神奈にしこたま殴られたあと、小毬さんが……


 「今度は私の番だよぉ〜」


 と言ってお菓子を取り出した。

 お菓子、お菓子かぁ……

 もう長いことお菓子の類は口にしていない。

 神奈には時々あげているんだけど、ボクと柳は基本的に食べない。

 財政面があまりにも危ういからである。

 ボクが気をつけてないと柳や神奈がパーっと使ってしまうのだ。

 ひょんな幸運からまとまったお金が手に入ったのだけど、ボクと柳の治療費、晴子さんへの返済などをした時点で600万しか残っていない。

 『しか』というには大きすぎる金額ではあるけど、全てを失ってしまったボクと柳にはこれでも危ういのだ。

 何しろ戸籍が無い。

 また大怪我なんてしたら一気になくなってしまう金額だ。

 職があるので徐々にお金は貯まってはいるけども、上がり幅は大きいはずも無く……


 「お菓子なんて久しぶりだなぁ……」

 「ふぇ?」


 かれこれ三ヶ月は食べてない筈だ。

 必要なことにはお金は使う。

 必要の無いものにはお金は使わない。

 すこし寂しい方針だけど、無い袖は振れない、お金は大事だし。

 そんなことを考えていると、考えを読んだのか、西園さんが尋ねてきた。


 「失礼ですけど、直枝さんと恭介さんはちゃんとした生活は送れているのですか?」

 「……まぁ、多分?」

 「衣食住は安定しているのですか?」


 衣食住かぁ……

 旅館に住み込みだから、住と食には困らないけど……


 「衣だけは何とかして欲しいと思うよ……」


 自分の服装を見下ろして、そう嘆息した。













 リトルバスターズ! Missing two その9 『ゲームスタート!』














 「ほぅ……その格好が嫌じゃと申すか」

 「多分、男で好き好んで着る人はあんまりいないんじゃないかな……」


 よくよく振り返ってみると、ボクってものすごい変態なんじゃないのか?

 女装して胸に詰め物までして、笑顔で町を練り歩き、挙句、女将と称してお客を接待……


 「うわああぁぁぁぁっ!?」

 「な、なんじゃ!?」

 「りっ、理樹くん!?」

 「どうやら、自分の異常性を自覚してしまったみたいですね」

 「何を今更……もはや裏を男として認識しておる輩なんて余達くらいではないか」

 「ボ、ボクは男……ボクは男……男男男男男男男男男……」

 「直枝さんの自己崩壊が早まりましたね」

 「わ、わわわ……だ、大丈夫だよ、理樹くん! 理樹くんは男の子だからー」

 「ですが、神北さんも直枝さんが男性であると確認したわけではないでしょう?」

 「み、みおちゃん?」

 「よく考えてみてください。こんなに可愛らしい人が男性だなんて、あるはずないじゃないですか」

 「え、えぇぇっ!?」

 (この機を逃してなるものですか! なんとしても直枝さんを調きょ……もとい、意識改革させ、男でも女でもいけるようにしなければ……」

 「み、みおちゃん? 目が怖いよ?」

 「ボ、ボクは男……ボクは男……男男男男男男男男男……」

 「よく考えてみてください。直枝さんは男子の制服を着ていましたが、男性だとは豪語していません」

 「よく解らぬが、その理論展開は無理があるような気がするのじゃが……」

 「でっ、でも、私、理樹くんが男の子だって確認してるし……」


 ビシィ!


 彼女達の間に何か緊張感が漂いだす。

 なんだろう?

 だけど、そんなことよりボクはボク自身のアイデンティティを確立するのに必死だった。


 「神北さん? 直枝さんを男子だと確認したというのは一体……?」

 「え? ええ!? な、何でもないよぉ〜?」

 「神北さん?」

 「な、ななな……なにかな〜?」

 「……そうですか……神北さんも憶えてるんですね」

 「うう……ほんのちょっとだけ……おぼろげに……ただ『そういうこと』があったって事だけは……」

 「……という事は他のメンバーも憶えていると考えた方がいいのかもしれません……」

 「みおちゃんも憶えているの?」

 「はい、私もおぼろげにですが……直枝さんに抱かr『わわわ! みおちゃん、すとっぷ!』」

 「みおちゃん?」

 「はい」

 「知らなかったことにしよう。おっけ〜?」

 「はい」

 「私も知らなかったことにしよう。うん、おっけ〜!」

 「で? 神北さんはどんなシチュエーションでなされたのですか?」

 「うわ〜〜ん!? きっちりおぼえられてるよ〜!?」


 ちりん……


 鈴の音が鳴る。

 ああ、またか……


 「仕方のない奴じゃな……」


 ちりん、ちりん、と鳴るはずのない神奈の響無鈴から鈴の音が聞こえる。

 ああ、思い出した。

 ボクは……ボクは……また……




 またリセットされるんだ……


 まずいこのままじゃまずい……

 もう、僕と恭介には時間が残されていない……

 幸いな事に、今は奇跡的にリトルバスターズが近くに来ている。

 何とかして彼らに、この異常事態を知らせねばならない……

 だけど……



 「む? 今日は効き難いな」



 神奈……彼女に僕たちは消されてしまう。

 今の神奈は敵だ。

 だから何とかして神奈に悟られないようにして、そこにいる小毬さんか西園さんに伝えないといけない。

 助けを。

 しかも、僕が自我を保ってられるのは精々、一言二言の間だろう。

 どうする?

 どうすればいい?

 神奈に悟られずに現在の状況を悟らせるには……

 この状況を……あれ?

 この状況……何処かで……そうか!








 「うう……」

 「大丈夫? 理樹くん、すごい苦しそうだけど……」

 「……? ちょっと待ってください。何か言ってます」

 「何じゃと?」

 「気……付いて、に……しぞのさん……ぼくらは……美鳥なん……だ」

 「直枝さん?」

 「? 何を言っておるのだ、裏?」

 「――――――――」

 「っっ!?」

 「理樹くん!?」

 「落ち着くのじゃ、小毬。眠っただけじゃ」


 最後の言葉を言い終えて僕の意識は闇に落ちた。

 ちゃんと伝わったかな……?




















 神奈ちゃんの鈴の音を聞いてるうちに理樹くんが眠ってしまった。

 催眠術?

 うーん、でもこれじゃ理樹くんとお菓子が食べれないよ。


 「どうやら本当に眠っているみたいですね……」

 「うむ、この鈴の音を聞くと眠るように躾けたからの」

 「躾ですか……」

 「うむ、今はそれ程でもないが、柳や裏が目覚めたばかりの頃は、混乱することが多かったからの」

 「……そうですか」


 理樹くん達も大変だったんだね……

 理樹くんとお菓子を食べるのは何時でも出来るから、今は理樹くんを寝かせてあげよう。

 みおちゃんもそれでいいよね?

 そう思ってみおちゃんに視線を送るとみおちゃんは俯いて何かを考えていました。

 
 「みおちゃん?」

 「……いえ、そんなまさか……ありえません……ですがあれは間違いなく記憶を失っていない……」

 「……みおちゃん?」

 「っ!? 何ですか、神北さん?」

 「なんだか、みおちゃんが難しそうに考え込んでたから……何かあった?」

 「どうやら心配させてしまったようですね……少し気になることがありまして」

 「えっと……理樹くんのこと?」

 「はい……ですが、まだ考えが纏まっていませんので、また後ほど皆さんに伝えようと思います」

 「うん、わかった。はい、みおちゃん」


 そういって私はワッフルを取り出してみおちゃんに差し出す。

 それを見てみおちゃんは驚いた表情。


 「悩み事してる時には甘い物がいいよぉ〜♪」

 「……ありがとうございます」


 そう言ってみおちゃんは僅かに微笑んでワッフルを頬張った。

 その後、理樹くんがすぐに回復して、理樹くんとみおちゃんと神奈ちゃんとでお菓子を食べながら宿に帰った。
















 ――――




 「あ、理樹くん、戻ってきたのね」

 「うん、ただいま、沙耶。どれ位、消えてた?」

 「こっちの時間で数分だな」

 「恭介!」

 「よう、理樹。数分見ない間にいい顔になったじゃないか。何かあったのか?」

 「うん! 聞いてよ恭介! 実は――『あー男同士で仲がいいわね。……彼女差し置いて』……沙耶?」

 「あのね理樹くん? 今、私彼女なの! 私が! 理樹くんの! そういう役どころなの! 解ってる?」

 「いや、でも沙耶。それゲームの中の話だし。それに恭介だけ悪者役なのは可哀相だよ」

 「悪役も結構楽しいぜ? 特にお前達二人の悪役は」

 「ほら、時風もそう言ってるんだし問題ないわよ。とにかく! 今の私達は結婚間近のカップルで時風は私に横恋慕する悪者!」

 「わかった! 解ったから沙耶。お願いだから首絞めないで!」

 「……本当に解ってるんでしょうね?」

 「痴話喧嘩は終わったか?」

 「痴話喧嘩じゃないわよ!」

 「そうだよ恭介! これは漫才だよ!」

 「何処が漫才よ!?」

 「あ、ごめん。夫婦漫才だったね」

 「めっ、めめめ……夫婦漫才って……げげごぼうぉえ!?」

 「沙耶、魂の叫びがもれてるよ」

 「理樹くんが変なこと言うからでしょ!?」

 「しかし理樹、お前、朱鷺戸と一緒だと本当にボケになるな」

 「そこはほら、沙耶と僕は相方だから」

 「相方じゃなくてパートナーでしょうが!?」

 「で? 理樹は何を言いかけていたんだ? 外の世界で何かあったか?」

 「そう! それだよ恭介! 実はどうやら僕達とリトルバスターズの皆が接触したみたいなんだよ!」

 「本当か? 理樹!?」

 「うん、ただ僕達の存在には気付いていないみたいなんだ」

 「まぁ、そうだろうな……だがこれはチャンスだ。恐らく俺達が生き延びる最後のな」

 「そう……そっか……良かったわね、理樹くん」

 「沙耶……」

 「そんな悲しそうな顔しないの」

 「でも、沙耶……」

 「確かに理樹くんとはお別れになるけど、どの道もう数日ほどで私達は消滅だったのよ? だったら理樹くんだけでも生き延びる道の方が良いに決まってるじゃない」

 「沙耶……」

 「あと、ついでに時風も」

 「俺はついでか」

 「ついでもついで、キャラメルのおまけみたいなもんよ」

 「でも、沙耶、キャラメルのおまけとかで買う物決めてたよね?」

 「つまり、俺はメインだったのか」

 「ちょっと時風!? あんたまでボケだしたら収拾がつかなくなるじゃない!」

 「何だよ、ちょっとぐらいいいだろ?」

 「何言ってるのよ! あんたの属性は、腹黒、ラスボス、リーダー、シスコン、ショタ、(21)でもういっぱいいっぱいでしょう! それ以上増やしてどうするのよ!」

 「ちょっとまて朱鷺戸。そのうち二つは断じて否定するぞ!」

 「つまり、腹黒、シスコン、ショタ、(21)は否定しないんだね、恭介」

 「まともな二つを消すなぁぁ!?」

 「ねぇ、理樹くん? こんなのが貴方の憧れだったの?」

 「こんなのいうな」

 「えーと、恭介は確かに腹黒でシスコンでショタで(21)だけど、そこさえ目を瞑ればすごく頼りになるヒーローなんだよ?」

 「それだと存在全てに目を瞑ってるようなもんじゃない」

 「まてお前ら、俺の存在をその四点に集約するんじゃねぇ! ……くそ、なんだこの展開は。理樹がボケるとオチが俺にしか回ってこねぇじゃねぇか」

 「今回のは自業自得じゃない」

 「こうなったらヤケだ! 俺はここに再度、ロリロリハンターズを結成してやるぜ。三人しかいないのがちょっと寂しいが……」

 「あ、私パス」

 「ボクもパス2で」

 「ぬおおぉぉ!? これじゃ俺一人だけ変態みたいじゃねーか!?」

 「っていうか変態でしょ?」

 「恭介……あのね? やっぱりちゃんと普通の女の子にも興味持った方がいいよ?」

 「だから俺は元々、(21)でも何でもないんだよ!?」

 「うーん? だったら恭介、誰か好きな娘いる?」

 「……なに?」

 「ほら、例えばリトルバスターズのみんなとか」

 「ちなみに理樹子ちゃんは却下ね」

 「いや、沙耶……僕は選択肢に入ってないよ」

 「ちっ、いきなり奥の手を封じに来るとは……やるな朱鷺戸」

 「ええぇぇっ!?」

 「アンタの手の内なんてお見通しよ」

 「っていうか、ホントに気になる娘いないの?」

 「……あのなぁ理樹? リトルバスターズの奴らは全員、理樹の嫁みたいなもんだろ? そんなの選択肢にならないだろ」

 「いやいやいや」

 「へぇ……時風、その話、詳しく聞かせてもらってもいいかしら?」

 「沙耶っ! 痛いよ沙耶! 僕の指はそっち側には曲がらないよ!?」

 「ああ、いいぜ。まずは真人だな。多分、理樹と一番近いのは真人だ」

 「えええっ!? 真人って僕の嫁の選択肢に入ってるの!?」

 「いや、だってあいつ、理樹にベタ惚れだろ」

 「男同士だよ!?」

 「いえ、理樹くんは理樹子ちゃんでもあるから否定できないわ!」

 「ちょっとっ!?」

 「まぁ、俺の見立てでは、理樹は皆とラブラブだぜ?」

 「……っていうことは十股じゃない!? 九人も仕留めないといけないの……面倒ね」

 「物騒なやつだな……せめて理樹を他の女に盗られない位に魅了してみせるくらいのことが言えないのか……?」

 「あはは、無理だよ恭介。沙耶にそんな器用なこと出来るわけないじゃない。沙耶は基本、力押しだよ」

 「あのね理樹くん? こんな可憐で可愛い彼女を前にしてその言い草はないんじゃない?」

 「あのね沙耶? 可憐で可愛い彼女なら、僕の指や腕をありえない方向に曲げようとはしないはずなんだ。だからもうそろそろその関節技を止めて欲しいよ」

 「はぁ……で、話を戻すがリトルバスターズと接触できたんだろ? どうだ? 気付きそうだったか?」

 「一応、西園さんにそれとなく伝えてみたけど……神奈がいるせいで直接的には伝えられないし」

 「まぁ、そこは西園に期待するしかないな。西園なら可能性はある」

 「うん、そうだね」

 「で? 私達はどうしたらいいのよ?」

 「基本、召喚待ちだな。だがそれだけじゃダメだ」

 「じゃあ、どうするのよ?」

 「召喚されたら万々歳だが、されなかったら俺たちはここで果てる。わざわざそんな分の悪い賭けにのる必要はない。こっちから行く」

 「でも、どうやって行くのさ? 僕達は自分の意思ではここから出れないんだよ?」

 「いや、方法はある。ここが前にいた世界と同じ物ならば外の世界に干渉できるのは既に実証済みだ。だから理樹、俺はお前にその方法を教える」

 「うん、それは解ったけど……恭介、それからどうするの?」

 「理樹が外の世界に出た瞬間に、俺も外に出る。そして俺と理樹の二面作戦だ。俺か理樹、どちらかがもう一度此処にたどり着けば俺達の勝利だ」

 「ちょっと待ってよ、恭介! 僕も恭介も外に行っちゃったらこの世界は……」

 「私がいるわ」

 「沙耶! でもそんな一人でこの世界を維持なんて……」

 「大丈夫よ。どうせ死ぬのにも慣れてるし、死因が理樹くんを守る為、なら格好はつくわ」

 「まぁ、同じトラップに何度も突っ込んで死ぬよりはまともな死因だな」

 「うるさいわね。とにかく! ここは意地でも維持するから安心しなさい」

 「あ! 沙耶がボケたよ! 恭介、属性を増やすためにもここで突っ込まないと!」

 「しかし理樹、こんな程度の低いボケに突っ込んでもツッコミ属性はつかないと思うぜ」

 「それもそうだね」

 「ちょっと待ちなさい! 今のはボケじゃないのよ!? たまたま……」

 「沙耶……外したのは恥ずかしいけど、取り繕うと滑稽だよ?」

 「は・な・し・を・き・き・な・さ・い・!」

 「やれやれ……とにかくこれからの目標は外の世界に帰るってことでいいか?」

 「うん!」

 「ちょっと! いい笑顔で無視してるんじゃないわよ! だからさっきのは……」

 「朱鷺戸、昼ドラごっこはちょっと延期だ。お前には辛いことを頼むことになるが……」

 「……かまわないわよ。だからあんた達は全力でミッションに打ち込みなさい」

 「すまんな……じゃあ、ミッション……いや、ここは俺達の流儀に合わせて……」







                                  『ゲームスタート!』















 あとがき



 すみませぬ。

 やたらと間が空きましたが9話目です。

 これで大体の複線は敷き終えました。

 あとは消化していくのみですw