第一章



「知っているか」

「何を、だ」

 視線すら合わせずに、二人は会話する。時は放課後、場所は帝国立エテル魔法学園男子学生寮の一室。魔力の精密な流れを知る為の機材や、何かの材料を大量に抱えて戻ってきたルームメイトを見て幽 紫十郎は内心またか、と気付かれない様に嘆息した。彼の事だ、怪しげな道具を作る為に相違無いだろう。そして噂の方も信憑性と言う点で今一なのだ。

「一週間前の事だ。廊下に女生徒が倒れてた、と言う事実だ」

 好奇心剥き出しで喋るルームメイトのゼス=ルシカは何処か楽しげである。授業中は終始つまらなそうにしているか眠たそうにしている彼だったが、興味のある分野になると途端に息を吹き返す。怪しげな図面を睨む目付きが、弾んだ声が彼の興味の矛先を如実に表している。

「魔法学園と言われるだけあって、ここにはかなり危険な物も保管されているだろ。大方その辺の危険物にでも触れたんだよ」

 かつて世界中を荒らし回った魔族『蒼霞(アオガスミ)』や、最上位級の地精霊を封入したらしい石人形(ゴーレム)『リジュール』、持つ者の精神を乱し殺戮に向かわせると言われる曲刀『ハープラド』等々。一度外に出したら最期、国家滅亡しかねない様な危険な代物が学園の最奥には眠っているらしい。それらは危機レヴェル最大の病原菌と同じ扱いを受けており、凄まじく厳重な管理の下にある。

 それらと比べればレヴェルが下がるものの、学生でも授業や自主研究で危険物を取り扱う事はある。このエテル学園では数ヶ月に一度は昨夜倒れたと言われる女生徒の様な事態が起こっていた。言わば生徒の奇行や医務室送りは学園の年中行事とすら言えてしまうのだ。

「それが違うらしい。確かな情報筋によれば、今日の早朝に学園の幹部連中で緊急会議があったそうなのだ」

 確かな情報筋とは随分怪しいものだ、と紫十郎は言外に思う。彼が口を挟まない事を話の続きを聞きたがっていると解釈し、ルシカは一拍置いて再び話し始めた。

「それに紫十郎は不自然を感じなかったか。事件からいきなり全校生徒及び教師の外出禁止令、考えるまでも無く異例な事だ。しかも既に一週間が経過しているが、音沙汰は無いのだ」

「そうだな、それは怪しい」

 そこに関してはいくら懐疑主義者の紫十郎と言えど首肯せざるを得ない。学園の出入りは市役所や民間の日曜学校のそれと違い、異様に厳重である。機密と危険物の宝庫である事も手伝って、帝宮や帝国会議場並の警備部隊が年中欠かさず学園の要所を護っているのだ。生徒や教師が市内を出歩く時も色々と面倒な手続きを済ませなければ校門を跨ぐ事も出来無い(警備部は不法侵入者に対して発砲権限が与えられているので、うっかり手続を済ませずに校門に近付きすぎると銃口を向けられ警告される)が、それは外出を禁じられていると言う意味にはならない。

「何かしらややこしい事が起こっているのは確かかもな。だが全ての事象が繋がっている証明にはなっていない、大方別々の懸案なんだろうよ。それとルシカ」

「そう心配しなくても私は出し惜しみなどせずに追加情報は随時連絡する、心配無用だ」

 当のルシカは紫十郎に一瞥すらくれずに謎の図面を見ながら何かを組み上げている。彼の興味は既に不可解な事件の話題から、ルシカの組み上げている謎の物体へと対象を変えていた。故に彼の返答は的を射ていない。それがただの勘違いなのか、天然なのか、或いは分かっていての返答か。どれも有り得る話であり、彼の知る限りでのルシカと言う人物の嗜好を逸脱しなかった。

 隠す事でも、言葉や作業の端々から類推する事でも無かった為に紫十郎は直球で聞いてみた。

「何を作ってるんだ」

 紫十郎の問い掛けに、漸くルシカは顔を上げる。

「魔法と科学で機能するスクリーン投影式のエロ本だ」

 沈黙は当然であるべきだろう、ルシカの周囲を除いた空気全てが凍った。

「もう一回聞くぞ、何を作っている」

「魔法と科学で機能するスクリーン投影式のエロ本だ」

 紫十郎の聞き間違いでは無かったらしい。ルシカの組み上げている物体はそもそも本の体裁など無く、それが何なのかと問われても紫十郎には返答出来無いだろう。正体不明の機具の試作型、強いて説明をするならば万華鏡の出来損無いだろうか。筒型にはなりそうに無かったが、万華鏡の覗き口らしきものをルシカは制作していた。ただしその物体の直径は手鏡程もある。

「近年の技術革新で大衆にも書籍が出回る様になってきた。それは大変喜ばしい事だ」

 ルシカは椅子から立ち上がり、まるで大勢へ演説するかの様に大袈裟な身振り手振りで自分の作っている試作品の説明を始めた。この様なルームメイトの奇行は紫十郎にとってはいつもの事だが、今回のそれはいつにも増していかがわしい。

「大衆と言うものは往々にして快楽を求めるものだ。より楽しさを、より心地良さを、と。重苦しく難解な内容の学術書よりも、漫画の方が需要が圧倒的なのはその為だ。そして富める者はその余剰財力を用いて更に楽しさを、心地良さを、と情熱を傾ける。となればより上質な紙での印刷を、出来うるならばカラーであった方が見た目にも楽しいのは自明の理だ」

 紫十郎は口を挟まない。経験から反論するなり不備を突くのは彼が言い終わってから、と言う暗黙の了解が作られているのだ。呆れて言葉少なになっている、と言う可能性も零では無いが。

「だが幾ら技術革新が印刷技術を向上させているとは言え、カラー印刷の技術は未だ実現していない。となればカラーの漫画を作ろうとすれば手作業しか無く、恐ろしく手間が掛かる。仮にプロを雇って作らせたとしたら、拘束料や原稿料その他諸々の費用で莫大なものになってしまう。もっとも、人気漫画家が一個人の為に漫画を描く事など無いだろうが」

 ルシカの目には、紫十郎など映ってはいないだろう。彼の眼には自分を照らすスポットライトが、演説に聴き入る群衆が見えているのだ。主観を交えるまでも無く、今の彼は危ない人のそれだ。

「その辺りの問題を解消するのが、この装置なのだ」

 一拍置いて紫十郎はルシカの言った事一つ一つを頭の中で整理し、統合する。制作者(まだ実物は出来ていないにしろ)の彼は高尚な言葉を並べ立てているが、やろうとしている事は低俗である。

「つまりお前はカラーのエロ漫画を見たい訳だな」

「うむ、乱暴に要約すればそんな所であるな」

 ――うむ、じゃないだろう。

 小型で色を正確に映し出す装置、確かに完成すればそれは革新的な技術となろう。魔法学者も科学者も研究しているテーマに違いないが、紫十郎は成功例を寡黙にして聞いた事が無かった。何らかの方法で出力を予め設定しておく事で対象をスクリーンに投影する。その現象自体は今の技術力でも成功している事だが、彼の作っている装置とは大きさも性質も異にするに違いない。既存の装置で漫画を映した所で、白黒で大雑把な明暗が分かる程度である。そして装置も大型で廃熱効率による稼働時間の問題もある。それを彼は魔法で補おうと言うのだ。

 科学と違って魔法は当人の技術とセンス、そして属性が大きく関与する。百人の魔法使いが同じ事をやると、百通りの結果が出てしまうのが魔法である。それに対して理論と方法を正しく理解しさえすれば、科学は誰がやっても同じ結果を得られる。正に水と油、対極にあるのが魔法と科学と言う技術の関係なのである。魔法学者達は長年の蓄積で大まかな魔法の体系を作ってきたが、それは一般論であって完璧な理論では無い。一般的には魔法と科学を組み合わせるのは不可能だと言われている由縁は、まさにこの一点にある。


それをルシカは乗り越えようと言うのだ。百人の凡人魔法使いよりも一人の天才魔法使いの方が重宝がられるのが、この業界である。そして彼は幸か不幸か、魔法に関して間違い無く天才であり一流のセンスを持っているのである。まだ国家試験を通った正式な魔法使いでは無いにしろ、帝国は彼の才能に一目置いており宮廷魔法使いになるのは確実だと言われている。

 その天才魔法使いの卵がエロ本だエロ本だ、と騒いでいるのだ。

「才能の無駄遣いも良い所だな、おい」

「技術革新は戦争と女の尻から生まれるものだ」

「尻言うな、女共からまた吊し上げ食らいたいのかよ」

「む、あれは私に大勢の注目が集まってなかなか快感だった」

 彼の欠点は人格に致命的な欠陥がある事、趣味が常識を逸脱している事であった。




 奇言を弄するルシカから離れる様に紫十郎は部屋を出て、中庭に足を向けた。天井の無い中庭はまだ夏の遠いこの季節、この時間帯は特に肌寒く人がいない。寒さを除けば人混みが好きになれない彼にはうってつけの場所だった。ルームメイトが変な発明に狂っている時、人間関係で人知れず悩んでいる時など、中庭には世話になっている。予定の無い教師が先客として煙草を吸っている時もあるが、彼の経験上概ね平和だ。

 購買で飲み物を買って、時間を潰せばルシカも落ち着くだろう。熱しやすく冷めやすい彼の演説癖は一過性のものなので、時間が解決してくれる。また時間が経てば別の事案で同じ事が起こるだろうが、そこまで紫十郎は構っていられなかった。鬱陶しい以外に実害がある訳では無いので、放置で今までどうにかなってきたのだ。

「やぁ!」

 中庭のドアを開けると威勢の良い掛け声が中庭に響き渡る。学園の中庭は自主的に運動や簡易な魔法の練習が出来る様にとかなり広く造られている。帝国立の建物だけあって、かなりの耐久性と防音性を誇っている。学生寮と言えども馬鹿に出来たものでは無いのだ。

「たぁ!」

 中庭の真ん中で小柄な女の子が気合いを入れている、そう表現するより他あるまい。魔法を使う際の精神統一補助の為にある杖を、まるで剣でも使っているかの如く正眼に構えて振り回している。説明するまでも無いかも知れないが、本来の道具の用途からは完全に逸脱しているのは一目瞭然であろう。真剣そのものの女の子には悪いが、彼女が紫十郎にはかなり滑稽に映った。堪らず笑ってしまう程に。

 女の子が紫十郎の方へ振り向く。声を出して笑ったつもりは彼には無かったが、存在感が伝わった様である。

「あの、見て、ました?」

 彼女が頬を赤くしているのは寒さのせいではあるまい、こちらを探る様な上目遣いがそれを証明している。

「ずっと見ていた訳では無いけど、少しだけ」

 その紫十郎の返答で、彼女は羞恥で赤みがかった頬を更に紅潮させた。別に彼女の行為は珍しく無い。彼女に限らず、入学したての学生は彼女の様に魔法の練習する者も結構多いのだ(それでも彼女の様に剣術の正眼の構えで素振りする者はいない)。遊び盛りの男の子だと、杖を使用しての剣術ごっこに発展する事もざらである。ある程度年齢が高くなれば、羞恥心の芽生えなどからそう言った練習や遊びをする者が激減するのもまた事実ではあったが。

 ぺたん、と彼女は冷え切ったタイルの上に座り込んでしまう。女生徒の制服は民間の学校と同じくスカートなので太股が寒そうであったが、彼女は気にならない様だった。或いは気にしている余裕が無いのか。

「見られてしまいました……」

 この世の終わりでも到来するかの様な口調で彼女は呟く。余程ショックだったらしく、目の焦点は合わずに虚空を彷徨っている。目元にはあまつさえ涙すら溜まりつつあり、肩が震えていた。

「そこまでの事か、これは」

「この様な痴態を他人に見られるなんて、人生もう終わりです。秘密裏に買ってきた女性向け成人漫画を先に兄に読破されてしまったのと同じくらい終わりです」

「確かにそれは色々終わりかも知れないが、その例えよりは今回の心理的損傷は軽微だと思うぞ」

 自分が原因とは言え、紫十郎にはそれくらいしか慰めの言葉は思い付かなかった。余りフォローになっているとも思えない言葉に反応して、彼女は鋭く立ち上がって彼を見据える。

「わたしの事、変な女だと思ってますよね」

「当たり前だ」

「ああ、やっぱりわたしの人生は終わったんですね」

 目を閉じ再び冷えたタイルの上に崩れた。紫十郎は勢い余って彼女が頭を打たない様に、と思わず支えてしまう。

「いつもそうなんです。わたし、真剣になると回りが見えなくなってしまうんです」

 やけに滑らかな輝きを見せるハンカチで彼女は目元を拭う。材質はシルクだろうか、いずれにせよ高級品である事は間違いあるまい。そんな何気無い仕草が様になって見えると言う事は、彼女がその動作を日常的に行っていると言う事実の裏返しである。彼女はしょっちゅう泣き崩れたり、羞恥の海に沈んで悲劇のヒロインを演じているのだろうか。そうだとしたら、やはり彼女は相当の変人であると言わざるを得まい。

 そんな彼女はふと泣き止み紫十郎の顔を見詰め、一言。

「わたし、どうして見ず知らずの男の人にこんな事話しているんでしょう」

「それを俺に聞かれても」

 三度、彼女の顔が困惑と不安と愛想笑いのモザイク模様を浮かべたまま固定され動かなくなる。耳まで、と言う比喩が比喩で無くなる程に彼女の顔が赤くなった。まるでプチトマトだ、見ている分には飽きが来ない生き物ではある。

「どうしましょう、もうお嫁に行けません」

「何故そこまで話がずれる」

 彼女に自分の思考にどのくらいの飛躍があるのかを教えてやった方が良いのか、それともさっさと離れた方が良いのかを紫十郎は脳内で検討しようとする。相手はその僅かな時間すら彼に与えはしなかったのだが。

「わたしを貰って下さい」

 彼女自身は冗談を言っている訳では無く、真剣そのものである。そこにはある種の決意が感じられ、悲壮感すら漂う。彼女の思考が相当におかしい事を鑑みなければ、ここだけを切り取って見せられればそれなりに美しい場面なのだろう。だが実際は八割方思い込みと妄想で事態が進行しており、紫十郎は身体の奥底から湧き上がる笑いを堪えねばならなかった。人間の本能を無理矢理に押さえ込み、彼は平静を装う。

「君の勘違いを、何処から解消したら良いかを迷うんだが」

「勘違いなどではありません。お爺さまがそう教えてくれました」

「凄い祖父だな」

 紫十郎はあらゆる意味で、心の底からそう思う。

「わたしは初対面である筈のあなたに対してみだりに見せてはいけない部分を見せ過ぎました。大人しく責任を取って下さいね」

 恥ずかしがった次は泣き、涙が乾かぬ内に笑顔での圧力とはつくづく彼女は変わり身が早い。彼女の祖父なる人物に負けず劣らず、彼女を凄い人物だと思う。そう思わない人間は恐らくいないだろうが。ルシカとは方向性が違うものの、彼女もまた希に見る変人である事は最早疑い様も無かった。

「あのな」

「取って下さいね」

「聞け」

「せ・き・に・ん」

「……」

「取って下さいね。女の子に恥をかかせたら、駄目なんですよ?」

 紫十郎は左手で片目を押さえる様に頭を抱える。全く人の話を聞かない妄想少女、この世にはここまで対処しようが無い生き物が果たしているのだろうか。彼女はある意味、彼のルームメイトである変人・ゼス=ルシカよりも始末が悪い。ここ十数年前に帝国議会で成立した、ヴェルフェニアの法治国家の結晶たる帝国人権法を引き合いに出すまでも無く、ヴェルフェニアも例に漏れず女性に手を上げるのは無条件に悪であると言う風潮がある。時には暴力を用いた方がすんなりと事が運ぶのはどの世界でも知られているが、その相手が女性だとそうもいかないのだ。

 男女の差異と言う奴は、何時の時代も何処の世界でも本当に厄介なのである。ともかく。

「自分を女だと思う程度の自覚があるなら、言葉くらい選べよ」

 紫十郎の回りには当然だが、いきなり「女の子に恥をかかせたら駄目だ」と言って「わたしを貰ってくれ」「責任を取れ」などと言う知り合いはいない。身内にも、学友にも。

「何の事ですか。文法上の用法に間違いは無い筈です」

 彼の言葉がまるで理解出来無い、彼女はそう言外に言っている。その態度には冗談めかした雰囲気も、彼の揚げ足を取ろうと言う皮肉なニュアンスも無い。あくまでも真剣で尚且つ話が通じていない、噛み合っていない。ヴェルフェニアの公用語を覚えて出稼ぎに来た外国人と話している様な違和感がある。なのに発音も文法も目立った粗が無いのだ。

「まあ良いか。国語の授業じゃない」

「じゃあ、責任取って下さいね」

 話が振り出しに戻った。基本的な所から始めねばならないらしい、面倒な事に巻き込まれたと内心では思いつつ紫十郎は話を前に進めた。

「故意と過失の違いは分かるな」

「馬鹿にしてるんですか。わざとと、ついやっちゃった、って事でしょう」

「俺の場合は完全に後者だ、だから責任は君にある。と言う訳で、もう俺は部屋に戻るぞ」

 踵を返して来た道を帰ろうとした所で、紫十郎は彼女に袖を掴まれて歩行停止を余儀なくされる。彼女はと言うと、不満顔で眉間に皺を寄せて彼を睨んでいた。納得がいかないらしい。

「何だ」

「名前。まだ、あなたの名前を聞いていません」

 一瞬の逡巡は賞賛されるべきであり、非難の対象にはなるまい。彼女の様な変人に名前を教えたくない、普通はそう考えるだろうしそう対処する為の切り返しを探して動揺するだろうから。紫十郎の立ち姿には如何なる動揺も無く、嫌悪感情も湧き上がっては来ない。無論、彼の視線は微動だにしない。彼女の存在自体に呆れはしているものの。

「幽 紫十郎だ」

「かすか、しじゅうろう。紫十郎さんですね。わたしはアルミナス=リエンと言う者です」

 言い終えると彼女は――リエンは深々と頭を下げ、不意に吹き込む風に身震いした。

「今日は冷えますね、紫十郎さん」

 いきなり名前で呼ばれる謂われなど無いが、それが実害となる訳では無かった為に彼は放置した。それよりもリエンの独特な思考ルーチンの方が余程問題視されるべきであろう。

「この時間に、中庭で石畳に素肌を押し付けていれば誰だって冷えるだろうよ」

 彼女が着ているのは体育の授業に使うジャージでも私服でも無く、制服である。膝上から数センチ短いスカートの先からは、彼女の太股やふくらはぎが見える。これで体温が奪われない身体の構造をしているならば、それは人間では無いだろう。彼女が人間ならば、今の今まで気付かなかった事に対する驚嘆を贈るべきであろうか。

「どうしてそれを言ってくれないんですか、風邪ひいてしまうじゃないですか」

「どう説明すれば理解出来るんだ、お前は。俺に文句言う前に立ち上がれ、寒いんだろ」

 紫十郎の投げ遣り感たっぷりの科白に、益々ヒート・アップし喚き立てるリエンを彼はすっかり持て余し夜の中庭で途方に暮れた。