「あー、どうしたもんだかこの状態」



 誰ともなしに呟く少年の声がむなしく辺りに響く。

 少年の服はぼろぼろで露出した肌にはところどころ出血が見られる。

 それほど酷いようには見えないが右腕が目に見えるほど腫れ上がっていた、おそらく折れているのだろう。



 「…………ま、それはいいとして、だ。いい加減起きろよ、おい」



 少年は自分の隣で気を失っている少女―――――こちらはほとんど無傷だが、に話し掛ける。

 が、気がつく気配はない。



 「ったく、実は頭を打ったなんてことはないよな…………?」



 少女を心配する少年。

 どう見ても少年の方が怪我の状態は悪いのだがそれを全く感じさせない様子で少女の顔を覗き込む。

 傍から見ればキスする五秒前といった感じだがあいにくそれを見て誤解する人はこの場には存在しなかった。



 パチ



 「…………お」

 「……………………」

 「おお、気が付いたか、天野」

 「…………あい、ざわ…………さん…………?」

 「ああ、大丈夫か?どこか痛いところはないか?」

 「き―――――」

 「―――――って、え?」

 「きゃああああああああああっ!?」



 バシーン!!



 何故なら―――――















 ここは俗に言う無人島と言うやつだからである。






























                          〜心に抱きしめて〜






























 それはいつものことだったのだろう。

 恒例のようにテレビに触発されて唐突に「無人島に行きたい」と言い出した真琴。

 当然のごとく「了承」を繰り出す秋子さん。

 どこからともなく情報を聞きつけて無人島旅行を用意した佐祐理さん。

 そしていつものごとく集まるメンバー。

 そう、いつものことだったのだ…………真琴が島の中を探検しようなんて言い出すまでは。



 真琴によって結成された第一回無人島探検隊。



 (隊長)沢渡真琴

 (副隊長)天野美汐

 (荷物持ち)相沢祐一

 (護衛)川澄舞



 のメンバーにて行なわれた探検。

 騒ぐ真琴に見るもの見るものに興味を示す舞。

 真琴と舞に丁寧に説明を入れていく美汐。

 そんな光景を序盤だけは微笑ましく見ていた祐一。



 しかし、それは唐突に起こった。

 崖に面したところにあった花を摘もうとした美汐の足場が崩れたのだ。















 「―――――で、それを助けようとした俺だったがマヌケなことに俺まで落ちちまったわけだ」

 「…………も、申し訳ありませんでした」



 ひょっとしたらこの音は上まで届いたのではないかというくらいの快音を響かせた平手の一撃。

 その威力は祐一の頬の紅葉の鮮やかさをみれば一目瞭然であった。



 「ま、不幸が重なっただけだと思っとくから気にするな。

  まあ、問題は俺たちがこれからどうなるかだが…………落下の瞬間を真琴も舞も見ていたからすぐに助けに来るだろ」

 「しかしよくこんな崖から落ちて無事でしたね私たち…………」



 美汐の見上げた視線の先には自分たちの転げ落ちてきたと思われる崖。

 垂直ではないものの明らかに登ることは不可能そうなその高さと険しさに感心と恐怖を織り交ぜて呟く。



 「確かになぁ…………」

 「そういえば相沢さんは怪我などは―――――ってあ、あ、相沢さん!?」

 「何だ?」

 「な、何故上を脱ぐのですか!?」

 「ん?ああ、悪い悪い。布がいるんでな」



 突然上着―――――といってもTシャツ一枚を、だが脱ぎだした祐一に顔を真っ赤にして慌てて後を向く美汐。

 瞬間的に目に入った祐一の上半身に胸をドキドキさせつつも抗議の言葉を出すのだった。



 「ぬ、布ってなんで…………え?」

 「こういうことなんでな」



 ちらりとこちらを見てきた美汐にそう言って腫れ上がった右腕を見せる祐一。

 驚く美汐を横目に脱いだTシャツを引きちぎって枝と共に自分の左腕に巻いていく。



 「あ、相沢さんその腕…………」

 「ああ、落下の際にドジっちまってなー。あ、悪いんだが片手では結べないから天野、やってくれないか?」

 「あ、は、はい」



 上半身だけとはいえ男性の裸を見慣れていない美汐だったが流石にそう言うことをいっている場合ではないと思い祐一に近寄る。

 途中、どうしても目に入ってしまう祐一の姿に顔をひたすら赤らめながらも添え木を完成させていく美汐。

 そんな美汐に苦笑する祐一だったがやはり左腕が痛むらしく顔をしかめてしまう。



 「はい…………結び終わりました」

 「サンキュー」

 「…………痛みますか?」

 「そりゃあ、な」



 無理をして強がっても美汐には見抜かれてしまうので正直に口にする祐一。

 そこで美汐は気付いた、祐一の体のあちらこちらに傷があることに。



 「相沢さん、よく見たら傷だらけじゃないですか!?」

 「ん、ああ、こっちは大丈夫だ。見た目ほど痛くはないから」

 「例えそうであっても傷口からバイキンが入ったらどうするんですか!消毒しないと…………」

 「そんなこと言っても消毒液どころか水もないのにどうするんだよ?」



 祐一の正論に言葉をぐっと詰まらせてしまう美汐。

 祐一の言葉は正しい。

 かといってこのまま放っておくわけにもいかないのだ。



 (一体、どうしたら…………)



 途方にくれる美汐。

 が、そこである考えに辿り着く。

 昔一緒に暮らしていた「狐」

 「狐」は怪我をしたとき自分の―――――



 (え…………で、でもそんな…………!?)



 そこまで考えて真っ赤になってしまう美汐。

 そんな彼女の様子を怪訝に思った祐一は心配そうな表情になる。



 「どうしたんだ天野?やっぱりどこか…………」

 「い、いえっ、そういうわけではありませんから」

 「そうか?ならいいんだが…………」



 安心して一息つく祐一。

 そんな自分を本気で心配してくれる祐一の様子に美汐の心は決まる。

 顔中を紅潮させつつ美汐は祐一へと向き直り、祐一の左腕を掴んだ。



 「…………相沢さん」

 「へ?」

 「失礼します!」



 宣言するなり祐一の左腕の傷口へと舌を伸ばす美汐。

 当然そんな彼女の行為にパニックになる祐一だったが流石に固まっているわけにはいかなかったので

 美汐の舌が触れる寸前に慌てて身を引く。



 「相沢さん、逃げないで下さい!」

 「い、いや、逃げないでって…………お、お前、何を?」

 「しょ、消毒です!」

 「え、な、しょ、消毒って、おい!?」

 「他に方法がない以上これしかないんです。お嫌でしょうが我慢して下さい…………!」



 再び祐一に迫る美汐。

 彼女は要するに傷口を舐めて消毒しようというのだ。



 「い、いいって!自分でやるって!」

 「腕はともかく背中や胸の傷はどうなさるつもりなんですか。

  わ、私とて恥ずかしいですが今はそう言うことを論じている場合ではないでしょう!?(////)」



 顔を真っ赤に染めてそう言う美汐に流石に言葉を詰まらせる祐一。

 が、だからと言って「じゃあ頼むわ」と言うわけにもいかない。

 いくら美汐のことが好ましい女の子と言っても恋人でもない女の子に体を舐めさせるなど祐一の頭にはない選択肢なのだ。

 だが―――――



 「お願いします…………言うことを聞いてください相沢さん…………」



 美汐のそんな台詞と真摯な瞳を見てしまってはそれ以上「NO」とは言えない祐一。

 もちろん「YES」とも言えはしないが…………沈黙を了承と受け取った美汐は祐一の体に触れる。

 5cm、4cm、3cm…………

 徐々に近づいていく美汐。

 流石に観念したのか目をつぶってその瞬間を待つ祐一。

 しかし、



 ザァァ〜〜〜〜〜〜〜



 今まさに!といった瞬間、二人の耳に聞こえる水の流れる音。

 その音がどうやら河のものであると察知した二人はそのまま動きを止めてしまう。



 「…………川の流れる音だな」

 「…………はい」

 「ってことは水があるよな」

 「…………はい」

 「そういうことだから…………」

 「…………はい」



 ゆっくりと祐一から離れて立ち上がる美汐。

 その顔は伏せられてはいるものの明らかに紅潮しているだろうということは祐一にもわかった。

 ただ、それが自分にも言えるということも事実ではあったが。



 何とも気まずい空気が流れる。



 「じゃあ、行ってみるか」

 「…………はい」



 それっきり無言で歩き出す二人。

 散々遠慮しておきながらも美汐の後を歩く祐一の顔が残念そうに見えたのは…………男としてはしょうがないことなのかもしれない。















 「…………すみません」

 「…………んあ?なんだよ急に」



 予想通りに見つかった川のほとりに座る二人。

 祐一の背中を濡らしたハンカチで拭く美汐はポツリと謝罪の言葉を口にした。



 「その右腕にあちこちの傷痕…………私をかばったせいですよね?」

 「は?何を言って…………」

 「とぼけても無駄です。でなければ同じ所から落ちた私が無傷な理由の説明がつきません」

 「…………む」



 しらばっくれようとした祐一だったがあっさりと先手を打たれてしまう。

 どうしたものか、と祐一が悩んでいると水滴の感触を背中に感じる。

 それは暖かく、それが美汐の涙であることはすぐに知覚できた。



 「おい、天野―――――」

 「振り向かないで下さい。泣いてるところ、見られたくないですから」

 「……………………」

 「どうして」



 口にされたのは疑問の言葉。



 「どうして、私をかばったりなんかしたんですか!?下手すれば死んでいたんですよ!?」

 「死んでないだろ?」

 「結果論です!…………貴方にまで私の前から消えられたら、私はどうすればいいんですか…………?」

 「…………天野」



 震える声が背中越しに祐一の耳に届く。

 言葉は祐一を責めてはいるが本当に心配しているという心が伝わってくる。

 それは一度大切な「人」の喪失があった彼女故の言葉。

 失うことの恐ろしさを知る彼女故の想いだった。















 「大丈夫だって」



 その、祐一の言葉は美汐の心に染みた。

 確証も、根拠もなにもないただの気休めとしか思えない祐一の言葉。

 けれど、その言葉は重く―――――ただ、澄んでいた。



 「…………相沢、さん」

 「大丈夫だって、俺はいなくならない。

  俺は栞の好きなドラマの主人公じゃないんでね…………ヒロインを、好きな女の子をかばって死ぬような格好いいキャラじゃない」

 「……………………」

 「泥臭くても生き抜いてやるさ。少なくとも俺を必要としていてくれる人が一人でもいるんならな」



 そこまで言って流石にそのクサイ台詞に照れたのか頬をかく祐一。

 美汐はそんな祐一の背中におでこをくっつけて―――――微笑った。



 「それ…………ある意味ドラマより格好いいですよ、相沢さん」

 「うっ…………そ、そうか?」

 「はい。少なくとも私はそう思いました」



 美汐の言葉に一層照れる祐一。

 と、そんな二人に聞こえてくる複数の声。



 「ん?あの声は…………」

 「真琴たちですね、おそらく」



 ごしごしと目をこすって涙を拭く美汐。

 流石にこの顔のまま真琴たちの前に出ては祐一がどんな目に会うかわかったものではないと思ったからである。



 「行きましょう、相沢さん」

 「ああ、けど皆びっくりするだろうなー俺のこの姿見たら」

 「真琴なんか泣くかもしれませんよ?」

 「天野みたいにか?」

 「…………!?(////)」



 祐一の言葉に固まってしまう美汐。



 「み、見たのですか?」

 「秘密」

 「見ないで下さいと言ったではないですか!」

 「だから秘密だって」

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜(////)」

 「おーい!俺たちはここにいるぞー!」



 動揺する美汐をよそに祐一は左手を振って皆に呼びかけながら走り出す。

 そんな祐一の姿を見ながら美汐は思う。



 (私は、この人が…………)



 視界に映る大切な人と友人たち。

 かけがえのない今。

 気付いた自分の想い。



 それらを全部心に抱きしめて―――――















 「美汐〜〜〜〜〜〜〜!!」

 「真琴!」



 ―――――彼女は歩き出した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 あとがき


 リクエストSSです〜
 『無人島でのキャンプ』『美汐』『ほのラブ』とのことでしたがいかがでしたでしょうか?
 え?キャンプがないだろって…………気にしないで下さい!(ぇ
 当初は二人っきりになったのをいいことにいちゃいちゃする話だったのに何時の間にかこんな風に!?
 でも、tai個人としては魂の一作ですねー。やはり美汐ものは書いてて燃えます!
 けどくっついて終わりじゃないのが心残りかなー
 まあ、一応祐一は告白しているんですが(「ヒロインを〜」のくだりですね)
 ラストにそれらしいシーンを入れようと思ったんですが…………綺麗に終わらせたかったのでカットになりました。