時刻は現在5時になったばかりであろうか。
まだ多くの人々が寝静まってる頃、店内は静かに活動をしていた。
二階三階は宿屋だが、一階は昼から夕刻(11時〜20時)まで食堂をしている店内。
ただこの宿の方針ではいつ人が泊まりに来てもいいように常に従業員が一人待機している。
カラカラッ
戸が開く。
待機していた従業員の彼女は、
「いらっしゃ――あら? 栞ちゃんどうしたの。こんな朝早くに。あっ、あの子ならまだ学園よ。まったく、年頃の娘が研究になんか入り浸って。もう3日も帰ってきてないのよ? 栞ちゃんも真似しちゃだめよ。まったくあの子ときたら・・・」
「えーと、おばさん違うんです。えっと祐一さん」
このまま愚痴に突入しようとした店員をさえぎり口を挟む栞。
もしもの時(?)の為に外で待っててもらった祐一を呼び入れる。
「あら、栞ちゃんの彼氏? こんな朝早くに惚気かしら。まったくいやーねー、いや、いいわね・・・。家の子ときたら・・・」
「えぅー、話を勝手に進めないでくださいー。お客さんを連れてきたんですよー」
「あら、お客様でしたか。――いらっしゃいませ。ようこそ天野屋へ」
いまさら態度変えられてももう遅い。
戸のすぐ近くにいた祐一は今の会話?も聞こえている。
もし自分が栞と同じ立場に立たされたら、用件を真っ先に言い、もしくは紹介した後一人で行かせよう。
そう心に決めつつ祐一は従業員に話しかけた。
「明日の朝まで一泊したいんですけど。もしかした長期滞在するかもしれません」
「分かりました。お値段はこの位になりますけど、いかがなさいますか?」
どこからか伝票とペンを取り出しさっと書き込み祐一に見せる。
その値段は相場よりもいくらか安い値段だった。
よほど馬鹿高く無い限りここに泊るつもりだったので、ここに泊る事を決めた。
「では、お部屋にご案内いたします。・・・栞ちゃんまたね、娘によろしく言っといてね」
「はい。それでは祐一さん、おばさん。また今度です」
そう言って栞は店を出ていった。
怨・魅偽手には
第一章 第四話 門番問答と本当の再会
栞が去った後、店員――実は女将だった――は先ほどとはうって変わりしっかりと『プロ』の顔で祐一に対応する。
何事も無く部屋に案内され、「では、ごゆっくり」との言葉と共に去っていった。
その後、睡魔もあったがとりあえずさっぱりしたいためシャワーを浴びる事にした。
ジャーーー
「ふぅ・・・」
誰かが彼のその姿を見たら、少々違和感を感じるかもしれない点があるが、当然のことながらそれを指摘する人物はいない。
それはともかく、祐一は睡眠を基本的に規則正しく(迷子中でも)取っていたので先ほどから脳が寝ろ寝ろとうるさい。
ザッっと浴びた後、下着だけつけてそのまま横になった。
―――日がまぶしい・・・。
う〜んと祐一は伸びをし起きる。
目覚め自体はいい方である。
大体昼少し前か。
着替えながら大体の時間に当たりをつける。
一階に降りると人で混雑していた。
「あ、お客様。お昼はどうなさいますか? お泊りのお客様には一割引のサービスをしていますが」
「あー、いただきます」
「分かりましたお席はこちらになります、少々お待ちください」
昼食を食べにきたお客とは少し離れたスペースに案内される。
そして出てきた食事は、ここの所ろくなものを食べてなかったことも相成り、とても美味く感じられた。
料金は後で請求するとの事。
祐一は部屋に戻りひとつだけズタ袋を持って部屋を後にした。
店員には荷物を置いてくみねを伝え、鍵を渡して外に出る。
もう9月も終盤である。
本当に長かったと思う。
少し町を見て感慨にふけりつつ祐一は学園へと足を向けた。
「どうして、人工物のところは迷わないんだ?」
いや、迷わないことはいいことである。
だがせめて自然の中でもこの十分の一迷わなかったら・・・
少しブルーになりながら学園へと入ろうとする。
と、
「・・・止まる」
「ん?」
門をくぐりぬけようとする所で、長い黒髪をした顔立ちの整った、けれどどかこ無表情な少女に止められた。
防御より、動きやすさを特に重視してる軽装の鎧に、腰に赤い柄と鞘の一振りの剣を下げている。
その見た目どおり感情の乏しい声で、
「・・・身分証」
「身分証?」
「・・・関係者以外、立ち入り禁止」
「・・・いや、関係者じゃないけど」
「じゃあ、・・・ダメ」
「あー、関係者じゃないけど入りたいんだが、そう言う場合はどうしたらいいんだ?」
「・・・関係者になる」
「いや、だからさあ」
「?」
どうしたものだろう。
門番がいるとは。
しかも、こ〜ゆ〜門番がいるとは。
「・・・方法は三つ」
「お、なんだ、あるんじゃないか」
門番はコクッっと頷き、
「・・・一つ。関係者になる」
「おい」
さっき言ったじゃん。
「・・・二つ。こっそり忍び込む」
「おいおい」
「・・・三つ。関係者を人質にとって・・・」
「おいおいおいおい!!」
「家族を人質にとるのも・・・」
「ちょっとまて!」
「・・・入りたそうにしてたから」
「いや、入りたいけど!」
それでいいのか門番。
と、そうだ。
祐一は持ってきたズタ袋に慎重に手を突っ込み目的のものが入ってる袋を取り出し、その中から、
「なぁ、門番さん」
「・・・舞でいい」
「は?」
「・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・ああ、名前か。
「つまり名前で呼べと」
コクッっと頷く、門番こと舞。
ははは、そうだよな。
やっぱり人と友好関係を築くにはまず名前から・・・・・・
「って、違うだろ!」
「どうしたの?」
「うがーー!」
「・・・名前」
「だから舞だろ!」
「・・・違う」
「・・・・・・・・・・・・・・・ああ、俺の名前か」
だんだん思考が読めてきた自分が怖い。
コクッと頷く舞を見ながらそう思う祐一。
「祐一だよ。相沢祐一。それはともかくこれは身分証代わりにならないか?」
そういって四葉のクローバーをかたどったバッチを舞いに渡す。
「・・・これは?」
「知らないのか? これは帝都のスクールの卒業資格みたいなものなんだけどな。確か学園は卒業したら風花をかたどったバッチをくれるんじゃなかったか? それみたいな物だよ」
「・・・学園に通ってたの?」
「いや、スクールだけど」
「・・・じゃあ、・・・ダメ」
「・・・・・・・・・」
「・・・関係者じゃない」
祐一はいいかげん頭通を感じながら思考する。
さて、いったいどうするかなぁ。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「・・・二つ目かな」
「どうしたんですか? あら、祐一さん?」
祐一が危険な思考に走りそうになったところに、聞き覚えのある声が耳に入る。
後ろを振り向くと、
「秋子さん」
「お久しぶりです。祐一さん」
「と言っても今朝分かれたんですけどね」
「・・・こんにちは」
「あら、舞ちゃんも一体どうしたんですか」
「・・・門番してた」
「門番されてました」
舞の言葉にかんぱついれず答えてやる。
だが舞は別に何の反応も示さない。
「どうして舞ちゃんが?」
「・・・宿題忘れて」
「あらあら」
罰当番かよ。
はぁーと肩を落としてる祐一にとズイッと手が出てくる。
「・・・何のつもりだ?」
「・・・返す。祐一の」
そういいながら手のひらを開くとさっき渡したバッチが乗っていた。
「ああ、そうか。渡したまんまだったか」
「・・・祐一さん。それ」
「へ?」
じっと、こちらを・・・バッチを見ている秋子。
「・・・そのバッチ・・・」
「知りませんか? これはスクールの・・・」
「スクールに通ってたのでしたら、もしかして祐一さんは帝都出身なのですか?」
「あー、そうですけど・・・」
「もしかして・・・天馬さんの・・・」
「秋子さーん! ちょっとこっち来ましょうねー!」
そういって何か言いかけた秋子を人気の無いところに引っ張っていく祐一。
そんな様子をを見つめる舞の目がとても不思議そうだったのが祐一には印象的だった。
「ここまでしといて今更ですけど、相沢って苗字は別にそんなに珍しくないですよ?」
人気の無い学園近くの路地裏に祐一は秋子を連れ込んでそう切り出した。
「そうかもしれませんけど・・・やっぱり祐一さんであってますよ」
「・・・えっと」
「祐一さん」
秋子が改めて祐一の瞳を――前髪の奥に隠された――じっと見た。
うっ、と詰まる祐一。
「旦那様がいるって言いましたよね」
「? はい」
「わたしの旧姓は相沢というんです」
「えっ」
「夫であるあの人の名前は相沢
ご存知も何も、
相沢勇麒。<雷人>の異名を持つ最速の超人と呼ばれた者の名であり、そして
「相沢天馬・・・俺の、父親である天馬さんの・・・亡くなった弟さんの名前」
「そうです。<帝都の守護者> 超人 相沢天馬の弟です。そして祐一さんは」
いったん言葉を切り秋子は、
「わたしの、甥です」
そう言って微笑むのだった。
こうして遅まきながら、二人は本当の意味での再会を果たした。
第4話です。
このSSでは祐一と秋子の関係はこんな感じになりました。
実際KANON本編では水瀬ってどっちの苗字なんでしょうね?
それと二つ名みたいなの出てきましたけど、<雷人>の方は帝都に超人として登録される際に前々回の後書きに書いた国の名前みたいに正式に授けられたものですけど、天馬さんの<帝都の守護者>は帝都の人々が自然と呼び始めたもので、正式なものではなかったりします。
・・・こうやって本編中に説明できなかった事を今後も後書き中に書いたりするんだろうな、と思ったり。
ではまた次回。