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短編:We Love 美汐ママ
by シルビア
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高校を卒業後、美汐は祐一と結ばれ夫婦仲むつましい生活をしていた。
二人は長男・長女をそれぞれもうけ、美汐もママと呼ばれるようになっていた。
そして、美汐のもう一つの普段の顔、それは弁護士としての彼女である。
あれから幾年もの月日が流れ、
地方裁判所 第1小法廷、美汐は被告席にいた。
離婚訴訟を提起されたまだ若い女性の弁護のため、美汐は公判に臨んでいたのである。
「被告鈴木幸子は、原告の部屋において、原告の友人である高橋是清と不実な関係に及んだ。夫婦の信頼関係に著しい不信をもたらしたことにより、原告鈴木伸行は被告鈴木幸子との婚姻関係の継続を困難と判断し、ここに被告鈴木幸子との婚姻の解消及び慰謝料の請求、並びに、高橋是清に対し夫権の侵害として損害賠償を提起するものである。」
「被告である鈴木幸子は原告鈴木伸行に対して、夫婦の信頼関係を損なう感情を抱くにいたっておらず、不実とされた高橋是清との関係について、それが被告本人の意志に基づくものではないことを主張するものであります。
原告側の主張は、婚姻生活に個人的に不満を抱き、単に離婚を要求するという感情に他ならず、被告が婚姻の解消及び慰謝料の請求を当然とする理由とはなり得ません。
また、被告側としましては、原告の提出した証拠及び事実が原告側のねつ造に基づくものと推察しており、ここに被告側の真実を証する証拠を提出したいと思います。」
美汐は、ハンディカムのminiDVテープを証拠として書記に提出した。
「証拠として提出したminiDVテープの映像には、被告鈴木幸子が高橋是清によって不埒な好意を強制された場面が記録されており、その情景から被告の部屋に設置されていたカメラにより撮影されたものです。そして、このテープは公判開始の直近の日時に撮影され、日時記録等により写真等として提出されたものと撮影時期も同時期と判断できます。その映像をごらん頂く限り、被告が不実を働いたことよりも、レイプと同等の強制をされた事実が浮き彫りになると考えます。
また、高橋是清に対し高額な金額の送金された事実があり、原告が送金するに至った経緯は別件の証拠により立証可能です。
これらの事実は原告と高橋是清が共謀し、被告鈴木幸子を陥れ事実をねつ造したことに他なりません。証拠となる事実については、追って証人を召還し立証したいと思います。」
この発言に、原告席がざわついた。
原告と弁護士が小声で話し合っていること
「裁判長、原告として、当方の主張する事実に誤りがあることを認め、本件についての当方の主張を改めたいと存じます。
しかるに・・・・」
「却下」
・・・
「無事終わりそうね。もう安心していいわよ、鈴木さん。」
「相沢先生、本当にありがとうございます。」
「勝訴したらきちんと自分の人生をやり直す、そう私と約束したわよね?
次は本当にいい人を見つけて頑張るのよ。今度こそ幸せにおなりなさい。」
「はい、必ず・・・」
被告は涙を浮かべながら、美汐の手をとり感謝の意を表した。
それからしばらく、美汐は被告席に座る女性をそっとあやしていた。
美汐の逆転勝訴はほぼ確実であった。
(さてと・・・)
美汐は被告側席を離れ、傍聴席の方へ向かった。
公判中ずっと、ここからの二人の視線が気になっていたのだ。
しきりにある小さな扉をぬけ、傍聴していた二人へと足を向けた。
「あなた、どういう冗談ですか?
そんな所で親子がガン首そろえて何をしてるのです。」
「いや、美汐の仕事ぶりを大樹が自分の目で見たいと言ってだな。
なんでも夏休みの課題テーマで『お母さん』のことを取り上げるというんで。
ま〜、社会科見学みたいなものだ。それで、俺は付き添いということだよ。」
「は〜、何をしてるんでしょうね、全く。
それに、何で突発的にやるのでしょうか、貴方は、もう〜。
私だって、いきなりでは恥ずかしいですよ。
それはそうと、あなた、今日は珍しく暇そうですね?」
「いや、暇じゃないぞ、14時からはここで公判がある。少し早めに来ただけだ。」
「それなら、近くの公園でみんなで食事しましょう。
ちょうど貴方に渡す弁当は私が持ってますから。
大樹の分は売店で買っていきましょう。」
相沢親子は地裁を出て、近所の公園のベンチに腰かけた。
「美汐、勝訴のようだな?」
「あれはあなたのおかげといった方がいいかもしれませんね。
私なら、ハンディカムで撮影していたなんて発想、とても想像できませんから。
あれを先に回収できなければ、負けてますよ。」
「ま、刑事弁護士たるもの、現場最優先だからな。普段からやっていることさ。」
「被告の鈴木さんもとても感謝してましたよ。さすが先生の旦那さんだって。」
「へ〜、ママだけじゃなくて、パパも偉いんだ。」
「そうよ、大樹。大きな事件だと、いつもパパが助けてくれるの。
私達夫婦はね、二人とも弁護士で、いつも影では一緒に頑張ってるの。
でも、ごめんね大樹、忙しくていつもお母さんらしいことしてあげられなくて。」
「ううん、いいよ。今日のママ、とても格好よかったし。ヒーローみたい。
それにお姉ちゃんがいつも一緒にいてくれるから、寂しくないよ。」
「ヒーローだなんて(笑)ママは女性よ、それを言うならヒロインよ。
ね〜、大樹、ママの分の弁当、食べる?
(美鈴にもいつも苦労かけてるのね。今度、洋服でも買ってあげようかしら。)」
「うん。ママの弁当、おいしいもん。」
「美汐の弁当か・・・確かに美味しいんだが・・・恥ずかしくて食堂では広げられないんだよな〜。いまだにハートが入っているような弁当じゃ、人にみせられん。」
「仕方ないじゃないですか、大樹や美鈴の弁当も一緒につくってるんですから。
お父さんもそれぐらいは我慢してください。(本当はわざとですけど。)」
美汐は仕事が忙しい。
母親らしいことが出来るのは、朝食とお弁当作りぐらいである。
それを気にしてか、努めて子どもとのコミュニケーションを大事にしようと、玄関口に連絡用ボードをおいて日常の出来事を把握したり、子どもの学習状況とか父兄イベントにも時間を割いて熱心に参加していた。
その甲斐あってか、学校や近所では美汐は評判のいい女性だったのである。
加えて、地域の市民活動などで知り合った人たちが、お礼として子ども達の面倒を買って出てくれることも、美汐にとっては救い船だった。
やたらと愛想のいい父親の血と礼儀正しい母親の影響で、容姿のよく礼儀が正しく育った美鈴と大樹は、近所の親からも可愛がられたようだ。
子ども達は困った時には、近所の主婦に相談できたりもした。
反面、子どもというのは馬鹿正直であるため、言ってはならない事も軽く口にしてしまう、それが円満な相沢夫婦のプライバシーの欠如につながることもある。
美汐は、かつて、子どもがままごとをする時に飛び出るセリフに、幾度顔を赤らめたか分からなかった。(あなた、さあ行きましょう)<チュッ>が好きな美汐にとっては、それは致命的ともいえるのだ。
「ま〜何だな、親の仕事ぶりを見せるのも大樹にはいい勉強にはなっただろう。
言っておくが、これは美汐の教育方針だからな。」
「そうですね。
ですが、今度は美鈴をあなたの公判の時に連れて行きますから、あなたも心の準備をしておいてくださいね。かなりドキッとしますから。」
「うぐぅ」
「大丈夫ですよ。あなたも立派に仕事しているんですから。」
「そうか?」
「ええ、私が居なくても十分大丈夫ですものね。(本当に大丈夫かしら?)」
「いや〜、その〜、美汐〜、頼むから突っ込まないでくれ〜。」
祐一は確かに奇想天外なところがあるのだが、いかんせん、飛び出したら鉄砲玉のごとくどこで何をしてるんだか分からないところもある。
美汐のフォローがなければ、これだけの実績を残せたかは疑問なのだ。
そうはいっても、美汐もまた祐一の発想の良さには敬服しているのである。
それに、祐一の法廷戦術のうまさにも定評がある・・・彼がとても口達者であり、証人が女性なら、一撃必殺の祐一スマイルで敵の証人でも味方にしてしまう技ももっていた。
比翼の連枝、弁護士活動では今の二人はそんな間柄である。
ただ、夫婦生活となると、祐一ははっきり美汐のペースに振り回されている。
何故かって?
美汐の"永遠の25才"の魅力を前に、祐一が夫婦げんかをして勝てるわけなかった。
夫婦げんかともなれば、美汐は祐一を怒りなじることなく、泣いたり拗ねたり甘えたりと女の武器をあからさまに、かつ、計算高く使われてしまうからだ。
普段から美汐がわがままなタイプというよりは、聡明で物腰が上品なそして純粋な心の持ち主であるが故、祐一も美汐の魅せる女っぽさを前にするとどぎまぎしてしまう。
それに、"永遠の25才"を保つために美汐が愛用する秋子さん特製のオレンジ・ジャムを、よもや自分に使われては堪らないという祐一の気持ちもあった。
(実はこっそり料理で使われているので、祐一もそこそこ若々しいままなのだが、
・・・それは美汐の「秘密です♪」にふれてしまうので、内緒にしておこう。)
『結婚は人生の墓場である。』・・・祐一は違う意味で、そう感じていただろう。
「ママ、今度授業参観があるんだよ。来てくれる?」
「ええ、なんとか都合をつけてみるわ。ママ、頑張るから。」
「うん。パパは?」
「多分無理ね。いつも通りだと思うわ。」
「おいおい、美汐〜・・・俺だってな〜、本当は〜・・・」
「分かってます♪
あなたの分は、私がなんとかしますから。
さぼった代償に、あなたの小遣いを減らして大樹達と美味しいものでも食べにいきますから。ふふふ、楽しみです♪」
「わーい♪」
「・・・・・(そりゃ無いよ。)」
(嘘ですよ・・・あなた。)
美汐はぼそっと祐一の耳元で囁いた。
そう言う美汐の膝元には、食べ過ぎで気持ち良さそうに寝そべる大樹の頭があった。
美汐は大樹の頭をゆっくりと撫でながら、視線を膝の方に落とす。
「ふふ、気持ち良さそうですね。」
「本当だな・・・な〜、俺には膝枕してくれないのか?」
「分かってます♪ 貴方には・・・今晩たっぷりと♪」(ポッ)
---------授業参観当日
「あ、ママ、来てくれたんだ。嬉しいよ。」
「ええ、大好きな大樹のためですもの。それと、これ、みんなでね。」
美汐は手にもっていたクッキーの袋を渡した。
「あ、クッキー!みんな喜ぶよ。」
「そう、嬉しいわ♪」
美汐の作るクッキーは、大樹の友達の間ではとても評判が良かった。
やがて、授業がはじまった。
大樹が元気よく手をあげて、自分の課題の発表をした。
『ぼくのお母さん』
そう読み上げられると、美汐は恥ずかしさにほんのりと顔を赤らめた。
そばに視線を向けると、知り合いのお母さん達とも視線が合ったりする。
『僕のお母さんの仕事は弁護士です。パパも同じです。
だから、いつも一緒に仲良く出かけて仕事してます。
仲が良すぎて、時々、遅刻することもあるようです。
→(えー、恥ずかしいわ。子どもにばれてるなんて!)(ポッ)
この前、ママの仕事ぶりを"ちほうさいばんしょ"という
ところでみてきました。
パパはママのこと慈愛に富んだ弁護士だといってました。
ママは困った人のことをいつも大切にするんだそうです。
→(あなた、嬉しい事、いってくれるわね。今夜サービスしちゃお♪)
僕たちはお母さんの笑顔が大好きです。
お母さんはとても忙しくて、普段はなかなか僕たち姉弟のことを
見てくれないので、時々、さびしいなと思います。
でも、一緒に居るときはとても幸せです。
僕たち子どもが困った時には、だれよりも優しく真剣に相談に乗って
くれたり、助けてくれます。
だから、僕は出来るだけわがままは言わないようにしてます。
お母さんの困った顔よりも笑った顔が好きだからです。
お父さんもお母さんの笑顔が大好きだって言ってます。
→(大樹、笑顔だなんて・・・はずかしいわよ。)
でも、僕はお母さんの照れた顔もいいな〜と思います。
多分、今も後でてれてるんじゃないかと思います。
→(こら〜、大樹。今話をつくったでしょ〜!)
お父さんは、お母さんを照れさせるのが面白いと言ってました。
真っ赤になったお母さんが可愛いからだそうです。
こんなお母さんでも昔は"おばさんくさかったんだぞ"、とお父さんは言ってました。
お母さんは"物腰が上品だと言ってください"と応じていたそうです。
→(あなた〜、なんてことを教えているのよ〜、もう〜。
今晩、ジャムの刑に処してあげるから〜〜〜〜!)
でも、お父さんはお母さんの一生懸命いい女になろうとする努力に惹かれたと
いいました。"ママは綺麗だろ?”と今でもよく僕に聞きます。
→(なんとなく・・嬉しいわ♪ ジャムの刑、減刑しようかしら。)
近所の人にきくと、"お父さんとお母さんはラブラブなんだよ"といいます。
僕はまだラブラブというがよくわからないので、お父さんに聞きました。
"大樹も好きな女の子と恋をすれば、自然にわかるよ。
お前にはまだ早いかもしれないけどな。"と言ってました。
ちょっと悔しいです。
→(でも、大樹にはまだ早いわね。ってこのクラスの女の子の視線は?)
僕はお母さんが大好きです。
もし、好きな女の子ができるとしたら、お母さんのようになんでも一生懸命で
物腰の上品な優しい人だったらいいな〜と思います。
だから、僕の今の夢は、お母さんのような女の人と出会い、恋をすることです。
それで、いつかはラブラブな二人になることです。
→(もう〜、大樹ったら〜。ママはもう知りません。)
』
教室に拍手と歓声が沸き起こった。
その中に、
「私、大樹君の"こいびと"になる〜」
「私、大樹君のお嫁さんになる〜」
「私、大樹君のおかあさんに弟子入りするわ。」
なんて声もする。
美汐の表情は、真っ赤な林檎のように、火照っていた。
今この瞬間、お母さん達の視線は美汐に釘付けなのだ。
美汐は、一躍、注目の女性となっていた。
そして、美汐は(は〜)と溜息を漏らした。
美汐は、祐一と自分の恋の軌跡を思い出し、大樹の先行きを心配したのだ。
この年にして、大樹のハーレムは既に出来ていたようだ。
(祐一の他の娘との恋愛話は、大樹には内緒にしないと・・・)
かつての祐一ハーレムを知る美汐にとって、自分の息子がどれだけの女の子を泣かせるのか、その女の子の苦労を想像するのは容易であった。
自分の息子、大樹もまた、父親に似て"鈍感"極まりなかったからだ。