週末。
「何か飲むか?」
「ん、あぁ。って、何があるんだ?」
「えーと……麦茶くらいだな」
「麦茶ってお前、またこの前みたいに賞味期限が半年も過ぎたような麦茶じゃないだろうなぁ?」
「ハハハ……」
「……当たってるのかよ」
安西は冷蔵庫に伸ばした手を引っ込めた。
「しかしよく覚えてるよなぁ、そんなこと」
「それなりに記憶力いいんだよ、俺。けどな、飲んだ日の晩に小でも大でも無く直腸が痛くなったら嫌でも覚えてるっつーの」
「そりゃすげぇ
「……誰のせいだと思ってんだよ」


俺の名は、上城秀一(かみしろしゅういち)。記憶力のいいSS作家だ。









〜SS作家妄想伝3〜
『消える記憶』








休日の昼下がり。俺は安西の部屋に遊びに来ていた。
安西は一人暮らしで、そこそこきれいな1DKのアパートに住んでいる。
「……また延期か、このゲーム」
部屋にある最新のパソコン雑誌を読みながらぼやく俺。
「延期することに意義があるんだよ、分かるかね上城くん」
「わかんねぇよ。既に予約してる俺の立場になってみろ。これで最初の発売日から1年の延期だぞ?」
「まぁ、俺はそのゲーム買わないから関係ないしな〜」

安西の部屋にはいろんな物が置いてある。
大きな本棚にはマンガ本から小説、ギャルゲーのファンブックがあるかと思えば、心理学の実用書があったり。
パソコンも俺が持ってるものよりよっぽどいいのを持っている。周辺機器も完備。
安西もだいぶオタク趣味を持ってるのだが、ざっと部屋を見る限りそういうのは感じられない。ポスター等を貼ってないからだろうか。
それに安西自体の外見もそんなことは物語っていない。同じ男として見てもコイツはかなりの美青年だ。
……美少年と呼ばないのは良心の呵責。もうお互い少年を気取れる歳ではないし。
それはさておき安西先生、どうも女の子にはよくモテてるそうで(本人談)
ただ、実際に女の子と仲良くやってる光景は見たこと無いんだが。
まぁとりあえず、見た目からでは誰がコイツを真性ヲタだと思うだろうか?
「人間、顔じゃないんだよなぁ〜」
「何か言ったか?」
「いや、別に」
まぁ自分で言うのもアレだが、俺自身も外見はヲタには見えないからなぁ。
高校時代に柔道をやってたってのもその一因だろうか。

「で、昨日言ってたことってマジなのか?」
「ん?」
「チンピラと殴り合って、幼馴染を救い出したって話」
「嘘言ってどうすんだよ。颯爽と現れて、ヒロインを窮地から救った、そう言ってくれ」
「むー……」
疑いの眼差しで俺を見つめる安西。
「何か言いたそうだな」
「だって普段のお前見てて、チンピラ3人をボッコボコにしたって話信じられるか?」
「普段の俺?」
「良く言ったらスマートな、悪く言ったら貧弱な見た目もあるし。過去に柔道やってたって言ってもなぁ……」
「バカにするでねぇぞ、これでも県大会ベスト32に入ってるんだから」
「それ強いのか弱いのかよく分からんが」
「まぁな。一回戦の時点で32名だし」
「それ、ベスト32って言わねぇ……」
どうも信じてもらえない。……仕方ない、喋っちまうか。


「……いきなり変な話するけどいいか?」
「変な話? まぁいいけど」
「あぁ。信じられないと思うけど、実は俺、人とは違う特殊な力を持ってるんだ」
「……はぁ?」
「俺な、亜空間物質形成が出来るんだ」
「……」
安西は無言で携帯電話を手にした。
「ん、どうした?」
「救急車を呼ぼうと思って」
「お、俺はイカレてなんか無いぞ!! だから最初に信じられないと思うけどって言ったがな」
「……何だよ、亜空間なんたらって?」
「まぁ簡単に言ったら、何もない空間に突然モノを生み出すってことだな」
「……大丈夫か?」
「大丈夫ですっ!!」
「じゃあ今ここでやってみろよ、そのなんたらを」
「いや、ただそれは俺が身の危険を感じた時にしか使えないんだ」
「……」
「あー、だから救急車は呼ばなくていいの!!」
「お前、すごい電波出てるよ。ある意味尊敬するわ」
まぁ……口で言っても分からないよな、普通。
だったら実演するしか手は無し、か。
「安西、俺に殴りかかってきてくれ」
「……今、何と?」
「だから、安西、俺を殴ってくれ」
「……」
「だー、だから上城秀一は至って健全です!! お前が殴りかかってくる事で俺は身の危険を感じ、物体形成が使えるってことだよ」
「……わけ分からんぞお前。今度はいきなり殴れって言ったり」
「まぁ、そう言わずに殴ってくれよ」
「……まるっきりマゾ発言だな」
「変なこと言ってるのは重々自覚してる。だから殴れ」
「……分かった。じゃあ、俺のパンチで目を覚ましてくれ上城秀一!!」
そして俺の顔面目掛けて、安西の拳が飛んでくる……

ボスッ!!

「……悪い、普通に殴っちまった……って、え?」
「フフフフフ……」
安西はキョトーンとした顔で己の拳を見つめている。
その拳が捉えたのは俺の顔面ではなく……
「……米?」
5キロ入りの備蓄米の袋を安西は殴っていた。
ボトッと米袋が床に落ちる。
「なかなか鈍い殴り心地だっただろ」
「すりかわった……つかいつの間にそこに!?」
後ろを振り向き尋ねてくる安西。
まぁ驚くのも無理はない。そんなに広くないこの部屋で、あの一瞬で俺は安西の背後に回りこんでいるのだから。
「すり替わったんじゃないって。お前の拳が俺に当たろうとした瞬間、俺の特殊能力が発動した」
「……どういうことだ?」
「詳しいことは俺にもよくわかんないんだけど、空気中に存在する原子を瞬時に組み上げて、物体を作ってしまう能力が俺にはあるみたいなんだ」
「ハ、ハァ!?」
先程以上の驚愕っぷりを見せてくれる安西。
「な、何だよそれ、お前エスパーか!?」
「……エスパーとか言うな。どうしてもカバンの中に入る人しか思い浮かばないから」
「いや……トリックとかないのか?」
「だからそういう能力だから。何で俺に備わってるのかは知らないけどさ」
「……」
半信半疑な眼差しを浴びせられるが、正直俺自身もこの能力については分かってないところの方が多いのだ。
高校の時に初めて気付いてから、今まで何度か発動する機会もあったわけだが。
「それはともかく……何故に備蓄米?」
「おう。何かこれは完全に無意識のうちに行われてる能力っぽくてな、何が出てくるか俺にも全く分からないんだ。ホント、何で備蓄米が出てきたんだろう……」
「俺が聞いてるんだってば……。あといつの間に俺の後ろに移動したんだ?」
「その物質が形成されている瞬間、俺の周りの時間はものすごくスローになる。逆に言えばその瞬間、俺は光並みに早く動くことが出来るんだ。簡単に言ったら昔「天才てれびくん」でやってた「恐竜惑星」の萌ちゃんがそんな技使ってた気がする」
「いや、知らんからさ恐竜惑星。それに何でスローになるんだ?」
「さぁ。俺もこの能力は分からないことだらけなんだ」
あっけに取られている安西。
「まぁ、そんな変な目で俺を見なさんな」
「そ、そう言われても……」
すごい無茶苦茶な話ではあるが、事実だからしょうがない。

「ちなみに、この能力の話をしたの、お前で二人目だな」
「……と言うと、妹さんと俺ってことか?」
「いや、美久にも話したことはないな。さっき言ってた幼馴染の涼香と、お前だけが知る俺の秘密」
「はぁ……」
「だから、あんまり人に言いふらさないでくれよ、このことは。人体実験なんかされちゃたまったもんじゃないし」
「お、おぉ……」
ちらっと壁掛け時計を見る。
「三時かぁ……、じゃあ、俺帰るわ」
「え、何か用事あるのか?」
「明日その幼馴染がうちに来ることになってるんだよ。だから一応片付けとかしないと」
「あ、あぁ」

部屋を出ようとする俺に、安西がつぶやく。
「……お前の日常そのものを、SSに書けばいいのに」
「ハハッ、俺ほど平々凡々過ぎてネタにならない日常は無いよ」
「……」
「あ、その備蓄米、適当に食ってくれ。腐ってはないと思うから」
「あ、あぁ……」
「んじゃ、またな」
俺は安西の部屋を後にした。


「……俺が病院行ったほうがいいのかなぁ」
ドアの向こうから何か聞こえてきた気がするが、気にしちゃ負けだ。




「ただいま〜……って、お兄ちゃん何やってるの!?」
「美久か。何だよその反応は」
買い物から帰ってきた美久は、俺がリビングの掃除をしているのを見て驚愕していた。
「信じらんない、お兄ちゃんが自分から掃除してるなんて……」
「たまには俺だって掃除くらいするさ」
「……雨降るから洗濯物取り込んでおかないと」
「をい」

ラフな室内着に着替えた美久がキッチンにやってくる。
「うわっ、ちゃんとキッチンまで掃除してある……」
「悪いのかよ」
「まさかまさか、とっても嬉しいよ」
と、ニッコリ微笑む美久。
「……ベランダの植木鉢とか取り込んでおいたほうがいいね。嵐が来るから」
「だからオイって」
「フフッ、冗談だって。誰か来るの?」
「ん、あぁ」
「誰? 安西さん? ……だったら掃除なんかしないよね」
「うーんまぁ、ちょっとな」
一瞬、涼香が来ることを教えようかとも思ったが、ファミレスでのやり取りが思い出される。

『じゃあ、日曜日にでもうち来るか?』
『うん、いいよ。……あ』
『どうかしたか?』
『私が来るってこと、美久ちゃんには黙っとこうよ』
『何で?』
『いきなり行って、驚かそうと思うんだ』
『ふむ、それも面白そうだな』
『でしょ? だから美久ちゃんには黙っておいてね』

「フフフ……」
「お、お兄ちゃん、何一人で笑ってるの?」
「ん、いや何でもない。気にするな」
「?」
さーて、明日美久はどんなリアクションを見せてくれるかねぇ〜




翌日。

ピンポーン
「ん、お兄ちゃん、ちょっと手が離せないから出てくれる?」
「あぁ」
涼香だな。
「昨日言ってただろ、人が来るって。多分その人」
「あ、じゃあ私は部屋に引っ込んどこうか?」
「いやいや、このままここにいてくれ」
「?」
小首をかしげる、エプロン姿の美久。
「いろいろとビックリさせてやるからな」
「え……」
俺はキッチンを後にして、玄関へと向かった。

「来たか」
「うん。あ、美久ちゃんには喋ってないよね、私が来ること」
「もちろん。さぁ上がって上がって」
涼香を部屋に上げる。
「さーてこっちがリビングだ。おーい、美久ー」
「何、お兄ちゃん?」
キッチンから出てくる妹。
「お前にも紹介したいお客様が来てるぞ〜」
「え?」
「よーし、涼香、入って来てくれー」
俺の呼びかけで、ドアの影で待機していた涼香がリビングに顔を出した。
「えーと、こんにちわ」
そして、美久に向かって優しく挨拶する。
「えっ……」
その涼香の姿を見て、美久の表情が曇った。
「お、お兄ちゃん、この人……?」
「あぁ、そうだ」
「っ……」
急に沈痛な表情になる美久。
今にも泣き出しそうに見受けられるが……
「美久?」
「……おめでとうお兄ちゃん、やっとお兄ちゃんにも春が来たんだね」
「……は?」
「えーと、どちら様か存じ上げませんが、こんな不出来な兄ですけども、どうかよろしくお願いしますね」
「え?」
俺も涼香も困惑する。
「お、おい美久、何を勘違いしてるんだ?」
「何をって、恥ずかしがらなくてもいいよ。彼女さんでしょ?」
「はぁ!?」
(涼香には悪いが)盛大に驚く俺。
「いやいや、何を言うかねマイシスター」
「しゅうくん、口調おかしいって」
「しゅうくん……」
涼の俺に対する親しげな呼びかけを聞き、更に泣きだしそうになる妹。
「お、おい、違うがな。よく見てみろ、涼を」
「……え?」
「……美久ちゃん、お久しぶり」
そう言って、先程同様優しく微笑みかける涼香。
「え……」
「ほら、思い出したか?」
美久の肩を叩く。……が、

「……、どこかでお会いしましたっけ?」
「えっ?」
「お、おい美久、忘れたのかよ幼馴染の顔を」
「おさな……なじみ?」
「あぁそうだ、よく一緒に遊んだだろ? 鈴原涼香だよ」
「え……」
「美久ちゃん……、忘れちゃった?」
「え……一緒に遊んだ……ちょっと待って……、えぇ!?」
「……美久?」
「え、何……? どういうこと!?」
「美久ちゃん?」
美久の様子がおかしい。
「どうした美久、おい、落ち着けって」
「ない……」
「何が?」
「……ないの、そこの涼香さんって人と遊んだ記憶が」
「ないって、ただ忘れてるだけだろ?」
「そうじゃないの! お兄ちゃんと遊んだ記憶も、家族も、私も!! ちっちゃい時の記憶がないの!!」
「……え?」
「小学校五年くらいのことは覚えてるんだけど……、それ以前のこと、何故だかまったく思い出せない……」
「……どういうことだ」
「分からないよッ!! えっ、私、どうなってるの!? 何でちっちゃい時のこと思い出せないの!?」
錯乱する美久。
「えっと……、あ、ゴメン、ちょっと電話かかってきた」
「あ、あぁ……」
気を使ってくれたのか、涼香は玄関先へと戻っていく。
「お兄ちゃんは覚えてるのよね、私のちっちゃい時の記憶」
「も、もちろん。お前が幼稚園だった時のことも覚えてるぞ」
「でも……私は思い出せない……、何で……」
「美久……」
子猫のように、俺の胸で震える美久。
俺はただ、そんな美久を抱きしめながらもただ呆然としていることしかできなかった。




「……」
ソファーに横たわり、寝息を立てる美久。
あの後悩み疲れたのか、すっかり眠りこけてしまっていた。
「記憶喪失……?」
幼い頃の記憶がない。
いや、消えたのか……?
美久に何が起こったのか、正直俺にもよく分からないでいた。
「……涼には悪いことしたな」
横になった美久の身体に毛布をかけて、俺はリビングを後にした。


「……はい、では引き続き経過観察ということですね。はい……」
玄関先で、涼香は本当に携帯で電話をかけていた。
「……分かりました。ではまた後ほど連絡します」
ピッ。
「今日は悪かったな」
「えっ、しゅうくん!?」
俺の登場に飛び上がるほど驚く涼。
実際数センチほど飛び上がっていたが。
「……どうした?」
「えっ、いや、いきなり声かけられたからビックリしたのよ、ハハハ……」
「はぁ」
「そ、それより美久ちゃんの様子は?」
「あぁ、今は落ち着いて寝てる」
「そう……」
「わざわざ来てもらったのに悪いな、本当」
「……まぁしょうがないよ。美久ちゃんがあんなことになっちゃって」
「あぁ……。何が何だか……」
「記憶喪失みたいなものかしら、やっぱり」
「かなぁ。まぁ、後で細かい話は本人に聞くさ」
「そうね」
再び携帯を取り出して画面を見る涼香。
「……じゃあ、早いけど私帰るね」
「ん、別にゆっくりしてくれていいのに」
「美久ちゃんがソファーで寝てるのに、ゆっくりなんてできないよ。それにお兄ちゃんは私の相手なんかしてないで、しっかり様子見てあげてないと」
「……悪いな」
「いいよ。じゃあ、また別の機会にね」
「あぁ」
そう言って、涼香はゆっくり階段を下っていった。


「……記憶喪失、SSのネタにちょうどいいかもな」
こうやってすぐSSと結びつけてしまう自分が悲しい。
まぁ、今日は執筆は控えて、美久の様子を見てやらないとな。


こうして、俺の日常は何かが変わり始めた。











あとがき

筆者の舞軌内ですます。

身内受けだけは良いSS作家妄想伝。性懲りもなく第三話です。
はい、無茶苦茶です。
SS作家の主人公、実は能力使いという設定です。
しかも『亜空間物質形成』とかいうまたわけの分かんない能力でねぇ。
書いてる自分でもわけ分かんなくなってきました。
しかも妹・美久の突然の記憶喪失。
『SS作家の日常をえがいたSS』からは程遠くなりつつあるが、その辺はご愛嬌と言う事で。
世に出回ってる大概のSSなんて、題名はあってないようなものですよハハハ(それは暴言でしょうに

それではこの辺で〜