私は歌う。
   人を救うために。





 外は綺麗な星空だった。久しぶりに晴れた空と、その輝いた夜はとても綺麗に見えた。私は今、外の石垣に座っている。
 視線を降ろせば花が咲いているだろう。でも、私は空を見上げる。久しぶりに、綺麗な夜空だから。
 もうすぐ冬も終わり、春に近づいてる。春に近づいているのに、まだ少し肌寒い。
 そう言えば……最近は、仕事が減った気がする。私にとってはよくないけど、人にとってはいい事。

 けれど、これから増える。四月に入ると、増える。私の仕事は、また増えていく。
 仕事が増える。時々、いっぺんに来たりもする。そんな時はみんなで、一緒に動く。
 仕事は多くないほうがいいけれど。でも、人の分だけ仕事は多くなる。
 今も、ずっと多くなる。多くなっている。ただ私には振られていないだけ。
 石垣から下りる。それから、私は歩き出す。時間は、夜の二時。一番何かが起こりやすい丑の時。
 私はポケットから紙を取り出す。それを見て、方向はこのままでいいことがわかった。
 向かう先は病院。それまで、ゆっくりと歩いていこうと思う。






   死神の歌




 都心部は、空気が汚い。誰かがそう言っていた。眠らない町。光がいつでもあふれる。
 私はそれをよく見ていた。遠くで眺める分にはさほど悪いわけじゃないから。
 …どちらかというと、まぶしいのは嫌い。少しだけ目が痛くなるから。
 私は歩みを止める。よく考えたら、この町に来るのは初めてだった。住所があってるとは……
 でも私は歩き出す。もう少し、考えていたかったけど仕事はしなければいけないから。
 今日は仕事の下見。急の仕事が入らない限り、私はしばらく自由。だから、下見しに来た。
 一歩、二歩と踏み出して。私は病院に入った。

 病院の中は静かだった。最小限の電灯をのぞいて、消灯されていた。当たり前の、風景。
 病院だけは、どこもあまり変わらないな。そんなこと、思ってた。
 受付は少しだけ明るくて。でも他の場所は暗くて。これじゃ人は、散歩できないんだろうなって。
 なんだか、変なことをいつも考える。今日は今日でよくわからないことだった。
 目的の病室までは、少し歩く。
 ゆっくりと、私は歩く。いつもどおりに、でもゆっくりに。

 病室に入ると、一人の子供がいた。年は十三歳ぐらい。確かに、これから死ぬ運命だった。
 紙を取り出して、改めて確認する。顔も一致して、名前も一致して。彼は…明後日に冥界へ行く。
 その手ほどきを、私がしなければいけない。それだけ。
 近づく。手が届く位置に。彼は寝ていた。こんな時間だから、かもしれない。
 弱弱しく響く電子音。目を閉じた彼。夜の星は彼を照らしている。
 私は小さくため息をした。私が受け持つ仕事は、みんなそうだ。子供か老人か。
 どちらにしても、みんな優しい人ばかり。だから、少しだけ別れるのがつらくなる。

 私はその場から立ち去ることにした。あれ以上見てると、情がうつりそうで怖かった。
 でもその怖さをいつか、克服しなければいけない。そうじゃないと…仕事ができなくなるから。
 仕事ができなくなれば私は生きることができなくなる。それは……いやだから。
 歩く。今日の昼にもう一度来よう。それから、私は考えよう。
 それまでは……ゆっくりと、していよう。




 太陽が昇る。
 ……少しまぶしかった。木の陰に隠れて、私はもう一度空を見上げた。
 空は水色だった。綺麗な湖が空にあるように、雲一つなかった。
 この町は住みやすい場所なのだろうか。それとも、住みにくい場所なのだろうか。
 まだ時間がある。だから、私はもう少し散歩することにした。
 …後で、日傘を買ってみてもいいかな。とても些細なことを、私は思った。

 都会って人はいうけれど、人の神経がよくわからない。
 石と鉄を組み合わせた建物を、ずぅっと並べて高くしている。
 自動車と人が同じ道を行き返りしている。よくわからないけれど、人はそういうことが好きみたい。
 私には理解できないから。それでも、人は好きだけど。優しい人は、特に。
 だから、私はもう病院に向かうことにした。日傘? 買ってもしょうがないことに気づいたから。

 また、病室の前にいる。彼へのお見舞いしに来た人たちが入っては出ていきを繰り返す。
 その波が途切れた。そのときになんとなく、私は入っていった。
 彼はベッドの上で横たわっていた。あまりよい方向ではない。だから、私が刈らなきゃいけない。
 ふと、目が合った。けれど、死神である私は見えるわけじゃない。それが当たり前のこと。
 死ぬ手前のときに、私のことを見ることができる人はいるけれど。いつも、ちょうど…刈るとき。
 だから、見えない。そう思ってた。

「……お姉ちゃん、ボクのお見舞い?」
「…え?」

 その部屋は、私と彼しかいない。でも、彼は私のことが見えている。不思議だった。
 今は仕事用の鎌なんて持ってない。いつもの服を着て、それ以外は何も持っていない。
 だから、普通にお見舞いの人に見えたのだろうか。花も、持ってないのに。

「…あは」
「……?」
「知らない人でも、嬉しいな」

 少しだけ、心が動く。これから彼を、殺さなきゃいけない。だったら…会わないほうがいいのに。
 でも会ってしまった。多分、容赦なく振り下ろすことはもうできない。
 もっと、殺せるような人だったら容赦なく振り下ろせたのに。子供だから余計に。

「……ごめんね。私、ただ寄っただけだから」
「それでもいいよ。お話したい」

 …私は、彼を。騙す。

 物を動かせるように、実体化する。それから椅子を引き寄せて、彼の側に座る。
 …お話、か。私、あんまりしゃべれないな……

「…何、話そうか」
「何でもいいよ。いっぱい、教えて」

 何を話せばいいんだろう。わからない。

「私…話すことないよ?」
「外の事でいいよ。お話して」

 外。外のこと。

「ここの外?」
「ここじゃなくてもいいよ。遠い場所でも」

 遠い、場所。……ある、けど。どういう風に話せばいいんだろう。
 …とりあえず、やってみよう。

「……少し、南。風が吹くと、草花が歌いだす草原がある。晴れてると暖かくて、ゆっくりできる。
 寝転がると、気持ちいい場所。とても落ち着ける場所。この辺にはない、そんな場所。
 そこから西。綺麗な海に続く川がある。海に出ると、大きな海岸に着く。
 人もたくさんくるし、にぎやかで楽しい場所。みんなが楽しく、あっという間時間が過ぎるの。
 その場所では、日付によっては花火が見れる。大きな大きな、花火。
 遠くからでも見れるけど、とても綺麗なもの」

 少しだけ、思い出してみた。私がここに来る途中に寄った場所。でも、全部用途は同じ。
 死神としての仕事をこなすためにきたから。
 でも、私は彼に嘘をつく。嘘をつく。私が死神であることを隠して。

「今の季節は、もうすぐ春。だからもう少しすれば、桜が見れる。
 今日は暖かいから…明日にも咲きそうだね。この病室からでも、きっと見れると思う。
 そのときは、夜も起きてみるといいよ。月の光に照らされた桜は、綺麗だから」

 なぜだろう。心が苦しい。けれど、私はこうしなきゃいけない気がして。たまらない。
 どうすればいいんだろう。

「じゃあ、ここから見れるね」
「……」

 ふと窓を見た。そこには大きな木があった。ちょうど、枝が分かれている。

「ソメイヨシノ、だって。桜の木には変わりがないから。きっと、咲くんだろうね」
「……そうだね」

 桜の木がそこにあった。ソメイヨシノ。日本に咲く桜の一種だと聞いたことがある。
 桜、といってもたくさんの種類が存在するんだと、私は桜を見て少ししてから気づいた。
 といっても、初めて見たのはかなり前の話。今はちゃんと理解している。
 ただそこにあった木が、桜の木だということには気づかなかったけど。

「…ねぇ、お姉ちゃん」
「なに?」
「明日も、来てくれる?」

 明日。明日も?
 ……いいのだろうか。本当だったら、事前に会うこと自体が許されない。
 何より、死神という存在がばれてしまうから。でも。
 私は、彼をほうっておくことなんてできない――

「……来てほしいのなら」
「ほんと? ありがと、お姉ちゃん」

 嘘を。つきたくなんてなかった。でも。
 これるかどうかなんて怪しいのに。明日急な仕事が入ったら、私はここにはこれない。
 でも。今は、彼を安心させたかった。

「…ごめんね。私、今日はもう行かなきゃいけないから」
「うん、いいよ。来てくれたのが、嬉しかったから」

 本当は離れるのが不安だった。でも、離れなければ…何かがおかしくなりそうだった。
 だから、私は立ち上がる。

「また、明日ね」
「また、明日」

 仕事を、私は忘れそうだったから。
 その病室の扉に初めて触れて、開けて。そして、閉じた。



 私は、どうすればいいんだろう。このまま、彼をだまし続けては…きっと、未練が残る。
 未練が残れば彼は変わってしまう。そのときは……私が殺さなければいけない。
 殺す。彼を。一度ではすまず、二度までも。それは…だめだ。そんなこと、したくない。
 空を見上げた。まだ、日が空にある。人通りは多くても私に目を向ける人はいない。
 見えていないから。

 ……どうしよう。本当に。
 でも、考えても答えなんて出ない。
 せめて。後、一日だけ。
 夢を見させておいたほうがいいのかもしれない。
 私は歩き出す。明日、彼と何を話そう。ただ、それだけを考えるために。
 ふと見上げた木は、まだ咲きそうにない。



 次の日。私は病院の手前まで来ていた。昨日と、同じ時間。
 ただ違うのは、ちゃんと実体化していることだけ。ううん、違う。
 今度は、彼のために見舞い品を持ってきた。花屋に寄って、何か花を探して。見つけてきた。
 入る手順も、知っている。だから、ちゃんと正面から行こうって決めた。
 病院に、足を踏み入れた。

 受付は済ませた。みようみまねでできるものなんだと思った。あまり、難しくない手順だった。
 でも。彼の病室の前は、人がいた。何か話し合っている。
 扉に貼り付けられた紙は、面会謝絶。入ることができない。
 今日手術であること。そのための準備もあるため、今日は面会できないらしい。
 ということは、入れても肉親関係だけ。私は、入れない。
 どうしよう。彼に、渡したかったけれど。できれば、直接渡したい。

「……そうだ」

 私はもと来た道を引き返す。彼の病室に入ることはできなくても、話すことはできるから。
 それを実行するために。私は、いったん病院から出た。



 飛ぶ。木の枝の上に乗る。目の前は、彼の病室の窓。
 彼の部屋の外には、桜の木があることを知っていたから。
 私はその木の枝の上に座ると、窓を軽くたたいた。カーテンは閉められていたけれど……
 少しして、カーテンが開けられた。彼一人だけ。
 窓を開けると、なんか笑ってしまった。

「また、きたよ」
「お姉ちゃん、ちゃんと来てくれたんだね」

 不思議だった。今思うと、私は楽しみにしてたんじゃないかなって。
 だから、笑った。彼も、笑った。

「前は渡せなかったから…お見舞い品」
「ありがと、お姉ちゃん。大事にするね」

 花を渡す。約束、じゃなかったけど。なんだかんだで、本当に私は楽しみだった。
 彼と何を話そう。彼に何を話そう。用意できるだけ、用意してきたから。

「あのね、お姉ちゃん」
「なに?」
「ボク、今日手術なんだって」

 うん、知ってるよ。

「怖いけど、ちゃんと受けるつもりなんだ」

 うん、わかってるよ。

「きっと成功するって思ってるから。お姉ちゃんも、そう思うよね」
「そうだね。成功するといいね」

 でも、成功しない。ううん、厳密に言えば成功はするかもしれない。
 成功した後に何かが起きることだってあるから。私はそのときに、彼に向かって――

「大丈夫だよ。私は、運がいいからね。私がお見舞いしたから、きっと」
「うん」

 でも、どうなんだろう。彼を助けることだってできる。そう、私が切らなければいい。
 そうすれば私は……罰を下されるだろう。
 よく、後悔する。死神って、こんなにつらい仕事なんだって。
 だけどもう引き返せないから。私はこうやって、いる。

「今日は、どんなお話しようか」
「どんなお話探してきたの?」
「空のお話」

 私は息を吸い込む。

「時間によって姿を変える、空。いつでも見れるけど、ここよりももっときれいに見える場所。
 その場所は、朝は白く埋め尽くす。起きたばかりとか、夜になれてたりするとまぶしいの。
 昼は青いんだよ。空って無色透明のはずなのに、青くなるんだよね。不思議だよね。
 一面が、何の濁りもない青に埋め尽くされて、後何も見えない。そんな場所なんだよ」

 きっとここからでも見える空だけど。
 空はどこから見ても一緒だけど。
 でも、どこから見ても違う場所。

「夕方になると、影が横に写るの。赤い光の中、影が縦に長くなるの。ちゃんとした、夕焼けだから。
 それで、夜になるとたくさんの星が見える。夜の空は黒っぽいけど、そこだと深い青になる。
 その中に、白く、赤く、黄色く、光る星があるんだよ。
 そうやってしばらくすれば朝日が出て、また一巡りする。そうやって一巡りする」

 ここから見るよりも、きっと綺麗に見えるはず。だから、本当は外に出してあげたい。
 でも、そんなことをしたら……いけないから。私はそうやって語るしかない。

「他の人には内緒で、一人で見るのもいいね。他の人を誘ってみるのもいいね。
 一回目は一人で、二回目は二人でって、一回ずつ増やしていくのもいいかもね。
 こういう場所よりも、やっぱりそういう場所のほうがいいのはよくわかると思うよ」

 でも、私はまだ一回しかいってないね。だから、他の人といってみたい。
 私の上司や同僚。できれば、彼とも。
 できれば……

「…お姉ちゃん?」
「……ぇ? あ、ごめん」

 少しの間。言葉にできなかったみたいで。
 でも…いっか。聞かれるよりは、いいから。

「お姉ちゃん、ボクが退院したら…そこにいってみたい」
「……うん」

 …また、いっちゃった。ううん。これは、本当の嘘になってしまった。
 退院なんて、できないから。退院できないから、君とはいけないから。そんなこといえない。

「えへ…約束しちゃった」

 その表情に、安心感と罪悪感を感じた。本当に笑顔だから。余計に、心に突き刺さる。
 本当に、ごめんなさい。

「……ねぇ」
「なに、お姉ちゃん」
「私ばかり話してたらつまんないよ。だから、私にも話してくれるよね」

 私は歌おう。彼が闇の中を迷わないように。



「じゃあ、退院できるといいね。手術、成功するといいね」
「うん。また、今度。ばいばい、お姉ちゃん」

 私は木から降りる。今日手術。今日の夜に終わる…ということは。
 手術が終わってから、彼を……案内する。
 案内先は、閻魔の前へ。
 どうしようか。その時間までは、あと…七時間もある。

「……死神、ならなければよかった」

 後悔、したくなってきた。こんな風に疑問を持つ死神何て、今までいなかったんだろうな。
 多分、私が最初で最後なんじゃないかって思う。
 死神は人を殺す。それが当たり前。でも、それを人に見られたら人殺しと罵られるのだろうか。
 私以外の死神は、命乞いをする相手を容赦なく切ったといっていた。私はそんなことにあってない。
 あの子が命乞いをしたら、私は殺せるだろうか。
 いっそ、私を嫌って罵ってくれれば……私は容赦なく振り下ろせる。

 …どうしよう。
 私は、どうすればいいのかな。
 誰もその答えは教えてくれない。
 まだ私は、私の思考は、いまだに闇の中迷っている。







 気がつけば私は、石垣の上で座っていた。
 空は…晴れていた。

「……今、何時だろう」

 腕時計なんてないし、私は体内時計が正しい自信もない。ただなんとなく、仕事のときだけ。
 私は時間が近づいてると思って。そうやって振り下ろす。
 空を見上げた。星が輝いている。

 私は、右手を見た。今は、その右手には鎌が握られている。死神の象徴を。
 そして、誰も周りにはいなくて。いてもきっと私は見えなくて。
 人にとって見れば人を殺すことなんて、狂言でしかない。
 死神にとって見れば人を殺さないことが狂言でしかない。
 どっちにするにしても、私は行う。行わなければならない。
 私はそう思って――

「……くすっ」

 不思議に笑った。それから首をかしげた。何で、笑ったんだろう。
 何に、笑ったんだろう。彼? 私? 死神? それとも…この世界?
 でも、やっぱりどうすればいいのかわからない。
 思考も、混濁する。何も見えない状態でじっとしてると、こんな風になるのかな。
 考えても考えても終わらない、そんな風になるのかな。
 わかんない。

 …私は石垣から降りる。今からいけば、ちょうどいい時間になるかもしれない。
 私は歩き出す。死神の仕事をするためか、死神をやめるためかはわからない。
 どっちにしても、私は狂ってるに等しいことをしなければならない。
 ――狂って何も考える必要がなければ、どれだけ楽だっただろうね。この、仕事。



 一歩。私は病室に踏み込んだ。手術が終わって、彼はそこに寝ていた。
 今までと、違う。私は鎌を強く握る。
 彼の隣まで歩く。彼は目を閉じていた。今から、これから、彼に振り下ろす。
 その刃は、きっと。容赦なく抉るだろう。でも私はやらなきゃいけない。
 鎌をもっと強く握った。

「…やっぱりきてくれたんだ」

 彼が、目を開けた。しかも、起き上がって。

「お姉ちゃん、きてくれた」

 握った右手は、汗をかいてて。でも、きつくきつく放さない。

「……お姉ちゃん?」

 彼は首をかしげて、私を待っている。

 ――私は、嘘を告白しなければならない――

「…ごめんね」

 私は、彼のために歌う。だから――
 ――私のことを、嫌ってください。

「お姉ちゃんは、死神なんだ。
 君を、殺しにきたんだ。
 だから君は、外に出ることができないの」

「……」

「草原も海も空も、桜も。もう君は見れない。
 今から天に昇って、閻魔様の判決を受ける」

「……」

「ごめんね。お姉ちゃんは死神だから。
 人間じゃなくて、死神だから」

 私は、彼にいった。彼についていた、嘘を。全部。



「知ってたよ」



「――え?」

「お姉ちゃんが死神だって」

 私は鎌に力を入れて、持ち上げようとしていたのに。
 彼のせいでとめてしまった。彼の、言葉で。

「お姉ちゃんが隠すの下手だから、なんとなくそう思ったの」
「…そんなに、下手かな」
「笑ってないもん」

 こんな死神、やだな。嘘も隠せないなんて。

「お姉ちゃん、笑おうよ。ボクの前で、少しでいいから」
「…あんまり、笑ったことないから」

 どうやって笑えばいいのかわからないけど。

 精一杯笑ってみた。

「……くすっ」
「……酷い。私は一生懸命にやったよ」
「だって、楽しそうに見えないもん」

 困りながらやってたから仕方ない。

「…でもいいや。お姉ちゃん、死神さんなんだよね」
「うん……私、死神だから」

 もう、隠すことなんて何もないから。私は言い切る。

「じゃあ――」


「――お仕事、みせて」


「…お仕事って、君を……」
「うん、それでいいよ」

 ……どうすればいいんだろう。もうすぐ、時間。
 とりあえず、私は鎌を振り上げた。
 彼は私を見つめている。振り下ろす気には、なれなくて。
 振り下ろすタイミングを見失った。

「……?」
「…本当に、いいの?」

 振り上げたまま、もう一度聞く。

「だって、お仕事でしょ? いいよ、ボクは」

 私はどうすればいいんだろう。でも。

 彼がそれを望むのなら。

 私は鎌を、振り下ろした。





「……んで、リセル」

 私は呼びかけられた。だから、振り返る。

「あの時からへこんでるのな、お前」
「…うるさい」

 落ち込んでるのは事実だけど。

「……そうそう。閻魔兼死神である俺は、伝言をお前に承ってるぞ」
「誰から?」
「お前の大好きな彼から」

 ――彼?

「ご苦労様、だってさ」

 …ご苦労様、か。今思うと、いい言葉だよね。疲れたときとか、仕事したときとか。
 仕事破ったときにも使うよね……って、目の前にいる閻魔様はいっていた。

「……そっか」

 私は安心した。私のいないところで、元気にいるんだろうなって。

「…そうそう。もう一つ。お前、始末書な」
「……そう、でした」

 そう。とりあえず今回のことは、閻魔様のおかげであまり事が大きくならなかった。
 本当は、大変なことになっていたんだとか。とりあえずは始末書をかけ、だそうで。
 だから私は今は上にいる。少しの間、仕事の停止処分。それだけ。
 始末書の内容は反省文と、犯した罪の懺悔。
 一つ。死神の存在を直前より早く知らしめてしまったこと。
 一つ。実体化した状態で二日間も活動してしまったこと。
 一つ。――――――。

 私は、死神の仕事を後悔したけれど。
 それでも死神の仕事は続けることにした。
 だから。

「私――」
「ん?」



「――死神、やめませんから」



 その言葉を、前よりも強く言えるようになった。