(まったく……)



闘技場に入って以来、常に彼女の動向を見張っていた大河は小さく、だが深い溜息をついた。

先ほどからずっと自分がちょっとでも隙を見せるだけで、自分の視界から消えようとしていたピンク髪の少女。 

その彼女にばれない様に偶然を装って妨害するのに要した大河の労力の結果である。



(相変らずおてんばなところは変わらないなぁ……)

 

はぁっと再び溜息が出る。

いっそこのまま彼女の目的を知っていることを告げてやりたいと思いたくなる。

まあ、そんな事をすれば後で彼女に何を言われるかわからないので結局は言わないのだが……。



(でもまあ……流石にそろそろ諦めてきた頃かな)



そう考えながら、目の前にいるクレアの様子を伺う。

何しろ今まで彼女の行動を全て妨害してきているのだ。

いくら彼女が優秀だとはいえ、流石に策も尽きる頃合である。

現に先ほどまで忙しなく動いていた彼女も、今では一定の場所に止まったままになっている。

何しろクレアは正体を知られている上に、目的まで知られている状況で自分を相手にしているのだ。

普通ならば絶対に出し抜かれることなどありえないのである。



(ま、今回ばかりは相手が悪かったな、クレア)



既に勝利をほぼ確信している大河。

だがこの時の彼の考えは少し甘かった。

この若さで一国を治めているこの少女が「この程度」の障害で自分の目的を諦めるはずは決して無かったのである。
 












――――――――――――――<Duel Savior 黒の書 第19話>――――――――――――――――――











 


「そういえば大河」



ふと何かを思い出したかのように先ほどまで俯いたまま動かなくなっていたクレアが顔を上げる。

そして何かを思いついたのか、笑顔になって大河に話しかけてきた。 



「ん、何だ?」

「召喚器とやらをまだ見せてもらっていなかったな」

「あ、そういえばそうだったな」



クレアにそう言われてこの大河は闘技場にきた当初の目的を思い出す。

どうやら彼女の動向に気を配るのに神経を集中しすぎていたためか、すっかり目的を忘れていたらしい。



「さっそくだが先にお主の召喚器を見せてもらえぬか?」

「ん、俺だけでいいのか? みんな一緒の方がいいんじゃないのか?」

「お主に言われずとも他の者にも後で見せてもらう。それに……何より史上初の男性救世主候補者の召喚器とやらをまず見てみたいからな」



そう言ってクレアはニヤリとした笑みを浮べながら大河に召喚器を要求する。

大河も一瞬その笑みに不安を感じたが、約束は約束なので召喚器を呼び出すことにする。



「こい、トレイター!!」



大河の声が闘技場に響く。

それと同時に空間から浮き出るように光の塊が現れ――そして次の瞬間には、一本の剣が手の中に納まっていた。



「ほら、コイツが俺の相棒のトレイターだぜ」

「おお、これがかの有名な召喚器というやらか」



大河がトレイターを差し出すと、好奇心丸出しの瞳でトレイターを覗き込んでくるクレア。

そして目を輝かせ新しい玩具を見つけた子供のようにトレイターをいじり始めた。



「おいおい、そんなにベタベタ触ると危ないぞ。特に刃の部分は切れやすいから気をつけろよ」

「かっておる。すこし黙っておれ」


 
クレアは大河の事など軽く一蹴するとトレイターを弄りはじめる。

よほどトレイターが気になるのか、大河の注意もまるで耳に入っていない様子だ。

ちなみにトレイターはトレイターでそんな風にされるのは慣れていないのか、先ほどから微妙にプルプルと手の中の柄がプルプルと震えている。



(あ、主……ど、どうにかならぬか?)
  
(諦めろ、トレイター)



トレイターが助けを求めてくるが、今の彼女を止める方法など無いので即効で却下する。

もちろんその間にも、トレイターの心情など知ったこっちゃないクレアはトレイターを弄り回していた。



「ふむ、伝説の武具と呼ばれるぐらいだからもっと豪奢な見かけをしている思ったが……普通の剣と変わらんのだな」



暫くトレイターを弄り回した後、クレアがそう呟いた。



「まあ、確かにトレイターは普通の剣と比べても大して変わらねえ形をしてっからなぁ」

「むう、つまらん……大河、もっと何かこう召喚器らしいすごい機能とかはないのか?」

「そうだな……じゃあこれなんかどうだ?」



一旦クレアをトレイターから離れさせる大河。

そしてその直後トレイターが一瞬光ったと思うと、次の瞬間にはその形態を剣から斧へと変化させていた。 



「おおぉ!」

「他にもこんな形にもできるぞ」



そう言って次々とトレイターを手甲やヌンチャク、ランス等に変化させる大河。

もちろんの事だが新形態は秘密なので変化させてはいない。




「まあ、これがトレイターの能力ってわけだ」

「すごいのぉ、やはり伝説の武具というだけのことはある」

「だろ? なんたって俺の召喚器なんだからな」

「ふむ、という事はそれを使う大河もすごいのか?」

「当ったり前だぜ。何せ俺は史上初の男性救世主候補者なんだからな」

「おお、頼もしいのぉ。 実を言うと私もお主を一目見た瞬間から『この男はできる』と思っておったのだ」

「ふ、やはり俺ぐらい存在感溢れる人間になると見ただけでわかっちまうもんなんだな」




そう言って柄にも無く前髪を手で払い上げる仕草をとる大河。

なにしろ自業自得とはいえ最近では周りから冷たい扱いばかり受けていたので、久々に褒められたのは相当嬉しかったのだろう。

調子にのっていく内に頼まれもしないのにトレイターを構えてポーズをとったり、なにやら奇声を上げて演舞モドキのような事までしはじめる始末である。 

しかもクレアはクレアでそんな大河を後押しするかのように褒めちぎるため、一度勢いづいた大河のお調子者癖は止まる事を知らなかった。



「とう! でいや! あちょー! ほあたぁー!」

「格好良いぞ、大河〜!」



クレアの声援がとぶ度に大河は勢い良くトレイターを振り回す。

何しろ召喚器によってブーストされた身体能力を無駄に駆使しているのだ。

一瞬で空中に数メートル飛び上がったと思うと、空中でさらにもう一段ジャンプする等の常人では不可能な事すらやってのけたりもして いた。


 

「のう、大河。一つ聞きたいのだが」

「ん、何だ?」

「このレバーは何だ?」
 


そして、そんな彼に先ほどから聞こえるクレアの声が徐々に小さくなってきていることに気づくはずも無く――



「ああ、それは訓練用モンスターの檻の開閉レバ――」



――呼びかけに再度振り向いた時には、何時の間にか訓練用モンスターの檻の開閉レバーに手を掛けたクレアの姿があった。



「――って何でそこにクレアがいるんだ!?」

「ああ、それはもちろんさっき大河飛び回っていたの時に移動したのだが、それがどうした?」

「い、いや……それは別にいいんだが……」

「ふむ、それでこのレバーを動かすとどうなるのだ?」

「そりゃあもちろん、モンスターの檻が開放されて中のモンスターが出てきちまうな」

「そうなのか……ということはこれは動かしてはならんのか?」

「そういうことだ」

「……ふむ」

「というわけで危ないから早くこっちに――」

「てい!」



来い、と言おうとする前に小気味の良い掛け声が大河の耳に入る。

そしてその直後、大河の視界にはレバーが勢い良く動かしたクレアの姿が映っていた。



「……」

「……」

「……すまん、手が滑ってしもうた」

「手が滑った、って明らかに今掛け声だしてなかったか!?」

「……気のせいだ」
 
「気のせいじゃねぇぇぇ!」



大河の叫びが虚しく闘技場に響く。
 
そして、その叫び声に呼応するかのように闘技場に備え付けられた訓練用モンスターの入った檻がゆっくりと開き始めた。 



「グルルルルッ!」



唸り声と共にのっそりと姿を現した白い影。

全身を長い体毛で覆い、大きく裂けた口から涎を滴らせた獣、ワーウルフがクレアの十数メートル先にその姿を現した。
 


「逃げろ、クレア!」

「おお、足が動かぬ」



大河が叫ぶが、クレアはまるで状況を楽しむかのようにそんな台詞をはく。

寧ろ、本当に楽しんでいると言った方が正しいのだろうが……やられたこっちとしてはたまったものではなかった。



(まったく、何やってんだよ!!)



内心そう毒づきながらクレアに向かって駆け出す大河。

だがそれはけして彼女に毒づいたのではない。

警戒していたにもかかわらず、あんな単純な作戦に引っかかった自分の間抜けさに腹が立ったのだ。 



(しかもこの状態で……よりによって目の前にワーウルフが入ってた檻かよ!!)



目の前に置かれた状況が大河の焦りを加速させる。

これがスライム等の下級モンスターならばそれほど危険性はなかった。

仮にクレアが襲われたとしても、命が危険にさらされる前に確実に救える自信もあった。

だが、今の状況は違う。

前回とは違い、クレアの立っていた目の前の檻がワーウルフの入ってたいた檻なのである。

そしてさらに大河の立っている場所からクレアのいる場所までの距離が前回よりもはるかに遠いのだ。



(く、間に合うか……)



自分のもてる最速のスピードでクレアの所に駆け出す大河。

既にワーウルフはクレアを標的に定めたのか、今にも襲い掛かろうとしている雰囲気である。

力を封印していなければ余裕で間に合うのだが、あいにく封印を解除している余裕はない。



「大河、早く助けてくれ〜」



クレアはまだ自分の置かれている状況をちゃんと把握していないのか、未だに緊張感が抜けている様子で大河に助けを求めている。

大河が助けてくれると信じているのだろうが、実際はかなりぎりぎりな状況なのだ。



「GUBOOOO!」



そして、そのクレアの声が拙かったのだろう……。

まるでその一言で張り詰めていた糸が切れたかのように、唸り声を上げながらワーウルフがクレアに向かって襲いかかった。



「あぶねぇ、クレア!」

「え?」



大河の叫び声で異変に気づいたのかクレアが後ろを振り返る。

そして次の瞬間、彼女の視線が捕らえたのは鋭い牙をむき出しにして飛び掛ってくるワーウルフの姿であった。






ザシュッ!!





肉の抉れた音が響き、飛び散った紅い鮮血がクレアの頬を濡らした。



あとがき
まず最初に……更新遅くなってすみませんでした。
掲示板には3月中に投稿すると書いたのですが、就職活動が忙しくてなかなか執筆時間がとれず結局4月まで長引いてしまいました。

それでは次回の20話でお会いしましょう。