「さて……準備はこんなものでしょうか」




 闘技場の片隅で佇みながらそう呟く人物が一人。

 何か作業を行なっていたらしく、彼が立っている前の壁にはなにやら小さい魔方陣のが描かれている。

 


「おっと、そろそろ彼女達が来てしまいますね」




 まるで新しい玩具を見つけた時の子供のような笑みを浮べながらその場から立ち去っていくその人物。

 だが、その笑みは子供というには聊か歪んだものであった。



「さて、どうなるか楽しみですね……」



 黒いローブをはためかせ、闘技場から消えていった人物。

 それはこの学園でも良く知られている人物、大河達救世主クラスの教師であるダウニー・リードその人であった。
























――――――――――――――<Duel Savior 黒の書 第18話>――――――――――――――――――


















「おお、すごいのぅ」




 闘技場に着いた途端まるで子供のようにはしゃぎながらフィールドに駆け出していくクレア。

 実際に子供なのだが、普段の彼女を知っている者が見ればそれは十分に微笑ましいほどの光景であった。




「あ、こら、勝手に走り回るんじゃないわよ」

「平気である」

「あ、そう……って、そんなの当てになるわけないでしょ!」





 目を爛々とした光をたたえて、闘技場を駆け回っているクレアに注意するリリィ。

 しかし、クレアはそんなリリィの言葉を受けても軽く返事を返すだけでまったく止まる様子はない。

 何故なら彼女が見ている壁についた大きな傷やそこら辺にある焼け焦げた跡。

 それはどれもこれも彼女にとって感動を起こさせるものばかりであったのだ。




「ほぉ、ううむ……やはり実際に見ると迫力が違うのぅ」




 彼女とて一国の王、各地で時折起こる諍いの事後処理などは行ったことはある。

 だが、それはどれもこれも書類の処理に追われ、それが片付いた後であった。

 そして彼女がいざ実地に赴いたころには既に戦闘の雰囲気を感じられる物はほとんど残されていなかったのだ。
 
 もちろん今回の闘技場に残されている壁の傷や地面の焦げ目などもそれほど生々しいものではないのだが、それでも今の彼女には十分なほど感動を与えて いたのである。



「ああ、コラ、人の話を聞きなさいよ!」

「リリィ、落ち着いて」

「まったくあの娘ったら完全にこっちの事を無視して……」

「それはそうですけど……相手は子供なんですから」

「そうだよ、リリィさん。それに、あの娘だってそんなに無茶するわけないよ」



 そう言って暴走気味のリリィをベリオと共に宥めつつ、横目にクレアの方を見る未亜。

 そしてそんな彼女の視線の先では、壁によじ登ろうとして落ちかけたり、訓練用に置かれている模擬刀を危なっかしく振り回したりするクレアの姿があっ た。



「大丈夫……だよね?」



 額にでっかい汗が流がしながら言葉の最後の方が何故か疑問系になってしまっている未亜であった。








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「のう、未亜」

「ひゃ!?」



 ベリオと共に何かぶつぶつと文句を言い続けているリリィの相手をしている未亜は、突然背後から声をかけられ一瞬ドキっと背中を振るわせた。

 何事かと思い振り返るとそこにはいつの間にいたのかクレアが立っていた。



「クレアちゃん、もう全部見回ったの?」

「いや、まだ半分も見ておらぬ。ただ、少し聞きたいことがあってな」

「え、何かな?」

「うむ、どうしてあそこだけ地面の色が違うのだ?」



 そう言いながらクレアが指で示した先を未亜が視線で追う。

 どうやら彼女は闘技場の中心に位置する場所を指さしているらしい。

 確かに良く見てみると彼女の言うとおりあそこだけ地面の色が変わっている。



「あれ、本当だ。どうしてだろ?リリィ、ベリオさん知ってますか?」

「ああ、あそこは……ほら、未亜さん。あの事件の時に出来たクレーターを直した跡なんですよ」

「そ、かなり深く抉られたみたいだから新しい土で埋め直したのよ」

「へ〜、そうだったんだ」

「む、あの事件とは何なのだ?」

「以前あの場所におっきな落雷があったのよ。それであそこの地面が抉られちゃって補修した跡がああなっちゃったってわけ」



 クレアが指さしていた場所。

 それは以前大河とベリオの能力測定試験の途中でおきた落雷事件で出来たクレーターの補修跡だった。

 リリィが言うには大河が未亜の付き添いの元運ばれていった後、あの場所はまるでお祭り騒ぎのように慌しくなったらしい。

 未亜は大河を付きっきりで看病していたため知らなかったのだが、報告を聞いて駆けつけてきたミュリエルの指揮をし、同じく駆けつけてきた教師陣営に よる徹底的な現場検証が行われたのだ。

 そして検証が終わった後、闘技場のど真ん中にできた馬鹿でかい穴をそのままにしておくわけにもいかないということで傭兵科の生徒の手によって一晩か けて補修されることになった際、多量の新しい土をその場所に使ったためそこだけ土の色が周りと違ってしまったというわけなのだ。

 ちなみに次の日、学園のそこいら辺では目の下に大きなクマを作っている傭兵科の生徒達が数多く見受けられたという。 


「ほぅ、それは初めて聞いたな」


 その事を聞いたクレアの目が細まる。

 何しろそれは彼女にとって初めて聞いた事実だったのだ。

 ちなみに何故、学園にダリアというスパイを送り込んでいるはずの彼女がその事を知らなかったのか。

 その理由はダリアからの報告書が提出される期間が関係していた。

 ダリアから送られてくる報告書は月に3回届けられるのだが、今回のこの事件はダリアの報告書が提出された直後に発生した事件だったため、前回の報告 書には書かれていなかったのだ。

 それでも本来ならこのような大事件があった場合ではすぐさま王都に緊急の報告書が出されるのだが、彼女も事件の事後処理と密偵という立場から中々報 告書を出す機会が掴めなかったのも原因の一つである。

 余談ではあるがこの後クレアが王都に帰ったあと届けられた報告書にはその事が記載されたいたことをここに記しておく。



「それで、原因は何だったのだ?」

「え、ああ、それは結局分からずじまい。何だか破滅との関連がどうのこうの言われてたみたいだけど、最終的には異常気象として処理されたわ」

「ふむ、そうなのか」



 それだけ仰々しい調査を行ったにも拘らず、結局単なる異常気象として処理されることとなった事件。

 恐らくあまりに不確定要素が多かったのか、もしくは本当に異常気象だったのだろうと判断したクレア。
  
 彼女も調査を行ったミュリエルと自分の配下であるダリアの実力は信頼しているのだ。



「ちなみに、その時の落雷に巻き込まれたのがベリオと……さっきからそこでボケっと突っ立ってるバカってわけ」

「む、バカとはひどいな。あの時はマジで死ぬかと思ったんだぞ」

「そうですよ、リリィ。私は落雷地点からまだ距離がありましたから大した怪我はありませんでしたけど、大河君はほとんど直撃だったんですよ。お医者さ まもあれだけの落雷を受けてこれだけの怪我ですんだのは奇跡だって言ってたぐらいなんですから」

「まあ、俺様だからな」

「何威張ってんのよ。単に運がよかっただけでしょ」

「運も実力ってやつだ」

「ふんだ、そんなこと言ってるとその内本当に死んじゃうわよ」

「まあまあ二人とも……」




 まさに売り言葉に買い言葉といった応酬を繰り返すリリィと大河、そしてそれを如何にか宥めようとするベリオ。

 ちなみに大河はその時気絶していたため、話に聞いただけで実際に何があったかは知らないので適当に話を合わせているだけである。

 多少の矛盾が含まれているのかもしれないが、怒りで冷静さを欠いているリリィがそんなことに気づけるはずもなかった。



「あれ、クレアちゃん、どこ行くの?」


 と、その時ふと未亜の視界にまるで隠れるようにどこかに移動しようとしているクレアの姿に気づく。

 どうやら気づかれるとは思っていなかったらしく、声が届いた瞬間ビクリと身体を震わせクレアは動きを止めた。

 

「いや、なに。あそこに並んでいる檻のようなものが気になってな。何があるのか見てみようと思ったのだ」

「あ、だめだよ。あそこは訓練用のモンスターを入れている檻がある場所だから近寄ったらダメだよ」

「ふむ……だが、檻の中に入っているのだろう? それなら安全ではないのか?」

「それはそうだけど……万が一開閉レバーを動かしちゃったりしたら危ないから近づいちゃだめだよ」



 そう言った未亜の視線の先にあるのは数本のレバー。

 それは訓練用モンスターの檻に備え付けられた開閉レバーであった。

 いくつもレバーがあるのは様々なモンスターごとにそれ専用の檻が用意されているためである。

 一応簡単な固定具で固定されているが、あくまで簡単なものなため子供の力でも簡単に外れてしまうのだ。


「そうなのか?」

「そうなの」

「どうしてもダメなのか?」

「どうしてもダメなの」



 そういってクレアの言う事を笑顔であっさり否定する未亜。

 その彼女の目の前では少し頬を膨らませたクレアが不機嫌そうに未亜を睨んでいた。



「むぅ、未亜はケチだのぉ」

「そんなに言われてもダメなものはだめ」

「そうか……ならば仕方ないのぉ……」



 クレアはそう呟いて一瞬寂しそうな仕草を見せる。

 未亜もそれを見て少し可哀想だったかな思い、クレアを慰めようとして


「だからお姉ちゃんと向こうの……」

「ならば他の者に頼むとしよう」



 先ほどまでの態度を急変させるとクルリと反転し、未亜の前から立ち去っていったクレアの後ろ姿を呆然と眺めることとなった。



「――え、ちょ、ちょっと、ク、クレアちゃん?」



 クレアを呼び止めようとする未亜だが既に彼女の耳にはその声は届いていない
 
 慌てる未亜を無視してクレアはさっさと別の人物のところに向かって走りだしていた。

 そして彼女が向かった先、それは先ほどまでリリィと言葉の応酬を繰り返したいた人物、当真大河のところであった。 



「おい、大河」

「ん、どうした?」

「すまぬが、あっちの方に行って見たいのだが一人では危ないらしいので一緒に来てくれ」

「何で俺なんだ? それならベリオやリリィの方が……」

「私はお前に頼んだのだ」

「だから何で俺なんだよ」

「ほお、大河……この私の直々の頼みを断るのか?」

「う――――」



 普通ならば我侭な子供の言い分にしか聞こえないだろうクレアの言葉。

 だが、大河はその尊大な態度でそう言って来るクレアに言葉が詰まる。

 もしも大河の事情を知る人が居れば彼が彼女の素性を知っているため、それで反論できなかったと思うだろう。

 だが、それは大河にとって大した問題ではない。

 理由はないのだが何故か大河はクレアの言うことに反論できなかったのである。



「だーー、わかったわかった。一緒について行けばいいんだろ」

「うむ、初めからそうすればよいのだ」



 そして結局大河は折れてしまう。
 
 クレアはその返事を聞いてニヤリと笑うと大河の腕を引っ張り、先ほど言っていた檻の方へ向かって歩きだした。










 ちなみにその頃、クレアに放置された未亜はどうしていたのかというと、クレアと腕を組んで(実際は腕を引張られているだけなのだが)歩いていく大河 を見ながら俯きながらブツブツと何か呟いていた。



「クスクス……クレアちゃんったら……それにお兄ちゃんも……」



 どこからとも無く「クスクス笑ってゴーゴー」という言葉聞こえたような気がしたが恐らく気のせいだろう。

 そして彼女の足元から黒い帯のようなものが沸きだしていたり、体の半身に黒い文様のようなものが見えたりするのもきっと気のせいなのである。

 












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(むぅ、何故だ……)



 巨大な檻の前に立ちながらそう胸中でそう呟やいたクレアは少し苛立ちを感じていた。

 理由は簡単、先ほどから自分の後ろをついてくるボサボサ頭の男に原因がある。



「おいおい、あんまり近寄ると危ないぞ」



 そう言っていかにも面倒くさそうに注意してくるこの男。

 しかし、一見ボケボケっとしたこの男にクレアは先ほどからずっと振り回されていた。



(こやつ……まさか分かってやっているのではあるまいな……)



 既に五回

 これが今までに彼女が大河の目を盗んで行動しようとして失敗した回数だ。

 一度目は彼女も偶然だと思った。
 
 二度目でもまだ偶然だと思っていた。

 しかし、三度目、四度目、そして五度目までくると流石に彼女もそう考えざるを得なかったのだ。



(だが……本当に気づいておるのか?)


 
 だが、そう思う反面それを疑う気持ちも存在していた。

 ちらりと視線を動かせばそこにはボケッとつっ立っている大河の姿。

 彼はクレアの心情を知ってか知らずか、のんびりとした表情で片手をポケットに手を入れてもう片方の手で頭をポリポリかいていた。



(…………)



 こんな男に自分の考えが見透かされているとは思いたくもないと感じるクレア。

 しかし、いくらそれを否定したくともこの男に自分の行動が妨害されているのもまた事実なのである。



(わからん……この男は一体何を考えておるのだ。それに何だ、この馬鹿でかい鉄の壁は!!)


 
 苛立ちが積もり、目の前にある鋼鉄の壁をクレアは蹴りつける。

 だが、鋼鉄の壁に彼女の柔足が敵うはずもなく、鈍い衝撃と共に足に痛みが走った。



「―――――!!」



 思わず足を押さえてその場にしゃがみ込む。

 そしてそんなクレアの突然の奇行を見た大河は何事かという表情で彼女の傍に駆け寄ってきた。



「おいおい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫だ!」

「そうは見えないけどな」

「私が大丈夫と言ったら大丈夫なのだ。……それに大河、なんなのだこの馬鹿でかい檻は?」



 クレアは足を押さえ少し涙目になりながら強気にそう言い返す。

 だが本人は睨みつけているつもりなのだろうが、大河には寧ろその逆に可愛らしさが見えた。

 

「わかった、わかった。そんなに剥れるなよ。ちなみにこの馬鹿でかい檻はゴーレムみたいな巨大モンスター専用の檻だな」



 クレアの問いに、苦笑しながら大河はそう答える。

 彼が言うには、この一見鋼鉄の箱にみえる巨大な檻はゴーレム等の巨大モンスターを閉じ込めるための専用の檻だという。



「しかし……これはいくら何でも大げさではないのか?」

「そりゃあ仕方ないさ。外から丸見えになるようなスカスカな檻だったら簡単に破壊されちまうからな」



 まるでアメ細工みたいにな、と笑って答える大河のセリフを聞いてクレアは先ほどまでの苛立ちを忘れて驚きを感じていた。

 これほどまでに仰々しい檻を用意しなければならないほどの凄まじい力を持っているというゴーレムに強い興味を感じてしまったのだ。



「そんなに凄い力なのか?」

「まあな。何せ身を持って体験したことがあるから間違いないな」

「おお、大河はゴーレムと戦ったことがあるのか」

「ああ、初めてこのアヴァターに召喚された日にな……」



 そう言って何かを思いだすように大河は目を細めた。



(ふむ、そういえばこやつの救世主適正試験の時の相手が確かそうであったな」



 目の前の男のついての資料の内容を頭の中から掘り出すクレア。

 ダリアの救世主になればモテモテという言葉に乗せられてこの男が受けた救世主適試験。

 そしてその時の相手に選ばれたのがゴーレムだったのである。



「それで勝ったのか?」

「おお、余裕勝ちだったぜ…………と、言いたいところなんだけど実はギリギリだったんだな、これが」

「なんだ、つまらんのぉ」

「仕方ないだろ。なんたって最初は丸腰だったんだからな」

「救世主候補者ならばそれぐらい如何にかしてみせてほしいものだな」

「そう言われても流石にあれはなぁー……」




 そう言って大河は頭をポリポリとかきながら言葉を濁す。

 だが、クレアも言葉には出さなかったが、内心では確かに大河の言う通りだろうと思った。

 何しろ村を一つを潰し、王国の一個中隊を丸々投入してやっと捕獲したほどのゴーレムに丸腰で挑んでいったのだ。

 そんな怪物にその時は召喚器をまだ呼び出していないただの一般人であった彼が素手でゴーレムに勝てるはずも無い。

 寧ろ下手をすれば一撃で即死すらしかねないほど危険な相手なのだ。

 資料によれば、攻撃を喰らって動けなくなったところで召喚器を呼び出した妹の助けが入り、次いでトレイターを呼び出した大河が弱っていたゴーレムに止めを刺したと書かれていた。

 良く考えてみれば、この大河という男はそのゴーレムの攻撃を一度だけとはいえ喰らって生きていたのだから実は凄いのかもしれない。



「ふむ、ならば今なら余裕で勝てるのか?」

「ん、そうだな……まあ余裕で倒しちまうかな」

「そんなに今の大河は強いのか?」

「まあ、なんたって史上初の男性救世主候補者様だからな。俺とトレイターの力があれば倒せない敵なんてないぜ」

「おお、それは頼もしいのぉ。これは是非王都に良い投書せねばならんな」




 そう言って自慢げな態度で返事を返す大河を悪戯半分に煽てるクレア。

 だが、そんな大河の姿を見たクレアはふとある事を思い出した。



(そういえばこの男、確か煽て言葉や褒め言葉にやたら弱いとの報告だったな……)



 正規の召喚ではない大河が救世主候補試験などという本来良くしらないものを受けようとした原因も元々はダリアが煽てた事に原因があったのだ。

 そして現に今もちょっとした褒め言葉に直ぐに反応している大河を見てクレアはヤリとした笑みを大河に見えないように浮べた。






(ふむ……これなら上手くいくかもしれんな)








あとがき……
少し遅いですがあけましておめでとうございます……そしてお久しぶりです。
中々モチベーションが上がらず書きあぐねいて気づけば前回の投稿から約2ヵ月半……新年になりどうにかやる気を再燃させました。
もしも、未だに見離さないで居てくれる読者様がいれば感想をもらえると嬉かったりします。

それでは次回:「Duel Savior 黒の書 19話」をお楽しみに。