守りたい人がいる。〜優しい日々〜

CASE 1 誰よりも近くて遠いLovers








「ちょっと待って。ねぇ、涼夜……今何て言ったの?」

私、長門香菜美は親友の言葉を聞いた自分の耳を疑った。

「え…どういう食べ物が好きだと思いますか?」

「そこ違う。その前」

「デートはまだです、ですか?」

「そう!そこなの、そこなのよ」

そうなのだ。

私の自慢の友達、近江涼夜には恋人がいる。

まぁ、デートの1回や2回はと思ってたら…

「デートまだ!?あんたらほんとに付き合ってんの!?」

1回もしてなかったなんて……

そう思うと、私はとんでもない肩透かしをくらったような気分になった。

「毎日の登下校だけですごく幸せそうな顔してて、私も満足だし」

「こいつら…」

私は肩を震わせて立ち上がった。

「まだお昼いっぱい残ってますよ。どこに行くんですか?」

「あいつのとこ。昼休み終わるまでに話つけに行くから安心して」

言うが早いか、私は駆け出していた。









「因幡!!」

空き教室で一人昼食を摂っている涼夜の恋人。

って、昼食…

「何ですか?」

「何ですか、じゃないわよ。何でお昼が水だけなのよ…」

「お金が勿体なくて…つい」

何だか…呆れを通り越して怒りがわいてきた。

「ちょっとさぁ、いつも何食べてるか教えてくんない?」

「どうしてですか?」

「いいから教えなさい」

「う…はい」

勝った。

「朝は砂糖水と食べられそうな植物で、昼は見ての通りの水道水、夜も水だけですね」

………

……



「あんた何で生きてんの?」

「さぁ、何ででしょう?」

あんたが知らないものを私が知るか。

「ていうかさ、あんた体大丈夫なの?今に倒れるわよ、冗談抜きで」

「う〜ん…そういえば最近お腹が痛かったり、妙に怠かったりするんですよね…やっぱり、その所為でしょうか?」

「そりゃ、確実にそうでしょうよ。寧ろ、涼夜に心配かける前に…」

そこまで言ったと同時に因幡が倒れた。

本当に倒れた。

「って、言ってる傍から倒れるな!!」









で、病院。

私の隣では涼夜が泣きじゃくっている。

「一緒にいて気付かなかったなんて…何が恋人ですか、何が支え合って生きていくですか…これじゃ、私…」

その点では、責任は因幡にあると思う。

支え合って、と言ってる割には因幡は誰にも支えてもらってないし、誰も支えていない。

「大丈夫。あいつは絶対無事だから…」

根拠はない。

それでも、あいつならすぐにでも謝りながらひょっこりと出てきそうだ。

「あ…」

医者が来た。

「因幡くんはどうなったんですか!?」

涼夜が詰め寄る。

「ご家族の方ですか?」

「違います…けど」

私はそれを聞いてから初めて気付いた。

息子が救急車で運ばれたというのに、今この場にいるのは私と涼夜、そして医者だけ。

家族とかは来ていない。

「あの人たちは来ないわ」

私でも、涼夜の声でもなければ医者の声でもなかった。

「その人たちだけが知ってればそれでいいから続けなさい」

「会津…礼」

普段なら聞くことのない涼夜の殺意に満ちた声。

それは、その相手、会津礼がそれほどまで憎く、因幡の心配などしてほしくないという意志の表れだった。

「いなくなってほしいのはわかるけど、この状況でも来ないあの人たちよりはましだと思ってほしいのだけど?」

「それはただの責任転嫁です」

「そうね。だけど私がお金を出さないと誰も出してくれないわよ」

その人は医者の方を見て口を開いた。

「さぁ、続きをどうぞ」

「彼の病状ですが今は安定しています。しばらくは安静にしてもらいますが、命に別状はありません」

「よかった…」

涼夜が安堵の声を漏らす。

「で、倒れた原因は何?」

話は続いた。

「栄養失調と食中毒ですね。どなたか何か心当たりはありませんか?」

ありすぎた。

心当たりなんて山のようにある。あれ以外に原因なんてあってたまるか。

でも、さすがに涼夜の前で言うのはためらいを感じてしまう。

「あなたは白兎のところに行きなさい」

「…言われなくても」

私の考えを察してくれたのか、あの人は涼夜を追い出した。

「彼、朝は砂糖水と草だって言ってました。昼と夜は水だけだって…」

「「は?」」

二人の声が重なった。

「ど、どうしてまたそんな無茶を…」

「何でも、お金が勿体なかったとか」

しばらく、時間が止まったかのように感じられた。

そして、それを破ったのは私たち三人じゃなかった。

「はぁ!?」

とんでもない大音声の涼夜の声。

「これを機に少しは変わってほしいものね」

「まったくです」










そして、因幡が退院したその日から涼夜が因幡の家に通いはじめた。

毎日料理を作ってるらしいけど、あいつの銀行の口座のお金を見て卒倒したらしい。

むこう十年は豪遊できるほどの預金があったらしいから。

まぁ、節約するのはいいけど、食べ物はきちんとまともなものを食べなきゃいけない。

因幡がそれを知ると同時に、あの二人の距離がまた少し近づいた日だった。

だけど…

「で、デートくらい、もうしたのよね?」

二人にこの質問をしたら二人とも沈黙で否定してくれた。

しかも、因幡は涼夜の好みを訊いてきた。

まぁ、これはいい。きちんと答えられるから。

涼夜のほうが質が悪くて、私に因幡の好みを訊いてくる始末。

私にそんなこと分かる訳がない。

寧ろ、知ってる人がいるかどうかも怪しいものだ。

というわけで、訊いてみた。

「因幡、あんたの好きなものって何なの?」

「近江さんですけど」

「そっちじゃなくて、食べ物とか、場所とか」

「近江さんの好きなもの、ですけど」

結論。

少し考えれば分かることだった。







後書き

セナ「初のフルキャストでお送りしました」

涼夜「外伝ですけどね」

セナ「外伝じゃなきゃできないって」