守りたい人がいる。
CASE6 矛盾したEntreaty
昨日、香奈美が手持ちのカードを全てオープンにした。
それによって、私に与えられていた猶予も消えてなくなった。
もう、怯えたままの少女ではいられない。
そう思い、全てを壊す決意をした。
この日は、風紀委員の仕事で、私たちは午後七時くらいまで学校に残っていた。
そう…これは一種のチャンスだった。
「近江、この件だが、向こうが報告書での提出を要求してきているぞ」
思えば、彼は風紀委員の仕事を、とても真面目にしてくれる。
それはとても意外なことだ。
「わかりました。いつもの文面で作成しますのでその書類を貸してください」
私はそう言って手を伸ばした。
差し出された書類を掴もうとした私の手はむなしく空を切った。
「…!」
「何か、言いたい事がありそうだな」
気付かれていた?
「長門の手札は全て表になっている。後は、近江がジョーカーを切るだけだろう」
そして、私がジョーカーを持っていることを、香奈美でさえ知らなかったことも気付かれていた。
「どうするんだ?」
因幡さんは私を測るような目で見てきた。
私は…
「言いたい事が…言っておきたい事があります」
カードを伏せたまま、切った。
「何を、言いたい?」
一度、目を閉じた。
ここ数日の記憶が鮮明によみがえる。
「もう終わりにしてもらえませんか?」
反応は欠片もない。
「最初は嬉しかった……でも」
言葉が続かない。
次に何を言えばいいかわからなくなった。
「私は…あなたのことが……」
だからここでカードを開く。
「私はあなたの事が好きでした!!一人の女の子としてあなたが好きでした!!」
ジョーカーを切った。
「恋人になれって言われて嬉しかったです。でも、すぐにそんな気持ちも消えました。
小学校からずっと見てきて……好きになって。でもあなたは全てを奪われたと言う。
なら、あなた自分で何かしたんですか!?自分で何か求めたんですか!?取り戻そうとしたんですか!?
どうせ心の中で思うだけで、何も言わず、何もしなかったんでしょう!?なのに人を利用してまで復讐をしようだなんて……
虫が良すぎます!!身勝手すぎます!!
もう…終わりにしてください。そんな臆病者に力を貸すなんて……お断りです!!」
言ってしまった…何もかも。
「…電話番号……教えてくれ」
「突然…何を言い出すんですか?」
彼は…笑った。
怖いくらいに、作られた笑顔だった。
「望み通り、全て終わらせてやるのさ。終わらせるんだよ。
きちんと、報告だってしてやる。だから教えろ」
これは…彼なりの結論なのでしょうか。
「教えろ。今すぐにカタをつけに行く」
意を決して、携帯電話の番号が書かれたメモを渡す。
「本当に、終わるんですね…?」
「良くも悪くも…な」
安心は出来なくても、信用は出来る。
そう、感じる事はできた。
因幡さんは帰った。
私は香奈美に電話をかけた。
『何、涼夜』
その声に、日常というものの大切さを教えられながら、私は要件を告げる。
「終わるよ、全部。今日にも」
『嘘!?』
その声はとても大きくて、私は思わず目を閉じて電話を耳から大きく離してしまった。
それほどまでに、香奈美にとっても嬉しかったんじゃないかって思う。
「大丈夫。だから、もう何も心配しなくていいんだよ」
『そっかー、うん。本当に良かった』
まるで自分のことのように喜んでくれる香奈美。
こんなとき、親友という存在のありがたみを感じてしまう。
『涼夜、悪いけど…私、今からご飯だからさ、続きは明日、学校でね』
「はい」
『じゃぁね、バイバイ』
通話終了。
「親友…か」
口に出して、呟いてみる。
おそらく、彼はここ数日で精神面で成長したのではないだろうか。
『求め』
人間の行動理念でも第一と言ってもいいそれ。
彼はそれを『本能』のレベルだけで行ってきたはず。
生きるために食事をとる。
生きるために睡眠をとる。
そして、本能に刻み込まれてしまった…彼女のために生きること。
でも、あの日の事件から、彼は多少方法は間違っていても、自分の意思で何かを『求めた』。
「まだ…大丈夫でしょうか?」
答えるべき人のいない質問。
なのに、私はそれを口にした。
「まだ、彼を好きでいていいんでしょうか……求める事を、やめないでいいんでしょうか?」
この問いかけに答えるとするならば、本能に従えばいいと思う。
本能は、私が一番に求めているものを教えてくれるから。
to the next case …
「もう…許してよ」
求めるということ。
「好きな人が…僕の意思で、傍にいたいと思える人が出来たんだ」
それがわかってきた。
「いいのよ。だけど、どうなるかを考えてごらんなさい」
僕には…『守りたい人がいる』
――CASE7 生まれたてのClaim
セナ「ここから9話までは一日の間に起こった出来事になります」
涼夜「まずは、因幡さんの戦いですね」
セナ「あれを戦いと呼ぶべきかどうかは知らないけどね」