スタスタと道を歩いていく西園さんと、それに付いて行く小毬さん。
そんな二人を見ながら追いかけるボク。
ボクは二人の後姿を見ながら思いをはせる。
初めての人ってどういう意味だろう?
やらしい方の意味じゃないよね?
でも、鈴とお風呂に入ってたみたいだし……
そもそも、何でボクたちは男女入り混じって遊んでいたのだろう?
普通は男なら男同士で、女の子なら女の子同士で遊ぶものなんじゃないのかな?
無論、入り混じって遊ぶこともあるだろう。
でも、その場合、グループ同士でって事になるものじゃないのかなぁ……
あ、でも今のボクたちは八人で、男三人で女五人だからそんなものなのかな?
うーん……でもこの五人って基本的に往人を……
あれ? ちょっと待って?
人数比と規模がすごくよく似てるよね、リトルバスターズと……
だったらリトルバスターズも……
「ま、まさかね……」
冷や汗が止まらなかった。
リトルバスターズ! Missing two その8 『魚は騒がしき孤独を愛してる』
悶々としながら歩き続け、気が付けばリトルバスターズと出会った場所にまで来ていた。
海の青と空の青、それと溶け合うような青い髪の女の子に少し見惚れた。
「直枝さん?」
くるりと西園さんが振り向いてこちらを見ていた。
「え? 何?」
「いえ……ずっとこちらを見ていたものですから」
「あ、何でもないよ」
「そうですか」
「理樹くん、みおちゃんに見惚れてた?」
「えっ!? あっ……なぁっ!?」
小毬さんの図星を突いたツッコミに不覚にも動揺してしまう。
これじゃ暴露してるのと一緒じゃないか。
「…………」
西園さんが無言で真っ赤になった。
「じゃ〜みおちゃん、がんばって〜!」
「何を頑張るの!?」
「えっ? 記憶を戻す治療、頑張るんだよね?」
不思議そうな顔で聞き返してきた。
うう……不覚。
「ええ、そうです」
西園さんがそう答えると、小毬さんは「私が居ると話し難いこともあるだろうから」って言って海辺を歩いていった。
「それでは直枝さん」
西園さんは持ってきていた日傘を差した。
そして小毬さんが歩いていった方を背にし、傘で小毬さんの姿を隠すような位置に立った。
「うん、何?」
「私はここにいます」
「うん」
「その責任を取ってください」
「は? ここにいる責任?」
「はい、本来なら私は鳥になり、この空の果てにいる筈だったのです。魚ではなく空を駆ける鳥に……でも、直枝さんの所為で私は魚のままです」
「……」
「そして、鳥に成れなかった今の自分を少しだけ心地いいと思ってしまっているんです」
「はぁ……?」
「だから責任を持って、世話をしてください。たとえ記憶を失っていても、釣った魚に餌をあげないなんてことは許しません」
「そんな、餌って言われても……」
「ですから……その……キ……」
「キ? キクラゲ?」
「キスを……」
……思考が停止した。
キス?
キクラゲじゃなくて?
あ、やっぱそんな関係だったの?
っていうか、何でこの場面でキクラゲだと思ったんだろう?
「ボドドドゥドォー」
「なんですか、その鳴き声は?」
「魂の叫び声だと思ってください」
「それで直枝さん? キスをしてください」
真っ赤な顔で西園さんがそう言った。
いくらボクの記憶の為だからって、女の子にキスをするなんて許されるなんて思ってない。
「私にとって、直枝さんとの一番の思い出はここでキスをしたことでした。私にはこれ以上の事は出来ません。そしてコレが直枝さんを呼び覚ます可能性が最も高いのだとしたら、私がこの方法を採らないという理由も選択肢もありません」
「でも……キスなんかして平気なの!?」
「平気な筈ないじゃないですか。他の人にこんな事しませんし、されるつもりもありません」
「だったら……どうしてボクに」
「言った筈です……責任を取ってもらうと。その為にキチンと思い出してもらいます」
そう言って西園さんが顔を上げ、目を閉じた。
その姿には震えも緊張も無い様に見受けられた。
一枚の絵の中の少女の様に、その姿は静謐だった。
波の音だけが、これが絵の中の出来事ではなく、実際に海辺で起こっている出来事なのだと主張している。
「直枝さん?」
不思議そうに彼女が問う。
だけど、ボクはどうすればいいのか……
「難しく考えないでください」
「だって!」
「これは過去のトレースだと先程も言ったはずです。つまり、既に直枝さんは私の唇を奪ってるんです。今更気に病まないでください」
「そんな事言われても……」
「お願いです直枝さん……早くしてください。神北さんに感付かれてしまいます」
落ち着け、落ち着くんだボク。
西園さんは美人だ。それは間違いない。
ボクだってキスをするのは吝かじゃない……というか、してみたい。
でも、だからって記憶を取り戻すためにするのは何か間違っている気がする。
それがたとえ、互いに好きあっていても手段でしかないキスはきっと……
「直枝さん」
「え?」
トン
軽く胸を押された。
それだけなのに、考え事をしていたボクはバランスを崩してしまった。
ドン、と砂浜に尻餅をついて座り込んでしまう。
両手で身体を支え、上半身だけ起き上がっているボクに、西園さんが寄りかかるようにして身体を寄せてくる。
え? と思った瞬間にはボクの後頭部が西園さんの手に固定されていた。
西園さんの支えを失った日傘がスローモーションのように砂浜に落ちてゆく。
一瞬が引き伸ばされたような時間の中で、西園さんに唇を奪われていた。
「……」
「……」
誰も何も言えなかった。
ポスン、と開いたままの日傘が浜辺に落ちて、その向こうに小毬さんの真っ赤な顔があった。
さらにその後ろに、何処かで見た事のある巫女服モドキっぽい服を着た人物が立っていた。
いや、まぁ、この界隈であんな格好してるのなんて神奈しかいないんだけどね。
西園さんはまだ唇を離さない。
神奈がゆっくりとこちらに近づいてくる。
しばらくして西園さんが唇を離した。
「どうです? 直枝さん?」
「ど、どうって……気持ちよかったけど」
「そ、そうじゃありません」
西園さんが顔を真っ赤にして否定した。
「何か、思い出しましたか?」
「え、え〜っと」
真っ赤になりながらも、真剣な表情でボクに聞いてきた。
だけど……
「ごめん……」
「そうですか……」
「でも……思い出したいな……西園さん達はすごく楽しそうで、ボクや柳もあの輪の中に居たんだとしたら……きっとそれはすごく楽しそうで……だからきっと」
そこまで言った所で、ヤバげな表情の神奈に思いっきり頭を叩かれた。
「え、え〜っと神奈? 落ち着いて? これは例の記憶を取り戻す為に……」
「この愚か者が! だからといって、く、くくく、口付けなど許されるとでも思うておるのか!?」
何故か神奈にしこたま殴られた。
ブルルルル
直枝さんが神奈さんにポカポカと叩かれているのを見てると携帯が震えだしました。
いつまで経っても慣れない携帯を開くと、来ヶ谷さんからでした。
「もしもし?」
「美魚君、無事か?」
「私は大丈夫ですが、直枝さんが殴られてます」
「……と、いうことは神奈君はそこについているということか……して、少年の記憶はどうなった?」
「戻っていないようです」
「……断片的にもか?」
「ええ、憎たらしいほどに変化無しです…………別に憎んでいるわけじゃないですよ?」
キスまでして、全く変化が無いというのも癪です。
私はこんなにも……
「ふむ……で、美魚君は少年にエロいことをしたのか?」
「なっ!? 何を!?」
「ふむ、うろたえ方が大きいな……キスでもしたと見たが……」
「…………」
「…………」
「それで、神奈さんが何故か激昂しているのですが、どうしたものでしょうか?」
携帯から『何ですか、今の間はっ!?』『なんかムカつく』『わふ〜!? スルーしましたっ!?』とか聞こえてくるのは気のせいということにしておきましょう。
その後に『ああ……可愛い』と能見さんを見て悶える来ヶ谷さんの声も聞かなかったことにしましょう。
「とりあえず、少年の弁護をしつつ語尾に『……ですがそれは直枝さんの罠でした』とつけて神奈君を落ち着かせるといいだろう。ああ、携帯は切らないままでな」
「わかりました」
・
・
・
「いたた……あのね、神奈? これは記憶を回復させる治療の一環で……」
「あんな治療があるわけなかろうが!」
「待ってください神尾……だと解りにくいですね。神奈さん。直枝さんの言っている事は本当です。……ですがそれは直枝さんの罠でした」
「なんじゃと!? やはりか!」
「えええ!?」
「直枝さんと私は過去の印象深いイベントを回想し、模倣することによって記憶の復活を図ったのです。……ですがそれは直枝さんの罠でした」
「なるほど、そういう口実でお主に……」
「えええ!? 何言ってるのさ西園さん!?」
「それなのに直枝さんは、一向にその治療に協力しようとしてくれませんでした……ですがそれは直枝さんの罠でした」
「裏よ……覚悟は出来ておろうな?」
「それで仕方なく直枝さんに、その…………ですがそれは直枝さんの罠でした」
「何でボクはそんなに罠を張りまくってるのさ!? それに罠なんてしかけてないし!?」
「あんな場面を他の人にも見られて……もう、お嫁に行けません、直枝さんに責任を取ってもらわないと……ですがそれは直枝さんの罠でした」
「う〜〜ら〜〜〜……かような幼い少女を罠にかけ、破廉恥三昧の挙句、嫁にしようとは……此度は厳しく躾けねばなぁ……」
「何でそうなってんの!?」
「とりあえず、神奈さんにだけは幼いと言われる筋合いはありません……ですがそれは直枝さんの罠でした」
「何でボクの罠!?」
「……幼くて悪かったのぅ裏よ」
「そして何でまたも矛先がボク!?」
携帯から来ヶ谷さんの悶える声が聞こえてきました。
騒がしい事です。
私は静謐と孤独を欲していた筈なのですが……
この騒がしい集団……リトルバスターズに入ってから、もう一年と数ヶ月が経ちました。
騒がしかったのは最初の数ヶ月。
残りは騒がしそうなフリでした。
騒がしくないのはリトルバスターズではないから。
楽しくないのはリトルバスターズではないから。
きっと、皆、そういう気持ちだったのでしょう。
この私でさえ、そんなことを思っていたのですから。
直枝さんと恭介さん。
その二人がいないだけで崩壊しました。
体裁は保っていたものの、事実上の崩壊でした。
いなくなったのがもし……私辺りなら、崩壊することも無かったでしょう。
二人は、リトルバスターズを人として見立てると、頭と心臓です。
腕や脚がなくなっても、痛みは伴いますが、死に至ることはありません。
ですが、頭が無くなれば死にますし、心臓が無ければやはり死にます。
頭と心臓を失った私達は死んでいました。
でも生きてるフリ。
私達はまだリトルバスターズなのだと、強がって。
生きていると言い張って。
それが正しいと信じて。
可能性が皆無だとしても信じていたんです。
二人はまだ死んでいないと。
だって、二人にまだ会ってなかったんですから。
死んだ二人に会ってなかったんですから。
だから死んだとは限らないと。
そんな、か細い希望の糸を力一杯握って。
千切れるのは目に見えているのに。
それでも私達はそれに縋るしか出来なかった。
その細い糸がとんでもなく頑丈であると信じて。
三途の川で溺れてしまった私達はその糸を強く握り締めることしか出来なくて。
その糸が切れた時に、リトルバスターズが死んでしまうことが理解出来てしまっていて。
だけどそれを握り締めて、溺れてしまわぬようにすることが辛すぎて。
その糸を手放そうとした時に奇跡は起こりました。
二人は生きていてくれました……
記憶こそ失ってしまったものの生きているのです。
十人揃ったんです。
事故の直後、私達の生きる可能性は0%でした。
ですが、ここまでたどり着きました。
ですから必ず絶対に元のリトルバスターズに戻れる筈です。
以前の私が欲していた孤独。
直枝さんが教えてくれた賑やかで優しい孤独。
私はどうやら後者の孤独の方が好みになったようでした。
味を占めたとでもいうのでしょうか?
ですから、直枝さんには責任があるのです。
もう、それを知らなかった頃には戻れないのですから。
この賑やかな孤独を愛してしまっているのですから。
だから私は改めてここに誓いましょう。
直枝さんには私の命が尽きるまで付き合ってもらいます……この優しく暖かい孤独に……共に命が尽きるまで……ずっと
あとがき
どうも、書いてはいるものの、実は書かなくなっても誰も気付かないんじゃなかろうかと思ってる秋明さんです。
それはそれとして、今回は美魚ちんの回です。
実は美魚ちんはクドと並んで秋明さん的お気に入りキャラのツートップです。
あの、妙な構えの立ち絵に惹かれてしまう私。
それはそうと、EXクリアしました。
だから、EXヒロインも出してみたいなと思う最近。
まぁ、とりあえず、コレを完結しないことには始まらないんですがww
それでは、またお会いしましょう。
ではーw