カウンターアタックは、予期せずに食らうと物凄く効果があるということを実感した。
あのときアイシアが放った「口撃」に、半ば不意打ち状態だったとはいえ、確かにボクは強いショックを受けたのだと――芳乃さくらはそう思った。
なんて分からず屋なのだろうと見下げ果て、導こうとした相手に匙を投げた。
過ぎたことを今更取り繕っても始まらないが、それでも、自分は傲慢だったと理解する。
あのときのボクにもう少し度量があればと、そんな回顧に身を委ねられるのは今があるから。
…………今?
今は――
魔法使いの見る夢
「うにゃっ!?」
目を見開く。余程素っ頓狂な声だったのか、隣の青年が驚いたような顔で立ち止まった。
「どうかしたのか、さくら」
「……あれれ、お兄ちゃんだ」
「おいおい、歩行中に白昼夢か? 俺はさっきから一緒にいるだろ」
人を惹きつける優しい苦笑い。朝倉純一に間違いなかった。
夕陽に照らされた風見学園本校の制服は、帰り道を並んで歩いていることに他ならない。
そこで自分の服装に気づき、さくらは再度目を見開いた。
「わっ、ボク制服姿だよ!?」
ノースリーブの夏服。上着など、少し動くだけでおへそが見えるほど小さめのサイズだ。
「なんで?」
「なんでって……そりゃ学校帰りだからに決まってるじゃないか」
「そうじゃないよ、だってボクは――」
言いかけて、詰まる。
どうしてなのか、困ったことに、数秒を経過しても言葉は続かなかった。
今は夏休み明けの初日で、生徒である自分は一月半ぶりの登校を終えた帰りなのだ。
「さっきから何か変だぞ。どこか調子でも悪いのか?」
「な、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ……心配は無用でござる〜。火事と喧嘩は江戸の華だからノープロブレムなのさ♪」
「何人だよ、お前は」
「にゃははは。ハーフだけどクォーターでもあるのだ」
とりあえず笑って誤魔化した。こういうのは得意だ。
人生経験豊富というわけでもないが、人より早く精神面を成熟させる必要があった。
だから、でもないのだけれど、子供らしさを繕うのは簡単であって難しくもある。
「と、そんなこんなでいつの間にか、食う寝るところに住むところへご到着ー」
ごく普通な家屋の朝倉家と、純和風の外観をした芳乃家。仲良く並んでいる姿は意外にミスマッチしているといえるだろう。
「そういや明日から土日だな。よし、久しぶりにデートでもするか」
人の好い笑顔を向けて、爽やかにそう切り出したものだから、さくらは思わず面食らった。
「デート? 誰と?」
「俺の前にはお前しかいないだろ」
きっぱり口にされて、余計に目を丸くする。
夏休みの間に音夢公認でデートをしたような覚えがあるが、何故か判然としない。
「てっきり喜ぶとばかり思ってたんだが、もしかして用事でもあるのか?」
沈黙をどう受け取ったか、純一の顔はほんの少しばかり怪訝そうだ。
「そんなことないよ。でも……音夢ちゃんに悪いかなって」
「音夢? まあ確かに一人置いていくのは忍びないが、前もって知らせておけば美春あたりと会う約束でもするだろ。そもそも俺とお前の話になんであいつの名前が出てくるんだ」
「お兄ちゃん、それ本気で言ってる?」
「本気って……あのなあ。さくら、今日のお前はやっぱ少し変だぞ」
「ヘンじゃないよ! だって――」
声を荒げたものの、やはり言葉に詰まる。
おかしいのは自分のほうなのかという漠然とした不安が滲み出てきて、怖い。
必死に気を落ち着けようとしていると、近くで人の気配がした。
「兄さん、さくらちゃん。家の前でなに立ち話してるんです?」
「音夢ちゃん!」
「なんだ音夢か、驚かせるなよ」
「なんだで悪かったですね。それとも、人に聞かれて困るような話でもしていたんですか?」
口を尖らせてご機嫌斜めになる朝倉音夢。さくらがハッとしたように近寄った。
「聞いてよ音夢ちゃん。ボク、お兄ちゃんからデートを申し込まれちゃったんだよー」
途端に険しくなる薄い翠の瞳を見て、期待が浮かばずにはいられない。
純一には気の毒だが、悪ふざけなのだとしたら相応の反省はしてもらうべきだ。
「兄さん? それ本当ですか」
「な、なんなんだその目は……せっかくの土日にデートしちゃいけないのか?」
「はあ、やっぱり忘れてる。――週末は大掃除をするって約束だったじゃないですか」
ぎょっとしてうろたえる純一。
溜息をついてこめかみに手を当てる音夢。
期待が外れてぽかんと大口を開けるさくら。
三者三様。
「じゃあ掃除は土曜にしますから、さくらちゃんとのデートは日曜ということにしてください」
「デート前日に大掃除かよ……」
かったりぃとぼやきかけて音夢に睨まれる純一だった。
「悪いさくら、そういうわけだからデートは日曜な」
目の前でデートデートと連呼されて軽く呆けていたが、純一に謝られて我に返った。
今度はさくらが険しい目つきで音夢を見上げる。
「音夢ちゃんはそれでいいの!?」
「えっ? それはまあ、兄さんが他の女の子とベタベタしてるのを見るのは、あまりいい気分じゃないけど……」
きょとんと首をかしげる音夢。続く言葉は決定的なものだった。
「でも、兄さんとさくらちゃんは恋人同士なんだし、妹としては、兄の恋路に口を挟むつもりはありません」
「ボクとお兄ちゃんは……恋人同士……だったんだ」
愕然とした呟きに、純一と音夢はいよいよ困惑を強くするばかり。
気が遠くなりそうになるのをこらえ、さくらはゆっくりと心の中で深呼吸をした。
「うわーい、お兄ちゃんとデートだーーーーーーーーっ!!」
「わっ、こら、いきなり抱きついてくるなっ」
「にゃはは、あまり嬉しかったから喜びをチャージしてたんだよ♪」
「もうー、兄さんもさくらちゃんも、そういうことはよそでやってください!」
目一杯の笑顔で純一に抱きつくさくらだったが、内心はとても複雑だった。
深い溜息をつきながら家に帰ると、玄関に見知らぬ靴が二足並んでいるのが目に入った。
「さくら、お帰りなさい。今日は遅かったんですね」
アッシュブロンドの髪とルビーの瞳をした北欧少女が出迎えた。
一瞬、目が点になる。
「あ……アイシア!!」
こんがらがった線が綺麗な一線に解けた感覚。もどかしさのあまり靴を脱ぎ散らかして駆け寄ると、そのままの勢いでアイシアを自分の部屋に引きずり込んだ。
「わ、わ、わわ……っ! ど、どうしたんですかさくら」
「どうしたもこうしたも、君が原因だね!? どういうことなのかちゃんと説明しないと、遠山桜と大岡裁きと破れ奉行がトリオでお沙汰を下しちゃうよっ」
「い、痛いです、離してください! 急にそんなこと言われても何が何だかさっぱり分かりません!」
「しらばっくれたって……」
無駄と斬り捨てようとして、逆に手を緩めた。嘘をついているという顔ではなかった。
アイシアは隠し事が得意というタイプには見えないし、それはたぶん間違ってないだろう。
してみると無意識の成せる業といったところか。
「自覚がないっていうのが、一番タチが悪いんだよね」
「いったいどうしたんですか。なんだか変ですよ」
「君にまで言われると結構凹むなぁ……って、そういえばなんで君がボクの家にいるの?」
「なんでって、私はさくらの家に居候させてもらってるからじゃないですか」
「ああ、そういう設定なんだ……」
ぼそっと口走る。根本的な原因は分からないが、なんとなく読めてきた。
「するってえと、君がボクに弟子入りを果たすって寸法かい?」
「? もしかして弟子にしてくれるんですか!」
「えっ、あ、ううん、それは断ったはず、だよね」
どうやらそこまで強引ではないらしい。少し安心したが、魔法享受云々が答えというほど単純でもないようだ。
対照的に、アイシアはがっくりとした表情を作ってお茶うけに手を伸ばした。洋菓子と和菓子の混在した、和洋折衷のお茶うけだ。
「ところでさくら、今日はどうして遅かったんです?」
「お兄ちゃんと日曜にデートすることになって、その話で遅くなったんだよ」
シナモンスティックを頬張っていた北欧少女の双眸が、さながら意志を宿した宝石のようにきらきらと輝きを放つ。
「そうなんだ……よかったですね、さくらっ。夏休みの間は、みんなで遊ぶことが多かったから、久しぶりに純一と二人きりのデートを満喫できるじゃないですか♪」
「なんか……妙に嬉しそうだね」
それは小さな違和感なのか、それとも大きな違和感なのか。
翌日。
朝倉兄妹が大掃除に励んでいる昼日中、さくらは縁側に腰を下ろしてぼんやりと庭を眺めていた。
現状で判明していることは以下の三点。
今は夏休み明けで、自分――芳乃さくらも風見学園本校に通う生徒である。
芳乃さくらと朝倉純一は恋人同士で、朝倉音夢も妹以上の感情を持っていない。
アイシアが芳乃家に居候している。
この中だと、やはり純一と恋仲ということが重要な位置を占めるのではないか。
「あと付け加えるとすれば」
視線を移し、はらはらと舞い散る桜の花びらに焦点を合わせる。
昨日は気づかなかったが、桜は当たり前のように初音島全土で咲き誇っていた。
「ねえアイシア、この島の桜は何年前から枯れなくなったか知ってる?」
桜を見つめたままで声を投げかけると、畳の上で大の字に寝転んで扇風機の風を受けていたアイシアが、のっそりと上体を起こした。
「ええと、確か九年前でしたっけ? さくらのおばあちゃんが植えた魔法の樹なんですよね」
「そうだよ。そして、今は枯れているはずなんだけど」
「枯れてるって……咲いてるじゃないですか」
「ボクの言う「今」は、いまこのときを指しているんじゃないよ」
ここで初めて後ろを振り返る。眉根を寄せて首をかしげているアイシアと目が合った。
「君はこの状況がおかしいと思わないの」
「何がおかしいんですか? 私には分かりません」
「だろうね……無自覚なら無理もないか」
だから全ては明日だ。
明日、このおかしな事態の一切合切を終わらせてみせる。
「さくら昨日の夕方から変です! いったいどうしちゃったんで――」
最後まで口にする前に、近寄ってきたさくらに手を取られた。
「天気もいいし、散歩に出かけよう♪」
「えっ、と……散歩?」
「いい場所知ってるんだ。二年前に、ある人の後を追いかけて見つけたんだけど、景色や見晴らしがとってもワンダフルなんだよー。アイシアもきっと、「ぜっけぇかな、ぜっけぇかな〜」って両腕を広げたくなると思うよ」
「ちょ、ま、わっ、手を引っ張らないでください」
破顔一笑とはこのことか。一転して態度を軟化させたさくらに引っ張られるアイシアの表情は、次第に綻びが強くなっていった。
日曜。初音島にある遊園地、さくらパーク内に、純一とさくらの姿はあった。
景気づけにジェットコースター。
ぴったり寄り添い雰囲気つくるお化け屋敷。
身体ほぐしに屋内プール。
気分も心も回るコーヒーカップ。
各種定番コースからマイナーなものまで、二人で紡ぐ楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
そして、夕暮れに染まった観覧車が最後のアトラクションとなる。
「はあぁー、今日は楽しかったけど、さすがに疲れたな」
「んもう、お兄ちゃん若いんだからー。ボクはまだまだ元気一杯だよ?」
「なんか文法的に色々間違ってないか。とゆーか、お前も疲れてるんだろ」
「はにゃっ、よく分かったね。ひょっとしてこれが阿吽の呼吸? ボクとお兄ちゃんは、いしんでんしーん♪」
「どこから突っ込めばいいのやら」
「うわっ、ダイタン! でも、ボク、お兄ちゃんになら……突っ込まれてもいいよ?」
「どっちが大胆なんだよ……ああもう、お前は本当にかったるいやつだよ」
ぐしゃぐしゃと頭をかき撫でられ、くすぐったそうに微笑むさくら。
観覧車も既に半周を越えて降下に移り、純一はそっと華奢な両肩に手を添える。
意図を察したさくらは、ほんのりと頬を赤く染め、そして――悲しげに口元を和らげた。
「さくら……?」
顔を近づけようとした純一は、思わず眉を寄せて腰を戻す。
「ごめん。嬉しいけど、それは駄目なんだ」
「ダメって……」
「嬉しいよ。お兄ちゃんと恋人同士としてデートして、そんな時間を目一杯愉しんで……とっても幸せだよ。でも……やっぱり駄目なんだ」
こうして喋っている自分は、きっと泣き笑いのような表情になっているのだろう。
胸が、ちくちくと痛んだ。
「本当はデート開始直後に終わらせることもできたんだ。でも、お兄ちゃんの顔を見たら、お兄ちゃんがボクのためだけに笑ってくれて、ボクだけを見つめてくれる……そう思ったら心が揺らいじゃったの」
どうしてだろう。現実じゃないと分かっているのに、二年前に心の中で決着をつけたはずなのに、それでも、目元に光るものが溢れてくる。
「だからこれは、弱くて嘘つきなこのボクにできる精一杯のこと」
涙で視界が滲んでよく見えないが、それはさくらにとって好都合だった。
純一がどんな顔をしているか明瞭になったら、決意がまた揺らぎかねない。
「たとえ夢でも、ボクはとても嬉しかったよ。ありがとう――お兄ちゃん」
地上に着く観覧車。落日の残照が、少女の顔を紅く染め上げた。
空が蒼茫と暮れなずむ頃、芳乃家の縁側に立つアイシアは、ひとつの異変に目が釘づけとなっていた。
「桜が枯れ始めてる――どうして?」
庭に生えた桜の樹からとめどなく散り落ちてゆく花びら。
いや、初音島中の桜が枯れ果てていこうとしているのだ。
「ボクが楔を解いたから、この世界が不安定になってるんだよ」
「あ……っ」
芳乃さくらという名の少女が、桜の雨の下を歩いてひっそりと姿を現した。
「さくら……その目は」
「人間は感情の動物だからね」
泣き腫らしてぐしゃぐしゃになった顔を薄く微笑ませるさくら。
そして徐に目を据わらせ、アイシアを直視。
「この世界は現実じゃなくて夢なんだ。それもただの夢じゃない。――これは、魔法使いの見る夢」
「夢? 何を言って――そうだ、純一とのデートはどうなったんですか」
「今はそんなことを気にしている場合じゃないよ。君の知りたい答えを教えて、アイシア。この世界を構成している要はそこにあるはずだから」
「そんなこと、なんかじゃありません! さくら、純一とのデートはどうなったんですか!?」
「どうしてそこに執着するの……あ」
そこでハッと思い当たる。もしかして、いや、もしかしなくてもそれか。
「デートは楽しかったよ。でも、最後にはお兄ちゃんと…………別れた」
別れた、という一言を口にする寸前の逡巡は、いかなる想いの発露によるものだろう。
そんなさくらの心情など知らぬアイシア、暫し呆然としていたが、
「なんで、どうしてっ!」
「たとえ夢でも、越えちゃいけない一線があるんだよ」
「う、嘘です! そんなの嘘です……さくらは嘘つきだ!!」
憤然とした抗議。それが最後の楔を解き放った。
『嘘だ! そんなの嘘だ! さくらは、本当はまだ純一のことが諦められないんだ!』
「そっか……それが、君の知りたかった答えなんだね」
「あ――」
アイシアも思い出したようで、潮が引くように、激情が急速に薄らいでいった。
困惑の相を浮かべる少女を優しく凝視し、さくらはそっと口を和らげた。
「どうしてボクがこの容姿のままでいるのかって、そう言ったよね」
無言で頷くアイシア。冷や水を打たれたように気持ちが平静を得ている。
「良心の呵責っていうのかな……二年前の出来事がボクの中で尾を引いていてね。そんなボクを、音夢ちゃんは、優しく抱き包んでくれた。その瞬間にわだかまりは氷解したんだけど、それで心から安心できたっていえばいいのかな……」
一旦、言葉を切って、少し考える。
「ごめん、うまく表現できないや。ただ、アイシアの言った理由じゃないことだけは確かだよ」
「でも……」
「分かってる。そのことについて、ボクは君に謝らないといけない。君の指摘も間違ってはいなかったから」
あまりに真剣な眼差しと声音だったものだから、アイシアは、さくらの名前を口にしただけで、言葉を飲み込んだ。
庭から縁側に上がったさくらが、アイシアの手を取って、深い紅玉の瞳に、藍玉の碧眼を重ねた。
「君の言うとおり、ボクはお兄ちゃんのことを諦められないでいた。そしてそれは、君が魔法の桜を復活させた要因の一つになったんだ」
だと思う、かもしれない、という言葉尻を意図的に排除して、断言した。
風が二人の間を通り抜け、次の瞬間、全ては桜吹雪の中に溶けていった――
さくらの視界に広がったのは、質素な旅館の一室と思しき部屋だった。
布団をかぶったまま身を起こし、掛け時計に眼をやると、時針は正午を指していた。
隣でアイシアも目を覚ましたようで、寝ぼけまなこをごしごし擦っている。さくらは、うーん、とひとつ背伸びをすると、クリアになった思考で現状把握に努めた。
今は晩秋。紅葉の落ち葉が味わいを見せ始める季節。
二月ほど前、アイシアは初音島のみんなの記憶から自分の存在を消すのと引き換えに、魔法の桜を枯らせた。人の気持ちが分かるようになり、人を幸せにする魔法使いとしての自覚を得た彼女は、初音島を後にして旅に出ることにした。
さくらは、同情なのか責任を感じてなのか、彼女を独りにはさせず、自身もその旅に付き合うことにしたのである。
理由として「義理と人情秤にかけりゃ、義理が重たいこの世界。されとて旅は道連れ世は情けなのだ♪」と答えたときの、アイシアの呆気に取られた表情は、今思い出しても愉快この上ない。
そして二人は日本本島へ渡り、とりあえず片田舎の小さな町に足を運んで、現在に至る。
昨夜、たまたま初音島の話題になったのだが、そのときに、当時解決されなかった燻りが無意識下で再燃し、魔法使いの夢として発現したのであろう。
「あの、さくら……」
アイシアの顔は、とてもばつが悪そうだった。
「気にしなくてもいいよ、ボクにも問題があったんだから」
爽やかに苦笑して、さくらはアイシアの肩をぽんと叩いた。
「ごめんなさい……ありがとう」
「そんな言葉が出るようになっただけでも、成長したなって思うよ」
「むー……もとはといえば、さくらがそんな風に上から物を見るからいけないんじゃないですか」
「もう、ちょっと褒めるとすぐこれだ。大体君がもう少し物分かりのいい子だったら、ボクだって冷たい態度を取らずに、素直に心を開いてたんだからね」
「さくらが私の考えを否定して、偉そうに説教ばかりしてこなかったら、私だって反発なんかしませんでした」
「ああ言えばこう言う」
「それはこっちのセリフです!」
真紅と蒼穹の瞳が睨みを含んで交錯し、暫くして、お約束のように笑い合った。
「話を戻すけど、君が気にすることはないよ。むしろボクは、君とのわだかまりも解消できて、逆に胸のつっかえが取れた気分なんだ」
そう、実に清々しい、澄んだ青空のような清涼さとすらいえる。
そこまで感じたところで、ふと、引っ掛かりを覚えた。
「……あれ?」
どうして自分のほうがこんなにすっきりとした気分を味わっているのだろう。
本来ならアイシアこそがそれを前面に押し出して然るべきではないのか。
そもそも、いくら魔法使いの端くれとはいえ、まだまだ未熟なアイシアが発現させた魔法使いの夢が、あそこまで自分に影響を及ぼせるものなのか。
思い返す。あの夢は、実際は、誰にとって都合のよい世界だったのか。
だとすると――
「さくら、どうかしたんですか?」
「……っ!」
きょとんとしたアイシアに声をかけられ、さくらは思わずビクッと肩を震わせた。
心を落ち着けて、落ち着けて、小さく深呼吸をひとつ。
それから、ゆっくりと振り向いてみせる。
「アイシア、アタカマの巨人って知ってるかな」
アイシアは首を左右に振った。
「チリ北部のアタカマ砂漠に存在する、全長八十メートルもある地上絵のことだよ。――その近郊に、イキケという街があるんだけど……イキケって名前はね、マプチェ語である言葉を意味しているの」
「あの、さくら……何が言いたいんですか?」
「えっとね――今回の件で、あらためて分かったことがあるんだ」
アイシアは軽く首を捻って訊いた。――なんですか?
「自分に嘘はつけないってこと」
とさくらは、困ったような笑顔を見せた。