「・・・はぁー」

 

肉体的に疲れたわけでは無い。

ただ気分的に思わずため息をついてしまう。

 

「・・・・・・・・・」

 

無言。

夜の森。

木々のざわめきがやけに耳に痛い、そんな闇の中。

ふと、顔を向ける。

そこには、あたりと同じ様に広がる闇。

だが少年はじっと虚空をにらみつけ、

 

「・・・はぁー」

 

またため息をつき、少年は虚空に向けて駆け出した。

 

 

 

怨・魅偽手には

第一章 第一話 月夜の森と迷走者達

 

 

 

「っはぁ、はぁ、はぁ・・・」

 

月夜の森を女性――水瀬秋子は走っていた。

もう体力も残り少ない。

 

「くっ」

 

狼が・・・違う。

元狼の黒い幽鬼を全身より佇ませ、その眼だけが赤々と輝いている・・・今は魔物と呼ばれる存在が背後からせっまて来てるのが分かる。

いつもと変わらないはずだった。

二月に一度はある隣国との合同研究発表会。

今月は隣町で開催され今朝から、予定より少し伸びて夕刻までかかった。

少々遅くなるが、助手の少女にも今晩中に帰るから待っといてくださいと言うみねをすでに伝えている。

日付が変わってしまったら娘にも連絡がいくかもしれない。

行きに乗ってきた馬で、そのまま舗装された道を急いで駆け出した。

・・・それはどのくらい前のことだっただろうか?

秋子の頭に、いろいろと浮かんでは消えるノイズ。

 

「・・・・・・っ、」

 

躓きそうになる。

もう、接近した魔物に対応するだけの余力は無い。

秋子は振り向きざまに、思ってたより接近してた魔物にナイフを投擲した。

 

ザクッ

 

眉間に命中し昏倒。

黒い幽鬼はなくなりそこに残ったのは狼の死体のみ。

 

すべての元凶である<魔の種ダークシード>には主に三つのクラスに分かれている。

それ単体でも現れるが、それらは生き物に憑依する性質を持っている。

そして魔物とはその内の最下級のクラスである<悪霊ゴースト>クラスの魔の種ダークシードが動物に憑依したものだ。

そしてそれは前述の通り、魔物が死ぬと悪霊ゴーストも空気中に霧散して元の動物の死体だけが残る。

 

話しは戻るが、今秋子は1匹の魔物を倒した。

しかし、後方より後五匹

 

「はっ、はぁ、は、っは」

 

呼吸もより乱れている。

もう、だめかしら。

そう思うが足は止まらない。

やっぱり、護衛を雇えばよかったのかしら。

秋子は何でもこなせる人間である。

だからか、あまり人の手を煩わせず自分一人でで何でもしていまう傾向がある。

実際、秋子一人でも魔物を2・3匹倒すことは可能であり、学会も昼間で終わり少し暗くなったくらいで町にはついていたはずだった。

魔の種ダークシード>は昼間より夜に、より発生しやすいといわれている。

しかしだからと言って10匹もの狼の魔物に襲われるとは思ってなかった。

分かっている。

彼らは仲間の死など気にしない。

そんな概念はなく、ただ破壊を、死を望む。

自分はすでに追い詰められている。

武器のナイフも無く、魔術を使う体力ももう残っていない。

 

「あ」

 

バランスを崩し転倒する。

とっさに体を反転さし受身を取る。

が、その眼前には

 

「ガゥゥゥウッッ」

 

口をあけた魔物が迫っていた。

チェックメイト。

ごめんなさい、名雪。

そう思いぎゅっと目をつぶる。

と、声が聞こえた気がした。

 

ヒュン

 

すると横を一陣の風がとおリ抜け、

 

ザシュ

 

そんな音が聞こえる。

目をあけるとそこには魔物の側頭部に剣を突き刺している・・・多分、男性がいた。

シュッ、と剣を振り狼の死体を振り飛ばす。

そこに二頭の魔物が同時に彼に向かって襲ってきた。

いつのまにか剣を右腰にある鞘に収めており――よく見るとそれは刀と呼ばれる曲線を描いた片刃の剣なのだと秋子は気づく――そして、

 

「ハッ!」

 

気合とともに刀を握る左手で一閃。

 

ズザザザー!

 

秋子の横を何かが通り過ぎる。

見るとそれは頭を失った二匹の狼の死体だった。

 

「グルルルゥゥゥーッ」

「ガウゥゥーー」

 

突然現れた第三者に警戒し、残り二匹は動きを止めた。

また、すでに刀を鞘に収めており、鞘に収めたまま左手を刀に添え、大きめの皮手袋をした右手のひらを魔物に向ける。

魔術を使うのかしら?

そう思った秋子にふと、彼がこちらをチラッと見たような気がしたがした。

次ぎ見ると、右手はいつのまにか鞘に添えられてあった。

 

「ガウゥ!」

「ガルゥ!」

 

二匹の魔物は時間差をつけて襲ってくる。

 

破爆はばく!」、

 

ドドン!

 

「―――ッ!」

 

声無き悲鳴を上げて前方の魔物は後方の魔物を巻き込んで吹き飛ぶ、

 

ダンッ!

 

そして、それよりさらに後方にあった大木にぶつかり二匹の狼はぐったりとし動かなくなった。

見ると彼は刀を鞘に納めたまま左手に刀を掲げていた。

どうやら抜かずに鞘のまま殴ったようだ。

一拍の間。

そして右腰に刀を挿しながらこちらに振り向き、

 

「大丈夫ですか?」

 

そう尋ねてくる。

いつのまにか彼の戦闘を冷静に見詰めていたが声をかけられ秋子の意識は現実に引き戻されていく。

 

「あ、ありがとうございます」

「いや、別にいいですよ。ただで助けたわけじゃありませんし」

 

えっ、と彼の顔を見る。

月明かりに見える彼の顔は、前髪がやけに長くてよく分からなかった。

そう言い残し彼は秋子から離れる。

それを少し呆然と眺めると、二つのパンパンに膨れ上がったズタ袋を持って戻ってきた。

どうやら秋子を助けるときほうり捨てて駆けつけてくれたようだ。

 

「あ、あの、お礼と言われましても今わたしは何も・・・」

「いや、物じゃなくて・・・」

 

左手で頬を掻く彼。

秋子も手を頬に当て首をかしげる。

 

「・・・えーと」

 

彼はこう切り出した。

 

「ここから町ってどう行けばいいんですか?」

 

そう尋ねてきた。

ちなみに、秋子は先ほどまで魔物に応戦しながら森の中を逃げていた。

そもそも自身がどの辺にいるのかすら見当がつかない。

いえ、月と星の位置から大体割り出せるかしら?

そう思いつつ、ちょっと困った笑みを浮かべながら、

 

「がんばって一緒に探しましょうね」

「・・・やっぱりですか」

 

はぁー、とため息が聞こえたが不思議と彼も笑みを浮かべてるように感じた。

 

「まだまだ夜は長そうですね」

「そうですね」

 

お互い、なんとなしに笑みを浮かべていた。

ふと気づき秋子が、

 

「自己紹介もまだでしたね。わたしは水瀬秋子です」

「自己紹介って・・・さすがにあの状況でそんなことしてられませんよ、お姉さん」

 

あらあらと、うれしそうに笑う秋子。

雰囲気で分かったのか、

 

「どうしたんですか?」

「いえ、何でもありませんよ。それとわたしのことは秋子でかまいませんよ」

「分かりました秋子さん。えっと、俺の名前は・・・」

 

ちょっと逡巡するそぶりを見せ

 

「祐一、です。相沢祐一。それが俺の名前です」

 

そう、祐一は秋子に自分の名前を告げた。

少しだけ、ほんの少しだけ秋子の顔がこわばったが、祐一には分からなかった。