キャーキャーと、変声期も来ていない少年少女たちが校庭を駆けずり回っているのを、屋上からのんびりと眺めていた。未だに、うんこやらおしっこで笑いあう連中とつるむ気にはなれないから、周りにはそこまで友達もおらず。
 バカをやるのは大好きなくせに、こうして小学一年生の生活を、無為に送っている。
 どうしてそんなに、ぴかぴかの一年生がすれているのかと言えば。
 まぁ簡単に言えば、この俺――藍藤静那が、一重に前世の記憶を持っているから、なのだろう。最後の記憶は高校二年。なんで死んだのかは覚えていないが、気がついたら幼稚園児だった。きっと、物心ついたのがそのころだったんだろう。それにしても、その時はテンパったなぁ。

 驚くことに、俺の名前はそのまま変わらなかった。
 藍藤(あいとう)静那(しずな)……先に言って置くが、俺は男だ。
 
 そして、この世界は、どうも前に居た世界とは違うらしい。ここでの幼稚園生活にも慣れてきたころに聞いた“学園都市”という聞きなれぬ名称。
 東京都西部を切り開いた、超能力を使役する学生の街……どこの漫画だよ、と嘆息したのはいつだったか。おそらく、三歳頃だったように記憶している。その年の子供が額に手をあててため息を吐いている様子は、中々にシュールだっただろうな。

 だが。
 別に、そのことを悲観しているわけでもない。
 何せ俺は、高校二年になっても厨二病の抜けない、生粋のDQNだったのだ。
 まあ、そんな呼び名を知ったのは、オタクの入った友人に指摘されてからだったが。
 カッコいいじゃん、漆黒の魔導師とか。
 それを言ったら、その友人は俺を指差して「ぷげらww」とか言ってた気がする。まあそれはいいんだ。
 とにかく、その学園都市についての説明を、なるったけ子供っぽく親などに問い詰めたところで得た情報。その中でも超能力という単語には、常識を持って否定するよりも先に、素直な憧れが口から飛び出したものだ。できれば小学校から行きたかったものの、それは親は許さないということで中学までお預け。初めて子供臭く親と喧嘩したのもいい思い出。

 あとは問題は……本質的な意味で頭が良くないと、能力には恵まれないようだってのは分かった。何せ学園都市のトップ張ってるLEVEL5って連中は、相当頭が良いらしいから。
 まあそこは、前世の俺の頭脳なら問題ないだろう。全国模試偏差値90オーバーなめんな。ほぼ満点だぞコラ。

 だがなぁ。同じクラスってか、隣の家の馴染みなんだが。ソイツが相当頭いいんだよなぁ。自信なくすくらいに。

「しずなーーーーー!」
「よう、帝督」

 こうして一人夢想しているときには、“噂をすれば”という表現は正しいのだろうか?
 屋上に飛び込んできた茶髪の、マセガキ。
 茶色というよりもはや金髪に近い地毛は、俺とくっつくとより目立つ。なんせ俺が漆黒の髪だからな。

 垣根帝督ってんだが。やたらとカッコいい名前に負けないくらいに、なんでもできる万能少年だ。小一にして50メートル八秒台は驚いた。スポーツに秀でているのかと思えば、俺に勉強教えて、とせがんできた教材は方程式。……前世の俺でも、この時期はつるかめ算が限界だった気がするんだが。
 まぁそんなわけで、俺は自分に自信が無くなってきているわけだ。
 これから、中学までにガチで勉強してみようか。

「しずな、もう授業始まるよ」
「サボろうぜ。俺ら授業聞かなくても頭いいし」

 悪の道に引き摺りこんでみるテスト。まぁ、最近は結構こうしてサボっているんだが。
 思えば目の前の帝督もそういう素質があったのだろうか。小学生には見えない悪い笑みを浮かべて、いつものように俺の隣で寝転がる。

「おれら、不良みたいだな!」
「不良で勉強できるってカッコいいだろ」
「うん!」

 鐘が鳴り響く校舎、その屋上で、俺たち二人は小学生に有るまじき授業放棄へと興じていたのだった。











 いつからか俺たちは、周りの同級生たちを置いてけぼりにして、そんな生活を送り出すことになったのだが。
 周りからの評価は、馬鹿であり不良であり天才。そんなよくわからないところに落ち着くこととなった。まあ前世から天才と不良は言われ慣れていたけれど。
 バカ、というのは、とても楽しいことだと、帝督のおかげで知ったのだ。
 その話はおいおいするとして、今日も今日とて盛大に悪ふざけ。
 今は、寒さも残る卒業間近の小学六年の三月なのだが。一年のころから問題児だった帝督も俺も、筋金入りのバカとして、学校の先生から睨まれていた。
 お構いなしに今日も給食のワゴンでレースゲームを展開し、放課後の校長室行きが決定している。

「やらかしたな静那!」
「お互い様だろうが」

 HRが終わり、放課後。校長室に行くこともなく、夕暮れの教室……俺の席で帝督と笑いながら話す。
 窓側後ろから二番目の俺に、後ろから三番目の帝督は席をまたいで向き合っていた。

「ところでよ」
「あん?」
「卒業したら、学園都市行きだな」

 帝督よ……こちとら生まれて12年、それが一番楽しみだったんですぜ。

「楽しみだよな」

 俺が笑うと、帝督も返した。
 コイツとは本当に思考回路が似ていて嬉しい。ケンカも沢山したけれど、それ以上に深くて強い絆があるような気がした。
 帝督が続ける。

「超能力はとりあえず欲しいよな」
「おう。LEVEL0にはなりたくないね……」

 でも、お前は前世とか無しに俺より頭いいよなあ。コイツにもしLEVEL的に置いていかれることになったら、かなり凹むかもしれない。

「? どうしたそんな打ちひしがれたような顔して」
「いや……ところで帝督はさ、どんな能力が欲しい?」
「ん? そりゃ……」

 顎に手を当てて暫し考え始める帝督。コイツのことだからとんでもないこと言いそうなんだけど。

「俺は……とりあえず本当に“自分だけの現実”が欲しい。誰とも同じじゃない……自分だけの」

 ワンオフアビリティか。カッコイイこと言うじゃねぇか。
 そういうお前は? と聞き返す帝督に、俺も少し考える。どんな能力が欲しいのだろうか。やっぱり、負けたくないよな。帝督にも、まだ見ぬ実力者たちにも。だとすると、やっぱりワンオフアビリティであることは必須条件だろう。

「この世界をひっくり返してみたい……かな?」
「はぁ!? それは能力で、か?」

 驚いた顔の帝督。……あぁ違う違う。

「本当にひっくり返すんじゃなくて、常識を覆す的な」
「常識を……覆す」

 俺が笑うと、帝督はなにやら呟いた。ついで、物凄く良い笑顔で俺を見る。
 俺と一緒で、厨二病の気があった帝督。
 排他的な社会で酷いアンチを喰らっていた、俺のこうした恥ずかしい発言にも、心底同意してくれる。本当に、良い友達を持ったように思う。

「いいな! それ! 常識を覆す! 俺と静那で、学園都市を打ち破るような能力得て……“最強の二人組”になろうぜ!」
「……!」

 最強の二人組か。カッコイイな。俺の能力さえ、強ければ。帝督と二人で、学園都市でやりたい放題できるかもしれねぇ。
 それはかなり……中二心をくすぐるぜ!
 
「よっしゃ! 決まりだ! 俺と帝督で、学園都市の最強になるぜ!」
「おっしゃあ!」

 と、叫んだ瞬間に教室の扉が開く。

「テメェら、校長室に来い」
「「……はい」」









 晴れて俺たちは卒業した。今は、学園都市に向かうバスの中だ。

「帝督」
「なんだよ静那」
「服は持ったか?」
「あぁ」
「勉強道具は?」
「あぁ」
「歯磨きは毎日するのよ?」
「お母さんかお前は!?」

 と、帝督にダル絡みの真っ最中。というのもさ。

「……長い」

 学園都市に入る検閲みたいなのが、偉く混雑しているのだ。
 予定ではもう学園都市内のホテルに荷物を置いているはずなのに。

「今日の予定ってどうなってんだっけ?」

 帝督の持っているパンフレットを覗き込む。

「……このあとはホテルに荷物を置いてから、身体検査(システムスキャン)だな。やっと能力が分かるぜ」
「そうか。もう能力がわかるんだな」

感慨深く窓の外を眺める……車ばっかりだ。風情がない。
 帝督にちょんちょんと肩をつつかれる。

「……どした?」
「いや、このバスに乗ってんの、うちの学校出身ばかりだなと思って」
「そりゃ、うちの地区から出発したバスだからな」
「……なんか自信なくなってきたよ」
「はぁ?」

 どういうことだ? 俺が問いかけると、ため息交じりに帝督は答えた。

「ここに居る全員でも、一つの小学校出身に過ぎない。学園都市の学生180万人の多さが少し分かってさ。その中で最強なんて、本当になれるのかと、な」
「……なるほど。でも、自分を信じてみるほうがいいんじゃねぇの? 今のところ学園都市のLEVEL5は多くはないけどさ……だからといって可能性がないわけじゃない。宝くじも買わなきゃあたらねぇって」
「そうか、そうだよな」

 少し落ち着いたのか、微笑む帝督……お前。

「その笑顔、絶対女の子に見せるなよ?」
「は? なんでだよ! なんですか? 俺はデススマイルなんですか!?」
「それでいいからやめとけ。……収集がつかなくなるぞ」
「なんでそんな真剣なんだよ!? 俺の顔の造形に何か問題が!?」
「問題が無さ過ぎるから問題n……いや、そう問題大有り」
「今何か言いかけたよな!? 問題大有りってひどくね!?」
「うるせぇよバレンタイン30個もチョコ貰いやがって!」
「お前だって20個近く貰ってただろうが!」
「俺はチョコ好きじゃないから問題ない」
「どんな理論だよ!? もはや屁理屈でもねぇよ!」
「……はぁ、帝督はいつからこんな細かい男に」
「“成り下がったよ失望しました”みたいなこと言ってんじゃねぇよ!」
「……みんなが注目してるよ? ついでに俺は小声だから、帝督が一人で怒鳴っているように見える」
「!? こんのヤロォ……よほど愉快な死体になりてぇと見える……!」
「愉快な死体ってなんだよオイ……お?」
「ん?」
「学園都市の中、入ったぜ」

 学園都市内に入ると、何もかも見違えていた。街並みも美しく、超科学の産物という噂も素直に頷ける。

「おい静那! なんだよあれ!」
「……自走しているみたいだな」
「ゴミ箱……か?」
「自走するゴミ箱……メリットがあんまり見当たらないけど」

 初めて見る学園都市に、憧憬に似たものを感じる。俺たちは、これからここで生きていくんだ。
 そんなことを言いあっていると、まもなくバスは停車した。

『皆様、学園都市へようこそ。バスを降りてホテルに荷物を置き、またここに戻ってきてください。発車は10分後になります』
「降りるか」
「おう」

 俺たち二人も、子どもの集団に混じってタラップを降り、スーツケースを引き摺りながらホテルに入る。

「確か、俺と静那、そいから女の子が二人相部屋みたいだな」
「女の子と相部屋とかアリなのかよ!?」

 いや……まだ俺は中一なんだ……そう考えれば有りな気もすr……いやしねぇよ!

「まずいだろ!」
「いや……学園都市一人目の女の子を手にするチャンス」
「コロスヨオマエ」
「なんで片言だよ!? 怖ぇよ!」
「イケメンは死ね!」
「お前に言われたくねぇよ!」
「……へ?」
「自覚ナシか……コイツ、性質の悪い鈍感になりそうだな」
「何言ってんだ帝督」
「いや……なんでもない。ほら、この部屋だ」

 303号室と書かれた中々豪奢な扉に、帝督がカードキーを照合する。カチャン、と音がして、一人でに扉が開いた。

「誰も居ねぇな」
「あぁ。ま、荷物だけ置いていくか」









 そのホテルからまたもバスに揺られること30分。こじんまりとした研究所に、俺たちは居た。

「ここが、身体検査会場なのか……」
「常識を覆す……なぁ静那?」
「どうした?」

 研究員の案内で、コツコツと靴音が響く廊下を歩く俺たち。

「常識を覆す能力、お前はどんなものを考えた?」
「……帝督は?」
「俺はもう考えた」
「マジか!」

 俺の声が音響のように響き、帝督は指を口に当てる。
 別に、思ったことがそうなるようなシステムではないにしろ、やはりそういうのはテンションも上がるというもので。
 語るだけで楽しいものだ。

「……俺が考えたのは、この世のものじゃない物体を作り出す能力だ」
「この世のものじゃない?」
「そう。この世には存在しないもの」
「……創造能力か?」
「ちょっと違うんだけど……よっしゃ! 静那にも理解できないってことは、俺の現実は確立されたようなもんだ!」

 目の前でガッツポーズを取る帝督。
 なんだか、俺に理解できないのが不満だが。それ以上に焦りを感じる。置いてかれるんじゃないかって。
 そんな俺の心境など知ってか知らずか一頻り感動し終えたのか、帝督は俺を目で捉えて。

「静那は決めたのか?」
「……帝督のは反則技だな。俺のも同じくらい反則だけど」
「聞きてぇ! 教えろよ!」
「俺のは……簡単に言えば、この世界を成り立たせてる小さなもんを、手助けする能力だ」
「……?」
「例えば、酸素に水素を与えてやって水を創る、とか」
「化合?」
「まぁ、それだけじゃないけどな。必殺技は……そうだな。核とかを操ったりできたらそれだけでヤバいだろ」
「は……反則……」
「だろ? でもどうせ言ったままの能力が手に入るわけじゃないからな。そのくらい大きく考えておいたほうがいいさ」

 そう言った俺の目の前にはもう、電極がいくつもついたベッドがあった。