「……ん、んん?」
ソファーで眠っていた美久の身体が動く。
「目、覚めたか?」
「あ、お兄ちゃん……。私、一体……」
「今は何も考えるな」
「う、うん……」
「ホットミルク飲むか?」
「うん」
「はい、どうぞ」
テーブルにマグカップを二つ置く。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「熱いから気をつけろよ」
「うん。……温かくて落ち着くよ」
「そうか。なら俺も……」
自分の分のマグカップを口元に運ぶ。
「……あちっ!!」
「お兄ちゃん?」
「あっつー!! 温かいって、これ絶対熱いだろ?」
「え、そんなことないよ?」
「いやいや、火傷しそうになったし」
「大げさだよぉお兄ちゃんは。……じゃあマグカップかして?」
「ん? あ、あぁ……」
言われるがままに俺は美久に自分のマグカップを渡した。
「熱くてたまらないってことはないと思うけどなぁ〜。フゥー、フゥー……」
「み、美久……?」
「フゥー、お兄ちゃん猫舌だからねぇ。フゥー、フゥー……」
俺のホットミルクに息を吹きかけ、冷まそうとしてくれている妹。
「こんなものかな。はい」
「あ、あぁ……、ありがとな」
「いえいえ」
俺は心臓をバクバク言わせながらホットミルクを口にした。
……おかげさまで、ミルクの熱さなんざ感じている暇などなかったが。
俺の名は、上城秀一(かみしろしゅういち)。
妹のためなら死ねるSS作家だ。
〜SS作家妄想伝4〜
『謎』
「これは覚えてるか? 家族で花見に行った時のだけど」
「ゴメン……、分からない」
「じゃあこれは?」
「中学のとき同じクラスだった由紀ちゃんだよね。覚えてる覚えてる」
「うーん……」
リビングにて、俺は押入れから引っ張り出してきたアルバムを美久に見せていた。
やはり、美久の昔の記憶は消えているようで。
「お前、最近頭を強く打ったりした?」
「そんなことはなかったと思うけど……」
「で、記憶がないって気付いたのは今日が最初なんだよな?」
「うん。もしかしたら前からだったのかもしれないけど、それまで過去のことなんか考えてこなかったし……」
まったく持って原因不明の記憶喪失。
「身体のどこかがおかしかったりはしないか?」
「それは大丈夫だと思う。ちょっと混乱してるけどね」
そう言って笑顔を見せるものの、どこか寂しげな印象を受ける笑み。
やはり急に記憶が消えて、とてつもなく不安なんだろうな。
昼間、俺に泣き付いてきた姿が思い出される……
「とりあえず、今日は寝るか。そんな一朝一夕に解決しそうなものじゃないし」
「そうだね。明日学校だし」
「……学校、大丈夫か?」
「うん、多分。別に全部の記憶が消えてるって訳じゃないから」
「そうか」
まぁ、本人が言うなら大丈夫だろう
「それじゃ、ゆっくり休めよ」
「うん。お兄ちゃんこそ。……あ、でも寝過ごしちゃダメだよ?」
「気にするな。明日は午後からの講義だ」
「じゃあ朝起こさなくていいんだ。分かった」
お互いにリビングを出る。
「それじゃお兄ちゃん、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
さすがに今晩は互いの部屋訪問は無し。
それぞれ自分の部屋へと入っていった。
自室に篭り、パソコンの電源を入れる。
いつもならここでSSサイトの巡回を始めるのだが、今日は違う。
「……記憶喪失っと」
グーグルで記憶喪失と検索する。
「うぁ……」
夥しい数のヒット数に愕然とする。
この中に果たして有益な情報は含まれているのだろうか。
「……まぁ、何か分かればいいんだが」
その晩はひたすら記憶喪失について調べまくり、深けていくのであった。
「ん……」
カーテンの隙間から射す日の光で目を覚ます。
掛け時計で時間を確認する。
「11時か……」
ただ、昨晩は明け方まで記憶喪失を調べていたため何とも寝不足。
それで何らかの成果が得られていればよかったのだがそうも行かず。
……実はその過程で記憶喪失ネタSSを発見。
それを読みふけって気が付いたら日が登っていたと言うわけなのだが。
冷ご飯でお茶漬けを作り食べる。
美久はちゃんと学校に行ってるようだ。
「図書館でも行ってみるか」
講義開始にはまだ時間があるが、俺は早速大学へと向かった。
自転車でいつもの道を走る。
「……あ」
先日、涼香をチンピラどもから救出した地点にたどり着く。
「しかし、よくもまぁこんな所で……」
改めて明るい中で見ると分かるが、その場所は裏路地と言っても大通りからは丸見え。
人通りもそれなりに多いし恐喝等に適した場所とは到底思えない。
「……まぁ、犯罪者心理は分からんな」
俺はその場を後にした。
図書館内はお昼時と言うことも相俟って、人気は殆どなかった。
膨大な本の山の中、俺は記憶喪失についての本を探す。
「何の分野の本になるんだ、アレは……」
そうして彷徨いながら、ふと気付いたことがひとつ。
「……そういや、いつからの記憶がなくなってるんだ?」
よく考えたらその辺がよく分かっていなかった。
今のところ、ただ漠然と、昔、ちっちゃい頃の記憶が消えていると言うことしか聞いていない。
「それが分かれば、解決策も見えてくるかも」
とその時、マナーモードにしている携帯のバイブが振動する。
「ん?」
安西からのメールだった。
『今日の授業、休講なり。今から皆でカラオケに繰り出す。来い』
……まぁ、記憶の事は帰ってから考えよう。
俺はそのメールに
『カラオケが怖くて赤いきつねが食えるか!!』
と返信して、図書館の出口へと向かった。
スッ……
「……ん?」
今、俺とすれ違った人……
「覚えのある顔だったような……」
夕食後、俺たちは昨晩同様に机にアルバムを広げて記憶の糸口を探っていた。
「……ゴメン、分からない」
「いや、別に謝らなくていいし」
図書館で気になった、一体いつからの記憶が途切れているのかと言うことを調べている。
「じゃあこれは?」
「……小6の遠足だね。覚えてる」
「ならコレは?」
「えーと……、写ってる人は同じだよね……?」
「コレは小5の写生大会の写真だな」
「……分からない」
か細くつぶやく。
「うーん……、どうもそのあたりだな、記憶が途切れているのは」
「小学校5年生……?」
「あぁ。……何かあったっけ、あの時」
あの時……6年前。
俺が中2の時に、美久の記憶が消えるような事件なんかあったっけ……?
「……あ」
「ん、どうした美久?」
「この写真……」
「ん? ……あぁ、ちょうど6年前の写真だな。分かるのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……、この人、昨日お兄ちゃんが連れてきた人だよね?」
「あぁ。幼馴染の鈴原涼香。………ん?」
その時ふと、あることに気が付いた。
「涼が引っ越していったのって、いつだったっけ?」
「えっ、ちょっと今の私には分からないよ」
「……つまり、お前の中の鈴原涼香の記憶は無いんだな?」
「う、うん……」
なら涼が引っ越していったのは美久が記憶を消す前か……
……って、え?
「えっ?」
「お、お兄ちゃんどうかした?」
「い、いや……、俺もか?」
「え? 何が?」
「いや……、涼が引っ越していった時の記憶が、まったく無いんだ」
「えっ……?」
「忘れてるとかそんなんじゃない。まさに今のお前みたいな感じか。……まぁ消えてるのはそれだけみたいだけど」
「え、えぇっ、これって感染るの!?」
「い、いや、そんなことは無いと思う」
「ならどうして……」
分からない。けど……
「アイツなら何か知ってるかもしれないな」
昨日、美久が錯乱したあと……涼、どこかに電話をかけていたな。
その中で確か経過観察とかそんな言葉が出ていたような……
「本人に聞いてみるしかないな」
「……」
「……どう?」
「……出ないな」
俺は先日喫茶店で涼に聞いた携帯番号に電話をかけていた。
が、100回は鳴らしたと思うが一向につながらない。
「……どうなってんだろう?」
「……まぁ、電話連絡が取れなきゃ直接会うしかないだろ」
「え、でもどうやって約束するの?」
「どうやって……、まぁ行き当たりばったりで」
「……テキトー」
「だ、大丈夫だろう。まだしばらくこの街に居るって言ってたし」
「うん……」
沈鬱な表情の美久。
俺はその肩に手を置いた。
「まぁ、何かつかめそうだし、昨日に比べりゃ大進歩だよ」
「……」
「それに、たった二日でこんなにも進展したんだから、そう案ずることはないって」
「……そうかな?」
「……心配するな。俺が付いてる」
そう言って美久の瞳を見つめる。
だからもう、そんな暗い顔はしないでおくれ。
「……」
先に沈黙を破ったのは美久の方だった。
「……頼りにしてるね、お兄ちゃん」
「おうよ」
こいつに付いていてられるのは俺しかいない。
その瞳を見て改めて実感した。
「……俺が、何とかしてやるからな」
あとがき
筆者の舞軌内です。
暴走気味のオリジナル、SS作家妄想伝。あれよあれよで第四話です。
今思えばもともと『ダダ甘い萌えるSS書きてぇなぁ〜』と思って、義妹萌え作品として適当に書いたのが第一話。
それで終わらせるつもりが、無理矢理話を広げていって、気が付いたら能力だとかわけ分かんなくなってます。
ビバ思いつき人生。
しかしいろいろと伏線とか張ってみたりしてるこの話ですが、後の話でそれが全く生かされてないケースも多々ありまして。
現在改定作業を行いながらその辺はひしひしと感じる次第なのですよ。
なのでそのあたりを補完しながらの加筆修正。楽だと思ってたけど案外しんどいねんなぁ……
まぁ、一応前後がきちんとつながった内容に仕上げていくよう頑張っていきますです、ハイ。
それではこの辺で〜