「甘い、甘いぞ一刀ぉっ! その程度では儂に一本入れることなど十年早いわ!」
「…………くっそ」

呻きながらも、木刀を支えにしてゆっくりと立ち上がる。
こちらは息も絶え絶えだというのに、相手は全く呼吸も乱れず疲れた様子すら無い。
当年きって六十八の老人の筈なのだが、この無尽蔵の体力は一体どこから来るのか不思議で仕方ない。
足が多少ふらつくがなんとか八相の構えを取りつつ、相手の隙を探る。
……打ち込む隙が全く無い。
対する相手の構えは正眼。
その切っ先は迷わずこちらの眉間に向けられている。
それだけで、全身から汗が吹き出てくる。 せっかく整えた呼吸が乱れるのを感じる。
こちらと相手には実力に雲泥の差があるから仕方無いかもしれないが、しかしそれでもなお気迫だけは負けじと目に力を込める。

「どうした、一刀。 来ないのか?」
「……」

誘われている。
それが分かっていても、最初の一歩が踏み込めない。
頭の中で何通りかの攻めを考えるが、そのどれもが相手を突き崩せるとは言い難い。
せめて、一つでも隙があれば僅かばかりだが勝機が見えてくるのだが。
……なら、隙を作ればいい。
簡単なことではないが、まあ骨の一つでも覚悟すれば不可能じゃない。
どちらにせよこのままじゃジリ貧だ。
無抵抗のままズタボロにやられるよりも、一矢報いてこの爺に一泡食わせてやったほうが数倍マシだ!

「ほぅ、来るか」
「……覚悟しやがれ、師匠」
「覚悟とは、刀を抜いた瞬間に決まっているもの。 まだまだ未熟よのぅ」
「じゃあ、未熟なりの一撃を食らいやがれっ!」

叫びと同時に踏み込み。
構えはそのまま師匠に向かって突進していく。
愚直な特攻とも取れる行動に、相手はそのまま不動。
こちらが疾風ならば、相手は巨岩。
岩を攻撃しようとすればこちらの攻撃が通じないどころか自らの攻撃で己の体を傷つけるだろう。
だが、それでも付け入る隙はある。

「甘いと、言っとるだろうがぁーっ!」
「ぉぉぉおおおおおっ!!」

喉に狙いを付けて刺突を放つが、まるで事前に察知していたかのようにそれを上回る速度で頭部への打ち込みが迫る。
ここまではいい。
こちらの動きが読まれるのは承知の上。
ならば、読まれたのを知った上で行動すればいいだけだ。
そして俺は刺突の姿勢のまま相手の木刀へと突っ込んでいく。

「ぬっ」

当然、師匠の木刀で刺突の軌道が弾かれ死に体となるが、そのまま相手の懐へと飛び込む。
頭を横に動かし、目標をずらされた木刀は左肩へと叩き込まれる。

「がっ!」

しかし、それはほとんど柄の部分。
当然振り切られた状態に比べれば格段にダメージは少ない。
とは言っても物凄く痛いけれど。
だがその痛みを無視してそのまま右足を軸に回転。
木刀は突きを弾かれたおかげでほぼ垂直。
手首、腰、足首が軋みながらもそのまま背面へと斬撃を見舞おうとする。

「まだまだぁ!」

それを防ぐかのように背を向けたまま肩を当ててくる。
その動きに、背筋が凍りそうになる。
この体勢からこの老人は人間を吹っ飛ばせるのだ。
いわゆる、徹しとよばれるその技法はまだ未熟な自分には出来ない。
が、幾度と無く食らい続けたお陰で、その予備動作はすぐに分かる。
大丈夫、まだここまでは想定内──!

「ぐ……っ」

当たる寸前の肩を右足を無理やり屈める事で回避。
膝がかなり痛むが、あれを食らうよりは幾ばくかはマシ。
そのまま崩れた体勢で相手の膝裏に変則回し蹴りを見舞わせる。

「むぅっ!?」

勢いのみの重さの無い蹴りは、ダメージこそないがバランスを多少は崩すことには成功する。
その隙を見逃さずに柄頭でわき腹を狙う!

「────っ」
「笑止!」
「なにぃっ!?」

しかしそれすらもお見通しとばかりに打ち込もうとした木刀を肘で左手ごと叩き落される。
手の甲を狙われた一撃によって重い衝撃と共に木刀が手から離れてしまう。

「しまっ──」
「修業が足りんわっ!」
「ご……っ」

痛みのせいで数瞬反応が遅れ、俺は目の前に迫る木刀を無防備なまま腹部に叩き込まれて宙を舞った。






01 【乖離する世界】






「いっつぅー……骨が折れたかと思った」
「儂が本気で打ち込んでおれば、折れるどころか粉砕だ」

……この人の場合冗談じゃなくて本気で出来るから恐ろしい。
──北郷真刀。
俺の祖父であり、剣の師匠でもある。
今では二人しかいない葛葉派一刀流の師範でもある。
ちなみにもう一人は俺。

「ちっくしょ、やれると思ったんだけどなぁ……」
「攻撃を恐れずに懐に飛び込む度胸は良いが、詰めが甘い。 あんな小細工をするくらいならあのまま突っ込んできたほうがマシだな」
「……むぅ」
「だが、ある程度は相手の動きが分かるようにはなってきたようだな。 今日は及第点だった」
「よし!」
「まったく、防御は儂が目を見張るほどの才能を持っているくせに、自ら切り込むとなるとてんで苦手だのぅ……」

それについては環境が原因だと思うのだが……。
稽古相手が桁外れの防御の達人しかいないせいで地稽古なんかじゃあ攻撃なんて悉くあしらわれ続け、上達すると思うだろうか。
まあそんな手本がいたお陰で防ぐことに関しては自分でも自信があるけど。

「確かに我が流派は守りの太刀。 敵の攻撃を防ぎ、見切りその隙をついて一撃必殺の太刀を叩き込む剣ではあるが、だからといって攻めが疎かになってよいというわけではないのだぞ」
「分かってるよ。 攻めに転じることで敵の攻撃を押さえ込むこともまた守り、だろ?」
「然り。 最大の防御とは相手の機先を殺ぐことにある。 努々忘れるなよ」
「はい。 ……ありがとうございました、師匠」




さて、シャワーを浴びようかというところで玄関のベルが鳴った。
……夏休みの朝っぱらから一体誰だ。
まだ痛む体を引き摺りながら玄関を開けると、そこにはやたらと軽そーなメガネの姿があった。

「よ、かずピー。 ぐっもーにん」
「……及川か」
「なんやその反応は。 久々に会った親友につれない態度やのー」

そういえば冬休みに入ってからこいつとは数回しか会ってない。
まぁ、付き合いが長いから十数日ぐらい会わなくても懐かしくも思わないが。
にしても、コイツが朝っぱらから連絡も無しに来るというのは珍しい。

「で、一体何のようだ?」
「なんのようてお前、冬休みの宿題のこと忘れたんか?」
「あー……そういやそんなもんもあったな」

冬休み前の全校集会の際、理事長が言ってきた宿題。
なんでも、学校の敷地内に歴史資料館を造ったから、見学してその感想を提出しろとかなんとか。
私立とはいえ、歴史資料館なんて明らかに資金の無駄な建物をよく造ったもんだ。

「確か、一緒に行くとかなんとか話してたっけ」
「ようやく思い出したか……。 と、いうわけでや、それを今日の今から行こうやないか、と。 そう思ったわけや」
「んで、俺を呼びにきたと。 まぁ、今日の朝の鍛錬は終わったから別に構わないけど」

といいつつまだ着替えてない胴着の裾を引っ張る。
…そろそろ着替えないと汗で冷えてくるなぁ。

「かーっ。 今日も鍛錬かいな。 お前絶対間違うた青春送っとるで? 今時シュギョーに明け暮れる高校生なんざおるかい」
「やかましい。 にしてもえらく急に思い立ったな。 俺何時行くかとか話し合った記憶無いぞ?」
「そらそうや。 話し合ってへんし」
「お前は……」
「まぁええやん? ちょいと野暮用があってな、そのついでにっちゅーわけで」
「ついでぇ?」
「そりゃオマエ、でぇとに決まっとるやないか」
「……はぁ」
「どないしたん、かずピー? まさか妬いとるんか?」
「別に」

幸せそうなツラでニヤニヤ笑っているが、コイツの場合別に珍しくともなんとも無い。
まぁ…羨ましくないかと言われれば少しは悔しい気もするが。
及川の場合その相手が話す毎に違ったりするんだが。

「ホレホレかずピー、はよ着替えてきてなー」
「あーはいはい分かったよ、じゃあちょっと待ってろ」

せめてシャワーくらいは浴びさせてもらわないと、いくらなんでも汗かきっぱなしで着替えなんてしたくない。
とりあえず20分くらい待たせておこうと心の中で決めつつ俺は浴室へと向かった。
……まぁ及川は玄関で待たせても問題ないだろ。






結局待ちきれなくなった及川が、部屋まで怒鳴り込みにきて当初の予定よりもかなり早めに着替えを済ませた。
制服に着替えた俺は、及川に急かされるように歴史資料館へと向かった。
歴史資料館に続く並木道には俺たちと同じように、同じ目的地へと向かう生徒達がゆっくりと歩いていた。
その数はまばらだが、そのどれもが面倒くさそうな顔をしているところは同じだった。

「で、だ。 今日は一体誰とデートなんだ?」
「ハハハ、内緒や内緒」
「別に内緒にするほど慎ましやかな交際をしているわけでもあるまいに。 ……あれか、芹沢ってコか?」
「グサッ!」
「それとも織戸に紹介してもらったとかいう、水泳部の女の子か?」
「グサグサッ!」
「……なんだ、違うのか?」

とりあえず自分の中でも最新の情報で照らし合わせてみたがどうやら違うらしい。
こいつの女性遍歴を辿るとその数と撃沈率で笑い話のネタになるくらいだったりする。

「んなもんとっくにフラれとるっちゅーねん!」
「フラれた割には次の恋が早いな」
「あったり前やないか。 青春は三年しかないねんで? ならその間はワイは愛を追う狩人であり続けるんや!」
「……狩人っつーか猿だな、猿」
「猿でかまわん。 彼女が出来ればな!」
「……その潔さにある意味尊敬するよ」
「なんや枯れとるなあ」

お前の脳みそがピンク色なだけじゃないのか、とも思ったがあえて言わないでおく。
確かに、若さの象徴である高校生にしてはちょっとばかり変わってるという認識は少しはある。
でもなあ……。

「別に抱くために彼女が欲しいわけじゃないし……。 そういうのってやっぱり真剣に考えないとダメだろ?」
「かーっ! 硬い、硬すぎるわかずピー! 親友としてワイは悲しいで!」
「大きなお世話だ」
「まあまあ、一度で良いから彼女作ってみい? 絶対考え変わるから」
「いいよ、んなの」

こいつ、彼女がいるからっていい気になってるんじゃないのか……?

「まあまあ、そんなこと言わずに考え直してみい? 今ならワイがええコ紹介するで?」
「遠慮しとく。 って纏わりつくな鬱陶しい!」

なおもしつこく食い下がってくる及川の手から逃れようと、体を思い切り捻ったその時、

「っと」
「────」

偶然横を歩いていた他の生徒にぶつかってしまった。

「あ、わりぃ」
「…………チッ」

慌てて謝罪するが、当の男子生徒は小さく舌打ちするとそのまま足早に歴史資料館へと歩いていった。
確かにこちら側に非があったけど、あそこまで露骨に不快そうにされるとちょっとむかつくなぁ。

「なんやアレ、感じ悪いのぉ」

及川が先ほどの生徒に対して悪態をついていた。
まああれは確かにちょっと感じ悪いよなぁ。 もう少しなんらかのリアクションをしてくれてもいいと思うんだが。
……それにしても。

「………むぅ」
「なんや? かずぴーどうしたん? ……はっ」
「あん? なんだよ」
「そんなあんな奴の背中ジーッと見て……。 ま、まさかかずピーそっちの趣味なんか? ウホッなんか!?」
「違うっつーの。 俺はただなぁ……」
「ただ?」
「……いや、なんでもない」

さっきぶつかって分かったが、あの男同い年とは思えないほどがっしり筋肉がついていた。
あの体型からはちょっと信じられないくらいに。
俺も決して劣るとは思っていないが、あれほどの密度の筋肉がついてるとは只者じゃないと思うんだが……。
まあ、こんなことを話しても及川から変な顔でみられるだけに違いないから、下手なことは言わないでおくか……。

「それよりさっさと行こうぜ。 お前だって約束があるんだろ?」
「おお、せやった! 時間無いねんからさっさと行くで、かずピー!」

この後に待っている楽しみでも想像しているのか及川は鼻歌を歌いながら歴史資料館へと軽い足取りで向かっていく。
そんな及川の様子を見ながら、俺は一度ため息を付いてゆっくりとついていった。






歴史資料館の中は流石というか、学校の施設にしてはかなりの充実っぷりだった。
というか、そもそも歴史資料館なんて学校にあるという話は他で聞いたことがないが。

「へー……、こりゃまた立派な資料館だな」
「流石フランチェスカっつーことやな。 まったく、しょーもないもんに金掛けとるなぁ」
「理事長の趣味なんじゃないのか? ……にしても資料やらレプリカやらで数億くらいかかってそうな感じがするけど」
「……金の掛け方間違っとるんちゃうか? の割に授業料はそれほど高いわけでもないし……。 裏で怪しいことでもしとるんちゃうか?」
「例えば?」
「見目麗しい女生徒達を秘密の地下室にでも連れ込んで、夜な夜な金持ちの食い物にしとるとか」
「ははは、面白い冗談だな。 ────もしその話を他でするなら俺のいないところで話せよ」
「ほんのジョークやジョーク。 ただのネタやねんし笑って流してくれ」

……別にこいつの容姿は悪くない。 口も達者だし人付き合いも悪くないのだが、こういうところが女の子にふられる要因だったりする。
勿体無いとは思うが、まあこいつは元々人として大事なネジが一本くらい緩んでるんだろう。


「……まぁ、そういうことにしといてやる。 とりあえず展示品見ないと感想も書けないしな」
「そういう風に冷静に流されるんも、なんや恥ずかしくなってくるんやけど……」

ブツクサと文句を言いながらついてくる及川と共に掛け軸やら武具やらを見て回る。
こうして見回ってみると本当にこの歴史資料館の豪華さに驚かされる。
大体が古代中国や戦国時代のものが多いのだが、レプリカとは言えその資料や展示品の数は市の博物館よりも多い。
……明らかに学業に必要な施設の枠を越えていると思うのは俺だけだろうか。

「んー…この矛とか凄いな……。 でかいし、飾りなんかもやたらと豪奢だ」
「説明文には後漢後期のもんとか書いてあるで」
「後漢後期っつーと……三国志の時代か。 すげぇな、模造品とはいえ千八百年も前の遺物かよ」
「……すごいのはかずピーのほうやで」
「あん? なんでだよ」
「だって後漢後期とか言われてすぐさま三国志やら千八百年前とかすぐには出てこんで、フツー」
「そうかぁ? 常識だと思うが」
「んな中国の歴史が常識でたまるかい! そんな知識が常識なんは中国人か歴史マニアだけや!」
「マニアなぁ……まあ昔はよく昔の爺の家でその手の本読み漁ってたし」

今は二人揃ってこちらに越してきたが、そういう本はちゃんと書庫に保管してあるから今でもちょくちょく読んでいる。
自分でも探して買ったりしていて、横山三国志を全巻持っているのは密かな自慢だったりする。

「修行の合間にさ、休憩がてらによく読んでたんだよ。 まぁ、そういう本しかなかったっていうこともあるけど」
「かずピーの爺さんの家ってどこやったっけ?」
「鹿児島。 訳あって今はこっちで俺と一緒に暮らしてるけど」
「ふーん……。 つーか修行ってなんの?」
「剣術だよ。 俺の家は昔っから道場やってて、物心ついた時から やらされてたんだよ」
「……今時の高校生とは思えん台詞やな。 剣術とか修行とか暑苦しくてなんかキモいわ」
「言うに事欠いてキモいとは失礼な奴だなこのヤロウ」
「いやいやいや、現代の男子学生が修行するとか絶対オカシイって」
「仕方ないだろうが、古い家系なんだから。 それに跡取りが俺しかいないから爺に強引に後を継がされそうになってるんだ」
「……よーグレへんかったなぁ、かずピー」

同情の眼差しで、こちらの肩を叩いてくる及川。
なんか可哀想なものを見るような目で見られるのは結構傷つくのだが。

「別に、剣術は嫌いじゃないしなぁ。 そりゃ辛かったけど悪くはないし」
「そーか。 で、そんなに剣術に入れ込んで、学校では剣道部に入ったりして……んなに強うなって何がしたいんや?」
「別に目標とかは別にねえなぁ……。 とりあえず爺には勝ちたいけど」
「あのジイサンか。 ……ワイも一度見たけどあんなバケモン相手に勝とうなんて無茶なことしようとしとるなぁ」

まあ、確かに刀とは言えドラム缶を一刀両断するような逸脱した人間とは認めるけどさ。
一応その血筋なんだし、いつかは爺と同じ達人と呼ばれる人になりたい。
まだまだその道は遠いけれども、俺の中では人生を賭してでも達成したい目標の一つだ。

「そっか。 ま、友人として応援はさせてもらうわ」

そんな俺を呆れならがも、及川は俺に向けて拳を突き出して励ましの言葉をよこす。
俺もそれに応じるように拳を突き出してコツン、と合わせた。

「──お、あそこにいるアイツ、さっきの男とちゃうの?」

と、何かに気づいた及川が俺達から少し離れた場所で展示物を眺めている男子生徒を指差した。
確かによく見てみると、見覚えのある横顔だった。
やっぱりあいつもここが目的だったらしい。

「確かにそうだな。 あいつもここが目当てだったのか」
「理事長の強権発動で全校生徒の宿題にされてもうたからな。 ……にしても、この学校にあんな男子生徒おったっけ?」
「そういえば……見覚えないな」

この聖フランチェスカ学園は元女子校で、共学になったのはつい最近だ。
そのせいで男子学生の数が極端に少なく一つのクラスに平均一人という割合になるほど。
だから学年でも違わない限りほとんどの男とは顔見知りだったりするのだが、あんなやつは見た記憶が無い。

「ちゅーことは下級生か? あの威圧感を年下が放っとったなんて、末恐ろしいヤツやで」
「確かにな……。 にしてもやっぱりあいつ……」
「なんやねんそんな睨むような目でアイツを……。 まさか、やっぱりかずピーってそっちの人やったんか!?」
「そんなんじゃねーって。 あいつ、すごいぞ?」
「んなサラッと流さんといてーな。 で、すげーってなにが?」
「いや……隙がないというかな。 立ち振る舞いからも武道やってるって分かるし、さっきぶつかったときのあいつの体、かなり鍛えこんでたしな」
「……あの瞬間だけでそんなことが分かるとか、どこの剣豪やお前は。 はっきり言って普通やないでかずピー」

二、三歩ほど後ろに下がってこちらから距離をとる及川。
別におかしなことじゃないと思うんだが。

「武道やってるやつなら普通のことだと思うぜ。 歩き方とか、姿勢とかである程度分かるもんなんだよ、そういうことは」
「えー……、絶対嘘や」
「嘘じゃないって。 だけど、あれだけの使い手なら絶対見覚えあると思うんだけどなぁ……。 どこかで見たとしたら絶対印象に残る筈だし」
「確かにあんなイケメンやったら絶対ワイも顔覚えてると思うねんけど。 ……主に呪うために」

不気味な笑みを浮かべる及川に苦笑しながら、もう一度男子生徒のほうへ目を向けた。
と、いうことは転校生なんだろうか?
転校するにしても時期が遅すぎるし、なによりも共学になったばかりのここに来るメリットというものも無いと思う。
……まぁ、及川のような人間にとっては別かもしれないけど。

「……から、……まる………。 ちっ、……いかねぇ……」

そんなことを考えながら見ていると、男子生徒は展示品のひとつを凝視しながらブツブツとなにやら呟いていた。
その視線に俺は違和感を覚えた。
展示品を見る目はまるで親の仇でも見つけたかのように険しい。
今にも噴出しそうな怒りをむりやり抑えているかのような、そんな物騒な雰囲気を醸し出している。
怪しい。
誰もいないのならガラスを蹴破ってあそこにあるものをぶん取っていきそうな気がする。
その対象が気になって目を凝らしてみると、どうやら鏡のようだ。
なんということはない、普通の鏡。
確かに意匠は凝っているとは思うが、別段曰くつきというものでも無いと思うんだが……。

「おい、かずピーどうしたんや?」
「……ん?」

男子生徒と展示品に注意を向けていると、及川に呼びかけられた。
よっぽどあっちのほうに気をやられていたらしい。

「ボーッとしてあいつの居ったほう見てるし、なんや用でもあったんか?」
「……いや」

振り返ると、もうあの男子生徒の姿は無かった。
他の展示品を見に行ったのだろうか?

「なら、早く他の展示品も見て回ろうや。 あんま時間も無いねんし」
「時間が無いってそりゃお前の都合だろうが」
「当ったり前や。 ワイには一人寂しく待っているあの子の元へ、一刻も早く会いに行く義務があるんやっ!」
「へいへい、分かったよ」

肩を竦めて、俺はその場から動き出した。
その後も早足で歴史資料館を周り、何人かの生徒とはすれ違ったが、あの男子生徒に会うことは無かった。





「ほな、かずピー行って来るで!」
「変なボロ出して愛想尽かされんなよ」
「余計なお世話や!」

簡単なやり取りの後、及川は弾むような足取りでデートの待ち合わせの場所へと向かった。
一人残された俺は、家に帰ろうと歩き出しながら、今日の出来事を思い出していた。

「……しっかし、あいつの妄想力には呆れるぜ」

曰くあの壺にはメンマが大量に入っていたとか、この鎧は実は女の子が着ていただの、きっとこの服を着ていたヤツはハーレムだっただの。
良くもまぁそんなくだらない妄想が出来るなと、呆れるくらいに喋りまくっていた。
そもそもメンマってなんだよメンマって。

「愛すべきバカだな、あいつは」

友人の中に一人はいると面白いと思えるやつだとは思う。
まあ、あんなやつが何人もいたら迷惑だと思うけどな。

「それにしても、だ」

頭の中で引っかかっているのはもう一人の人物。
……あの展示品を見ていた少年。
見覚えの無い生徒。
しかし、あの少年が着ていたのは確かにフランチェスカのものだった。
だから本当に転校生とかそういうものなだけで、フランチェスカの人間では無い、とは言い切れない。
だが。

「……気になる」

あの身のこなし。
そして、あの展示品の鏡を睨むような目。
今まで転校生が来るという話は聞いたことが無い。
急な話ならばおかしくはないかもしれないが、だとしたら何故そんな生徒が冬休みの間にあんな歴史資料館の中にいたのか?
学校の見学ならば納得できるかもしれないが、それでも俺の中では釈然としない思いが残る。
頭の中で僅かな警鐘が鳴るが、俺はそんな考えを振り払いながらゆっくりと暗くなり始めた家までの道を急いだ。





「うぅー……、寒い」

耳が痛くなるほどの寒さの中、俺は一人竹刀袋を片手に寒空の下にいた。
竹刀袋の中にあるものの重さを確かめながら、白い息を吐き出しながら一人ごちる。

「思い過ごしならいいんだけどなぁ……」

結局、家に帰ってもあの少年のことが気になって歴史資料館に行くことにした。
別に正義感とかそういうものじゃない。
ただ、一度思い立つと気になって仕方が無いのだ。
自分でも厄介な性格だとは思うが、持って生まれた性格を易々と変えることなんて出来ない。
それにしても……。

「……用心の為に一応持ってきたけど、誰かに見られたら絶対通報されるよな」

夜中に竹刀袋を持って徘徊する人がいたら、そりゃ怪しいだろうし。
まあ、ないとは思うが万が一実力行使が必要な場合は無ければ困るし、とりあえずこれがただの杞憂であることを信じよう。
部屋に出かける旨の書置きを残して、早速歴史資料館に向かう。
同居人である爺は剣術に支障をきたすか、他人に迷惑を掛けない限り俺の行動を咎めたりしないのでこういう時は便利だ。
とりあえず軽い準備運動を済ませ、目的地へと駆け足で向かう。

「寒いなぁ……」

運動をして体が温まったお陰で多少はマシになったが、冬の真夜中の寒さはかなりのものだ。
そんな寒い中、なにもないかもしれないのに気になるというだけで出歩くとは我ながら酔狂な奴だ。
願わくば何事も無く、自分の思い過ごしであればいいんだけど……。
まあ、その場合俺はただのバカってことになるんだろうが。
などと一人ごちながら目的地の近くまで来ると、遠くから物音のようなものが聞こえてきた。

「……これは」

気のせいかと耳を済ませてみると、確かに風の音と遠くの車の音とは別の音が聞こえてくる。
これは……足音だろうか。
しかもかなり間隔が短い。
つまり、誰かがこんなところを走っている?

「見回りの先生かなにかか……?」

そうだとしても走っているのはおかしい。
誰かがランニングしているだけかもしれないけど、わざわざ学校の敷地にまで来て走りに来る酔狂な人なんているわけない。
そんなことを考えていると、段々足音が大きくなってきた。
どうやらこちらに向かってきているらしい。

「やば……!」

慌てて俺は道の脇にある樹林の一つに身を隠した。
流石に俺の想像通りの事態じゃない場合に、竹刀袋片手にこんなところにいる不審者と勘違いされたら大変だ。
とりあえず、目を閉じて深呼吸をして心を落ち着かせる。
こういう時大切なのは心を乱さないことだ。
竹刀袋の中にあるものの感触を確かめる。
そして、足音が今まさに俺の横を通り過ぎようとしたその時。

「……待てよ」
「────」

声を掛けたその背中は、いきなり呼び掛けられたにもかかわらず動揺を一切表さずゆっくりとこちらに振り返った。
その顔は俺が予想した通り、あの資料館で見かけた少年だった。
そして、その脇にはあの凝視していた展示品の鏡を持ち抱えていた。
……どうやら、悪い予感が的中してしまったらしい。
一方、少年の方は口を堅く閉ざしたままこちらを威圧するように凝視していた。
その迫力は同年代の少年が決して放てるようなものじゃない。

「悪いけど、ちょっとだけ俺の質問に答えてくれるか?」
「……誰だ貴様。 俺に何か用でもあるのか」
「用があるのはどっちかというとお前の持ってる鏡のほうだな。 それ、あの資料館にあったやつだろ?」
「…………」
「それに、お前ここの学校の生徒じゃないだろ」
「……何が言いたい」
「お前、小さい頃に大人に言われなかったか? 他人の物を盗ったらそれは泥棒だって────なぁっ!?」
「……チッ」

こちらの言葉を遮るように、少年が鋭い蹴りを繰り出してきた。
それをなんとか避けられたのは日々の努力の賜物だ。
しかし、相手は不意打ちを詫びることすらなく、あまつさえ舌打ちすらしていた。

「いきなりなにを……っ!」
「邪魔だ」

再び蹴るどころか穿つような勢いで蹴撃が繰り出される。
しかし、不意打ちでなければなんとか避けれる。
体術で恐ろしいのは威力ではなくて、そのラッシュだ。
近距離で、相手の反撃さえ許さない間合いでの連撃は脅威である。
一度大きく後ろに跳躍して相手との距離をとる。

「ったく、人の話を聞けっ!」
「聞く気は無い。 死ね」
「くそっ」

相手が立ち止まる気配が無いと悟ると、俺は手にしていた竹刀袋の紐を解く。
そこから抜き出したのは一振りの刀だ。
刀とは言っても刃引きしてある修行用のものだが、武器としてはかなり物騒な代物であるのは違いない。
素手の相手に武器を用いるのは気が引けるが、相手が素人ではない場合はそんなのは気にしている余裕は無い。
徒手空拳でも人は殺せる。

「……ほう」
「やるからにはこっちも本気だ。 ……骨の一本や二本くらいは覚悟しろよ」

少年の目が変わる。
今まで、こちらをただの障害としてしか見ていなかったが、今は確実に排除すべき敵と認識している。
刀を握る手に力が篭る。
幾度と無く爺と実践形式の組み手を繰り返してきたが、本当の意味での戦いはほとんど経験したことがない。
緊張で震えそうな剣先を、無理やり押さえつける。

「いいだろう。 ────死ぬがいい!」
「く……っ」

先ほどよりも明確に殺意を向きだして少年が襲い掛かってくる。
緊張で一瞬気が逸れていた俺は、なんとか攻撃を受けないように防御の体勢をとる。
そこへ、首を刈り取るような鎌のような蹴りの一撃が繰り出される。
なんとか受けきったが、もし直撃すれば確実にこちらの骨を砕くだろうとその衝撃の重さで感じる。
その衝撃で完全に機先を殺がれた俺をに、畳み掛けるように更にもう一撃。
今度はこちらを突き刺す槍のような直蹴り。
その軌道をなんとか刀で逸らす。
こちらに一切攻撃をさせないまま、怒涛の勢いで数多の蹴りを繰り出してくる。
その全てが、俺の命を刈り取ろうとする殺意が込められている。
だがそれをなんとか防ぎ、避け、捌き続ける。
なんとか反撃に移ろうとするが、まるで体力の限界が無いかのような容赦ない連続攻撃には付け入る隙がまったく無かった。

「……っ。 いい加減に、しろぉっ!」

首の骨を砕く勢いで放たれた回し蹴りをしゃがんで避け、なんとか出来た一瞬の隙に体当たりを食らわせる。
爺のように徹しを習得していない、更に勢いも足らない体当たりには相手を倒すような威力は全く無かったが、なんとか相手との距離を取ることには成功した。

「チッ、しつこいな……」
「余計なお世話だ……! お前一体何者だ!? どうしてこんな盗みなんてしやがるっ!?」
「盗み……? ああ、これのことか」

少年が手にしていた鏡に視線を移す。
今まで息も付かせぬ連続攻撃を続けていたが、その手にしていた鏡のせいか一度も拳は使ってこなかった。
蹴り主体の戦闘スタイルだったとしても、一度も拳を使わずにこちらを圧倒するその技量は凄まじいの一言に尽きる。

「これはお前らには必要の無いものだ。 必要の無いものを奪って何が悪い?」
「んだと……!?」
「それにこの鏡とお前は関係も無いだろう。 死にたくなければ失せろ。 失せて今日ここで起きたことは忘れろ」
「ざけんなっ。 盗人たけだけしいってんだよそういうのは! 必要がないだとか関係がないだとか、そんなのはお前が決めることじゃない!」
「あくまで邪魔をする気か……?」
「当然」
「……ならば殺してやろう。 突端を開かせる鍵が無ければ外史が生まれることも無く、このまま終わらせることが出来るだろう」
「鍵? 外史? 何言ってやがる……?」
「お前が知らなくてもいいことだ……。 ────死ねぇっ!」

先ほどよりも更に勢いを増した蹴撃が上下左右から繰り出される。
禍々しい風切り音を立てながら的確に急所だけを狙った一撃が幾度と無く襲い掛かる。
眉間、こめかみ、喉元、鳩尾、一度でも食らえば再起不能確定な一撃を問答無用の勢いで狙ってくる。
それを一つ一つを爺との本気稽古と同じくらいの集中力でいなし続ける。
重い衝撃に刀を握り続ける手が痺れて、刀を手放しそうになるがその度に力を込めて握りなおす。
……くそ、防御一辺倒でなんだかイライラしてきたぞ。

「本当にしつこいやつだ……。 足掻かずに素直にやられれば楽に死なせてやるものを」
「うるせえよ……。 そう簡単に殺されてたまるか!」

危険を承知で今度はこちらから先制を仕掛ける。
袈裟懸けに振るった刀は相手の腕に阻まれるが、相手の動きが止まる。
そのチャンスを逃さすまいと矢継ぎ早に攻撃を叩き込む。
容赦していては勝つことなど出来ない。
こちらも首、脇下、肩の付け根や脛など人体の構造的に弱い部分を狙っていく。
それと同時に一息で繰り出す攻撃の回数も一度から二度、三度と増えていく。
余計なものが全て真っ白になりただ、打ち倒す敵だけが鮮明に映し出されていく。
遂に避けきれなくなってきたのか、グラリと相手の姿勢が崩れる。
────チャンス!

「だらあぁっ!」
「ふっ」

しかし、全力で打ち下ろした刀は相手の足に阻まれる。
そしてそのまま返す足で回し蹴りを見舞ってきた。
どうやら俺は相手の誘いに易々と引っかかってしまったようだ。
脇腹を的確に狙ってきた蹴りをなんとか柄尻で受け止め、吹き飛ばされる勢いを利用してそのまま後ろへと距離を広げる。

「おいおい……。 刃引きがしてあるとはいえ刀を蹴りで弾くなんて非常識な……」
「はっ、そんなこと造作も無いことよ。 ……とはいえ、このままでは埒が明かんな。 このつまらない戦いにも飽きた。 さっさと決着をつけるぞ」

苛立たしげに言葉を放ち、ここに来て初めて少年が構えを取る。
足を大きく広げ、腰を落とし、右手を後ろに左手を前にまるで正拳突きを放つようなその構え。
その途端、少年の雰囲気が変わる。
まるで、抜き身の刀を向けられたような、息を詰まらせるような濃密な殺気が伝わってくる。
明らかに、この次の一撃で俺の命を奪い取るという意思がありありと感じられる。
周囲の温度が急激に下がっていくような錯覚に囚われ、背中から流れる汗でさえも冷たく感じてしまう。

「────」

殺意を向けられることに慣れていない俺の様子を、獲物を狩る猛獣のように息を潜めながら、黙した観察している。
その視線に負けじと気を張り詰めて、刀に意識を集中させる。
己が刀になったかのように意識が研ぎ澄まされていく。
今ならば風の流れ、虫の小さな気配ですら感じることが出来る。
そしてそのままゆっくりと構えを正眼から脇構えへと変える。
足に力を込め、徐々に前傾姿勢になる。
守りを捨てた完全な攻撃態勢。

「どうやら覚悟は決まったらしいな。 ならばせめて苦しまないように一瞬で殺してやる」
「……やれるもんなら、やってみな」

俺を萎縮させようと激しい殺意を撒き散らす少年に対して、俺は完全に心を無にして受け流す。
狙うは後の先。
どんなタイミングでも瞬時に動けるように全身に力を行き渡らせていく。

「往くぞ……。 死ねよやああぁぁーッ!」

地面を力強く蹴る音と共に一気にこちらとの距離を詰めてくる。
その勢いのまま繰り出される回し蹴りを踏み込みながら掻い潜るように回避してそのまま胴へと刀を走らせる。
しかし、相手も無防備にやられる筈もなく回し蹴りの勢いのまま空中で踵落としを繰り出してくる。
まるでテコンドーのような連携を見せて、踵が肩へと叩き込まれる。

「────っ!」

直撃した瞬間肩の骨が砕け散ったような衝撃が襲う。
しかし、その衝撃を無視。
体勢が崩れる前に電光のような速さで脇下へと全力の逆袈裟を繰り出す。
会心の一撃を食らっても崩れない俺に予想外だったのか相手が怯む。

「せええぇぇいっ!」
「がっ……!?」

全力の一撃は少年を吹き飛ばし、そのまま地面へと叩きつけた。
しかし、その代償に俺は肩に一撃を食らい、そのままグラリと膝をつく。
これが完全な状態でのものだったら俺は反撃すら出来ないでそのまま倒れていたに違いない。
たった一歩懐に潜れたお陰で勢いが削がれたのが功を奏した。

「くっ、しまった……!」

なんとか立ち上がっていた少年の声に気づくと、丁度二人の中間地点であの鏡が地面へと落下していた。
どうやらさっきの一撃でやつの手から零れ落ちてしまったらしい。

「させるか!」

震える膝を叱咤してなんとか立ち上がる。
スローモーションのように宙を舞う銅鏡に向かい、俺と少年は同時に手を伸ばした。

「────!」
「────!」

しかし、伸ばした手も空しく宙を舞っていた銅鏡は、そのまま地面へと叩きつけられて硬質な破壊音と共に砕け散った。
その音を聞いて少年に顔が焦りに歪んだ。

「くそっ、余計な手間を……!」
「余計な手間ってのはどういうことだっ。 お前がそもそも盗みなんて働かなければ良かったんだよ!」
「……何も知らない奴がペラペラ喋るな! 貴様に何が分かる!」
「お前が泥棒だって言うことぐらいは分かってるつもり────」
「くそっ、もう始まりやがったか!」

俺の声を遮るように少年の焦りの声と同時に割れた鏡の破片から光が漏れ出してくる。
それはあっという間に少年の体を包み込み、そのまま俺のほうへと伸びていく。

「な、なんだこれ……!? どうなってんだ!」

光は徐々に広がっていき、すぐに俺までをも飲み込んだ。
白くなっていく視界。
網膜を突き刺す強い光に対する反射的な動きで瞼を閉じる。
そのまま光から逃れようと身体を動かそうとするが、まるで石化してしまったかのようにピクリとも動かない。
しかし、それでも本能的な危機感から無駄と分かりつつも動かない体でもがき続ける。

「無駄だ」

そんな俺の様子を嘲笑うかのように、光の奔流の何処かから少年の声が響いてくる。

「何がだっ!」
「……もう後戻りは出来ん。 幕は開いてしまった」
「幕!? どういうことだ!」
「……飲み込まれ、運命に翻弄されろ。 それが、お前に下された罰だ」
「罰だと……? ────うわっ!?」
「────世界の真実の姿をその目で見て、絶望するがいい」

光に溶け込むかのように薄れていく意識の中。
少年が呟いた意味ありげな言葉が妙に記憶の中に残ったまま。
俺は不思議な浮遊感と共に意識が途切れていった────。