守りたい人がいる。

CASE5  Victim の心

















勘のいい人は、普段見ている人のわずかな変化も見逃さない。

それは間違いなく、長門さんと近江さんの関係そのもので、そのことを僕が思い知ったのは、近江さんを泣かせた四日後の事だった。

強引な精神の束縛の所為で、近江さんのストレスが溜まってきていた。

そして、それがほんの少し…それこそ、ずっと彼女を見てきた人くらいしか気付かない程度に表に出ていた。

本当に、普通の人なら気付かない程度だった。

「……はぁ」

近江さんはさっきから落ち着かない様子で溜息をついている。

今は昼休みだけど、僕と近江さんはそれぞれの席から移動していない。

何故かは知らないけど、僕と近江さんの席は近い。それから、長門さんも。

そんなことを気にしながら、僕は席を立ち、教室から出ようとドアへと向かった。

「………」

長門さんが立っていた。

その表情には確かに怒りが刻まれている。

「そこをどいてくれないか」

「嫌」

即答だった。

「何故?」

「私があんたに用があるから」

僕は目を閉じた。

「お前の用など俺には関係ない」

「ネガと写真。全部寄越しなさい」

言われた瞬間、「あぁ、やっぱり」と思った。

「成る程。結局近江はお前に泣きついたということか」

「相談と言いなさい。で、場所くらい変えるわよね?」

たしかに、注目を浴びるのは不本意だ。

「仕方がない。お前の用とやらに付き合ってやる」

僕は敢えて横柄に振舞った。

「その鉄面皮…剥がしてあげる」

それはいっそ自分でかなぐり捨ててしまいたかった。





























空き教室。

僕はそこに連れてこられた。

「それで…用件は?」

自分の立場を高めるようにして言った。

「言ったでしょう。ネガと写真、全部渡して欲しいの」

「自分のためか?」

わかっていながら、僕は訊いた。

「違う!涼夜のためよ」

「どのあたりが近江の為なんだ?」

これもわかってる。

「涼夜が…前よりも元気がなくなってる」

そして、ここで驚いた。

近江さんの変化はまだ微々たる物で、そうそう気付くわけはないと思っていた。

「何が言いたい?」

その驚きを隠しながら僕は返した。

「あんたの所為よね…!?」

その口調には、明らかに怒気が混ざっていた。

「さぁな」

「全部…話してもらったから、そんな誤魔化しは意味ないから」

笑って、全部流してしまいたかった。

でも、もうずっと笑ってなくて、

「俺の所為だと言ったら…どうする?」

笑い方なんて、忘れてしまっていた。

「どうするも何も…事実あんたの所為でしょうに」

「そうだな。確かに俺の所為だ。それで、どうするんだ?」

「こうすんのよ…!」

右手が大きく振られる。

僕は、それが自分に届く前に掴んだ。

「二度も叩かれてやるほど酔狂でもなければお人好しでもないのでな」

腕を掴む手に力を込める。

「痛っ!!」

声があがったけど、今の力を維持する。

「もう一度訊こう。どうする?」

足でも、左手でも出てくるのかと思っていた。

だけど、違った。

「………せ」

小さな声。

けど、それは一瞬で叫びに変わった。

「涼夜を返せ!!あの頃の涼夜を返してよ!!」

この叫びは何のための叫びか。

僕には理解できなかった。

「何故…そこまでできる?所詮は他人だ。自分のことでもない。何故…そこまで?」

「あんたね…親友って言葉嘗めてない?お互いがお互いのために動く事が出来るから友情ってのは美しいのよ」

「美しい…か」

僕は呟いた。

「どうかした?」

怪訝そうな声を無視する。

「それを聞いて…より一層欲しくなった」

「何を…言って……」

「俺は、お前らにとっての当然のものを手に入れるためにやってる。だから、手に入れたいものは必ず手に入れる」

思えば、僕は狂っていたのかもしれない。

太陽も月もない、暗闇だけの世界。

それが僕の心。

だから、狂っているのかもしれない。




  to the next case …







「もう…終わりにしてもらえませんか?」

もう…どうなっても構わない。

「最初は嬉しかった……でも」

こんなに辛いのなら、いっそ壊してしまいたい。

「私は…あなたのことが……」

そして、終わりにしよう。


  ――CASE6  矛盾した Entreaty












セナ「一思いに行こうかと思ってたけど、やっぱりやめる」

涼夜「どうしてですか?」

セナ「いや、少し疲れたから」

涼夜「そうですか」