伝えられますように
(Kanon) |
天野美汐・リクエスト短編
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(相沢先輩、わたし……)
今日はバレンタインデーです。
それが……私にとっても最後のチャンスでした。
相沢先輩は3年生、これを逃したらもう卒業して遠くに行ってしまうかもしれません。
私は手にチョコレートを持って、先輩のいる教室に向かいました。
いつからでしょうか、私の心が揺れ始めたのは。
そう、きっと……
「真琴の奴、今頃どうしているかな……」
「きっと、生まれ変わって元気に丘を駆けめぐっているかもしれませんね」
「そうか?」
「……そうです。妖狐達の魂は消えません、どこかにきっと……」
「ま、そうだな。
第一、あれだけの奇跡を起こせるんだ。生まれ変わっても不思議じゃないな。
でも、もし、俺にあんな力があったら……」
「ふふ、相沢先輩ならきっと空からお菓子を降らせるかもしれませんね。」
「天野、そりゃ、ないんじゃないか?」
よかった……先輩、ずいぶん元気になりましたね。
そんな風に笑った先輩、久しぶりに見た気がします。
ちょっとだけ……素敵です。
私よりも何倍も強くて優しくて、私に出来なかったことを平然とやってのけた人。
先輩は今でも冗談めいて話しますけど、どれだけ辛いことか、誰よりも私が知っています。
大切な想い人を喪った、その辛さを克服すること……辛さを。
私、先輩にちょっとだけ憧れてしまいます。
だから、こんな風に時々学校の屋上で話せるのが、私、とても嬉しいんです
でも、ごめんなさい、先輩。
私、まだまだ不器用な笑い方しか、できませんね。
ついつい皮肉っぽい口調でしか言えません。
だって……
「そんな人です、相沢先輩は」
「まったく天野にかかったら、俺は子供だな。
物事悟ったように話すところがおばさんくさいんだよな」
「相沢先輩! ……そんな酷なことないですよ。
物腰が上品だって、どうして言ってくれないんですか」
「そんな恥ずかしいこと、言えないよ。じゃな、天野」
「えっ……あっ」
「どうした?」
「……な、なんでもないです。さよなら、相沢先輩」
先輩とはいろんな事がありましたけど。
そして、やっと今では普通に会話できるようになれました。
でも……いつも、私の気持ちは言えずしまい……
(先輩のこと、好きなんです)
先輩が笑う時、いつもドキッとします。
先輩に惹かれる自分の気持ち、気づいていました。
でも、ずっと、告白できずしまいでした。
いざとなると勇気が出せなくて……私、先輩の側にいると、いつもそうなります。
せめて、何かきっかけがあれば……私もそう思っていました。
先輩の誕生日プレゼント、一生懸命選びました。
でも、私からだって、恥ずかしくて言えませんでした。
先輩のクラスメートに渡してほしいと頼んだプレゼントには、私のメッセージカードを入れずしまいでした。
クリスマス・プレゼントも直接渡せずしまいでした。
先輩の住んでいる水瀬家に郵送したんです。
あれは、私が一生懸命編んだ手編みのマフラーでした。
私の想いをカードに託して……
「相沢先輩へ
寒くなりましたけど、少しだけでも暖かい気持ちで過ごして下さい。
美汐」
でも……そのクリスマス・カード、入れ忘れてしまいました。
カードを入れ忘れたことに気付いた時には、私のクリスマスは終わっていました。
今でもそのカードは、私の机の中にしまったままです。
正月、一緒に初詣したくて、着物姿でめかして先輩を誘いに行ったんです。
ちょっと勇気を出したのです……こんな姿をしたのは、何年だか覚えてないです。
水瀬家の玄関のインターフォンを鳴らすと、秋子さんが姿を見せました。
「天野さん、ごめんなさい。
実は先ほど倉田さんと川澄さんが見えて、一緒に出かけてしまったんです」
「そうですか、では、失礼します」
「ごめんなさいね」
その返事に落胆して、私は結局、一人で神社に行きました。
あっという間に時が過ぎていきました。
私は書店で1冊の趣味の雑誌を眺めていました。
そこの生地
『〜バレンタイン・チョコ特集〜
愛をなかなか告白できないあなた、この日は絶好の告白チャンスです。
きっと、素敵な彼氏があなたの告白を待っています。
彼氏の心の距離を一気に縮めて、素敵なラブを手に入れましょう
チョコの作り方は簡単、あとは貴方の愛情の甘みを添えて……』
まるでその記事が私のことを書いているみたいに思えました。
(はぁ〜、どうして、先輩に自分の気持ちを伝えられないのでしょう……)
思わず溜息が出てしまいます。
それでも、私はその雑誌を買って書店を出ました。
その足でチョコの材料を買いに行って。
こういうとこは行動力ありながら……いざという時にはいつも後ずさりばかり。
私は帰って早速チョコを作りました。
でも……だめですね、ホワイトチョコでメッセージを書こうとすると……恥ずかしくて自分の名前すらいれられませんでした。
ありきたりなメッセージ「With my love」とだけ入れて、完成させました。
…………そして迎えたバレンタインデーの当日。
私は手にチョコレートを持って、先輩のいる教室に向かいました。
「相沢先輩……」
私が行った時、先輩は教室に居ませんでした。
でも、クラスメートらしき人達は大勢教室に残っていました。
先輩、どこに行ったのでしょう?
「君? どうかした?」
ドアのところで佇んでいると、先輩のクラスメートから声をかけられました。
「あ、あのぅ……」
「うん?」
「これ、相沢先輩に……渡したくて」
「相沢に? あぁ、そうか、今日はバレンタインだったね。
でも、相沢の奴、どこに行ったのかな、さっきまでいたんだが……
君がよければ、机にでも入れておいたら」
「……はい」
少しほっとしたような気持でした。
でも、手紙の内容を思い出して急に恥ずかしくなってしまったのもあります。
チョコを直接渡すのは、やっぱり恥ずかしくて……
「相沢先輩へ
先輩のことが好きです。
こんな私でよければ付き合ってください。
放課後、屋上で待ってます。
天野美汐」
私は先輩の机を教えてもらい、チョコを取り出してその机に入れようとしました。
でも、ラッピングしたチョコのリボンに夾んだ手紙を
……私は制服の胸ポケットにしまいました。
「あっ!
そそくさに先輩の教室を出て、廊下に出ました。
でも、あわてていたせいか、廊下で先輩に大胆にぶつかってしまいました。
「天野じゃないか。大丈夫か?」
「あ、はい」
「ほら」
先輩は転んだ私に手を差し出して、心配そうに笑いました。
そんな優しい先輩の表情、私は弱いみたいです。
思わず、ドキっとしました。
何度も会っているのに、この表情を見る度、心が揺れてしまいます。
「……あ、相沢先輩、すいませんでした」
「物腰の上品な天野らしくないな、どうかしたか?」
「せ、先輩、あ、あの……チ……机に……」
動揺して、言葉になっていないのが自分でも分かります。
「うん?」
「な、なんでもないです。それでは……私……これで!」
「変な奴だな? 今日はそんな陽気だっけ?」
先輩のその言葉を背に、私はその場を離れてしまいました。
(……結局、ダメでしたね)
私は夕日を眺めながら、屋上で金網フェンスに体を預けていました。
3年生はもう自由登校なので、学校で会うことも多分叶わない。
先輩とここで話すことも、もうありませんね。
手紙を付けなかったチョコ……誰からのものかなんて、わかりませんし。
私の想い、最後まで、先輩に届かないのかもしれませんね。
今日はバレンタイン・デー。
だから、ちょっとだけ勇気を出そうって。
ここで先輩に私の口から告白しようって、そう心に決めていたのに
さよなら、先輩……これが、私に出来た全てです。
そして……ごめんなさい。
私はまだどこか臆病なまま、先輩とお別れすることになりますね。
(一度でいいから、大好きな先輩の前で心から笑ってみたかったです)
…………卒業式
式が終わって、私は屋上にいました。
中庭の方を眺めると、先輩の姿を見つけられました。
先輩、数人の人に囲まれてにこやかに笑っていました。
男子が数人、水瀬さん、美坂さん、それにえーと確か……倉田さんと川澄さんですね。
あんなに大勢の友達や知り合いに囲まれて……羨ましいです。
でも、あの輪の中に私が入るのは無理そうです。
だから、先輩、今日はここから先輩の姿を見送らせていただきます。
(さよなら、相沢先輩)
中庭に先輩の姿が見えなくなると、私はその場に座り込みました。
私の目線の先に、いつも先輩と話していた場所がありました。
不思議とあそこにいると、先輩と会えた気がしたんです。
いつからか、放課後になると、ここで夕日を眺めるのが私の日常でした。
時折姿を見せる相沢先輩と何気ない話ばかりして、そんな時間が……楽しかったです。
「一言だけでも伝えられたなら……」
いつしか、私はぼやいていたみたいです。
「なら、言えばいいじゃないか。俺は聞きたいんだが、天野?」
私の視界を急に遮った制服姿は、見上げると相沢先輩でした。
「相沢先輩!」
「やっぱりここにいたか、天野。冷たいな、見送りもなしか?」
「……ごめんなさい」
先輩の顔、まともに見ることできませんでした。
なぜだか分からないのですが、私の目、潤んでいるみたいでした。
「なぁ、天野、バレンタイン・デーの返事、していいか?」
「はい?」
「ほら、これの返事だよ」
相沢先輩は胸ポケットから、手紙を取り出し私に見せました。
見覚えのあるその手紙は、バレンタイン・デーの時に私の書いた手紙でした。
「どうしてそれを?」
「俺にぶつかった時に天野が落としたんだよ。
ただ、その日、俺は先生に呼び出しを食らって、遅くまで説教されてな。
佐祐理さんと舞が学校の中で俺を捜して、いろいろやらかしてくれてな。
だから、美汐に返事できなかった、ごめん」
「返事って……手紙、みたんですか?」
「あれ、見たらいけなかったか?
封に俺宛の名前が書いてあるから、俺宛の手紙だと思ったんだが。」
「……その通りです。でも、そんな酷なことないです」
何を言っても無駄にしかなりません。
私の気持ちは全て、相沢先輩にばれてしまっていましたから。
「俺な、この手紙の内容、天野の口から直接聞きたいな。
それならこの場で返事してもいいぞ」
「直接……ですか」
「ああ、回りくどいのは嫌だから」
どうしてそんなことを私にさせるんですか
言わなくても分かっているのに……酷です。
でも……今だけ、一言だけ言える勇気が欲しいって、どこかそう祈っている私がいる。
「先輩のことが…………好きです」
「やっと言ったな、天野。ほら、俺の返事。卒業式らしいだろ?」
先輩はブレザーの第2ボタンを引きちぎって私に手渡してくれました。
「……ありがとうございます、相沢先輩。嬉しいです」
「これは今までの天野への俺のプレゼント、そしてこれからの天野には……」
「……ん……ぅん……んん」
先輩が私を好きなんて、嘘ですよね?
でも、先輩に……キスしてほしい。
抱きしめてほしい。
妖狐のあの子だけじゃなくて、先輩まで失ったら、私……
「なぁ、天野。
誕生日プレゼントの腕時計、クリスマスプレゼントのマフラー、
それにバレンタインの匿名チョコ、全部天野のくれたものだろう?」
「はい……でも、どうして私からだって?」
「こんなことしそうなのは天野ぐらいだからな、それに、見ろよこれ」
先輩は鞄からマフラーを取り出した。
そして、そのマフラーの端を私に見せました。
(あっ!)
私のあげたマフラーには、”From M.A to Y.A”とイニシャルが編み込まれた。
私、どうやらなにげに編んでしまったみたいです。
「俺の知り合いで、イニシャルが M.Aというのは天野しかいないからな。
天野、ありがとな、このマフラー。なにげに気に入っている」
「あ、あは……良かった、本当に……」
「そうだな……でも、少し長めなんだよね、これ」
相沢先輩は私の横にすわり、私の首にマフラーを巻き込みました。
驚いて見上げると、先輩もマフラーの片方の端を首に巻いています。
「……暖かいです」
「そうだな……ここは少し寒いしな、天野」
「はい……でも、今はとても暖かいです」
少しずつ暖まるマフラーをほんわり感じていました。
そして、相沢先輩が私に言ってくれました。
「俺は天野が好きだ。俺と付き合ってくれ」
「……はい」
自然に言葉が出ていました。
きっと、今の私、心から笑えているかもしれません。
今の表情、ずっと先輩に見せたかったです。
それをやっと叶えることができました。
相沢先輩……もう、さよならなんて言いません。
ずっとずっと、先輩と一緒に過ごしていきます。
「明日はホワイトデー、だったな」
「そうですね」
「じゃ、一足先にプレゼント、渡しておく。ほら」
無駄にならなくてよかったよ、そう言って先輩は私にラップされた小箱をくれました。
その箱の中に、銀色の光を輝かせる、私の欲しかった気持が入っていました。
(FIN).
後書き
tai様へ
「萌のみの丘」2003クリスマスSSコンペ・ 「くりすます・ないと」、シルビア特別賞受賞おめでとうございます。
その作者へ記念として拙ながらも私からSS1作を贈呈させていただきます。
SSのリクエスト寄稿、大変長らくお待たせしてしました。
それと、このSSの内容、気に入っていただけると嬉しいです。
内気少女、美汐のホワイトデーSS、+αでバレンタイン・卒業式等の要素を加えました。
後輩から先輩への恋心っぽく書いてみましたが、美汐の雰囲気が出てるかちょっと心配もありますね。
また、SS寄稿間もない頃に、萌のみの丘にはずいぶんお世話になりました。
最初訪れた時には20万HITぐらいだった気がしますが、いつのまにか30万HITを越えてさらなる発展をされていますね。
今後ともよろしくお願いします。
<作者・シルビアよりSS読者の皆様へ>
作者・シルビアは永らく寄稿専門で活動していましたが、2004.1よりHPを開設しました。
シルビアの全作品はここに掲載していますので、他作品も見たいと思われた方は是非いらしてください。
これからも読者の皆様に愛されるSSを書いていきたいと思います。
Home Page 「風の妖精 〜シルビアの居城〜」
また、シルビアは、風の妖精HPにて、「投票」と「掲示板」によって読者の皆様の声を頂きけたらと考えています。
ほんの少しのお時間を割いて、ぜひ皆様の声を作者のシルビア宛にお伝えくださると嬉しいです。
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