「ほんと、心の贅肉よね…。」

彼女、遠坂凛はそんな台詞と共に本日何度目かの溜息を吐き出していた。












I am the bone of my chocolate










――遠坂邸。

深山町の一番高い所にひっそりとそびえ立つ洋館。

その館には魔法使いが居ると言われ、周辺の住民とも言えど滅多に近づかない場所――――の筈なのだが。

「あの…リン。心の贅肉はいいのですが、何故私がここに…。」

台所で腕を振るう彼女の後方で待機している彼女のサーヴァント、セイバー。

遠坂邸は霊的に圧迫される場所なのか、その様子は少し居心地が悪そうだ。

「何よ、文句あるの、セイバー。」

そのセイバーの声を聞いて振り向く邸の主、遠坂凛。

「――――いえ、何でもありません。」

その顔が悪鬼の如く、最強のサーヴァントであるセイバーでさえも視線で射殺せそうなものだ。

思わずセイバーも恐怖を冷静な顔で押し殺してしまう。

「そ、じゃあ文句一つ言わないで私に協力してね。」

金ピカもびっくりな王様発言でセイバーの発言をばっさりと切り捨てる。

「それは言いのですが。私は何を――――」

すればいいのです?と言いかけた所でセイバーの動き、一切が停止する。

「いい、セイバー。これは貴方のマスターとしての命令よ、例え私が冷静な判断をしていなかろうと、魔術師としてあるまじき姿だろうと従ってもらうわよ?」

毛の先ほどもそんな事をセイバーは思っていないのだが、凛にはセイバーがそう思っているように見えたようだ。

セイバーにはむしろ命令よりも凛の迫力の方が恐ろしかったのだが。

「了解しました、マスター。」

「そ、それでいいの。期待してて待っててね、セイバーが喜びそうな物だからさ。」

「私の喜びそうな?そういえば、リン。先程から甘い香りがしているのですが、その事ですか?」

「ええ、慣れない事はするもんじゃないとは思うんだけどね。」

そう言って凛は再び台所へと身を戻す。

「菓子の類ですか、私は甘いほうが好みです。」

セイバーの瞳がキラキラと輝き、両手を合わせているポーズになる。

「ん、期待しといて、色んな味に挑戦するつもりだから。」

「はい、マスター。期待して待っています。」

そんな様子を見て、凛は微笑を浮かべ台所へ戻っていった。













2月14日の朝。

遠坂凛は悩んでいた。

「う……やっと完成したけど、ラッピングが間に合わない。」

凛の顔は目の下に隈が出来ており、長めの髪もよれよれと言った状態でとても登校出来るような姿ではない。

チョコレートを飾るか、自分を飾るか。

一流の魔術師の有り方を越えた死活問題である。

自分のサーヴァントを犠牲にして作り上げた至高の一品は文句の入り込む隙間はなく、その姿はまるで『約束された勝利の剣』のように光り輝いている。

無論、犠牲になったサーヴァント、セイバーの屍もとい、甘さとくどさで悶絶している彼女が居間に転がっているわけだが。

今の状態の遠坂凛にとってはそれすらも些事である。

「む。やっぱりここは第三の選択肢よね。」

遅刻覚悟でどちらも飾る。

それが犠牲の末に作り出した物に対する礼儀だと言いながら自分の部屋に歩いていった。

「くぅ…。リ、リン待ってください、私はもうっ!?きゅう…。」

犠牲にされたサーヴァントの悪夢など知らぬと言うばかりの後姿で。












魔術師とは魔力を用いて魔術を行使する者で、肉体的にどれだけ疲労していようと、魔力さえ万全ならそれは疲れには足り得ない。

それが魔術師の有り方であり、遠坂凛が18年生きてきた物であった。

「はぁ…。」

昨日から何度も吐いた溜息を付きながら、誰もいなくなった通学路を歩く。

今の彼女はほぼ魔力は万全、肉体的に疲労はしているが、魔術師ならばそれを苦にしてはいけないと言った状態だ。

だが、彼女の溜息は尽きない。

冷静に考えてみれば、セイバーには悪い事をしたかなと思うし、大体なんでアイツの為に自分が魔術師としての有り方を否定するような疲れをしているのかが分からない。

しかも、全身から甘い匂いが立ち昇って来ている気がするし。

(む、今アイツの顔なんか見たら問答無用で殴り倒したくなっちゃうかも。)

と、彼女が考えた所でそりゃもうバッチリのタイミングで背後から声が掛かる。

「よお、遠坂。今日は寝過ごしたのか?」

とっても能天気な声で。

ぷちっと理不尽な怒り袋の口が外れそうになる。

「ええ、衛宮君。貴方こそ今日は遅刻かしら?」

衛宮君と呼ばれた事と、振り向いた凛の顔を見て、む、と眉根を寄せる士郎。

(あの顔、絶対に『何か今日は遠坂の機嫌悪いような…。』とか思ってるわね。)

「そう言えば遠坂、セイバーは元気か?いきなり昨日連れて行ったって桜から聞いてびっくりしたんだが…。」

ぷちっ、と。

この男は周りがどうであろうと鈍さは変わらないのかと。

そんなわかりきっている事に対して、無性に怒りが込み上げたものだから、とりあえず我慢をやめる事にする。

「そう、衛宮君。私が何でセイバーを連れて行ったのかも、『分からないのね?』」

その台詞と一緒に怒りが表情に出たのか、士郎の顔が引きつる。

「まままま、待て遠坂。話し合う余地はあるぞっ。というかあってくれ、頼むから!」

「……ふん、とりあえず許してあげるわ。」

無言で顔を引きつらせながら、うんうんと頷く士郎。

ちっとも分かってない様子だが、こんな所で怒りを爆発させても衛宮士郎の鈍感が治る訳でもないのが分かっているので、はぁと溜息を付いて学校に向かう事にした。











事の起こりは二日前。

商店街に買い物に出た凛がバレンタインセールの賑わいを見たのがきっかけであった。

「そういえば、もうそんな時期なんだ。」

そう呟く凛、分からないのも当然なのであるが…。

彼女は一流の魔術師だ。

その点から解するに、魔術師とは知識の探求以外に求める物は無く、恋だなんだの他の事はすべて些事。

よって去年までの彼女にとって、バレンタインデーなどはうっとおしいお祭り騒ぎ以外の何者でもなかったのである。

だが、今年は衛宮士郎と言う男が自分の近くに居る。

そんな考えにうなされたかのように凛の足は店に向いている。

そして10分後、手作り用のチョコレートを手にした遠坂凛が店から出てくるのであった。

んで、セイバーに色々な味の手作りチョコレートを味見してもらって今に至るわけである。

無論、魔術師として優れていた彼女がチョコレートを作る事など無かった為、セイバーは見事に遠坂邸リビングの床に散ったわけだ。

ついでに言うと、後に彼女が『どうせ買うなら隣町の店のほうが10円も安かったのに…。』と呟きながらバーゲンのチラシを眺めていると言うボケっぷりも発揮された。














「な、何をしてるんだアイツは…。」

放課後、凛に呼ばれていた士郎はそわそわする男共の群れを選り分けて、3−Aに辿り付いた。

だが、そこで見たものは、ぜーはーしながら肩で息をして、ものすごい迫力を醸し出している遠坂凛の姿であった。

ちなみに周りからはものすごく注目されている。

(まぁ、注目も分からないでもないんだけど…。)

学校一の優等生であり、超がつくほどの美人である遠坂凛の姿は普段でも目に付くと言うのに。

今日は年に一度のヴァレンタインなわけで。

で、その有名な遠坂凛が、廊下で、しかも何故か手に四角くてラッピングされている箱を持ちながらえらく興奮していればそれはまあ目立つだろうと。

で、通りすがりの人間とか、周りの人間とか、そろそろその威圧感に耐えれなくなってきた連中が俺の事を救いを求めるような眼で見るわけで。

【頼む、衛宮。何がどう間違ってああなったかは分からないけど、止められるのはお前だけだ】

周りの全員がそう言っている気がする。

(いや、俺が行くと逆効果と言うか…。俺が行っても止められないと言うか。)

だが、そんな思考も周りが許しそうに無い。

このまま無視でもして帰ろうものなら、明日辺り俺の教室から机が無くなっていそうな雰囲気である。

「しょうがない、ここは…。」

命がけで行こうと、凛に近づく。

が、そこで何か聞きなれないモノが士郎の耳に飛び込んできた。

「『何も言わずに受け取りなさいっ』…ううん、これじゃ何にも伝わらないし。」

「『わ、私の気持ちだから』…これじゃ、まるで私が。いいんだけど、却下!!」

「『死にたくなければ、黙って食べなさい、さあっ、今すぐ!!』…脅してどうすんのよ。」

ぶつぶつと凛が呟いている。

赤くなったり、青くなったり、頭を抱えてみたり。

周りの状況に気付かないほどボケ属性が付いていたのかと思わず真剣に心配してしまう士郎。

(む、ぅ…。正直ここまで恐ろしい遠坂を見たことは無いんだが…。)

恐ろしくもあり、面白い。

そんなもうどうしようもない状況を黙ってみているわけにも行かず、士郎が意を決して凛に話し掛けようとするが、

「『私だと思って、食べてくれる?』……誘惑してるんじゃないんだからっ!!」

にゃーっと頭を抱えて悩みだす凛。

凛の台詞に真っ赤になる士郎だが、ふと周りを振り返ってみると、視線に助けを求めると言うよりも殺気が篭ってきている気がする。

と、言うか。

気のせいじゃなく、ここにいると自分の命が危ない。

どこからどう見ても本命チョコレートを持ちながら苦悩する遠坂凛。

学校一の猫かぶりでありながら、一番分かりやすい遠坂凛。

そんな魔術師として『壊れて』しまった彼女を抱きかかえて、衛宮士郎はこの状況を打破する事に決めた。

「悪い、遠坂。」

「え…。きゃあっ!?」

脱兎の如く走り出す士郎。魔術とは公の場で使う物ではないと分かってはいるが、今日だけは許してくれと、何処ぞの誰かに祈りながら強化された足で走り去った。

彼女を正気に戻してその場で受け取るという選択肢もあったわけだが、衛宮士郎にそこまでの甲斐性を期待するのは酷というものだろう。











「はぁ、はぁ…。と、おさか。お前は俺を殺す気か。はぁ…。」

学校の屋上まで全速力で走ってきて、やっとの事で息を付いた士郎は凛を下ろしながらそう言う。

「な、何よ。殺すって物騒な!」

「じ、事実だ。あそこでお前があれ以上何か言ってたら俺の明日は無かった、ぞ…はぁ、はぁ。」

「?何かよく分からないけど、丁度よかったわ。し、士郎に渡したい物、が……あるんだけど。」

「ふぅ…。渡したい物?」

息を整えて凛を正面から見据える士郎。

心なしか、あるいは夕暮れのせいか、凛の顔が赤いのに気付く。

(む、ぅ…。まだ朝の事怒ってるとか?というかさっきから裏に手を回してるけど一体何を…。)

ここまで来ればワールドクラスの鈍感、衛宮士郎。

それに対する遠坂凛も二人きりになって緊張感が倍増してきたようだ。

『…。』

沈黙が続く。

(ぬぅ…。なんかものすごく怖いぞ。と、遠坂の顔が一秒ごとに険しくなっていくような…。)

(ま、まずいわね。今声なんて出したら確実に裏返るわ。)

沈黙の中に照れと恐怖が混在するという何とも滑稽な図になってしまっている。

この流れを何とかしようと士郎は先程から何か言おうと努力しているのだが、いかんせん、

(下手なことを言った瞬間ガントを打ってきそうだ…。)

などとアホな思考に支配されているため自分からは動けないのであった。

と、凛の体がぷるぷると震えていることに気付く士郎。

「遠坂。」

「…な、何?」

「お前、調子悪いんじゃないのか?」

「えっ!?」

そう言って凛の額に手を当てる士郎。

「な、なななな…。」

不意打ちだったのか、真っ赤になってしまう凛。そのはずみで後ろ手に持っていた四角い箱が手から滑り落ちる。

「にゃっ!?」

「ん?これ、は…。」

いかにワールドクラスだろうとそこまで行けば気付くものだ。思わずそれを持ち上げて凝視してしまう士郎。

だが、今まで色々考えてきて、そりゃちょっとはロマンチックな展開で渡すのもいいかなーなんて考えていた遠坂凛にとってはたまったものではない。

「にゃ、にゃ、にゃ…にゃんでこうなるのよぉぉぉぉぉぉ!!」

にゃ?とか疑問符を浮かべながらガントの連打によって夕暮れに沈んでいく衛宮士郎であった……。













「お、まえ…それは効くって。」

ガタガタと震えながら士郎は凛に精一杯の抗議をする。

「うっるさいわねぇ!あんたがいつもそんなぼけーっとしてて鈍いからでしょっ!!」

「と、遠坂がはっきりしない態度を取るからだろ…。」

ふんっと言った感じで顔を背ける凛。

ガントの治療が済んだ士郎の傍らに座り込む。

「ったく、いつまでこうなのかしら、私達。」

「いつでもこんなもんじゃないか、嫌だったのか遠坂?」

心底不思議そうに問う士郎、それに対する凛の顔は穏やかだ。

「別に嫌じゃないわよ、はい、チョコレート。」

「…ありがとな。」

二人とも頬を紅潮させているが、先程までの緊張は無い。

士郎の顔がニヤニヤしているのが気に入らないのか、凛は面白くなさそうな顔をする。

「……何よ、にやついちゃって。」

「ん、いや、まさか遠坂からもらえるとは思ってなかったから。こういうのって少しづつ実感が湧いてくるって本当だったんだな。」

にこっと笑い掛ける士郎の顔を見て、凛が真っ赤になる。

「な、何よっ!それ以上笑うんなら返してもらうからねっ!!」

「まあまあ、ありがとな凛。」

「…まったく、適わないわね。」

そんな顔を見て、ああ、作っただけの事はあったからいいか、と。

彼女は心底そう思ったのである。












「わ、私の出番の意味は……。」

そして、遠坂邸リビング。セイバーは涙を流しながら一言だけ呟くのであった。

……南無。












あとを書く

ここに士郎×凛に殉教すると宣言致します。(何

本音を言うなら、三人とも甲乙付けがたいのですが、書き易さではこの二人が一番なのです。

……いやぁ、ボケ全開の凛さんって最高だよね。