理樹少年と恭介氏が居なくなってから一年程経った。
私たちは学年が一つ上がり最上級生となった。
八人となったリトルバスターズのメンバーの関係は今でも続いているが……もう潮時なのかもしれない。
あれから皆、変わってしまった。
葉留佳君は見た目上、あまり変わっていないかに見えるが、空元気だとすぐにわかる。
一人の時は俯いているのが殆どだ。
美魚君は元から静かだったが、今ではさらに静かになってしまった。
遠くの空を見つめている彼女を見ると今にも消えてしまいそうな錯覚に陥る。
真人少年はいつも通りだ。
ただ、相手のリアクションがあの頃の皆とは変わってしまっているのに、それでも変化が無いという事は、彼のあの姿は演技なのだろう。
まったく演技に見えないのだが。
謙吾少年は何かに憑かれたかの様に剣道に没頭した。
それ以外のことは見向きもしない。
あの二人が死んだことを頭から除外しようとしている様そのものが二人の死を実感させてしまう。
まぁ、この四人はまだいいのだ。
問題は、小鞠くん、鈴くん、クドリャフカくんの三人だ。
……端的に言おう。
彼女達三人の精神はかなり危うい。
さすがに幻覚を見るという程のレベルでは一名を除いて違うのだが、何処かが危うい。
鈴くんは理樹少年と恭介氏の一番近かった幼馴染と兄を同時に失ったことで、常に何かに怯えてしまう様になった。
元からその様な兆候は見受けられてはいたが、恭介氏のミッションと少年のカバーでそれを感じさせることは無かった。
だが二人のいない今となっては……
一応、私達がいる間は何とか平静を保てるようにはなったのが救いか。
クドリャフカくんは理樹少年が好きだったと皆に告げた。まぁ、傍から見ていればバレバレだったのだが……理樹少年だけ名前で呼んでいたし。
その理樹少年を失った事により部屋にこもりっきりになった。あの明るかったクドリャフカくんは、もはや影も形も無い。
虚ろな瞳で『何か』を求めて徘徊している姿が何度か目撃されている。
私達が彼女の心を守らなければいけない。
それが仲間というものだから。
小毬くんは……二人の更に上を行っていた。
何が原因かは解るが、その原因の何が引き金となってこうなったかは解らないが、小鞠くんは兄の幻覚を見るようになった。
そのあまりの症状の深刻さに一時期、精神病院にまで連れて行かれた。
今でこそ、日常生活を送れているが。何がきっかけで再発するか解らない。
かく言う私は何も変わっていない。
元から精神に欠落のあった私だ、リトルバスターズと共に居るうちに芽生え始めていた『何か』ももう無い。
そして恭介氏が居ない今、何とか皆を引っ張っていこうとリーダー的存在にはなろうとしたが……所詮私では無理だったのだ。
精神に欠陥がある私に出来ることではなかった。
そして私はここに至り改めて二人の偉大さに気付いたのだ。
少年が皆を結びつけ、恭介氏が皆を導く。
二人はちゃんと役割分担ができていた。
そして中核である少年と、リーダーである恭介氏の二本柱の崩壊はリトルバスターズの致命傷だったのだ。
死に至る傷を受けて尚、生き長らえさせている私は残酷なのだろうか?
リトルバスターズ! Missing Two その2 『傷』
それは傍から見れば残酷なことらしい。
死にたいと思っているのにそれを酌んでもらえず、ただダラダラと命を延ばす事。
それは死よりも苦痛なのではないかと。
だが、逆の考え方もあるのではないか?
生きたいと心から願っているのに、周りが哀れんで延命を諦める事。
当人にとってそれはどれ程の絶望だろう?
そして私は知っている。
あの二人は、間違っても死にたいだなんて思わない。
だから私は二人の帰るべき場所を延命させたのだ。
リトルバスターズを繋ぎ止めたのだ。
だけど私では役不足だったらしい。
そして私は数日内に、リトルバスターズを解散することを宣言しようと思う。
明日は夏休みを利用してのリトルバスターズメンバーでの旅行。
そしてその最後に私が終止符を打つ。
私では二人の代わりにはなれなかった。
このまま続けていては、二人のことを忘れることは出来ない。
私は忘れたくは無い。
皆だって忘れたくは無いはずだ。
だが、私たちには小毬くんという爆弾がある。
もう一度小鞠くんがああなってしまっては、もう手遅れになるかもしれない。
それだけは避けねばならない。
小鞠くんのアレの原因は間違いなく二人の死だ。
ならば、早急にソレを忘れさせないといけない。
これ以上、仲間を失うのはもう御免だ。
「情けないな……私は……」
勉強が出来ようが、身体能力が高かろうが、私は仲間を繋ぎ止める事すら出来ないのだ。
自室の窓から夜月を見上げる。
月は雲に覆われていて見えなかった。
「明日は旅行だというのに、空気の読めない雲だ」
そんな私の呟きが聞こえたのか、雲間から月が少しだけ顔を覗かせた。
次の日、私たちはバスに乗って旅行に来ていた。
場所は、あの悲劇の場所の山の麓にある町だ。
見るべき場所も特に無く、強いて言えば綺麗な海だけが見所のそんな町。
ここに数日滞在して最後にあの場所に行く予定なのだ。
そしてあそこで解散を宣言する。
悪趣味だと思うかもしれないがコレはけじめだ。
あの二人に無断で解散なんて出来はしないのだから。
そんな胸中を察しているのかいないのか……皆はいつも通りだった。
少なくとも、見かけだけはあの頃の……一番楽しかった頃の私たちだった。
真人少年がいつもの様に馬鹿をやっていた。
謙吾少年が真人少年につきあっていた。
クドリャフカくんがそこに口を挟む。
葉留佳くんがそれに便乗する。
小毬くんがそれを天然ボケで返す。
西園女史がそれにツッコミをいれる。
真人少年がそこに対抗して筋肉を誇示して鈴くんに蹴られている。
……っと待て、私抜きで騒ぐんじゃない、私も仲間に入れろ。
「だから海と言えば筋肉! 筋肉といえば俺!」
「それは違うな真人少年、海といえば水着! 海の主役は彼女達だろう。おねーさん、もうはぁはぁだよ」
「に、にじりよってくるな、くるがや!」
「ふ……所詮、女には解らない世界さ。井の中のナマズにはまだ早かったようだな」
「こいつバカだ!」
「まぁ、真人少年の頭脳レベルは今更だとしても、男でもその世界はごく一部しか理解できはしないだろう」
「馬鹿な!? そんなはずはねぇ!」
「では君に現実というものを見せてやろう……丁度そこに現地民らしき男が歩いてくるだろう?」
私が砂浜から堤防のほうを指差す。
皆の視線の先には銀髪で黒いシャツの男が歩いていた。
数人の女性とグループのようで、金髪の娘と和服を着た女性が二人……計四人だ。
「あの男がその筋肉を理解できたら真人少年の勝ちだ、好きなだけ筋肉を誇ればいい、理解出来なければ私の勝ちだ。思う存分皆の水着を堪能させてもらうぞ」
「その勝負……のった!」
「のるなバカ!」
鈴くんのハイキックが真人少年に決まる。
真人少年の頭が砂浜に埋まった。
「何故私たちが来ヶ谷さんの毒牙にかからなければならないのです」
「わふ〜……あまりにも無謀な気がするのですっ!」
「さて、判決の時だな……おい、そこの男! 少し時間はいいか?」
声をかけられた男はこちらを見て訝しがりながらもこちらに近づいてきた。
「何だ?」
近くで見ると鋭い視線の持ち主だった。
「何じゃ何じゃ?」
巫女服もどきの和服の少女が好奇の目で見つめている。
「にはは、きっと往人さんのお友達」
金髪の少女もよって来る。
「いや、それはないんじゃないかなぁ……」
若草色の着物を着た少女も苦笑を浮かべて歩いてきた。
何処かで見たような感じがすると思ったら、女装した理樹少年にすこし似ている。
……まぁ、世界には似たような顔の持ち主が3人は居ると言うしな。
だからって、それが女の子だと知ったら少年はどんな表情をしただろう?
「なぁ、君はコレをみてどう思う?」
私は未だに顔面を砂浜にうずめたままの真人少年(海パンのみ)を指差して問うた。
ちなみに私の主観から言わせて貰えば、頭以外が砂浜の上に横たわっている筋肉の塊ははっきり言ってキモい。
「キモいな」
「やはりな……というわけで、私の勝ちだ」
もががー!? と砂浜の中で叫んでいる真人少年を放置し、鈴くんににじり寄る。
鈴くんがびくりと身体を震わせて駆け出そうとした瞬間、意外な場所から意外な意見が出た。
「そうかなぁ……ボクはそこまで気持ち悪くは無いと思うんだけど……」
「なぬぅ!? 正気か裏よ!?」
若草色の着物を着た少女の呟きに、巫女もどきの少女は驚愕していた。
私もかなり動揺した。
男にさえキモがられているあの筋肉にまさか女性が肯定的な意見を出すとは!?
そして何気にボクっ娘だということにも。
裏というのは彼女の名前だろうか?
「観鈴、お前はどう思う」
「往人さんよりムキムキ……」
「…………」
観鈴と呼ばれた少女は顔を真っ赤にさせながら呟いた。
顔を真っ赤にしているのは真人少年の筋肉を見たからなのか、その往人さんとやらの裸体を想い描いたからなのか解らなかった。
そんな意味も無い事を考えているうちに、裏と呼ばれた少女が真人少年の身体にペチペチと触れていた。
驚いた。
後ろを振り返ってみた。
皆驚いていた。
「う〜ん……いい筋肉だと思うけど」
そう少女が言い放った時、地に埋もれていた真人少年が復活した。
「うおおおおぉぉぉっ! 話は砂の中で全て聞かせてもらったぜ、お嬢ちゃんよ」
「え? ……あ……うん」
「嬢ちゃんには、この筋肉の素晴らしさが解るようだな……見知らぬ嬢ちゃんを虜にしてしまうなんて……罪な筋肉だぜ」
「あ……あはは」
戸惑いつつも否定はしない少女。
向こうのグループもこちらのグループも驚愕のまなざしで見つめ続けている。
「俺の筋肉は今、猛烈に感動している! 嬢ちゃん、名前は?」
「あ、裏って言います」
「裏? 変な名前だな……苗字は無いのかよ?」
「えっと……」
言いよどむ少女がちらりと、和服の少女達の方を見た。
すると銀髪の男が前に出て言った。
「神尾だ。神尾裏。それがコイツの名前だ」
「あ……うん、神尾裏です」
「神尾裏か……その名前、しかと俺の筋肉に刻みつけたぜ! お前の名前は忘れない」
「普通その場合は、脳裏に刻むんじゃないか?」
「彼は脳味噌が筋肉だからな」
「ありがとよ」
「こいつバカだ!?」
そんな馬鹿話をしていると、昔を……といかんな、どうも感傷に浸りやすくなってしまった。
「しかし裏よ、お主にそんな趣味があったとは……柳が聞いたらさぞ驚くだろうな」
「別に趣味だとか、そういうのじゃないよ」
「うおおおぉぉっ! 今日はめでたい日だから筋肉祭りだ!」
「筋肉祭り?」
「わふ〜! まっする・ふぇすてぃばる、なのです!」
また何か言い出した真人少年と、はてな顔の裏くんと、腕を元気いっぱい振り上げて嬉しそうにするクドリャフカくん。
この裏くんが理樹少年だったら正しくあの頃のままだな。
「来ヶ谷さん、少しいいですか?」
「ん? どうした美魚君?」
「少し話を……出来ればあちらで」
美魚君が近くの木陰を指す。
聞かせられないような話か。
美魚君を木陰に連れて行くということで皆から抜け出し、木に寄りかかって遠くから謎の祭りに取り込まれた哀れな一行をぼーっと見ていた。
傍らの彼女も同じ方向を向きながら黙っていたが、やがて静かに語りだした。
「……似てませんか?」
「裏くんが理樹少年にか?」
「ええ」
最初に裏くんを見た時に思った。
どこか彼に似ていると。
だが、それだけだ。
だってソレはありえない。
彼ならば私達の下に帰って来ないなんて事はありえない。
ましてこんな場所で女装して過ごしているわけがない。
「確かに似ている……だけどそれだけだな……こんなことを言ったら裏君に失礼だと思うが」
「では、偶然なのでしょうか? あの場所からそう離れてはいない場所にあれほど似た人物がいることが」
「では、裏君が理樹少年だとして、何故私達を見ても無反応なのだ? それ以前に連絡くらい寄こすだろう」
「奇跡的に助かったのですが、記憶喪失に陥って、女の格好の方が似合うから女装を……すみません、言っていてあまりのあり得なさに気付きました」
「それは仕方ない、私たちはあの日からずっとあの二人を求めてきたのだから……そういう風に考えたりもしてしまうものだ、私とて少し考えた」
こういう時に自分の頭脳が恨めしい。
夢見る時間さえも刹那で終わる。
「話はそれだけかな?」
「……来ヶ谷さんは今回の旅で終わらせるつもりなのですか?」
「……ああ、これ以上は無理だ」
「そうですか……」
おそらくもう話は無いだろう……私は立ち上がり皆の所へ歩いていく。
最後の時間なんだ、楽しめる時に楽しまないとな。
あとがき
やっちまった感が否めないながらも、まぁ何とかなるさ、とお気楽にものを考えている作者の秋明です。
こう、無性に書きたくなったので書いてみました。
そんなに長くなるつもりは無いのだけれども……はてさてどーなることやら。
まぁ、じっくり長い目で見てくれると幸いです。