「のう、大河。これは一体なんという料理なのだ?」
彼女の指差した先に置かれている料理。
それは狐色の衣で覆われた揚げ物のようなものであった。
「なんだ、クレアはこの料理を知らないのか?」
「うむ、遺憾ながら初めて目にする料理なのだ」
ちなみに何故彼女の目の前に料理が運ばれてきているのかというと、現在大河達御一行は昼食をとろうとしている所なのだ。
ちょうどクレアに出会ったのもお昼休みの時間だったので、それなら先に昼食を取っておこうという事で皆の意見が纏ったのである。
その時大河は一瞬だけもしかしたらセルに会う可能性があるのではと懸念したが、今回は食事の約束もしていないし、セルがまだ街にいるはずだという未 亜の言葉を思い出してホッと一人安心をしたのであった。
もしも、万が一セルがクレアに出会うような事しまったら……。
恐らく次の日には全女子生徒からの冷ややかな視線が自分の親友に向かって放たれることになるのは間違いなかろう。
かくも女性の情報網とは恐ろしいものである。
「クレアちゃんはカニクリームコロッケを食べたことないの?」
「かにくりぃむころっけ? それがこの料理の名前なのか?」
「そうだよ。ほぐしたカニの身をキノコと玉葱とホワイトソース混ぜて、それを衣で包んで揚げた料理なの」
「ほう、そうなのか。それでこれは美味しいのか?」
「そんなの、食べてみればわかるでしょ」
「なるほど、それもそうだな」
美味しいのかどうか聞いた自分に対して放たれたリリィの言葉に、そう言われてみればそうだと納得するクレア。
さっそくテーブルの上にフォークで皿の上に乗っているカニクリームコロッケの一つを刺して口に運ぶ。
「ふむ……」
噛みしめるたびにサクサクと心地のよい感触を返してくる狐色の衣。
そしてそれと同時に口いっぱいに広がるトロリとした中の具。
ホワイトソースのまろやかな甘みとカニ本来の旨みの調和が生み出す絶妙な味がクレアの口いっぱいに広がっていた。
「どうだ、美味いだろ?」
「うむ、美味である♪」
「そりゃよかった」
大河の問いかけに元気良く答えるクレア。
よほど気に入ったのか皿に残っていたカニクリームコロッケをヒョイヒョイと口に運んでいく。
その顔にはいつの間にか自然と笑みが浮かんでいる。
そんな彼女の年相応の笑顔を見て、クレアを食堂につれて来たのが成功だと思った大河であった。
――――――――――――――<Duel
Savior
黒の書 第17話>――――――――――――――――――
「そういえば、大河くん。この後は一体どうするんですか?」
「ん、そうだな……とりあえずクレアの保護者を探すなり、満足するまで学園の中を案内してやればいいじゃないのか?」
とりあえずクレアが本当の迷子ではない事を知っていた大河は後者の案でいけば大丈夫だと考えていた。
一応一番手っ取り早く闘技場に連れていくという考えも浮かんだのだが、その案は始めに除外した。
何しろそんなことをすればクレアがまた訓練用のモンスターを入れている檻の開放しようとすることは目に見えている。
クレアの事を良く見張っておけば大丈夫だろうと思うが、優秀な彼女のことだ、何時自分達の目を掻い潜ってしまうとも言い切れない。
だからこそ大河は闘技場だけは絶対に避けようと決めていた。
「いえ、確かにそうしてあげたいのはやまやまなんですが……ほら、午後から召喚儀式の立会いがありますからそれまでに案内してあげないと……」
「あれ、でもまだ時間は結構残ってるんじゃないのか? 午後からって言っても直ぐってわけじゃあなかったはずだぜ」
「何言ってるんですか大河君、これだけゆっくり食事をとったんですから残りの時間はあんまりないですよ」
「なぬ!?」
ベリオにそう言われて思わず声を上げる大河。
そういえば前回の時はセルのロ○コン疑惑のせいで食事が早急に切り上げられた記憶が蘇る。
今回はそれを避けるようにしたのだから当然の如くその事件は無かった。
そして、大河はその過ぎた時間のことを計算に入れるのをすっかり忘れていたのだ。
「大河君……もしかして考えてなかったんですか?」
「……」
「召喚塔に集合する時間まであと1時間ちょっとしかないんですよ」
「……マジか?」
「本気と書いてマジです」
そう言ってベリオは目頭を押さえながら溜息をつく。
ただ、ベリオは一つだけ勘違いをしていたのは、大河は召喚の儀式が午後にあるというは覚えてはいた。
だが、召喚の儀式が午後にあるというだけで、肝心の開始時刻を覚えていなかったのだ。
「のう、大河。何か慌てているようだが、何かあったのか?」
「いやな、ちょっと予定外の状況になっちまってな……」
「む、それは一体どういうことなのだ。訳を話せ」
「まあ、簡単にいうとだ。俺たちは午後から召喚の儀式の立会いがあるから、それまでしか一緒にいてやれないってことだ」
「ちょっと、大河。だからって時間までにこの子の保護者が見つかってなかったらどうするのよ。まさかそのままってわけにもいかないでしょ」
「それはそうなんだが……」
大河の妙なやる気のなさにリリィが食ってかかってくるが、大河としてはどう足掻いてもクレアの保護者が見つからないと知っていた。
かといってそんなことを言ってしまえば、何故自分がそんなことを知っているのかと問い詰められることは解かっている。
まあリリィが必死になっているのは、クレアが始めにいった王国に対する投書云々が気になっているのだろうが、実際はクレア自身がそれを判断する立場 の人間なわけで そんな懸念などとっくに無意味なのだが……。
「ふむ、そうなのか……」
「そ、だから急いで貴方の保護者を……」
「いや、その必要はない」
「どういうこと?」
「実を言うとだな、時間がくればちゃんと迎えが来るようになっておるのだ」
「へ……?」
「だから別に私は迷子でもなんでもないということだ」
「ちょ、ちょっと、初めと言ってることが違うじゃない!」
「私は別に保護者が見えぬと言っただけで一言も迷子などとは言っておらぬぞ」
「う、それはそうだけど……」
クレアはリリィの追求を余裕で受け流し、逆に半ば屁理屈とも言わんばかりの理屈でリリィに反撃する。
普通に聞けば単なる屁理屈にしか聞こえないような言葉でも、やはりその辺は一国の王たる所以なのか妙な説得力に溢れている。
やはり口で勝負となると経験の違いかクレアに一日の長があるあるようだ
「もう、クレアちゃん。そういう事は始めに言ってほしかったかな」
「まあ許せ。それにああでも言わねばおぬし達は案内してくれなかったのであろう?」
「そ、そんなことないよ」
痛いところを突かれ、少しどもりながら慌てて否定の返事をする未亜。
その横では未亜の心境を読み取ったのかベリオが少し苦笑いをしていた。
「というわけなので後の心配は要らぬ。それに後1時間あるのだ、どこか案内してくれてもよかろう?」
「はいはい、わかったわよ。はあ……もう、どうして私かこんな小さい子供に……」
半ば投げやりに答えながら、がっくりと肩を落すリリィ。
もともと何事に対しても負けず嫌いな彼女のこと。
自分よりも遥かに年下の少女にいいように丸め込まれたのがよほどショックだったのだろう。
「もうリリィったらそんなに落ち込まなくても……」
「べ、別に落ち込んでなんか……」
ベリオに図星を突かれ、少しどもりながら慌てて言い返すが、明らかに説得力に欠けていた。
もともと彼女は、感情を隠すのは上手ではない部類に入る。
寧ろその感情を剥き出しにする傾向が強いのである。
「はいはい……それで、クレアちゃんはどこを案内してほしいのかしら?」
「ふむ、そうだのぉ」
「あと一時間ぐらいしかないですが可能な限り案内しますよ。まあ、それでも精々1、2箇所が限界でしょうけどね」
微笑みながらそう答えるベリオにクレアは少し思案するように口元に指をもっていく仕草をする。
見かけには可愛らしい仕草だが、その内心では色々と複雑な考えが廻らされていた。
既に彼女はダリアから学園の見取り図などの資料は手に入れているので場所そのものには大した興味はもっていない。
寧ろ目の前にいる救世主候補者達の力が見ることがそもそも目的だった。
そして、その目的が達せられるように彼女の優秀な脳がフル回転で稼動していたのである。
「ならば、この学園ならではの場所というものはないか?」
「この学園ならではの場所……ですか?」
「うむ、できれば噂の召喚器の力とやらも見てみたい」
「この学園ならではで、尚且つ召喚器の力を解放しても大丈夫な場所ですか……なかなか難しい条件ですね」
「う〜ん……その条件だとちょっと難しいかも」
「まあ、そんな都合の見つかるとは思わないけど……考えるだけ考えてみるわよ。
クレアの出した条件に考え込む未亜とベリオ。
そして、口では文句を言いながらも結局クレアの出した条件に見合う場所を考えているリリィ。
「ちょっと大河、アンタも考えなさいよ」
「お、俺もか!?」
「アンタ以外誰がいるっていうのよ。まったく、唯でさえバカ大河なんだから……」
「バカとはなんだ、バカとは」
「なによ、本当のことでしょうが」
必死に自分達が考えている中、一人だけまったく考えるそぶりをみせない大河に再び食って掛かるリリィ。
まあ実際に大河自身、闘技場以外の場所ならどこでもよかったため、まったく考えていなかったのであるが。
「それに元々この子はアンタが連れてきた娘でしょうが。アンタが考えるのは当然のことでしょ」
「俺は単に道案内を頼まれ……」
「つべこべ言わないでさっさと考えなさい!」
「イ、イエッサー!」
これ以上文句を言うようならヴォルテクスをぶち込むわよ、と言わんばかりのリリィの目に思わず返事をする大河。
現にリリィの腕には本人も無自覚なのであろうがいつの間にか紫電が纏っているのが大河の目に見えた。
どうやら毎度毎度何かあるごとに大河に放たれている魔法は、いつの間にか条件反射で発動する領域まで到達してしまったらしい。
もちろんその度に自分は甚大な被害を被っているわけなのだが。
「それにしても中々思いつきませんねー」
「召喚の塔なんかどうだ? あれならこの学園にしかないはずだぞ」
「何言ってるのよ、今頃召喚の塔でリコが儀式の準備を始めてる頃よ。そんなところに連れて行けるわけないじゃない」
「あれ、召喚の儀式って準備か何かいったりするのか?」
「当たり前じゃない。あんな大規模な召喚が何の準備もなしにできたら何の苦労もしないわよ」
「そういうもんなのか?」
「そういうものなのよ」
リコの正体を知っているため、てっきり相手を見つけて了承を貰らえばいつでも呼び出せると思っていた大河。
だが、よくよく考えてみればそれならばあのような世界を跨ぐような大規模な魔法が何の準備もなく行われるというのは確かに不自然だということに気づ く。
一度だけ召喚の儀式は見たことがあるが、そう言えばあの時中央の召喚陣の周りに何か色々配置されていたような気もする。
「それじゃあ、東の森なんかどうだ? あそこなら召喚器を発動しても問題ないと思うぞ」
「でも、お兄ちゃん。あそこって講義で使う薬草とかが結構植えてあるから万が一何かあったらダウニー先生にまた怒られちゃうよ」
「む、そうなのか……」
「アンタ、講義で一体何聞いてたのよ……それに、あそこなんて森以外なにも無いわよ」
呆れたと言わんばかりの表情で大河を見つめるリリィ。
だが、実際彼女の言う通り大河は一度もまともに授業を受けたことがない。
未亜に連れられて出席だけはきちんとするのだが、如何せん内容が理解できず、開始して数分もすると自然と眠気が襲ってくるのである。
「なあクレア。できれば条件をもっと優しくならないか? 流石にその条件は厳しすぎると思うぞ」
「嫌だ」
にべも無くそう言って大河の案を否定される大河の案。
もちろん何を言ったところで彼女が考えを変える可能性は無き等しいのであろうが……。
「あ、そういえばいい場所が一つだけありましたよ」
とその時、ベリオが思いついたかのようにポンっと手を打った。
どうやら何か言い案が浮かんだらしい。
だが、妙に嫌な予感が大河の胸中を襲う。
「闘技場ならいいんじゃないでしょうか?」
(なぬ!?)
ベリオの口から放たれた場所。
それは大河がもっとも回避したいと思っていた場所であった。
「あそこならこの学園にしかありませんし、召喚器の力を発動させてもなんら問題は無いはずですよ」
「確かにあそこなら丁度いいわね。今の時間ならどこの講義にも使われてないはずだし」
大河が内心驚いている間に話は既に闘技場へ向かうという方向で決定している。
彼としてはどうにかそれだけは避けたいところであった。
「で、でも闘技場の中に一般人を連れて行くのはまずくないか?」
「別にいいじゃない。それに学園の生徒が自主訓練できるようにある程度自由に使うことが許されてるから少しぐらいなら問題ないはずよ」
「たしかにそうなんけどさ……」
「それとももっといい場所が他にあるっていうの?」
「いや、それは……」
「ふむ、闘技場か……よし、私もそこに行ってみたいぞ」
どうにか場所の変更を促そうにも大河自信闘技場ぐらいしかクレアの条件を満たすような場所が思い浮かばない。
さらにクレア自身もその意見に賛成してしまっている。
「それじゃあ、決まりね」
「はい、それじゃあ時間も残り少ないですし早く行きましょうか」
「さあ、クレアちゃん。早く行こう」
「うむ、楽しみだのぉー」
先導するリリィとベリオにクレアと手を繋いで後追う未亜。
結局そのまま闘技場に向かうことを阻止することが出来なかった大河も、観念したのか頭を手で押さえは〜っと溜息をつく。
まあ、既に決まってしまったのだから今更足掻いても仕方ないと気持ちを切り替える。
実際は彼女は優秀だろうが、さすがに彼女に常時目を向けておけば大丈夫だろう。
用はクレアの動向さえちゃんと見守っておけば問題ないはずだという結論に大河は至るのであった。
「こら〜、大河。さっさと来なさいよ。まさかまた逃げようとなんてしたら承知しないわよ」
「へいへい、今行きますよ」
考えを纏めている間、足が止まっていた大河にリリィが怒鳴り声を上げてくる。
大河はそんなリリィに少し苦笑をしながらも早足で彼女達の方へ向かって歩きだした。
「ふむ、なかなか面白そうな話でしたね……」
大河達が食堂から姿を消した頃、部屋の隅の方でそんな独り言を呟く人物がいた。
その人物はたまたま昼食を取りにきていただけなのだが、ちょうどその時大河達の会話を偶然耳にしたのである。
「今はまだ動きたくないところなのですが……どうしたものでしょうか」
そう言いながら少し思案気な表情を浮べるその人物。
恐らくその脳内ではさまざまな計略が計算されているのだろう。
「まあ、ですが……」
口元を少し歪めて笑みを作る。
それはいかにも何か企んでいますといわんばかりの表情であった。
「せっかく聞いてしまったのですから、この際利用させていただきましょうか」
そう呟くと食べ残した料理もそのままに食堂を後にするその人物。
その後ろでは数人の生徒が、妙な笑みを浮べるその人物を不思議そうに眺めていた。
あとがき……かな?
どうも、約一ヶ月ぶりの投稿です。
最近どうも忙しくて文章書くモチベーションが上がりません。
頭の中では既にエンディングの方のイメージは思い浮かぶのですが、そのつなぎの部分がなかなか上手くいかないです……。
まあ、何はともあれ次回:「Duel
Savior 黒の書 第18話」でまたお会いしましょう。