「もうあの子が……真琴が居なくなってから、二回目の春が回ってきたんですね……」


暦の上でも四月に入り、桜もちらほらと咲き始め。

真琴が望んでいた季節、春を感じる頃になってきた。


あの子は今頃、おおはしゃぎであの丘を駆け巡っているのでしょうか。


そんな事を考えながら、真琴が消えてからの一年と少しを振り返る美汐。

あれから、少しずつ、少しずつではあるが、自分が変わる事が出来ているんじゃないか……と美汐は思っている。


まだまだ少ないけれど、親友と呼べる友人が出来た。まだまだその人達くらいにしか見せられないけど、心からの笑顔を見せられるようになってきた。

――好きだと思える人が出来た。

強くあろうとする彼の背中を見ながら、歩いて来た。いつか、共に歩ける様になりたいと思った。


いつか彼から聞いた真琴の願い。

『けっこんしたい。そうしたら、ずっといっしょにいられる』

同じ想いを持ってしまった自分を、あの子はどう思うだろう。


……今度、丘に行ってみようか。休みの日に、受験勉強の息抜きも兼ねて。



そんな事を考えながら過ぎていた天野美汐の平穏な日々は、慌しい呼び鈴の音と共に破られた。

何でしょう、と思いながらパタパタとスリッパを鳴らし、玄関に向かう美汐。

玄関をガラッと開けると、そこには。


「大変だ天野!」


血相を変えた、想い人の姿があった。














咲き誇る季節















「どうしました、相沢さん? そんなに慌てて……と、凄い汗ですね」


走って来たらしく、息を切らしている祐一。


「ちょっと待っていて下さい」


一旦台所に戻り、冷やしてあるお茶とタオルを一緒に持ち、祐一に手渡す美汐。

落ち着いた頃を見計らい、美汐は祐一に尋ねる。


「それで、どうしたんですか、相沢さん」

「秋子さんが……秋子さんが小さくなっちまった!」

「……はい?」










「みなせあきこ、五歳です!」

「…………」

「な?」


口が開いたまま塞がらない美汐。そこに居たのは、髪を片側に編みこみ、落ち着いた笑顔を湛える妙齢の美人……ではなく、髪型は同じだが、弾けるような笑顔の、活発そうな女の子だった。


「それでこんな書置きがあったんだ」


美汐は、祐一から書置きを受け取ると、目を通す。そこには短くこう書いてあった。


『ちょっと子供時代に戻って来ますので、今日一日よろしくお願いします 秋子』


戸惑いながら、書置きと女の子を見比べる美汐。


「これは……でも……えーと……」


幾つか選択肢を考えつつ、ふと思い出した事を祐一に尋ねる。


「そういえば、水瀬先輩は?」

「大学の陸上部の見学に呼ばれててな。あれでも一応期待の星らしくて。俺を起こしたら直ぐ出て行っちまった」


祐一の説明はこうだ――。

今日も休みという事もあって、いつもの様に夜更かしをして、昼まで寝ていた。いや、寝ていようとしたのだが、突然名雪に起こされた。時計を見ると午前十時。寝させろ文句を言おうとしたら、有無を言わさず居間に連れていかれた。

すると、そこに女の子が居て、名雪は『よろしくね、祐一。用事終わったら直ぐ戻ってくるから』と言って出て行ってしまった。そして、どうすれば良いのか分からず、女の子に家でじっとしているように言いつけ、美汐のところに助けを求めに来た、という訳らしい。


「……大体事情は分かりましたが、秋子さんが何も言わず、書置き一つ置いて……というのが少し解せないところではありますね。事前に言伝などは無かったんですか?」

「俺は何も聞いて…………」


思案する祐一。首を捻りながら記憶を探る。すると。


「あ」

「心当たりがあったんですね」

「そういえば名雪が、明日どうとか言ってたような……テレビに夢中で内容覚えてねぇや」

「はぁ……どうやらその事で間違いないようですね」


溜息を漏らす美汐。全く、いい加減なんですから……と。

けれど、真っ先に自分のところに助けを求めに来たという事が少し嬉しかったり。

まあでも、とりあえずは。


「どうするんですか、相沢さん」


あきこと自己紹介した女の子を見る。


「どうするも何も、少なくとも名雪が帰ってくるまで面倒を見るしかないだろう」

「そうですか。それでは、頑張ってください」


その本心とは裏腹に、回れ右をする美汐。

都合の良い女だなんて思われたくない……なんて事は微塵も考えていないけれど、名雪という名前が出た事に、少し意地悪をしたくて。


「ちょっと待て天野! 俺一人じゃ無理! 頼むから手伝ってくれ!」


仔犬の様な目で見てくる祐一に、くすっと笑って、仕方ないですねと言いながら手を差し伸べる美汐。


「分かりました」


と、満面の笑みで答えるのだった。















しかし、そうは言ったものの。


「相沢さん、子育て……とまでは行かないものの、子供の面倒を見たご経験は?」

「全く。天野は?」

「十年程前に一緒に遊んだ……というのはともかく、面倒を見たという事は無いです」


あきこに自己紹介した後、少し離れてた場所に居た祐一に問う美汐。答えは予想通りの物だった。

これで、二人揃って手探りの状態で進めなければいけなくなったという事だ。

救いがあるとすれば、数時間後には事情を知っているであろう、名雪が帰ってくるという事だが、逆に言えばその時間まで帰って来ないという事である。

それでもまあ、二人居る事だし何とかなるだろう、と楽観する事にした。

前向きな気持ち……それが、美汐がこの一年で身に付けた大切な物だ。悲観しても始まらないなら、楽観して始めよう、そう思えるようになった。


「とりあえず相沢さん」

「ん?」

「あきこちゃんと一緒に遊びましょう?」

「……そうだな」










美汐は、祐一と話している間、所在無さげにぽつんと座っていたあきこに声をかけた。


「ねえあきこちゃん、何をしてお遊びしたい?」


するとあきこは嬉しそうに言った。


「おえかきー!」










そして、美汐と祐一とあきこの、美術の時間が始まった。


「あきこちゃん! そこに描いちゃ駄目ですよ!」

「えー、なんでー?」

「うっわー! 床がカラフルに!」

「相沢さん! 叫んでる暇があるなら雑巾持って来て下さい!」

「お、おう!」



最初の内は、紙の上にその溢れる才能を発揮させていたあきこも、描く場所がだんだん少なくなって行く内に我慢出来なくなったらしく、祐一と美汐が目を離している隙に、水瀬家の床に前衛芸術を爆発させてしまっていた。

慌ててあきこを止める美汐と、雑巾を持ってきて床を拭き始める祐一。しかし、ようやく床が綺麗になった頃、あきこが美汐の元に来てスケッチブックを手にこう言った。


「美汐お姉ちゃん、もっとお絵描きしたーい」


どうやら画用紙が足りなくなったらしく、右手に持ったクレヨンをぶんぶんと上下に振り、放って置けば再び惨事を起こしかねないあきこ。


「相沢さん、その辺に裏が白いチラシとかありませんか?」

「うーあー……これとかどうだ」

「あ、はい。これなら大丈夫です」


あきこに片面印刷のチラシを渡すと、あきこは再び絵描きに夢中になっていった。

このタイミングなら落ち着いて話せるだろう。そう美汐は感じ、ぐたーっとリビングのソファーに座っている祐一の横に腰掛ける。


「お疲れ様です、相沢さん」

「おー……天野もな……子供があんなにパワフルだとは思わなかった……」

「女の子だからまだマシな方ですよ。男の子はもっと凄いですから」

「げー」


舌を出して、本当に嫌そうな顔をする祐一。その気持ちは分からなくも無いけれど。


「子供は結構敏感なんですから、あの子の前でそんな顔しちゃいけませんよ、相沢さん」


窘める美汐。子供というのは、大人が考えている以上に大人の事を見ていたりするものだ。大人の身では危なくない事でも、子供がやると危ない事というのは案外多かったりする。だからこそ、大人は気を付けて接しなければいけないのだ。


「分かったよ、我慢する」


むぅ……と、祐一は顔を引き締める。極端から極端に走る祐一の姿に、微笑ましさを感じ、くすくすと笑う美汐。


「なんだよ天野、人の顔見て笑うなんて失礼だぞ」

「すいません……ちょっと。でも相沢さん?」

「ん?」

「私の前でだったら、幾らでも先ほどのような顔をなさっても結構ですから。力を入れっぱなしでは、直ぐ疲れてしまいますし」


美汐の言葉に、肩に入った力を抜く祐一。感心した様に呟く。


「面倒見た経験が無い割には、結構慣れてるなぁ」

「少しだけ、興味があったんですよ。それに、何度か親戚の子を預かった程度の事はしていますし」

「うーん……じゃあ天野、俺よりは子守り経験豊富なお前に聞くんだが」

「はい、何でしょう?」

「もうそろそろ、あきこが絵に飽きそうな感じがしてるんだけど、次どうする?」


祐一の言葉に美汐があきこの方へ向くと、そこにはクレヨンを置いて、テレビにジーッと見入るあきこの姿があった。


「そうですね……教育テレビの子供向け番組がやり始めるのは夕方ですし、少し早いですが、お昼御飯にしてしまいましょうか」

「ん、分かった。料理は任せて良いよな? というか俺に任せたりしないよな?」


どことなく不安げに聞く祐一。


「私が作りますので、大丈夫です」


かつて祐一の友人から、祐一は料理なんて出来ないと聞いた事がある。流石に、子供に食べさせる料理を未経験者に作らせる訳にも行かないだろう。


「その代わり、あきこちゃんを火の元に近付けさせない様にきちんと見張ってて下さいね」

「了解」


美汐は料理が出来るし、祐一も少しずつ子供の扱いに慣れてきた。この配置が適材適所という訳である。










祐一があきこの面倒を見ている間、美汐は台所に立ち、献立を考えていた。


材料は色々あるけれど……簡単な炒飯にしてしまおう。あまり材料を使ってしまうのも気が引けるという物だ。

材料は卵とチャーシューとネギと御飯。

フライパンを煙が出るくらいに暖め、薄く油をひく。先に軽くチャーシューを炒め、更に戻しておく。その後、卵を入れじゅわーっという音が上がると、どうやら後ろで見ていたらしいあきこと、何故か祐一までおーっと声を上げた。


「美汐お姉ちゃんすごーい」

「すごーい」

「可愛くありませんよ、相沢さん」

「ひどーい」


卵が半熟になったと同時に御飯を投入。火力が弱い家庭用のコンロでは、あまり火から離すと温度が下がってしまい、パラッと美味しく出来上がらない。その為、美汐は火から離さぬよう前後にフライパンを揺すり、焦げない様に右手のお玉でかき回す。

あとは先ほど炒めておいたチャーシューと、既に切っておいたネギを入れ、塩コショウ醤油で味付けして出来上がり。


「相沢さん、お皿出してもらえますか?」

「ほいほい」

「あきこもやるー!」


さっきは憎まれ口を叩いてしまったものの、誉めてもらう事はやはり美汐も嬉しくて。


「おまけ……と」


祐一の分は、少し多めに盛ってしまう美汐だった。










「満腹満腹ー」

「まんぷくまんぷくー」


祐一がお腹を叩き、満足そうに言うのをみて、真似をするあきこ。まあ、このくらいはいいですよね、と、洗い物を片付けながら、二人の姿を見る。

そしてふと思い出す。それはあきこの事。

何となく過ごしては居るが、そもそも最初は祐一が『秋子さんが小さくなった!』と言う事で始まったのが、今の、まるで新婚夫婦みたいな時間である。


「新婚夫婦……」


自分で言っておきながら照れていれば世話が無いが。それにしても、人が小さくなる事なんてありえるのだろうか? 奇跡の中に居た自分が言うのもどうかとは思うが、とてもあるとは思えない。恐らくそれは祐一も気付いているのだろう。『秋子さんが小さくなった!』と言ってきたのも、照れが素直に助けを求めさせなかったのではないか。

まあ、あのメモから考えると、多分……。


そこまで考えて、首を振る。


例え違ったとしてもいいではないか。今こうして楽しい時を過ごせている。多分この夢はあと数時間で終わってしまうだろう。それまで、あの小さな天使がくれた夢の時間を楽しもう。




















「…………」

「…………うぐぅ」

「たのしいね、これー」


土塗れのリビングと、祐一とあきこ。


「言い訳を聞きましょうか、相沢さん」

「ちょっと、昔懐かしい泥団子なぞを作って見せようかと思いまして……」

「……相沢さんは着替えた後、リビングを掃除して下さい」

「いえっさー!」


直立不動で敬礼をする祐一。そして、敬礼を解くとおずおずと美汐に尋ねてくる。


「……で、天野はどうするんだ?」

「この子をお風呂に入れてあげるしかないでしょう。このまま遊んだら、家の中が泥だらけですよ? とりあえず、お風呂にお湯を入れて来ますから、相沢さんは着替えて来てください」

「……うす」










十数分の後。


「あきこちゃん、お姉ちゃんと一緒にお風呂で綺麗になりましょうね」


ようやく風呂にお湯が溜まり、入れる様になった。

美汐があきこを誘うと、あきこは大はしゃぎで飛び回る。


「わーい、お風呂お風呂ー! お兄ちゃんも一緒に入ろ!」

「え、いいのか?」


これ幸いとダッシュで着替えを取りに行こうとする祐一。


「あ・い・ざ・わ・さ・ん?」

「すんません、調子乗ってました」










かぽーん。

と音がする訳ではないが、あきこと美汐は体を洗った後、ゆったりと湯船に浸かっていた。

美汐は、その控えめな胸に乗ったあきこの頭を撫でる。

いつか子供が出来た時は、毎日こういう風景を見られるのだろうか。


そうしてぼんやりと幸せに浸っていると、突然、今まで目を細めながら撫でられていたあきこが振り向くと、とんでも無い事を言い出した。


「ねぇ、お姉ちゃんとお兄ちゃんってラブラブなの?」

「ええ!?」


曇りの無い目で美汐を見るあきこ。


どうしよう……違うとは言い辛いけど、そうだよと言って相沢さんに伝わりでもしたら……。


言うべきか、言わざるべきか。美汐が悩んでいると、ふと視界が揺らいだ。


このままではのぼせてしまいますね……。


「えーと、とりあえず上がってから教えてあげるね」

「えぇー」

「このままじゃのぼせちゃうから、ね」

「はーい」










そして、上がった後に、今度は祐一の前で答えなければいけないかと、美汐が戦々恐々としていると。


「天野、静かにな……」

「寝てしまいましたか……」


ホッとしたような、残念なような。


「とりあえず一休みしましょうか」

「だな」


天使の笑顔を見ながら、のんびりと過ごす。


穏やかな昼下がり。ふと祐一がポツリと漏らした。


「すまなかったな、天野。休みの日使わせちまって」

「いえ、得難い体験が出来ましたから、こちらこそお礼を言いたいくらいです」

「そう言ってくれると、余計良心の呵責が……」

「どう言えばいいんですか」


苦笑する美汐。なら、と交換条件を出す。


「それじゃ、空いてる休みの日にでも、どこかへ連れて行って下さい。勿論相沢さんのおごりですよ?」

「う……手加減をしてくれると嬉しい」

「相沢さんの財布の中身は分かってますから、大丈夫です」

「うぐぅ」


それからしばらくの間は、美汐が大学の事を聞いたり、祐一が高校の事を聞いたりして過ごした。

時々会話が途切れる事がある。そういう時は、二人ともただ外を見ながらボーっと過ごしていた。

不快ではない、柔らかな時。そして幾度目かの沈黙が訪れた時、ふと耳を澄ますと、すーっ、すーっという呼吸が聞こえてきた。


「相沢さんもお疲れになったんでしょうね……」


毛布を持って来て、祐一の体にかける美汐。そのあどけない寝顔を見ていると、だんだん美汐の瞼も落ちて来る。


「少しだけ、眠らせてもらいましょうか」


祐一にかけた毛布を自分にもかけ、美汐は祐一の隣で眠りに就いた。














「美汐ちゃん、美汐ちゃん?」


美汐の体が揺らされ、夢の世界を漂っていた美汐の意識が戻ってきた。

目を開ける。夕暮れの逆行に照らされ、そこに居たのは――。















「やはり同窓会でしたか」


秋子の書置きの『子供時代に戻ってくる』というのは、つまりそういう事だった。


「ごめんなさいね、美汐ちゃん。今日はエイプリルフールだし、ちょっとしたおふざけのつもりだったんだけど」


急に入った子供を見ていて欲しいという親戚の依頼。しかし、秋子は同窓会の幹事だった。

当初は名雪が面倒を見るはずだったのだが、大学の予定で駄目になってしまった。

仕方ないので同窓会は欠席しようとしたのだが、せめて昼間はどうしてもと頼まれ断りきれなかった。

名雪が出て行く時間と自分が帰れる時間、およそ二時間程度なら祐一一人でも見れるのではないか、と考え名雪を通して祐一に尋ねたところ、祐一がOKを出した。

そして、名前の読みが同じで、顔が昔の秋子とそっくりな事に気付いた秋子が、ちょっとした茶目っ気で、『小さな頃に戻る』とも取れるあの書置きを残していったという訳だった。


「何となく想像はついていましたが……相沢さんが昨日話をきちんと聞いてれば、ここまで面倒な事にはならなかった気もしますね」


でも、もしそうなら今の状況も無かった気もしますし、良し悪しでしょうか、と一人ごちる美汐。


「でも、お昼に帰れたのならどうして私達が起きている時に帰っていらっしゃらなかったのですか?」

「それは……ねぇ」

片頬に手を当てるいつものポーズ。

「新婚さんの空気を出してたから、ちょっと遠慮しちゃったんです」

「か、からかわないで下さい、秋子さん」

「一緒の毛布で寝てたじゃない」


真っ赤になる美汐。そんな美汐を微笑ましく見ながら、秋子は思い出したように言った。




「そういえば美汐ちゃん、幸せそうな顔で眠っていたけれど」


良い夢を見れたのね、と秋子。美汐は赤い顔のまま、胸の奥にある何かをぎゅっと掴むように両手で握り締める。


「…………はい。凄く幸せな、夢を」




夢――夢を見ていた。それはかつてと違う、けれど一つの奇跡のかたち。


自分と子供が居て、隣にあの人が居る。草原を、緑色の絨毯の上を、狐のぬいぐるみを持ってはしゃぐ子供と、穏やかに笑っている自分。そんな自分の傍らに寄り添う、大好きな人。

彼が笑っていて、子供が笑っていて、自分も笑っていた。そんな涙が出る程に幸せな場所。少し前までは、一生手に入らないと思っていた場所。


ふと見れば、欠伸をかみ殺すあの人。そのボーっとした顔に、これでは遠い未来の話かもしれませんね、と苦笑する美汐。

それでも、いつかは――。


とりあえず今度の休みにでも、今日の約束を使って、あの丘へ彼と一緒に行こう。子供は居ないけれど、夢の風景を少しでも現実に近付ける為に。

夢は、叶えるものだから。


空を見上げる。







蒼天は高く、遥かに遠く。

桜が咲くかの如く芽吹いた、胸の奥の夢の種を、大事に大事にしまいこんで、いつか大輪の華をあの人の前で咲かせられるように。

――季節は、もう春。色とりどりの華が咲き誇る季節。

いつか、あの人に届けよう。私の想いの花束を。