守りたい人がいる。
CASE2 一方通行なNegotiation
「い…今、何て……?」
このとき、近江さんは何を言われたか理解していないみたいだった。
だからこそ、僕は、さらに正常な判断力を奪うかのように一気にまくし立てた。
「本気で言っているわけではない。だが、言っておく」
普段演じている自分以上に冷徹に。
「お前に拒否権はない」
強引に。
「例の件…俺の胸の内だけに留めておいてほしいなら、俺に従え」
自分の気持ちを押し殺し、真面目で、友達思いの近江さんの性格を。
「俺の恋人を演じていろ」
利用する。
「卑怯です…」
「何とでも言え。この機会を、絶好の機会を逃すわけにはいかない」
僕は、極力近江さんを見ないようにして言った。
本当は好きなのに、こんな形で自分のために利用しないといけない。それが、彼女に自分の本当の気持ちを告げるための第一歩だと思うと、それが辛くて、僕は近江さんを直視できなかった。
「卑怯者…」
「そうさ!」
近江さんの非難の声に、僕は大声で同調した。
「しかし、お前はその卑怯者に屈服するしかないんだよ!!」
例の件、について少しだけ説明すると、近江さんの友人の弟さんが、秘蔵の本を親の目から隠し通すために姉に預けたけど、その日は風紀委員による所持品検査の日。
だから、その友人は風紀委員だった近江さんに預けたんだ。
でも、検査は風紀委員だからって例外なく行われる。つまり、近江さんの所持品もチェックされた。したのは僕だけど。
そして、僕はそのことを公表しない代わりに写真をとった。
「例の件をばらされて困るのはお前と、長門だ。そして、お前は友人や家族に迷惑をかけたくない。そうだろう?」
「くっ…」
近江さんは心底悔しそうに歯噛みした。
だからこそ、
「必要なくなったら、終わりにしてやる」
いつか、の約束をつけた。
そうだ。僕は近江さんと一緒に委員会で仕事が出来て嬉しい。
好きだから。異性として好き…つまり、恋というものをしているから。
こんなことを許してくれるわけがないだろうけど、だからこそ、全てが終わってしまえば自由にしてあげたい。
本当はずっと傍においておきたいけど、自分の欲望を自分で押さえ込んだ。
認めたくないから。
たとえ、自分でも、近江さんを傷つける存在を認めたくないから。
「こんなこと……しなくても、別に私は…」
その呟きが聞こえて、僕は驚いた。
普通に、好意を伝えてたなら、その想いに応えてくれたかもしれない。
そんな幻想すらも感じさせてしまう言葉だった。
「何か言いたいのか?」
でも、僕はそれを聞かなかったことした。
「いいえ…」
そう言った近江さんはやっぱり悲しそうだった。
「説明程度はしておくが、俺の目的は会津礼への復讐だ。命ぐらいは守ってやるから安心しろ」
どうして…
「お前があいつに襲われるような存在になって初めて意味がある」
何で…
「今まで以上に親密な状況を見せ付けてやる必要がある」
僕はこんなことばかり言ってるんだろう…
「勝手ですね」
「ふ…そうだな」
「あなたにだって、大切な人ぐらいいるのでしょう?なのに、こんな犯罪寸前の事に手を染めるなんて…迷惑をかけるとは思わないのですか?あなたをここまでさせる理由はなんなんですか?」
幸せ…だったんだね。近江さんは”人”として生きていけるんだね。
それが心底羨ましい。
僕が…どれだけ望んでも手に入らなかったものを、最初から持ってたんだ。
「そうだな…」
理由を考える。
「欲しいものが、沢山あるから。そして、状況から出来ると判断した。半ばヤケクソだがな」
「ヤケクソで人の心を縛るんですか、あなたは!?」
怒ってる。
だけど、僕だって譲れない。
「あぁ、そうさ!!欲しいものがあるから手に入れる!!みんな同じだろう!!」
一個ぐらい、あったっていいじゃないか…という続きは飲み込む。
余計な同情は欲しくないし、この状況で近江さんと和解はしたくない。
「そうですか…なら」
そこで近江さんは僕に背を向けた。
「あなたには何も期待しません。ですから、どうぞご自由に」
この瞬間、たとえ全てが終わりを迎えたとしても、一番欲しいものは手に入らない。そう思った。
それなら…
「なら、こちらを向け」
手に入るものなら、
「はい」
全て手に入れてみせる!!
「!?」
僕は強引に、近江さんの唇を塞いだ。
これが僕の始めてだったら、まだ良かったのに…
「んー!!んー!!」
抵抗してる。
だけどやめない。
仮初でも、僕らは恋人だから。
それだけは、事実だから。
to the next case …
「あんた、涼夜に何かした?」
大切な友だちにはずっと救われてきた。
「別に…何もしていない」
でも、彼にそんな人はいなかった。
「何かあったら、何でも相談してね」
どうして、普通の関係にはなれないのか、知ってしまった。
――CASE3 偽りだらけの Be in love
セナ「この話が普通に書けてる…」
涼夜「今さら驚くような事ですか?」
セナ「いや、だって理不尽な境遇の物語ってあれ以来全く書いてないんだよ?」
涼夜「つまり、今書けることが驚きに値すると?」
セナ「そういうこと」