世の中にはフラグなんてものがあって、それをどんどん立てていくとその人間と親しくなれるという伝説が
ある。しかしそれを複数の人に立てると失敗する可能性だってあるだろう。今回はそんな出来事を痛感さ
せられる少年と少女二人とそれに巻き込まれた一人の犠牲者の一コマである。
それは荒れ狂う嵐のように
はじまりの雨〜牧島麦兵衛!?〜
6月22日
桜井舞人は困っていた。外を見ると梅雨の時期にありがちな大雨が天空より降り注がれていたからだ。
朝のニュースなど見る余裕のない彼が傘と言う文明の利器を持ってきているはずがなかった。
「…山彦に入れてもらうか」
唯一といっていい男友達を目で捜すが既に教室に彼の姿は無かった。
「ちっ、こういう時にいてこそ親友ではないか」
「どうしたのさくっち?」
ひどい無責任な発言をする舞人にプリンセスの異名を持つ星崎希望が近寄ってきた。
「傘…、じゃなくて山彦を捜しているんだ」
「相良君? 相良君なら同じ学年の女の子と相合傘して帰っちゃったよ」
「俺に傘が無いのを知っていて、そのような行動をするとは、後で迷惑メールを送ってやる」
「え? 降水率80%なのに傘持ってこなかったの。さくっちも勇気あるね」
「単にニュースを昨日から見ないで来てしまっただけだ。いくら俺がチャレンジャーでもそんな事はしたくない」
舞人が注目したのはプリンセスの左手に握られている赤いアンブレラ。
「星崎、よかったら途中まで入らせてくれないか」
「えー! さくっちと相合傘で校門を出るなんて嫌だよ。変な噂立てられたらお嫁にいけないし」
「でも…「それもそうだな、他をあたることにしよう」」
舞人は考えた。あのプリンセスと一緒の傘に入るのは勇気がいる。確かに見せつける事で一時的な優越
感に浸れるかもしれないが、その後に起こる羨望と嫉妬の嵐を考えれば、リスクは避けたほうがいい。
「え? ちょっと、さくっち!」
「じゃあな星崎」
舞人は次の獲物を求めて教室から出ていき、残されたのは展開を読みきれなかった星崎希望だった。彼
女は最初から舞人が傘を持っていない事を知っていたのだ。鈍感な桜井舞人に意識してもらうにはこれぐら
いしなければならないと思い、さりげなく舞人に話し掛けたのだが、どうやら裏目に出てしまったようだ。
しばらく呆然としていたが、ふと我に返った。ある可能性に思い当たったのだ。
「早く追いかけないとあの小娘に」
わざわざ、雫内から舞人を追ってきて、よりによって彼の上の部屋に住んでいる一年生がいる。幼馴染と
いう立場を利用して相合傘をしてしまうかもしれない。
傘を左手に、かばんを右手に持って希望は駆け出した。
以下舞人視点
星崎に断られた後、俺は知り合いの傘に入れて貰おうとその知り合いを捜したのだが、八重樫は図書室、
里美先輩とひかりの姐さんは既に帰宅していて、他の知り合いなんてこいつしかいなかったわけだが…。
「先輩、先輩。気になさらないで下さい、同郷の仲じゃありませんか。幼馴染が一つの傘で帰宅するというの
はフィクションの世界ではよくありがちですが、現実には滅多にありません。滅多に無いことを青春時代に体
験するのはとてもよいことだと雪村は思います」
本当に良かったのか? 冷静に考えれば、浅間に頼んで学校の傘を借りるという選択肢があったのではな
いか? 星崎と一緒の傘だと生命の危険が伴うが、こいつと一緒に帰るというのは俺の尊厳が傷つけられる
のではないだろうか。
「先輩、早く行きましょう。晩御飯の買い物もしなきゃならないし」
「ちょっと待て。俺はお前の夕飯の買い物にも付き合わなきゃならないのか?」
「当たり前ですよ。この雨の中を乙女が二度も行軍する理由が見当たりません。人の傘に入れてもらうんで
すから、それぐらいの要求を聞いてください」
したり顔でいう雪村。最初から荷物持ちにするつもりだったのか。
「それに、今小町さんの荷物を持ってくれるともれなく夕食をお裾分けしてもらえるという初回特典付きです。
先輩、お得だと思いませんか?」
一食作らなくていいというのはかなりの魅力だ。この際、プライドなんてかなぐり捨てて…。
「だ、駄目っ!!」
「ほ、星崎!?」
叫びと共に星崎が走りこんで、俺と雪村の間に割って入ってきた。
「あらあら、何を慌てているんですか星崎先輩」
「慌ててる? 私が? 雪村さんも面白い事言うよね」
「ていうかお前ら知り合い?」
「星崎先輩を知らない生徒なんて桜坂学園にいませんよ」
「雪村さんこそ、かわいいって有名だよ」
二人とも笑顔だった。顔がたまたま笑顔なだけかもしれないが。
「それより星崎、何か用か?」
「う、うん。さくっち誰の傘にも入れてもらえなかったらかわいそうだなと思って。良かったら入る?」
「でも、他の奴に見られたら嫌だって、さっき…」
「考えてみれば、私とさくっちが噂になるはず無いし、おばあちゃんが困っている人がいたら助けなさいってよ
く言ってるから」
星崎のおばあちゃんは人間が良く出来ているらしい。孫の方はいまいちだが。
「でも、星崎先輩の家は『私たち』のさくら荘と正反対の位置じゃないですか」
えらく、『私たち』を強調するな雪村。
「そ、そうかも知れないけど…。でも、雪村さんだって買い物があるんでしょ。私がさくっちを送っていってあげ
るから早く買い物に言ってきたほうがいいよ」
段々ギャラリーが集まってきたな。周りを見ると遠巻きで俺たちを見ている。
青葉ちゃんに電話して、傘持ってきて貰うかな。
「あれ、どうしたんですか先輩」
裏モードの牧島が俺たちに近づいてきた。もちろん傘を持って。
「やあ牧島君、よく来てくれた」
俺は奴の首根っこを掴まえ、お互いの声しか聞こえない声で話し始めた。
「離せ外道が。お前に近づくと外道が感染する」
「ほう、朝お前が言っていた論理でいくと、外道と言っている人間が外道ということになるな」
「くっ…小癪な。それで、話は何だ」
「お前は雫内出身だよな」
「当たり前だろう」
「奇遇だな、俺も雫内の人間なんだ」
「貴様とおなじカテゴリーに分類されるのは好ましくないが、同郷の人間と認めてもよかろう。それで」
「同郷の人間が傘が無くて困っているんだ。悪いが、途中まで入れていってくれないか」
「どうして俺が貴様などと一緒に帰らなくてはならないのだ。自らの愚かしさを悔いて一人雨に濡れて帰るが
いい」
予想通りの展開だな。そこで、決定的な一言で動揺を誘うことにした。
「そうか、そうなるともう一人の同郷の人間を頼るはめになるな」
「まさか、小町さんとか」
「奴以外に同郷の人間がいると思うか。このままだと雪村と相合傘をして帰らなければならないから、百歩譲
ってお前に頼んでいるのだろうが。それとも、お前は嫁入り前の雪村にあらぬ噂が流れてもいいというのか」
「おのれ卑劣な」
「俺だって相合傘で商店街を巡って衆人環視されるのは御免被るからな」
「仕方ない。小町さんの未来を守るためだ。一時的に悪に手を貸そう」
交渉成立。俺は何やら口論をしている二人の間に割って入った。
「星崎、雪村。牧島が途中まで送ってくれるらしい」
「「え?」」
二人の視線が牧島に注がれる。
「同郷の人間の危機を放っておけませんし、小町さんも星崎先輩も安心して帰ってください」
今までの陰険な口調はどこにいったのか、爽やかな表情で二人に微笑む牧島。
「それじゃあ行きましょう桜井先輩」
「ああ。悪かったな二人とも。それじゃあ」
俺も笑顔とまではいかないものの時間を取らせてしまった二人に、感謝の意を込めて別れの挨拶をした。
「おい、そんなにくっつくな。息がかかる」
「黙れ、折りたたみの傘に濡れずに入るのに仕方なかろう」
「ところで牧島、何か刺さるような視線を感じないか」
「そ、そうだな…まるで背筋が凍るような」
振り向いてみるがそこには誰もいない。
「…気のせいということにしておこう」
「不本意ながら同感だ。さっさと行くぞ」
舞人も麦兵衛も気づいてなかった、二人の女生徒の刺さるような視線を。むしろ気づかない事にしたと言
ったほうが正しいだろう。
後日談1
この後、星崎希望と雪村小町の機嫌が悪かったこと、小町が暫く麦兵衛を無視したのは幾人かの証言通
りである。それと同時に、あの時どっちかと一緒に帰っていれば、その後の戦略的優位は崩れなかったので
はないかという推論を相良山彦は立てている。
「この件で一番損をしたのはマックスだな。まさか舞人がそういう選択をするなんて考えてもみなかったから
な。結果的にマックスは雪村さんを怒らせたわけだ」
果たして、舞人との好感度を上げられるのは星崎希望、雪村小町のどちらなのかそれは神のみぞ知る。
後日談2
今回の件を目撃した文芸部のお姉様達が情熱をもって同人誌を作成している事に気づいたのは学園祭で
物が発行されてからのことだった。
続かない
後書きというか御詫び
萌のみの丘200万HITおめでとうございます。
内容が今更それ散るかよという突っ込みがあるかもしれませんがご容赦下さい。
希望と小町のフラグを立てまくった結果6月22日が傘イベントが同時に発生するけど二人の怖さに麦兵衛に
逃げる舞人の話です。本人に気力があればこの後に海イベントとかやりたかったんですけど力量不足で挫折
しました。
なお本人に男同士の愛情とかの素養は無いのでこの話に深い意味は存在しません。
次は300万HITの時に何か書きたいなあと思います。
ここまで読んで下さった方ならびに旬が過ぎたSSを載せて下さったtaiさんありがとうございます。