましょうよー」
「ああ、いま行くよ」
そう言って僕はエイに向かって夏の日差しの中を歩き出す。
太陽の光の下で微笑む幽霊の姿は少しだけ…………本当に少しだけ、綺麗だった。
「えへへ〜っ」
今日の目的地に向かう途中、エイはずっとこんな調子で笑っていた。
僕はあまり関わりたく無いのだが、目的地まで隣の怪現象が続くのも嫌だ。
仕方ないので隣にいる、締まりの無い顔で笑っている幽霊に聞いてみることにした。
「おい、エイ」
「えへへ〜っ、なんですか、かずまさーん?」
「何て言うか……エイの機嫌がいいようなんでな。気になったんだ」
「そりゃそうですよ、かずまさん。私、かずまさんに会ってから初めて、かずまさんの笑顔を見れたんですから」
「……そうなのか?」
「そうですよーぅだ、かずまさん、私がいくら笑いかけても、怒っても、泣きそうになっても、どこか気だるそうな表情ばかりでした」
エイと出会った日から今までを思い返してみる。
そう言えば、常に暑さで気だるげにしているか、溜め息をついていたかだった様な気がする。
面と向かってエイに笑顔を見せたことは、今回の事が初めてだったと言うことか……
いや、そもそも…………僕が笑うのなんて、いつ振りだろうか?
久しく笑っていなかったような気がする。
「何だか、かずまさんの秘密を知ったみたいで嬉しいです」
「別に秘密じゃない」
「でも滅多に笑ってくれません。私の統計に拠ると三日に一度です」
「……エイが周りでバカなことばっかりしてるから、溜め息しか出せないんだ」
「あ〜っ! かずまさん、またバカって言いました。初めて会った日から私のことバカバカって……今まで黙っていましたけど、今日という今日は言わせてもらいますっ、お姉さんの貫禄をかずまさんに見せ付ける時が来ました」
「お姉さんの貫禄ねぇ……」
エイの貫禄がどれ程のものか知らないが大した事は無いだろう。
今までの行動を見てればわかる。
それにエイって見た目通りバカだし……
「いいですか、かずまさん? 人のことをバカって言うほうがバカなんですよっ!」
ほら、やっぱりバカだ。
特に胸張って真面目に言っている所に『お姉さんの貫禄』とやらを感じる。
そんなおバカさんなエイに僕から一言、いいことを教えてあげよう。
「じゃあ、エイもバカって事になるな。僕のことをバカって言ったんだから」
「えっ?」
「結論、エイはバカ。僕はエイがバカだって正直に答えていた正直者」
「えっえっ!? 何か違うと思います……でも、かずまさんの言葉に間違いは無いですし……私はバカで、かずまさんは正直者だったんですね」
なんか納得してるし……
エイらしいと言えばあまりにもエイらしい考えだ。
「ははっ! やっぱりエイはバカだな!」
「うう〜っ……かずまさん、納得いかないですっ!」
笑った。
そりゃもう盛大に。
僕は目的地までずっと笑っていて…
エイはふくれながらも、それでも嬉しそうに歩いていた。
今日の僕達の目的地……生前のエイが住んでいたアパートの前に来た。
昨日、図書館で調べた成果だ。
地元の地図を見つけて、あれやこれやと調べたのだ。
エイは生前のことは意図して思い出せないらしく、何かの弾みにポロッと生前の事についてこぼすのだが、思い出そうとしても思い出せないらしい。
よって、この場所を割り出すのにすごく苦労した。
主に僕が。
ちなみにエイは、ずっと何だかわからない変な本ばかり読んでいたので、全く役にたっていない。
「ここが生前、エイが住んでいた所だ」
「何だかとっても懐かしい感じがします」
「何か思い出せそうか?」
「う〜〜ん……貧乏だった様な気がしてきました」
「それは、ただ単に見たまんまの感想だろうが……」
そのアパートは見た感じ、かなりボロい。
何とかよく見せようとしているのか、周りにはヒマワリとかが植えられていたりして、ボロさをカモフラージュしているのだが、それでも貧相なイメージは拭えていない。
「あっ!」
「何か思い出したのか?」
「わ〜い、犬だぁ〜」
エイの方を振り向くと、どこにでもいそうな犬がエイにじゃれ付いていた。
シッポを振ってご機嫌そうだ。
犬もそうだが、エイもしっぽがあったら、きっとシッポを振っていそうだ。
「はぁ……エイは向こうで犬と遊んでいてくれ」
「うん、ワンちゃん、行こっ!」
エイがそう言って向こうに走り出すと、犬もわんわん鳴きながらエイの後をついていく。
今回はエイのお守りをしてはいられない。
今から、ここで生前のエイの話を聞かなくてはいけないのだ。
死んだはずのエイがいたら文字通りお話にならない。
エイが犬と遠くに行ったのを見て、僕はアパートの住人と話そうと思いインターホンを鳴らそうとしたところで、先に住人が出てきた。
出てきたのは、犬の餌を持ったおばさんだった。
「あら、ウチに何か御用かしら?」
「あ、はい。実は……」
「あ……ちょっと待っててくださいね。ジン、ジンー! ご飯ですよー。 ……おかしいわねぇ、来ないわ」
「ああ、犬ならどこかに行きましたよ?」
「珍しいわねぇ……ジンはここからほとんど動かないのに」
「そうなんですか?」
「ええ……あの子、いつの間にかここに住み着いていて、いつも階段の辺りにいてるのよ」
「はぁ……そうなんですか」
どうでもよかった。
その後もおばさんは喋り続けたが、僕が居心地悪そうにしているのを感じ取ったのか、はたまたただネタが尽きたのか、ようやく本題に戻ってきた。
「……ところでウチに何か用ですか?」
「あ、はい。実は……二年前まで、ここに草野エイっていう女性が住んでいたとお聞きしたんですけど……」
「ああ、エイちゃんね。憶えているわよ」
「……どんな娘だったんですか?」
……僕は何を聞いてるんだ?
ただ単に死因を聞きに来ただけではなかったのか?
「いい娘だったよ。両親も親戚もいないって言うのにあの若さで一人で自立して生きていたんだからねぇ……」
「そうなんですか?」
「ええ。それにとっても働き者だったねぇ。ドジだったけどいつも笑顔を振り撒きながら毎日を生きていたよ」
エイは生きてるときから、あの性格だったらしい。
ある意味、賞賛ものだ。
「あの娘は表情が豊かだったけど……どこか表情の精彩を欠いていたかしら。まぁ無理も無いわよねぇ……天涯孤独で辛いはずなのに無理して笑っていたんだろうねぇ……」
「そうですか」
確かに……それは僕も思っていたことだ。
エイの表情には……笑顔にも泣き顔にも怒った顔にも全て『想い』が無いような気がしていた。
ただ、『楽しいから笑う』んじゃなくて『笑う箇所だから笑う』
自分自身の感情を挟まない表情なんだろう。
今の話を聞いて何となくそんな気がした。
どんな時でも笑っているって言う事はそういうことなんだろう。
僕はもしかしたら、この答えが聞きたかったのかもしれない。
だから、こんな事を聞いてしまったのかもしれない。
自分自身を偽っているのは僕だけじゃないって安心したかったのかも知れない。
僕は勉強を……彼女は表情を、偽っているのだと知りたかったんじゃないのか。
「あの……どうかしましたか?」
「え……ああ、いえ大丈夫です」
気が付けばおばさんが顔を覗き込んでいた。
余程、無反応だったんだろう。
それは、それだけ僕がその考えに集中していたことを証明するだけだ。
「それより……その、言い難いのですが、草野エイさんが亡くなった原因って憶えておられますか?」
「ええ、憶えているわよ。……実はエイちゃんは…………」
おばさんとの話も終えて、僕はエイと夕日の道を歩いていた。
後ろには何故か犬までついてきていた。
エイは何が嬉しいのか、にこにこしながらついてきている。
「ねぇねぇ、かずまさん。見てください、ワンちゃんついて着てますよ」
「ああ、そうだな」
「……なんだか、かずまさんさっきからそっけないです。黙ってばかりです。何か話してください」
「……あっちの世界ってどんな所なんだ?」
「そ〜ですねぇ……」
僕が聞くと、彼女は唇に人差し指をあてて夕焼け雲を見ながらう〜ん、と考えていた。
やがて適当な言葉が見つかったのか視線を前に降ろした。
「ちょっと見た目はアレだけど、普通ですよ」
「なんだよアレって……」
「えっと……あっちの世界の人って身体が無くって魂だけなんです。魂って偽ることが出来ないんで、その人の人格とか性格とかが表に出ていまして…」
「ああ、なるほど。言いたい事はわかる」
上辺だけ取り繕っていく事ができるこの世でも、汚いことが数え切れないくらいあるのだ。
それを踏まえると、偽りの無い世界がどれくらい恐ろしい事かは、想像に難くない。
「特に死んだ時点で未練の強い人はそれだけ魂が大きく強靭なんです」
「未練?」
「はい、この世にやり残した事を思う気持ちが大きければ大きいほど魂が大きく、またそれをどの様に思っているかで強靭さが変わるんです」
「……エイはどうだったんだ?」
「私は……気が付いたらあの世で、それ以前の記憶は無かったんですけど……魂は大きくありませんでしたけど、強靭さはよかった方です」
「そっか」
「はい、お蔭で現世に帰ってこれました」
「ん? エイはその指輪の能力でこっちに来れたんじゃなかったっけ?」
「はい……この指輪は『未練の指輪』と言われる指輪で、魂をこの世に留めて置くための維持装置です」
「はぁ…」
「この指輪は使用者の未練をエネルギーにしているので、魂が強靭でないと動かないんです」
「……よくわからないけど…こっちで生活する為の酸素ボンベみたいなものか?」
「はい。こっちの世界で未練が弱まって、維持が困難になったら強制的にあの世に転送される安心機能付きなんです」
「へー、さすがあの世のテクノロジーだな」
こんなちっぽけな指輪にそんな技術が詰まっている様には見えないんだけど……
思わずエイの手をとってマジマジと指輪を見てしまう。
「あっ……」
「ん? どうかしたか、エイ?」
「いえっ、その…………なんでも無いです」
そう言って顔を真っ赤に染めているエイ。
あ……
そうか、なるほど。
僕がエイの手を取ったから恥ずかしがっているのか……
……って意識したら僕も何だか恥ずかしいような気がしてきた。
いや、って言うか、エイはなんでも無いって言ってるし。
別になんでもない事に恥ずかしがる必要はない。
なんでも無いんだ。
なんでも無いんだ。
なんでも無いんだ。
よし、心の整理は終了。
「かずまさん、さっきから挙動不審です」
「そ、そんなこと無い!」
「すごく動揺しまくりです」
「う…」
「そ、その……もしかして意識とかしちゃってますか?」
「う、自惚れるなよ? 僕は別に……」
「何も……感じませんでしたか?」
またすぐに泣きそうになるエイ。
すでに瞳には十分に水分が溜まっており、決壊は時間の問題だ。
それに……そんな表情は反則だ。
「……………………………………………………………………………………まぁ、少しは意識……した」
「えへへ〜っ」
「なっ、何がおかしいっ!」
「何だか初めてかずまさんに勝てたような気がします」
「……………………」
ボカッ
「いったーい! 何するんですぅ!」
「いや、何となく……許せ」
「ダメです、許せません。かずまさんにはお姉さんから罰を与えちゃいます」
スッ
今度はエイに手を取られる。
僕の手を包むエイの手は小さくて柔らかくて……改めて思うと、とてもじゃないが幽霊のものだとは思えなかった。
「罰として、分かれ道まで手を繋いだままです。目いっぱい恥ずかしがっちゃってください」
「ううっ…………でもそういうお前も顔が真っ赤だぞ?」
「きっ、気のせいです。夕日のせいです」
「ふぅ〜ん、まぁ、そういうことにしといてやろう」
「うぅ〜〜っ! そういうかずまさんだって真っ赤です」
「幻覚だ。夕日が赤いからそう見えるだけだ」
「えへへ〜、そういうことにしといてあげます」
僕達は夕日が照らす中、互いに真っ赤になりながら家路に付いた。
繋がれた手は、分かれ道まで解かれる事は無かった。
実家に帰り、優しい祖母と食事をし、風呂に入り、布団の中に入ると僕は今日の事を思い出した。
アパートのおばさんから聞いたエイの死因。
「こんな人通りの少ない場所で交通事故か……本当にドジなやつだよ」
交通事故。
それがエイの死因だった。
詳しいことは解からなかったのだが、仕事帰りに車に撥ねられて頭蓋骨陥没骨折により死亡。
天涯孤独で、一応遠くに親戚もいることにはいるのだが、外国で連絡が付かなかったらしく、葬式すら行われていないらしい。
ここからは僕の想像だが、エイは撥ねられて死ぬ直前、記憶を失ったのではないか?
頭蓋骨陥没骨折がどれ程のものだったのかはわからないが、その可能性が強い。
そしてそのまま息を引き取り、記憶を失ったまま幽霊になったのではないだろうか?
しかし、ここで矛盾が出てくる。
記憶を失ったまま幽霊になったのなら、『未練』は無いはずだ。
エイはあの指輪は『未練』をエネルギーにしていると言った。
ならば必然的にエイには何かしらの『未練』があるはずなのだ。
僕の仮定が合ってるにしろ、間違っているにしろ、記憶が無いのに『未練』だけがあるのはおかしい。
……と、ここまで来ると考えられる可能性は極端に少なくなる。
つまり……
「エイは嘘をついている?」
本当は記憶があるのではないか?
だとしたら何故隠す?
隠さなければいけない内容だから?
解からないことだらけだ。
人通りの少ない場所での交通事故。
失っているらしい記憶。
現世に戻るための『未練』
そしてエイの嘘…
解からない事だらけで涙がでそうだ。
「数式とかなら調べれば簡単に解けるのになぁ……」
本当は今日は帰る前に、その事故現場に寄ることは出来た。
だがしなかった。
エイにも何も解からなかったと言って隠した。
だって自分が死んだ場所を見るなんて、あまりにも悲しすぎるじゃないか。
それに、事故現場を見て成仏するにしろ、しないにしろ、なるべく長くここにいて欲しい。
理不尽に命を取られて、何も解からないまま幽霊になって、自分がどうして死んだのかを思い出して、再びあの世へ帰るのはあんまりではないか?
「…って僕はいつからこんなにエイの事を心配するようになったんだ?」
それはきっと、生前のエイの話を聞いたから。
自分とは、性格とか考え方とか育った環境とか、全く違うタイプだけど、同じ偽るもの同士だと知ったから。
僕は自分自身が勉強を好きでしているのだと思い込ませてきた。
将来の為だとか、親が勉強をしろと言うからだとか、そう言った事を気にして、利口であろうとして、僕は自分を偽り続けた。
僕は勉強が好きだ。
本当は嫌いなくせに。
模試で上位を取りつつける事が辛いくせに。
教師の言うこと全てに服従するのが嫌なのに。
親の期待に応える事が酷く苦痛なのに。
それでも自分を偽っていた。
その周りを全て受け入れる為に。
偽らないと自分自身が折れてしまうから。
僕はその事に最近気付いた。
皆が一斉に机に向かって問題を解く光景の中に自分がいた。
その光景に自分が含まれている。
これが僕の姿? こんな姿が僕?
嫌だ。醜い。怖い。
こんな自分は嫌だ。
だから逃げた。
逃げた先には幽霊がいた。
幽霊は明るかった。
僕もその明るさにつられた。
気が付けば偽りの仮面は取り去られていた。
だけどその幽霊も仮面をつけていた。
だから今度は僕の番。
僕が幽霊の仮面を取り去ってあげよう。
僕は本当の自分を見つけてもらった。
だから、僕が幽霊の本当の表情を見つけてあげよう。
その為には……
8月17日
昨日までの日差しが嘘のようになくなり、どんよりと曇った空。
日差しが無くて涼しいのかと思いきや、蒸し暑い。
嫌がらせもいいところだ。
太陽が照っていないというのに、蝉は今日もミンミン鳴いている。
地上での蝉の命は一週間程度らしいので、一日でも多くミンミンないていないといけないのだろう。
まったく、精が出る事だ。
まぁ、決意も新たにいつもの場所に行くと、四度目の死体が出来上がっていた。
あと、ついでに何故かあの犬もいる。
もしかしてずっと一緒だったのだろうか?
「あー、一応言っておくが、地面は泳げないぞ?」
「泳いでないですっ! もぅ……またまた指輪が落ちたんで拾おうとしてるんです」
僕は慣れた手つきで慣れたくも無い自販機下を掃く行為をした。
いつもの様にコロコロと出てくる指輪。
「ほら」
「ありがとうございます」
いつもの微妙な表情。
そんな表情のエイの手を取って僕は歩き出す。
急がないと雨が降るかもしれない。
「わ、わっ!? かっ、かかかかかかずまさん!? 手、手、繋いじゃってます」
「……嫌なのか?」
「い、いえっ、むしろ望むところと言いますか……って今のなしです。忘れてください!」
「そうか」
さっきまでは、雨降りそうだし、早くエイも本当の自分に気付いて欲しくて急いでいたけど、エイと手を繋いだら何だかもう少しゆっくりでもいい気がしてきた。
「……………今日は静かだな」
「えっ、あ、そ、そうですか?」
「借りてきたネコみたいだ」
「……あの、かずまさんはこんな静かな娘の方が好きなんですか?」
「え、えらく唐突だな」
「だって、今日のかずまさん…………………………………なんて言いますか、強引で積極的ですし、私も少し突っ込んだ事を聞いてみようと」
「そ、そうか」
「で? 実際のところどうなんですか?」
「まぁ、騒がしいより、静かな方が落ち着くな」
「じゃあ……………………もし、もしですよ? わ、私がおとなしい娘になったら、好きになりますか?」
「告白か? 会って四日目で告白は早いぞ?」
「ちっ、違いますっ! 『もし』って言ったじゃないですか! かずまさんに告白なんて現実にはありえないです」
「そうか、ありえないか……もう、完全無欠に、一分の隙も無く、天地がひっくり返っても、ありえないのか……残念だな」
「え、ええっ、いえ、その……さすがに少し位はそういう可能性も無きにしも非ずと言うか、むしろその可能性もそこそこに高いと言うか……」
「違うという事は、やはりさっきのは告白……」
「違います……って、かずまさん! 私で遊ばないでください! お姉さん、怒りますよ?」
「…………………………………………それ位、元気なエイな方が僕は好きだぞ」
「え……」
「さっ、行くぞ」
「かずまさん、今なんて……って走らないでくださいよぅ」
僕とエイと犬の二人と一匹の散歩の目的地に着いた。
着いてしまった。
何の変哲も無い舗装すらされていない田舎の交差点。
そこがこの奇妙な物語の始まりの場所。
この見晴らしの良い場所で交通事故なんて起きるものなのだろうか?
「あ、あれ? どうしたのワンちゃん、そっちじゃないよ?」
見ればジンとか言う犬は、エイのスカートをくわえて、もと来た道の方に連れて行こうとしていた。
エイはそんな犬を両手で優しく抱き上げた。
「エイ……」
「どうしたんですか、かずまさん」
「ここなんだ」
「え? 何が?」
「草野エイの終わりの場所……幽霊としてのエイが始まった場所……それがここなんだ」
「えっ……ちょっと待っ……」
「エイはここで車に撥ねられたんだ。死因は頭蓋骨の陥没骨折」
「待って……」
「これは僕の想像なんだけど……エイ、君は本当は記憶を失ってなんか……」
「待ってください!!!」
「エイ……」
「ここが……私の死んだ場所なんですか? 嫌です。私信じません」
「エイ? ……あっ」
エイが何かを言おうとした所で犬がスルリとエイの腕から逃れて交差点に走っていく。
「あ、ワンちゃん待って……」
それを追いかけるようにしてエイも犬を追いかけて交差点に走って犬に追いついて抱きとめ……
「あ……」
……ようとして呆然とした表情で立ち尽くしていた。
「かずまさん……私、思い出しちゃいました」
エイがこちらを振り向いてそう語る。
その瞳には涙が流れていた。
「私……二年前にここで撥ねられちゃったんです。今みたいにワンちゃんを追いかけて……ワンちゃんが撥ねられそうになって……気が付いたらワンちゃんの代わりに私が撥ねられちゃってました」
「エイ……」
「私、一つだけかずまさんに嘘ついてました」
「……どんな?」
「本当は一つだけ憶えていたんです。死ぬ直前の光景を……私が撥ねられて、意識を失う前の光景……ワンちゃんが私に寄り添っていてくれた事」
「そっか……」
「この子がそのワンちゃんなんです。ずっと私のアパートの前で待っててくれたんです」
「……」
「……これで全部解決しちゃいました。すごいです」
「……よかったな」
「よくなんかないです」
「なんでだよ」
「かずまさんは……平気なんですか?」
「何が?」
「かずまさんは……私がいなくなっても何にも感じてはくれないんですか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………かずまさんのバカ……」
彼女はそう小さく呟いて走り去っていった。
僕は追いかけられずにいた。
こうなる事は予想していたとは言え、これはエイが望んだ事じゃなかったのか?
エイの表情に欠けていたもの……それは強い感情。
その場に合わせて表情を作るのではなく、感じた事をありのままに出す事……それをさせるのが僕のエイへの恩返しだった。
しかし、結果はどうだ?
お世辞にも成功したとは言えない。
事故現場に行けば、それが例え負の感情だったとしても噴出すると思っていた。
確かに感情は噴出していたのだろう。
しかし、それを外へ出す事は無かった。
エイの事は助けてやりたい。
だが僕に何が出来る?
もう僕に手は無い。
そんな僕の思いを洗い流すかのように雨が降ってきた。
でも、僕の迷いは雨なんかじゃ流れてはくれなかった。
僕は雨の中、何をしていいのか解からないままエイを探した。
探してどうするかは解からない。
それでも、どうしても探さなくちゃいけない気がしていた。
ザーザー
土砂降りの雨が身体を打つ。
どうしてこんな事になったんだろう。
僕はただエイのことを……
いや、泣き言は後だ。
先にエイの事を探さないと……
エイっていつも何処に居るんだろう?
僕としては自販機以外でエイに会ったことはない。
エイが僕から逃げてる以上、自販機には居ない筈。
居ない筈なのに……
それでもエイはいつもの自販機の前にいると思わずには居られなかった。
足がそちらを向く。
次第に歩みが速くなっていく。
焦燥感が募る。
エイ、エイ、エイ。
頼むエイ、そこにいてくれ。
かくして僕達の出会いの場所である自販機の前に彼女は……
いた。
雨に打たれながらボーっと生気の無い瞳で立っていた。
「かずまさん…………どうしたんですか?」
「エイ……」
「あはは……私ドジですよね……また指輪落としちゃいました」
「……待ってろ」
そう言って、木の枝を掴……
「……待って」
…掴もうとしてエイの手に止められた。
小さい手からぬくもりが伝わってくる。
「こっちの世界にいる時は指輪を付けとかないといけないんです。……でも、落として拾えないなら仕方ないですよね」
「エイ……だからいつも指輪を……」
ああ、そうだったのか。
いつも指輪を取ってあげた時に見せる苦笑いのような表情。
それは別に何度も落として決まりが悪かったんじゃなくて、困っていたんだな。
あの世への道がある指輪が手元に戻ってくる事に。
「それに、私はもう『自分の死因を探す』という『未練』が無くなっちゃいました。そろそろ強制送還される頃です」
「エイ……」
エイが苦しそうに俯く。
『未練』が無くなってこの世に留まれなくなってきたのだろう。
僕は見かねて指輪を木の枝で吐き出して掴む。
「嫌です。かずまさん、私、帰りませんから」
「エイ…でも」
「私には、もう一つ『未練』があるんです。二つ無いと苦しいですけど、一つでも何とかなります」
「もう一つの…『未練』?」
「簡単です。誰でも思う事なんです。………………はぁ、はぁ……………ただ『この世で生きていたい』それだけです」
「でも、だからって、そんなに苦しそうにして、生きるも何も……」
「かずまさん」
エイが俯いていた顔をあげ、苦しみを堪えながらもシャンと背筋を伸ばしてこちらを見た。
「私は生きていたかった。辛くってもよかった。寂しくてもがんばりました。それなのに……私には生きる事すら許されないんですか……ねぇ、かずまさん? 私、生きていちゃダメな人間だったんですか? ねぇ、かずまさん、かずまさん!」
雨が降っていてわかり難かったが、僕にはわかった。
エイは泣いていた。
子供のように感情をあらわにして、ただただ『生きたい』とそんな当たり前のことを願って泣いていた。
「エイ……」
自分でも驚くくらいに、何の躊躇いもなく、エイの小さな身体を抱きしめていた。
エイの身体は柔らかくて気持ちよかった。
エイの方も腕を回して身体を預けてくる。
「私、もっとかずまさんと一緒にいたいです。ワンちゃんとかずまさんと私の三人で一緒に暮らしたいです」
「ああ、そうだな」
「きっとすごく楽しいです。私がきっとバカな事をして、……はぁ、はぁ、…かずまさんは私をからかって、それでも助けてくれて……はぁ、はぁ」
「エイ……もういい、そんな辛そうなエイは見ていたくない」
「やっぱり、かずまさんは優しいです。私のこと心配してくれてます。何だかんだ言っても助けてくれるかずまさんだから……私はかずまさんを…」
「エイ……」
僕はエイの言葉を遮り、手の平が痛いくらいきつく握り締めていた指輪をエイの左手の薬指にはめる。
「かずまさん……こんな事して……私バカだから誤解しちゃいますよ?」
「エイ……」
エイが上を向いて瞳を閉じる。
僕も瞳を閉じて、その可愛い唇に口付けようとして……
腕の中からエイの感触が消えた。
瞳を開けて見ると身体が透けたエイが光の柱に包まれ宙に浮いていた。
「あはは……かずまさん、残念ですけどタイムアップです」
「……全く…間の悪い指輪だな」
「そんな事言わないでください、この指輪は私とかずまさんのエンゲージリングなんですから」
「エイにしては難しい言葉知ってるな」
「もう! 茶化さないでください。私は帰っちゃいますけど……またお盆になったら、絶対、何とかして帰ってきますから」
「ああ…」
「……ですから、お姉さんが帰ってくるまで浮気したら許しませんからね? 幽霊らしく枕元に立って祟っちゃいます」
「なるほど…浮気したらエイに会えるのか、よし、浮気しまくってやるからな?」
「わ、わ!? ダメです、今のなしです。浮気しなかったら枕元に立ちます」
「ほうほう、浮気してもお咎めなしなんだな?」
「ううぅ〜〜っ! かずまさん!」
「ははっ、大丈夫だ。ちゃんと待ってるよ」
「……何だかいまいち信用できませんけど、約束ですからね」
「ああ、約束だ。そっちこそちゃんと盆には帰ってこいよ!」
「はいっ! 約束です、かずまさん」
そうエイはにっこりと笑って消えて逝った。
光の柱も消えて、その場に残ったのは僕と犬だけ……
雨もいつの間にか止んでいた。
犬は身をブルルッ、とふるって僕の足元にぴったりと寄り添った。
どうやら、僕と一緒にエイを待つらしい。
雲が晴れて真夏の太陽の日差しの中、僕は家へと歩き出す。
目の前には大きな虹があった。
8月14日
「次は華ヶ丘ー、華ヶ丘ーでございます。お降りの際は忘れ物にご注意ください」
冷房の効いた車内に一年前と同じフレーズの案内が響く。
相変わらず車内はガラガラで、僕としてはありがたい事だ。
一年前と違うのは、持っているカバンの中身が勉強道具ではなく、お泊りセット一式だという事と犬連れということだろうか?
やがて、電車の扉が開いて一年ぶりの田舎の空気を吸い込んだ。
駅から出ても一年前と変わっている所はなさそうだった。
アスファルトの上を歩きながら一年前の事を思う。
エイが帰った後、僕はちゃんと実家じゃない方の家に帰り、そりゃもう烈火の如く親に怒られた。
そんな親の怒りを適度に聞き流し、勉強も適度にして、そこそこの大学に入った。
今は夏休みで、課題もそこそこにあったが、既に全て終わらせてきた。
お蔭で晴れて無罪放免、後はどの様にして夏休みを過ごすかだけに頭を悩ませればいいご身分だ。
「さて、もうそろそろの筈なんだが……」
例の自販機に付くと、案の定、桜色の髪をした人が倒れている。
「地球と同化でもしようとしてるのか?」
チャリン、チャリン、チャリン
ガコン
「……飲むか?」
「あ、はい、いただきますね、かずまさんって、ええっ!?」
「何を驚いているんだ?」
「いつの間にそちらにっ!?」
「ふつーに歩いてきたんだがな……それでエイは何でこんな所で死体ごっこしてたんだ?」
「死体ごっこなんかしてないですっ! ただ…」
「ただ?」
「早くかずまさんが来ないかなーって、見てたらですね、こう、だんだんと暑さで意識が遠く……」
「本物のバカだな。どうやらエイ本人に間違いなさそうだ」
「そんな事で私を認識しないでください。久々に会ったんだから、もっと言う事があるはずです」
「……相変わらず子供っぽいな」
「そんな言葉いらないです」
「他には…………すまん、思いつかない」
「む……かずまさん」
「ん?」
ちゅ
エイの不意打ちのついばむようなキスが僕の唇を通り過ぎていく。
「なっ!?」
「えへへ〜っ、一年前の続きです。今回は時間無制限なのでいつでも反撃してくれても大丈夫ですよ」
「ん? そういやエイ、どうやって戻って来れたんだ?」
「えへへ〜っ、実はあれからあっちに帰ってから、また新しく『未練』が出来たんです」
「ほう、どんな『未練』なんだ?」
「えっと……その、かずまさんと添い遂げることです」
「……そりゃまた困難な『未練』だな」
「む、今のは聞き捨てならないです。どうしてこれが難しい事なんです? あーーっ! さては浮気しましたね? かずまさん!」
「冗談だ」
「冗談に聞こえませんでした」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「態度で示してください」
「はいはい、いいこいいこ」
「って、かずまさん! 私をバカにしてるんですかっ、お姉さん怒っちゃいますよ?」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「……お姉さん的にはさっきの反撃を心待ちにしてます」
「そりゃ、待たせてしまって失礼」
「……ん、ちゅ、あふ……って、かずまさん!」
「今度はなんだ?」
「何でそんなに、キスがうまいんですかっ! やっぱり浮気してましたねっ?」
「……さて、行くか」
「話をそらさないでください……って、待ってください、かずまさん! お姉さんの話を聞きなさい」
僕は後ろから追いかけてくるエイを感じながら、走り出す。
僕と幽霊の嘘のような出会いの第二幕はまだ始まったばかり。
空は快晴、蝉時雨。
日差しはさんさん、青い空。
僕達の終わりなき物語は続いていくんだろう。
この青い青い空の下で……