お互い自己紹介を終え、少し休んだ後、

 

「もう遅いし夜が明けるまでじっとすべきです」

 

と主張する祐一と、

 

「いえ、娘達がまってるので急いで帰らないと」

 

と主張する秋子。

結局このままでは一人でも先に進んでしまいそうな秋子を放っておけず、祐一が折れた。

 

「すいません祐一さん。無理を言ってしまって」

「もういいですよ。俺の負けです」

「ところで祐一さんはどうしてこんな所にいたんですか?」

「いや、えっと・・・」

 

口篭もる祐一。

そんな祐一を終始穏やかな表情で見つめる秋子。

 

「・・・・・・・・・たんです」

 

不意にポツリとつぶやく。

 

「えっ?」

 

聞き返す秋子。

ちょっと躊躇いながら。

 

「道に、迷ってたんです」

 

そう、言った。

町を目指す道中の、何気ない一幕。

 

 

 

怨・魅偽手には

第一章 第二話 語らう二人と明ける夜

 

 

 

まず祐一が驚嘆したのは秋子の方向感覚と胆力だった。

真っ暗な月明かりだけの森の中、こんな中自分がどこにいるかなんて分からない。

少なくとも祐一にはまるで分からない。

だが秋子は

 

「多分ですが、街道になら大体こちらのほうに行けば出られると思いますよ」

 

そう言い祐一を先導する。

こちらにまっすぐ? なんでそんなこと分かるんだ? そもそもこんな闇の中目印も無くどうやってまっすぐ進むんだ?

祐一的には疑問も尽きないが、所詮は迷ってた身。

大人しく、黙って秋子について行った。

 

二時間ほど歩いたが闇の中を歩くその間秋子は不安がることも、ましてや愚痴を言うことも無く、むしろ祐一と談笑しながら歩いていた。

たいしたもんだな。

そう素直に思う祐一。

本来夜が明けてから出たほうがよかったのだが、娘達とやらによほど心配をかけたくないのだろう。

祐一個人は正直なれきってることなどもあり、肉体的にも精神的にもまったく疲れも不安無いのだが、普通、闇夜を歩くのは精神的にきついもののはず。

ましてや魔物との戦闘の後であり、もう少し祐一が駆けつけるのが遅かったら死んでいたのだ。

もし疲れたみねを申し立て、それでも進もうとしたら負ぶさってやろうと思ってたのだが、

余計なお世話か。

無理しているのは分かるが、おせっかいは倒れるまでとっとこう。

 

「そう言えばシークナーで研究発表でしたっけ? 何で一人できたんですか」

 

こんな魔の種ダークシードの蔓延してしまった世の中である。

あまり一般人は自国から出ないのが普通であり、それでも出る人は城から騎士、もしくはハンター、何でも屋などを護衛として雇うのが普通である。

そう聞くと秋子はちょっと困ったような笑みを浮かべ、

 

「これでもわたし昔は<超人>を目指してた事もあったんですよ?」

「えっ」

「意外でしたか?」

「いえ・・・」

 

ずいぶん昔のことですけどね、とつぶやく。

まったく意外と言うわけでは無い。魔物からあそこまで生き延びた戦闘技能。そしてその後の胆力。

並みの人間にできることでは無い。

 

ちなみに<超人>とは、文字道理人を超えたものののことであり、帝都公認戦闘技能資格の一つでもある。

その実力は魔の種ダークシードの最高位のクラスである<魔王ロード>クラスを単体で倒せるほどの実力である者に与えられる資格であり、現在では4人、正確に言うと3組しかいない。(もっとも、魔王クラスの中でも更に四段階に分けられ、その中でも最低位の魔王を倒せる実力があれば良いのだが)

もっともいきなり超人に成れるのではなく、ひとつ下のクラスに、<準超人>資格と言うものがあり、これには更に三つの階級に分けられ、実績によりクラスがあがってゆく。

帝都公認戦闘技能資格には次ぎのようなものがある。

<超人>、<準超人 満月>、<準超人 半月>、<準超人 三日月>、<魔法士>、<魔術士>などである。

資格を得るには資格検定を受験して合格する必要があり、更に受験するためには受験資格が必要である。

適性を認められた合格者はそれぞれの資格に応じたバッチを渡される。

 

そして祐一はふと思ってしまった。

ん? ずいぶん昔?

 

「? 秋子さんって今幾つなんですか・・・」

 

不意に、ゾクッとした。

祐一が秋子を見ると変わらぬ穏やかな笑みを浮かべている。

そう、穏やか過ぎるほどの・・・

 

「企業秘密です」

 

えらくにっこり笑ってそう答える秋子

 

「そ、そうですね。女性に年を聞くものじゃないですね、はい。は、話を戻しますけど<超人>を目指してたんですよね? なんで今は止めて研究者に?」

 

まあ、ポピュラーな理由なら「限界を感じて」と言ったところだろう。

そうやすやすと目指せるものでは無い。

 

「自分で言うのもなんですけど、結構才能もあったんですよ。ですけど、旦那様が・・・」

 

そういや娘達の為に急いでたんだもんな。

よく考えれば「ダンナサマ」がいてても不思議では無い。

 

「旦那様がこう言ったんです、『秋子、オレはおまえにも危ない目にあってほしくない。おまえが危ない目に会わないように俺が戦うから。お前は・・・そうだなオレが怪我して帰ってきたら看病を頼むよ』って言って微笑みかけてくれたんです」

「えっと、じゃあそのダンナサマってのはその時・・・」

「ええ。旦那様はそのときもう資格者だったんです」

 

準超人なのかな?

水瀬なんて超人は聞いた事が無い。

 

「だからわたし、今薬学の研究者なんです」

「へ?」

「わたしって凝り性でして、完璧な看病を目指そうとしてたらいつのまにか研究者になってまして・・・」

 

困ってしまいましたわ、と頬に手を当てる秋子。

それって凝り性ってレベルか?

ますます疑問の尽きない人だと思いつつ祐一は、

 

「でも、それで超人目指すのを止めたって事は今は一般人・・・まぁ、研究者みたいですけど、もう戦闘技能者じゃないって事ですよね」

「ええ・・・そうですね、もう現役を退いてずいぶんたちますから」

 

少なくとも現役当時の実力があったら先ほども何とかなったはずだろう。

 

「だったら護衛は雇わないとだめです。そこらへんの線引きははっきりしないと駄目ですよ。それに、そのダンナサマだってきっと心配してますよ?」

「・・・・・・・・・」

 

不意に押し黙る。

 

「? どうしたんですか」

 

そう聞いてくる祐一にフッと頬を緩めて首を振り

 

「いえ、祐一さんの言うとおりだと思いまして。そうですね。きっと、心配しますね」

「そうですよ。それに人間は一人では生きていけません。かっこ悪く群れてしか生きていけない。けどだからこそ強くなれる。・・・人に頼ることのできない人は成功者にはなれませんよ?」

「そうですね」

「受け売りですけどね」

 

クスッと笑いながら答える秋子に、祐一も肩をすくめながらそう答える。

 

「でも、こんなわたしですけど最近助手をもつようになったんですよ」

「そうなんですか? ていうか、そういうのって助手がいるのが普通なんじゃ無いんですか?」

「人それぞれですけど、5年以上の方だったら大抵の方がそうですね。ですから、『最近』何ですよ。とっても優秀な子で本当に助かってます」

「そうですか・・・待っている娘達って言いましたよね? それって・・・」

「ええ。その子と、わたしの一人娘の二人です」

 

 

 

 

そんな会話をしながら更に一時間が過ぎようとした時、やっと街道に出られた。

祐一的にはそれだけでも感動だったのだが、秋子いわく

 

「ずいぶん戻ってしまいましたね」

 

とのこと。

どうやら目指していた街の方向より逆方面に進んでたみたいだ。

だがいいこともあり、しばらく進むと秋子が魔物に襲われた現場に到着した。

そこには丈夫そうな革の鞄が転がっており、今回学会の発表で使った資料に、向こうで手に入れたデータの記録された紙の束が入ってたようで、秋子もいたく喜んだ。

乗ってきたと言う馬は見つからなかったが、当然と言えば当然だろう。

そしてそこからは一本道であり、町を問題なく目指せる予定だったが、

 

「あら・・・?」

 

秋子の足から力が抜ける。

街道に出て、荷物も見つかり張っていた気が抜けたのだろう。

 

「大丈夫ですか?」

 

倒れこむ前に秋子を支えながら祐一は尋ねる。

 

「ええ・・・」

 

そう言うが足に力が入らないようだ。

軽い笑みを浮かべ祐一はいったんズタ袋を置いて背中を秋子に向け、かがんだ。

 

「え?」

「負ぶさりますよ。急いでるんですよね?」

「でも・・・」

「こんなところで迷わないでくださいよ秋子さん。それなら最初、俺が提案した時に折れてください」

 

冗談めかしてそういうが、まだ迷ってる様子、

 

「ですけど、祐一さんだって疲れてるでしょうし・・・」

「大丈夫ですよ、俺って体力底なしなんです。何より迷いなれてます」

「・・・分かりました。でも疲れたら言ってくださいね」

「了解しました」

 

そういって祐一に負ぶさる秋子。

そして負ぶった祐一は置いていたズタ袋を持ち直す。

 

「秋子さんの鞄も持ちましょうか?」

「・・・そうですね。お願いしますね祐一さん」

 

自分で持ってるほうが祐一には邪魔になると判断し素直に渡す秋子。

祐一は受け取りパンパンのズタ袋の中に突っ込んだが、結局半分以上出た状態だったがさして気にしたそぶりも見せず、そのままにしていた。

 

「・・・ありがとうございます」

「いえいえ」

 

その後しばらく背負って歩いた。

その間秋子はひどく祐一の心配をして、

 

「疲れてませんか?」

「そろそろ休みましょうか」

「もうおろしてもらっても大丈夫ですよ」

エトセトラ、エトセトラ

 

それに対して祐一は、

 

「大丈夫ですから楽に負ぶさっといてください」

 

と言うだけだった。

しかし、それ以外では負ぶさってから祐一はあまりしゃべらなかったので、疲れると思い秋子もしゃべりかけるのを止めた。

 

 

 

さらに一時間ほど歩いた時、祐一は立ち止まり秋子をおろした。

 

「足、どんな感じですか?」

「そうですね・・・大丈夫みたいです」

 

尋ねる祐一にそう答える。

実際に一時間休んでただけとは思えないほど回復していた。

 

「今度は私が祐一さんを負んぶしてあげましょうか?」

「・・・謹んでお断りします」

 

と話してると、祐一は不意に体を右に向け腰を落とし、刀に手をかけた。

 

「祐一さん?」

 

と秋子も気づく、街道脇の森の中から一匹の黒い馬・・・いや、魔物が姿を現した。

 

「あの馬は」

「はい、おそらくわたしが乗ってきた・・・」

 

そう言って秋子も臨戦態勢をとる。

体力も思ってたより回復していた。

でも一回が限度ですね。

息を吸い込み空気中にある気と魔力を吸い込む。

すでに容量分たまってるが癖のようなものである。

体内にたまった気をイメージにより自らの自然属性エネルギーに変換、

と、魔物がこちらに向けて駆けてきたが、すでに準備はできている。

 

「<ウォウラ>!」

 

<矢>を意味する意味ある言葉ロストワードを唱える。

それにより体内で練成した気がさらに魔力により変換され掲げた手より、細長い杭ような形をした水・・・のようなものが飛び出した。

しかし、

 

「グォォォンッ」

「なっ!」

 

元馬とは思えない泣き声を発しながら、馬以上の跳躍力で水の矢をかわした。

タイミングがずれた! やっぱり感が鈍ってますね・・・。

と、魔物はそのまま踏み潰さんとしつつ落下してくる。

 

風刃ふうじん!」

 

言葉とともに抜いた刀。

しかしそれは何も無い虚空を切った。

馬は二人の手前で落下して・・・首と胴に二つに分かれていた。

今のは・・・何なのでしょう?

秋子は思う。

祐一は言葉とともに刀を抜いて何かをした。

普通に考えたら魔術だが祐一が吐いた言葉は意味ある言葉ロストワードでは無いはず。

もちろん、秋子が知らないだけと言う可能性もあるが。

魔術では無い。

ましてや、魔法であるはずは無い。

では、

 

「祐一さん、今の・・・」

「秋子さん」

 

秋子の声をさえぎり、

 

「無茶し過ぎです。別に俺、そんなに弱くないんですから、任しといてくださいよ」

「いえ、ですけど、体力も回復しましたし・・・」

「いくら体力が少し回復したからって『器』が磨耗した状態で魔術なんか使わないでください」

 

そう少し怒気を含ませながら秋子に言う祐一。

 

『器』とは人それぞれが持つ気と魔力を貯めとける限界量を仮想的にイメージしたものの名称である。

気と魔力は空気中に普通に流れてるものであり、呼吸をしていたら自然と吸いこむものである。

すばやく溜めようと思ったら、息を限界まで吸いこみ、更にその先を吸いこむ感覚で息を吸うとすばやく溜めれる。

個人差はあるが普通『器』の気と魔力の容量は数値的にあらわすと全体を10とすると7:3といった所である。

普通の人は下級の魔術しか使えず、その下級の魔術でも気と魔力を大体3づつ消費する。

この出し入れを繰り返してると体力も消費され、器も磨耗してき、器が限界まで磨耗するとそれは体に痛みとなってフィールドバックしてくる。

場合によってはその痛みでショック死する可能性もあるため、限界以上に魔術が使われることはあまり無い。

だが、これにも限界はあるが、体力と一緒で器の耐久度は使用頻度により増減する。

 

そして秋子は、もう先ほどの戦闘で限界近く魔術を使用していた。

 

「ですけど」

「お願いしますから、無茶、しないでください」

「――ごめんなさいね。駄目ですね。無茶してしまうくせが付いてるみたいです」

「・・・まぁ今更ですけど、俺は通りすがりの旅人ですから大きいことは言えないですけど」

 

沈黙が流れる。

先ほど秋子が思った事は、もう聞ける雰囲気じゃなくなっていた。

しかしこのままではいけないと思い、秋子は祐一に話しかけた。

 

「でも、それにしても祐一さんは強いですね。先ほどの魔物も、あっという間に倒してしまいましたし」

「そうですか?」

「そうですよ」

 

苦笑しながら祐一は歩き始めて、

 

「秋子さんと同じですよ」

「えっ」

 

祐一はそれ以上語らずそのまま歩き出した。

 

 

 

眼前に木々とは違う人工的な物が見え始めた頃にはもう太陽が顔を出そうとしていた。

 

「見えてきましたね」

「ええ」

「そういえばここってなんてとこなんですか?」

「? 言ってませんでしたか。ここは学園都市カノンです」

「へーそうなんですか、がくえんと・・・・・・」

 

沈黙

 

「って、学園都市カノンッ!? おいおいマジか? くぅー、やっと着いたYO! 苦節・・・」

「あのー、祐一さん?」

 

はっ、と我に返りわずかに頬を赤く染める祐一。

そういえば、と秋子は改めて祐一の格好を見てみた。

頬を赤く染めた顔には夜見たとおり威容に長い茶色がかった前髪が邪魔で目元が良く見えない。

服装は黒っぽいやや大きめの皮のズボン、腰には刀がさしてあり、なかなか年季の入ってそうな濃い茶色のマントを羽織っている。

その右手には黒と言い切るには余りにも深い漆黒の大き目の皮手袋をしており今その手に二つのズタ袋の紐が握られていて、左手には指も出ている動かしやすそうな黒い皮手袋をしている。

典型的といえば典型的な旅人の格好である。

ちなみに秋子はズボンに青いセーター――ちなみに、泥だらけである――と軽装であるが、長期の旅行でもないしこんなものだろう。

 

「す、すいません。俺ここを目指してたから嬉しくて・・・」

「カノンにですか?」

「はい、でも迷ってしまって・・・とりあえず人が居そうな所を探そうとしたところで秋子さんを見つけたんですよ。その後は知っての通りですけど・・・まさかカノンを目指してたなんて・・・・・・秋子さん、本当に、ほんと−に、ありがとうございます」

「そんな祐一さん頭を上げてください。わたしだって祐一さんがいなかったらどうなってたか分からないんですから。お互い様、ですよ」

「それでも、ありがとうございます」

 

そう、もう一度礼を言い、カノンを見据える。

疲れを感じさせない足取りで進みながら秋子に振り返って

 

「行きましょう」

「はい」

 

そうして、二人は歩き出した。

 

 


どうも、mayです。

第二話です。わけ分からん言葉がてんこもりです。

・・・うー、気長に付き合ってくれると幸いです。

ちなみに学園都市と言う名前ですが、別に学園の中に町がある分けでなく、大きい学園があるだけです。

帝都に国として登録する時、なんというか、二つ名みたいな物が帝都から授けられるんですが、ようするにその時付けられた第二の国名です。

まあその名に恥じず、城より学園の方が大きかったりするんですけどね。



てなわけで次回は秋子さん助手の女の子が登場します。

さて誰でしょう?

ではまたです。