1.竜宮レナ




 窓の外では日がゆっくりと沈もうとしている。赤光が差し込む教室で、レナは思い出に浸るように長年使い込まれた机に手を乗せていた。

 ――雛見沢分校。ここで自分が学ぶのも最後になるのだと、感傷に浸る彼女の表情は、その実穏やかだ。

 何故だろうと不思議になる。少し考えて答えは出た。

「……楽しかった、もんね」

 思い出す。部活メンバーと深謀智略の限りを尽くした日々を。惨劇の夜と呼ばれたあの日の事を。

 いつも一緒だった。いつまでも一緒だと幻視したことすらある。

 だから泣くことはない。あと少しすれば興宮の高校に通い、新しい日々に自身が塗りつぶされていくことになろうと、むしろそんなに変わらないのではないかとも思う。

 ――会えなくなるわけではない。引越しするわけでもないし、行動範囲が少し広がるだけだ。

 ただ、昨年卒業していった魅音と詩音のことを考えると、雛見沢の皆と過ごす時間はぐんと減ることになるだろう。それが少し寂しい。

 そんな取りとめもない思考。それを打ち破ったのは不意に開いた教室の扉の音だった。

「……ん? ありゃ、レナじゃないか」

「圭一君……?」

 目の前には自身の少なからず想う所のある少年……否、もう青年と呼んで差し支えのない逞しさも備えている彼の姿。

 そんな彼が苦笑しながら近づいてくる。夕暮れに照らされたその姿を見ていると、レナの心臓は早鐘のように鼓動を刻んだ。

「……どうやら、考えることは同じか」

「そうだね。……ちゃんと、お別れしようと思ったの。圭一君も?」

「ああ……世話になったから、さ」

 そう言って圭一はレナの隣の机を撫でる。彼の指定席であった場所だ。

 また来ることは出来るだろう。だが、ここで学ぶのは今日で最後なのだ。圭一もレナも同じ想い、そして、それは一つのケジメであった。

 ――だからこそ。そんな区切りである今日という日が、レナの背中を押したのかもしれない。

 出会った時から、惹かれていた。デリカシーの少々欠けている少年ではあったが、いつのまにか、その背中は頼れるものへと成長していた。

 いつか言おうと思っていた。でも機会は来ず、秘めていた。ずっとそのままでも、ある意味構わないと思ってもいた。

 自分が他人と違うところ、レナは自覚していた。――大切だ、大切だからこそ見守っていたい。それに届かなくても満足できる。

 そんなことはないと言う人もいるだろう。勿論一般論には決して当てはまらぬことも知っている。だが、"そういう人間も確かに居るのだ"とレナは確信を持っていた。

 だが、見守るだけの自分が、今ここで言うはずのなかった言葉を圭一にぶつけようとしている。これも一つのケジメだろうかと、そう思う。

 図らずも夕暮れの時刻というのが彼女の味方をしていた。きっと自分の頬は緊張と興奮で真っ赤にそまっているとレナは思った。

「――ええと、あの、レナは、圭一君のことが……好き、です」

 だから告げることが出来た。告げられた相手は数瞬呆けていたが、何度か咳払いをし、自身を取り戻すと、今出来る精一杯の形で返事をしてくれた。












「……うん。だから、ちょっとだけ泣いちゃうのはしょうがないかな。……かな」












 ――今日でこの本心を覆い隠す口調はやめにしようと、レナは涙に誓った。












 いくらか泣いて、いくらか呆けて、日が完全に落ちようとする頃。

 不意に教室の扉が開いた。圭一が戻ってくるはずはない、レナは誰だろうと視線を向けると、そこには自称罠の達人。思い出の姿よりも幾分か成長した彼女――北条沙都子の姿があった。

「……ぜぇ、はぁ……レ、レナさん、丁度よかったですわ。け、圭一さんの姿を見ませんでしたこと?」

 息を切らせて駆け込んできたその姿は、なんというか、演技でもなんでもなく、お持ち帰りしたいほど可愛らしいものだった。

 ――あぁ、恋する乙女というのはこういう姿のことを言うのかと、肩で息をする何ともワイルドな乙女姿だが、レナはそう思った。

 何せ、今日という区切りの日に想いを寄せるであろう少年の姿を追い求めて走り回っているのだ。彼のことを見つけた時、沙都子がどういう行動に出るかは容易に想像が尽く。

 涙が枯れて幾分か老け込んだというか大人になったレナは、あくまで真摯に圭一のことを伝えた。

 ――先ほどまでここに居たが、今はどこに居るのかは分からない。次の行き先も聞いていない、力になれなくてすまないと。

「い、いえ……それならいいのですけど。では、急ぎますので。どうもですわ」

 ぺこっと頭を下げると、途切れがちな息を整えるように数度深呼吸をして、そして走り去った。

 そんな後姿に、レナは少しだけ嫉妬した。圭一の為にあそこまで必死になれるひたむきさが羨ましいのか、或いは可能性が残されている彼女自身が羨ましいのか。そのどちらかはレナには判別できなかったのだが。

「……まぁ、いいよね。こんな日くらいは」

 そんなもやもやした気持ちを吹き飛ばす為に、レナは一歩を踏み出した。

 向かう先は園崎本家。自身の一番の親友の居るであろう場所へ。

 ……こんな日なのだから。少しくらいのどんちゃん騒ぎも許容されて然るべきだと、レナはここ最近では一番の狡猾な笑みを浮かべて、教室を出たのであった。




















 2.園崎魅音




 園崎魅音は一世一代の覚悟でその場所に佇んでいた。

 雛見沢分校からの帰り道。丁度園崎本家と圭一の家の帰路が分かれる場所。

 自身にとっては一年も前にその意味をなくしてしまった場所だったが、今日この日に限ってはとても重要な意味を持つ。

 通学路の帰路でもあり、今現在の魅音にとっては人生の岐路でもある場所である。

「大丈夫……大丈夫ったら大丈夫……今日の占いは最高にラッキーだったんだから……負けるな魅音、勝つんだ魅音、ふぁいおーっ」

 既に何かが崩壊している感すらあるが、彼女にとっては真面目も大真面目、一世一代の勝負の時なのである。

 本来ならば去年の今頃、自身の卒業時に想いを伝えていたはずだった。無論その為の手も打った。だが、自分の勇気が足りず、散々周りに迷惑を掛けた挙句、想いを伝えられなかったのだ。

 さすがにあの時は自身の情けなさに反吐が出そうになった。詩音の責めるような視線もいっそ心地よかった。むしろいっそ殴ってくれという感じでもあった。

 マゾですかお姉ぇは、という詩音の冷静な突っ込みがなければ危なかったかもしれない。

 ……閑話休題。

 とにかく、そういう経緯の元、一年間耐え忍んでこの時を迎えているのである。

 言うまでもなく魅音の緊張は最高潮、ブーストハンマーも真っ青な加速度、物理法則を超えてもおかしくないジェネシックなのであった。

 そして、g=9.8という公式を危うくも超えそうになった時、彼の姿は魅音の目の前に現れた。

 詩音の情報通り、何も問題は無い。圭一は校舎に別れを告げる為に学校に行った帰り、この場所を必ず通過する。

 そして現れた。妙に複雑な面持ちをしているが、間違いなく前原圭一その人である。

「……魅音?」

「けけけ圭ちゃん」

 アウチ。やってしまった、何だそのどもりは、情けないにも程があるぞ園崎魅音。と自分を叱咤してみるものの、時既に遅く、圭一は妙に緊張している魅音を訝しげに見つめている。

 だが引けぬ。機会と勇気を持つのに一年待ったのだ、精神衛生的にもこれ以上の遅延は許されない。何より詩音が今回に限ってはいたく真面目に協力してくれたのだから、その想いだって無駄には出来ない。

 自己弁護という鎧を何重にも着込みつつ、魅音は精一杯の勇気を振り絞って言葉を続けた。

「あ、あのね……圭ちゃん。は、話があるんだけど!」

「あ、ああ……なんだ、どうしたんだよ」

 自身の顔色は相当凄いことになっているのだろうか、圭一が鎮痛な面持ちにすら見えてきた。

 というか確実に体調を心配されている。

 だが、その向けられる心配こそ好都合。魅音は16年の生涯の中で一番の勇気を振り絞り、想いと共に言葉を放った。












「――わ、私……その、け、圭ちゃんのことがね、すすすす、好きなんです!」












 恥も外聞もない。正直みっともないが深い想いの乗せられた言葉。あの園崎魅音がうつむいた顔を真っ赤に染め、それでもキッと正面を見据えた告白。

 ――ああ、こんなに想いを告げられた自分は幸せものだと。

 魅音は圭一の返事を聞きながら、充足感に包まれつつ――――その場にぶっ倒れた。












 次に目を覚ましたのは夕日も地平線に沈もうとしている頃。数十分ぐらい後だろうかと、魅音は妙な冷静さで状況を分析していた。

「お姉ぇ……起きましたか?」

「あれ……? 詩音?」

 気づくと、自身の頭が詩音の膝に乗せられている。何で膝枕、しかも往来で、と突っ込みどころは満載なのだが、どうやら岐路のすぐ脇の草むらまで移動されているようだとわかる。

「いやぁ……振られちゃったねぇ。しかも倒れるなんて情けない」

 はっはっはと出来るだけ明るく笑ってみせる。無論そんな強がりは詩音には筒抜けなのだが、どうしても今の自分にはこれ以外の行動は取れないと魅音は内心で思う。

 下手にしんみりすると泣く。そりゃもう派手に泣く。

 噂の早い雛見沢でそんな醜態をさらせば一発でアウトだ。というか双子の妹に往来で膝枕の時点で駄目なのかもしれないが、そこは思考の隅に追いやって考えないようにした。

「まったくです。お姉ぇは間が悪すぎます。もう少し朦朧としててもいいから意識があれば、圭ちゃんのお姉ぇを心配する必死な姿が見られたのに」

 いやそこかよ、と魅音は心の底から突っ込みたかったが、これはこれで気を使ってくれているのだろうし、何より自分が倒れたことで圭一が心配してくれたというのは悪い気分じゃない。

 ……無論、痛む心の方がウェイトを占めているにしても、だ。

 そうして姉妹で阿呆なことを言い合っているのもよかったが、そういえばと魅音はある存在のことを思い出して立ち上がる。先日興宮の親戚筋から手に入れた秘蔵の酒類の存在を。

「さってと……詩音。今日はとことん付き合ってもらうからね?」

「って、私本家に出入り禁止喰らってるんですけど……お姉ぇ、引っ張らないでくださいよっ!」

 鬼婆の雷がぁー、と叫んでいる詩音の襟首をつかんで半ば引きずる形にする。こうすれば少しの間は泣くことができると、姉として最後の意地を張ってみた魅音であった。

 ――が、そんな彼女等の目の前に闖入者が一人。

「はぁ……ふぅ……ちょ、丁度よかったです魅ぃ。け、圭一を見かけませんでしたか?」

 あの惨劇の夜より少しだけ成長し、美少女としてより存在感を放つようになった少女――古手梨花が目の前に居た。

 なんというか、その様子で何かを察した魅音。立ち止まる彼女に不審な声をかける詩音を尻目に、魅音は梨花に告げる。

「あーうん、多分だけど……圭ちゃんは――」

 あくまで彼女の予測ではあると前置きした圭一の現在の居場所と、それに――――励ましの言葉やらなんやらを。

「まぁ、がんばりな――」








 魅音の言葉に応えた梨花はすぐに走り出す。日は既に暮れていた。足元に気をつけるように注意したかったが、夜闇に消えていくその姿は必死で、可愛らしく、その機会を失ってしまった。

「……よかったんですか、お姉ぇ」

「――へっ、あったりまえのこんこんちきってね。この園崎魅音を見くびってもらっちゃ困るよ」

 そんな所で乙女に徹しきれないのは損なんですかね、得なんですかね……と詩音の嘆きが聞こえた気もするが、魅音は気にせずに歩き出す。

 そうしてふとレナの顔を思い出す、彼女にも付き合ってもらおうと閃いた。

 今夜の自分の相手は、詩音だけでは苦しいかもしれないから。

 もしかしたら自身と同じ状況に陥っているかもしれないレナの顔を思い浮かべ、魅音は酒の追加発注の勘定をしながら、家路へと帰っていった――。




















 3.北条沙都子




 ――遡ること一時間ほど。

 一番の親友同士の二人であるはずの沙都子と梨花。その両者がいつにもなく真剣な面持ちで対峙していた。

「……今、なんと言いましたの梨花」

「み〜〜〜。いつまでもこのままでいいのですか、と沙都子に聞いたのです」

 梨花はいつもの笑みを浮かべては居たが、目が少しも笑っていない。対する沙都子もそんな梨花の様子に気づいている。唇をへの字に結んで思案顔だ。

 梨花の言う事は理解できる。図らずながら……というかまぁ自分が圭一に想いを寄せているのは認めてもいいと沙都子は思案する。

 確かに圭一の雛見沢分校卒業の日だし、大きな区切りの一つといえばその通りだ。だが、一つ分からないのは……。

「何故、私が梨花に迫られるようにして逃げ場を失っているのかが納得いきませんわ」

「……沙都子はこういう話になると逃げるからですよ」

 そんな梨花の正面切った言葉に何か反論しようとするが、思い当たる事実ばかりが脳裏を掠めて言葉が出ない。

 呻き声しか出せない沙都子を尻目に、梨花の瞳は真剣さを増していく。これから告げることは何よりも本気だとその視線が語る。

「これは一方的な宣言です。沙都子がこれを聞いてどうするのかは自由ですよ」

「な、何を……」

 ――そうして前置いて、梨花は語る。望んだ未来への曖昧さは罪だと言わんばかりに。

 あの時から、二人とも成長した。身体的にも、精神的にも。周りから見れば児戯に等しい恋物語だとしても、100年を生きた魔女である梨花にとってはそんな言葉では済まされない。

「私は――古手梨花は時計の針を回すことを望むですよ。沙都子は未だ、今を望むですか……?」

 み〜、と悲しげに梨花がお決まりの声を出す。

 "楽しかった皆"は今日で終わりだ、本当なら去年魅音達が分校から居なくなった時に終わっていたのかもしれないが、自分たちにとっては今日が終わり、そして始める時なのだと。

 根元は変わらない。部活メンバーはこれからも仲良く喧嘩するだろうし、偶になら一同が会する機会もあるだろう。

 だが、時は進む。世界は回る。絶望の扉に閉じられた世界はここにはもう、無い。

「……みっともない話だけれどね。100年を生きた魔女である私が、初心な子供のように頬を染めて想いを伝えるだなんて状況。何の悪夢かとも思うわ」

 でも、と。梨花はずっと沙都子にだけは見せなかった顔をして、普段とは違う透き通る声色で続ける。

「全てを賭けるわ。勝負というつもりはない、これは私だけの想いだから。貴方には貴方の想いがあるでしょう――沙都子?」

「あ、ぅ……り、梨花」

 言うべきことは言ったと、梨花は踵を返す。――行ってしまう、と沙都子は彼女に気圧されながら思う。何か返さなくていいのかと自問する。

 けれど、沙都子にはその後姿に声をかけることはできなかった。今日だけは優しくない親友は、そのまま立ち去ることを望んでいる気がしたからだ。

「……行かなくては」

 何処に、とは自分に問う必要はなかった。探すのだ、ただ想い浮かんだ人物を探せばいい。

 伝えるべき言葉は胸の裡に。勇気は……あるのかどうかはわからなかったが、勢いに任せてしまえばいいと割り切った。

 ――そう、北条沙都子はここで立ち止まることを、望まない。




















 4.古手梨花




 辿り着いた、と梨花は自身の途切れがちな息を整えるようにして思う。

 村中を駆けずり回ってしまった。自身の勘で簡単には会えない気がしていたが、スタート地点がゴールとなっているならば当然だ。

 ――古手神社、その境内。果たして目的の人物は佇んでいた。

 圭一を探す途中で引っかかる事項がいくつかあったような気もするのだが、それを深く考える余裕は今の梨花には無い。

 故に、正面突破。用いる方策はそれのみである。ただし、焦らず、あくまで余裕を保って。

 遠くに見えていた圭一の姿が近づいていく。その距離が詰まると共に、ふっと脳裏を掠める幾多の思い出。

 彼が狂気の呑まれる世界はいくつもあった。彼が原因で他の者が狂気に呑まれる世界も同様に多かった。しかしその反面、彼の頑張りで少しずつ可能性は広がっていった。

 良くも悪くも、という表現がある。それがぴったりと符合する少年であった。

 いつからだろう。精神が磨耗しきったはずの自分が、希望を抱くようになったのは。自身の終わりが近づいていると自覚しながら、彼が本当の奇跡を起こした時からだろうか。

 ほんのりとこの胸を灯す優しく暖かい想いは。そんな時に生まれたのだろうか。

 ――そして、絶望を超える。明日という名の未来を手に入れる。全員で起こした奇跡だ。けれど、圭一がいなければ自分はそれを信じることができなかっただろう。

 故に、この想いを、伝える。大げさでも何とでも言えばいい、だが、未来を勝ち取る。

 そのための一歩を、踏み出した――――。












「……貴方を、愛しているわ。圭一」
「……ボクは、圭一のことが好き、ですよ」












 きっと一生忘れない。想いを伝えた瞬間の、彼の顔を。その場の雰囲気を吹き飛ばすような、目をまんまるに見開いた顔を。

 ……思わず、吹き出してしまったのだから。本当に、格好がつかないという話だ。




















 閑話.北条沙都子 その2




 ぶっちーんと、自分の中で何かが切れる音がした。100歩譲って自分を炊き付けたことは赦そう。思惑は色々とあれど、梨花が自分のことも考えてくれたことには違いない。

 だがしかし、なんだあの可愛い顔は。自分にすら見せたことがない、本当に頬を染めてもじもじして頑張っている梨花。

 ……このとき沙都子は、圭一に先んじて告白している梨花か、初めてみた真の乙女と化した梨花を見れている圭一か、どちらに嫉妬しているのか分からなくなっていた。

 というかそんな細かいことは関係なかった。自身の脳が下した判断は『Dash and
Go』。思考も挙動も留まることは一切許されない暴走特急。

 そして、悲劇は起きるべくして起きた。

「すとっぷですわぁ〜〜〜〜っ!!」

 後に知る。この時にはもう想いは告げられていて、自分の行動は道化にすぎなかったことを。

 だが――そんなことは今の沙都子には露ほども関係なく。

 加速した勢いは止めきれず、加速した想いも留めきれず――――その身は風となりて、圭一へと特攻した。

 ずどぉーん、みたいな擬音が、その場に居たのなら聞こえただろう。それだけの勢いを伴って、沙都子と圭一はもんどりうって数メートル先に吹っ飛んだ。

 沙都子の思考が衝撃で闇に包まれていく。千切れたソレを繋ぎとめて意識を失う前に何かを告げた気もするが、彼女がそれを知るのは目を覚ました後の話。

 そして、場に残るのは静寂と、

「……倒れ際に沙都子を庇っているのが高ポイントです、圭一。み〜〜」

 取り残された梨花の冷静な突っ込みだけだった、合掌。




















 終話.前原圭一 〜 One month ago




「……まぁ、あそこまで情熱的な告白は後にも先にもあれっきりだろうなぁ」

 ――古手神社の境内。その中でも景色がよく、雛見沢を一望できる場所で、ビニールマットの上に色とりどりのおかずが広げられている。そんな昼の光景。

 今や生徒会長である魅音、同じく副会長である詩音、手伝いで同行しているレナは学校にて生徒会の会議。議題は迫る体育祭についてらしいのだが、予算の振り分けがうまくいかず、右往左往しているらしい。圭一も本来ならばそちらに手伝いに行っているはずだったのだが…。

「こっちが先約なのですよ〜」

 み〜、と楽しそうに鳴きながら圭一の隣に座る梨花が弁当をつつく。

「そ、そんなことより、圭一さんが私を苛めますわ梨花ぁ」

 梨花の隣に座る沙都子が圭一の視線を受けて泣いたふりをする。無論そんなものは見破られているのだが、この場に於いては味方を一人でも増やすほうが先決だ。

 よしよしと梨花は沙都子の頭を撫でるのだが、その表情は微妙に笑いを堪えている感が見え隠れしている。

「くっ、私の味方はここにはいませんのね――!」

 梨花のなでなでを振り払って沙都子ががつがつと弁当を食べはじめる。俗に言うヤケ食いだ。

「……なぁ、梨花ちゃん」

「み〜?」

 もぐもぐぱくぱくと食べ続ける沙都子を見守りつつ、圭一は梨花の隣に改めて座る。どうしても聞きたいことが彼にはあった。

 対する梨花は相も変わらず、圭一との関係が少しだけ変わったはずなのに、彼女はいつもの笑顔だ。

「あの時は一杯一杯で分からなかったけど、今考えるとちょっとおかしいんだ」

「……何がですか、圭一?」

 言葉を切って圭一が梨花を見つめる。ここでぽっ、とか頬を染めて誤魔化すこともできたが、梨花は敢えてその視線を正面から受け止めた。

「タイミングが良すぎないか?」

 一言。ただその一言で、後に続く言葉はなかったが、梨花には圭一の言わんとしたことが理解できた。

 あの卒業の日。確かに告白の切っ掛けとしては有りか無しかで言えば大いに有りだ。けれど――

「……その質問には、偶然である上の必然。としか答えられないわね」

 魔女の方である梨花が答える。何となく、その質問に答えるにはこちらの方が都合がいい気がしたからだ。他意は存在しない。

「沙都子に関しては炊き付けたのは認めるけれど……レナと魅音は、なるべくしてなった、とでも言うのかしら。ともかく、貴方が考えているような事はないわ。……梨花だって年頃の少女だもの」

 まるで自分の事ではないかのように言う梨花。だが、圭一は知っている。目の前の彼女は100年を生きる魔女であり、その上で恋を夢見たりもする少女なのだと。

「……そうか。悪い、邪推だったみたいだな」

「み〜? 圭一は悪くないのですよ。ボクもちょっと出来すぎだとは思うのです」

 圭一は梨花の暗躍を疑い、梨花はその答えとして溜まりに溜まった想いが些細な切っ掛けで吹きだしたのだと答える。

 当然の帰結ではあったが、タイミングが良すぎるのも考え物だという事なのかもしれない。

「ほらぁ、梨花も圭一さんも、全然お弁当が減っていませんわよー!」

 居心地の良い静寂を楽しむ二人に沙都子が声をかける。両者は顔を見合わせて、

「……食べるか」

「み〜。唐揚げはボクの自信作なのですよ」

 笑いあった後、沙都子の頭を二人して撫で、昼食へと戻っていった。

「……な、何なんですの」

 そんな沙都子の呟きは春風へと消えていった。




















 おまけ。 〜 あの瞬間




 青天の霹靂とでも言うべきか、驚天動地の極みとでも言うべきだろうか。

 告白された、レナと魅音に留まらず、ついには梨花ちゃんにまで。

 とても大切な友人以外に見ることができない二人には誠意を込めて断りを入れた。傷つけてしまっただろうが、今の自分にはどうしようもできない。

 だが……目の前の彼女は少し違う、というか自分の中でもはっきりとはしない。

 情けない話だが、素直に伝えるべきだろう。デリカシーに欠けるといわれることもあるが、こういう場面で誠実さをかかすほど自分が阿呆ではないと自負している。






「……分からない、けど。でも、大切だ。友人としてじゃなく、他の何かとして、梨花ちゃんは大切な人だよ」






 困らせてしまっただろうか。傷つけてしまっただろうか。けれど、今の自分にはこれ以上は無いのだ。"答え"が存在しない。

 だが、そんな自分に彼女は笑った。いつもの笑みではなく、本当の笑顔で――。

 前原圭一。これから先数年間はロリのそしりを受ける彼の、人生に於いての岐路が決まった瞬間であった。




















 おまけつー。 〜 あの瞬間そのに




「すとっぷですわぁ〜〜〜〜っ!!」

 慣れ親しんだ声。刹那、強烈な衝撃。傾きゆく景色の中で、咄嗟に沙都子を庇えたのは僥倖だった。

 地面に叩きつけられる、が、何とか意識は保っている。

 青空が見える。その途中で見慣れた顔も見える。沙都子だ、と意識するには数秒かかった。どうやらかなりの衝撃だったらしい。

 このままでは意識を失うのも時間の問題だと、妙な冷静さで構える。

 そして、意識が闇に捉われていき、消えてなくなる瞬間。






「……にーにー、ずっと、ずっと私の傍に居て欲しいんですの……ううん、圭一さん、私の傍に――」






 何て嬉しい言葉だろうと、胸が暖かくなった。

 ――あぁ、返事ができたらいいのに、と圭一は思ったが、その時点で意識は尽きていた。

 嗚呼、青春かな。
















 ひぐらしのなく頃に - after the fact -
















 自分しか居ないのだと思っていた。

         それが貴方の思い違い。

 今が終われば世界も終わるのだと思っていた。

         それが貴方の罪。

 次への願いは、当然のことだと思っていた。

         それこそが絶望の扉。

 一番愚かだったのは――

         ――望んだ未来への曖昧さ。








 ――だからこそ、彼等は決意をした。些細な切っ掛けに想いを乗せて、時計の針を動かす決意を。