とある男女の会話録




 なあ天野さんや、そんなに怒らなくてもよいではないか。


「明日一ヶ月ぶりのデートなのに強引に私の家に泊まりに来た、デリカシーの欠片も無い相沢さんに私から言うべき言葉は……聞きたいですか?」


 ごめんなさい、俺の天野が壊れる場面を見たくないです。


「どんな場面を想像したんですか」


 首を掻っ切るポーズの後中指立ててファッキンジャップと叫ぶアメリカン天野。

 ごめんごめん超ごめん、だからその手に持った禍々しい薙刀をしまいなさい。女の子がそんなのもの振り回すな。

 ちょっとしたジョークじゃないか。いつも溜め息つきながら言葉攻めしてくる天野はどうしたよ。

 うおおっ、薙刀のカバーを取るな!恋人を亡き者にする気か!?


「相沢さんはもっと女性に対する対応を学習してください」


 何を言いやがるかその口は。お前の観察眼は穴あきチーズかコノヤロウ。

 いいかよく聞け、俺がいかにジェントルメンであるかを。身近にいる女性を例にして教えてやる。

 まずあゆだな。奴が何も無い地面で転びそうになった時、俺は身を呈して庇ってやったさ。天野も見ていただろう?


「その後月宮さん、相沢さんがからかいすぎたから泣いてましたね。女性を泣かせるなんて論外ですよ」


 名雪には空になった苺ジャムを、このクソ寒い中俺が率先して買いに行ったじゃないか。天野も知っているだろう?


「水瀬先輩の家に泊まりに行った時ですね。確か相沢さんはトウガラシジャムを代わりに買ってきて、

 見事引っかかってしまった水瀬先輩が怒って、相沢さんは次の日トウガラシジャムしか口にしていませんでした」


 栞には最近絵のモデルに付き合ってやっているんだ。天野も見ていただろう?


「寝ていただけでしょう。しかも美坂先輩の肖像画をボロボロに非難して、傍にいた美坂先輩本人に全治一週間にされていませんでしたか」


 真琴には早急に社会適応できるよう、勉強を教えているじゃないか。お前もやっているだろう?


「常識問題を教えている時、相沢さん7割方嘘ついてますよね。教え直しているのは全部私です」


 舞には……あー……そうそう、差し入れを何度も持って行ってやったんだ。天野も見ていただろう?


「差し入れ……ですか?」


 夜中の校舎では腹が減ると思ってな、ちょくちょく差し入れを持って行ったんだ。

 あれ、天野、今薙刀握り締める必要は無いぞ。カバーもついてないじゃない───


「夜の学校で、川澄先輩と、何を、していたのですか、相沢さんは!」


 ひいっ!天野の眉間に皺が!ちょっ、刃を近づけるな、切れる、切れるから!刃が食い込んでるから!

 そうだな、なんと言うか、密会とかそんなんじゃないんだぞ……そう、サバゲだ!

 サバイバルゲーム!あの時はサバゲがマイブームで、舞とはサバゲをやっていたんだ。いやーあの頃は恐れを知らなかった!


「嘘、じゃないですよね?初耳なのですが」


 真実は小説よりも奇なりだ。当時の様子を小一時間、ゲームの様子を語ってもいいぞ。俺と舞の武勇伝を、天野は全て受け止めきれるか?

 撃った弾の数から飛び散る汗の描写まで事細かに再現できる自信があるが?

 年上とはいえ女の子相手に負け続けたのは相当な屈辱だったからな。忘れようにも忘れられないぜ。


「……すみません、相沢さんを疑ってしまいました。相沢さんなら本当にやりかねませんから」


 天野が話を聞いてくれるいい子で助かった。でもちょっぴり傷ついたよ、俺は。

 ……あぶねー。舞の事は流石に話せないからな……


「何か言いましたか?」


 いやいや何も。で、これだけ言ってもまだ俺の紳士っぷりが照明できないのか?


「紳士も何も、相沢さんは私に対しての気配りがまるで出来ていません。致命的な重症です」


 天野の、か?これだけ天野に愛を囁いているのにまだ不安と申すか。


「だったら彼女の前で他の女性を会話に出さないで下さい」


 あ。


「その……折角の二人っきり、なんですから。全部とは言いませんが、もっと私だけ見てください」


 あう。


「わたしだって女の子なんですから、それも相沢さんの彼女なんですから。もっと甘えさせるような状況にして下さい」


 じゃ、じゃ、じゃあ、我慢しないで甘えればいいじゃないか。俺は寧ろ歓迎だ。


「強引に女の子の部屋に押し入って、泊まるなんて言い出す暴漢に甘えられません。

 時計が見えますか?もう11時50分ですよ?相沢さんが来た時間はこの15分前です」


 だってよう、俺が寝る前に真琴が俺のベッドに潜り込んで寝ちゃってるんだよ。

 無駄に幸せそうな寝顔で頭に来たから、顔にビジュアルロックバンド真っ青なメイクを書いてやったんだけど、あまりにリアルに書きすぎて後が怖くてな。

 悩みに悩みぬいた末に、天野なら迎え入れてくれるだろうとフルスロットルで来たわけさ。以上、言い訳終わり。


「相沢さんが言うと本当に聞こえるので怖いです」


 ということで、ここへの寝泊りを許可してください。

 ちなみに、天野の両親には俺の真摯な説得により了承済みだから、あとお前だけ。


「拒否した場合はどうなりますか?」


 明日の三面記事に凍死体発見の記事が掲載される事になるな。よかったな天野、お前16歳にして早くも未亡人を体験できるぞ。

 おいおい、愛しの恋人と同じ時を過ごせるのに、その盛大な溜め息は何だよ。


「相沢さんがいかに非常識な人間かを再確認しただけです。拒否権は無いという事ですね。分かりました、許可しましょう」


 おお、さすが天野!伊達に最近自分のおばさん臭さに悩んだ挙句、脳力トレーニングに手を出した事だけはあるな!


「え、ななな、なん、何で相沢さんが知っているんですか!?」


 情報入手先はプライバシーにより非公開だ。まあ細かいことは気にするな。天野の意外な一面を知るのは最近の楽しみなんだ。

 布団は……当然押入れか。おお、ちゃんと干されている。グッジョブ天野家。

 しかし時間が時間だ、布団を敷いていては周り近所にご迷惑であろう、毛布だけ借りるぞ。


「はぁ……しかし、今日の相沢さんはどうしたんですか?やけにハイテンションですね」


 そう言う天野こそ、やけに冷静だな。年頃の男の子が部屋に入ってきているんだぞ?

 恋人になってから天野を初めて俺の部屋に通した時はかなり緊張したものなのだが。


「相沢さんの突発的な行動への対処は慣れています。それに、今回の場合驚く暇も怒る暇もありません。

 ……これでも、結構ドキドキしてるんですよ?」


 ほう。では証人は証拠を提示せよ。


「どこかの危ない教主様のように両手を広げた相沢さんに、私は何をすればいいのでしょうか?」


 胸に手を当てるわけにはいくまい、抱きしめて確かめる。さあカモン天野。


「……いいですか相沢さん。繰り返すようですが、雰囲気というものを───」


 遅い。捕縛。


「むっ───ぷはっ、あの、ああ、相沢さん!強引過ぎます!」


 どれどれ、本当にドキドキしてるな。まるで心臓だけがヘイスト状態だ。


「……相沢さんも、ドキドキしてますね。すごく強くて、すごく早いです相」


 そりゃそうだ。恋人の部屋に初めて入ったら誰だってこうなる。

 おっと、もう残り3分か。


「はい?」


 天野、明日は何の日だ?


「明日、ですか。私と相沢さんとで、誕生日記念のデートをする日ですよね」


 そう、天野の誕生日だ。さて問題。今からちょうど一ヶ月前、最後のデートをした時の話。

 天野は誕生日を祝ってもらえるならどんな男がいいって言ったでしょう。制限時間は明日になるまでだ。


「……もしかして、あの時の言葉憶えていたのですか?冗談だったんですよ?」


 その割には目がマジだったな。天野は俺が思った以上にドリーマーだった事に驚いた。

 実践してる俺が言うことじゃないけどさ、これ、今時どんなバカップルもやらんぞ?


「ッッ!!憶えてません!!」


 じゃあ俺が代わりに言ってやろうか?


「結構です。自分がどれだけ恥ずかしい台詞を言ったか、この残り3分で自己嫌悪しますから」


 嫌いにならなくていい。


「……………即答しましたね」


 ……こうして16歳の天野を抱きしめられるのも残り1分半だ、悔いを残さないようにしっかり抱きしめないとな。

 おっ、更に早くなった。もうヘイストに飽き足らずクイックだな。


「相沢さんこそ」


 あん?


「また早くなりました。相沢さんにも恥ずかしいという感情があることを再確認しました。とりあえず安心です」


 分かるか?


「はい。相当無理──してますね」


 うん。そろそろ限界近い。


「……………」


 ……………


「……………相沢さん」


 あと30秒。手短に話せ。


「正直に言うと、相沢さんと付き合って後悔しています。言動は非常識ばかりで周りの目を気にしない場合さえあります。

 私はいい迷惑です。変人の彼氏として世の中を歩いて行かなくてはならないので大変です」


 運がいいな、天野は。


「でも、それ以上に悪いのは、相沢さんが私と別れさせないように───あっ」







 時間だ。17歳の誕生日おめでとう。


「えっ、あ、ありがとう……ございます」


 えー、誕生日になった直後に、一番最初に最愛の人から「おめでとう」を言ってもらう。その後は───コレだったな。


「だから声に出さないでくださ───えっ?」


 ぷれぜんとふぉーゆー。値段は聞くな。頼むから。指のサイズを測った方法も秘密。


「あの、ここまで、本気ですか?」


 本気も本気、真剣と書いて『ガチ』と読むくらい本気。


「私、おばさん臭いですよ?無愛想ですし、友達も少ないです。

 川澄先輩や倉田先輩みたいにスタイルよくありませんし、水瀬先輩や月宮先輩みたいに可愛げもありませんし……」


 知ったことか。天野が受け取らないと意味が無い。この瞬間のためだけに、こつこつ一ヶ月頑張ったんじゃないか。

 見た目はまだ安物の一ヶ月ものだが、いずれ三ヶ月ものにしてみせる───

 ……天野?おい、泣くなよ。ここは嬉し恥ずかしでクールに突っ込むのがお前の役目じゃないか。


「最高に嬉しいとき、泣いていけませんか?そんな酷な事はないでしょう」


 いや、いやそうだけどさ、あ、あああ、天野?今日はもう遅いから寝ないか?

 俺が寝るにはお前が手を離してくれないと眠れないぞ?デートに遅刻したらつまらないだろう?

 今日は違う部屋を用意してもらってるからさ、そこで寝るよう天野の親父さんからきつく言われてるから


「嫌です。離したくありません。離れるくらいなら今日はずっと起きています」


 おいおい、さっきから天野は我侭だなー。俺、約束破っちゃうんだけどさー。


「相沢さん。男に二言は無いですよね。それに、ここまでその気にさせて、逃げるのですか?」


 相沢祐一の辞書にそんな言葉は存在しておりません!俺の発言記録は改ざん三昧なんだよぅ。


「知りません。幸せすぎてちょっとおかしくなってます。責任取って直してください。もっと甘えさせてください」


 あー……今日眠れるかな……ごめんなさいお父様、俺は彼女が可愛いゆえに、貴方との約束を破る悪い男です。

 俺の中の獣が暴走しないよう、祈っていてください。俺も全身全霊をかけ、この幸せに耐え切ってみせましょう。

 じゃあ電気消すぞ?天野はベッドで、俺は床で寝るから……はいはい分かったよ分かりましたよ、俺も一緒に寝ますよ。

 断っておくが、嫌じゃないからな。ただこの先がどうなるか分からない───


「─────」


 ───ハァ。参ったよ天野、お前には敵いそうもない。俺も完璧に腹くくったよ。覚悟が足らなくて悪かった。

 さて、今日に備えて寝ますかね。背中合わせだぞ、これだけは譲れないからな。

 うし、それじゃあ、








 おやすみなさい。そしてハッピーバースデー、天野。