「おい、そのこの下郎! 返事をせぬか!」
「――――うおっ!?」
先ほどリコからのカエデの発見の報告があり、授業が終わった後食堂に向かう途中であった大河。
昨夜から対カエデ戦をどう戦うのか考えに没頭していた大河は突然の怒鳴り声に足がもつれ危うくこけそうになった。
体勢を立て直し、確認してやろうと振り返る大河。
だが今度は先ほどの大声とは別の事に驚くこととなった。
「まったく、この私が声をかけているのに無視するとはいい度胸をしておるの」
サラサラとしたピンク色の髪の上に大きな帽子をのせ、腰に手を当てながら何処か不機嫌な表情で大河に向かって喋る一人の少女。
明らかにこの学園の生徒では無いとわかる風体のせいか周りの生徒も何事かと彼女に視線を集める。
そんな状況にも関わらず何食わぬ顔でいるところが彼女が大物たる由縁であろう。
しかし、そんな少女に声をかけられた事が大河が驚いた理由ではない。
そう大河は知っていたのだ……その少女が誰なのかを。
「ク……レ……ア……」
大河の口から少女の名前が漏れる。
だが、それは無意識の内に漏らした言葉だったのか本人すら気づいてはいなかった。
ふいに大河の脳裏を駆ける彼女が死ぬ間際に残した言葉。
胸が急に熱くなり目の前の少女を抱きしめたいという衝動が大河を襲う。
(くッ……)
歯をくいしばりどうにかその衝動を堪える大河。
相変らず慣れることのできない自分が死を看取った相手に再会。
そしてどうにか心を落ち着け、状況を整理した大河は心の中で一言呟く。
(そうか……すっかり忘れてた……)
カエデのことばかりに気が行っていたせいか、すっかり目の前にいる少女との再開を忘れていた大河。
そして彼の目の前にいる少女こそ、このアヴァターにある首都の王女、クレシーダ・バーンフリートその人であった。
――――――――――――――<Duel
Savior
黒の書 第16話>――――――――――――――――――
(ふむ、こやつが例の史上初男性救世主候補者とやらか。見たところ普通の男のようだな……)
ダリアから送られてきた幻影石に写っていた人物と目の前にいる男の姿が一致した事を確認したクレア。
一見したところ、身のこなしや筋肉の付き方も普通の人と大して変わらないように見える。
だが、この目の前にいる男は紛れも無く史上初の男性救世主候補者はずなのだ。
(しかし……良くわからん男だな)
何かブツブツと呟きながら自分の呼びかけを無視したので、少し怒鳴ってやるとかなり驚いた反応をしていたこの男。
そして、次に自分の方を振り返ったと思ったら何故か急に目を見開き、こちらの方を見つめだしたのだ。
最初は資料に無類の女好きと載っていたので、自分に何かしてくる予兆かと思った。
だが、実際はそのまま何もせずずっと自分を見続けるだけなのである。
「……心配しなくても別に何も付いてないぞ」
「む、そうか?」
余りに顔を見続けられているので、自分の顔に何か付いているのかと手のひらでペタペタと触ってみたがどうやら違ったらしい。
少しだけ頬が赤くなるクレアであった。
「ふむ、まあよい。それで、ちと尋ねたいことがあるのだが」
「ん、何を聞きたいんだ?」
「人を訪ねて参った。ここに救世主クラスの学生がいると聞いてきたのだが、それに相違はないか?」
「ああ、それならついさっき救世主クラスの授業が終わったところだぜ」
「ふむ、それにしてはそれらしい人物の姿が見えぬようだが」
何処か探るような目線で大河を見つめるクレア。
もちろん彼女は大河も含め救世主クラスに関する情報などはとっくにダリアから全体像の写した幻影石付きの資料を手に入れていた。
本当ならばこのような質問をする必要すら必要もない。
だが、あえてクレアはこの史上初の男性救世主候補者がどのような返答をするか見てみたかったのだ。
資料だけでは判断しきれない何か、それを彼自身に会って確かめてみたいと彼女思ったのだ。
「ああ、それなら……ちょっと待っててくれ」
「?」
クレアの問いに頷き、急に辺りを見渡し始めた大河。
キョロキョロと首を動かし、何かを探しているようだ。
(何をやっているのだ……この男は?)
大河の行動の意味が解からず首を傾げるクレア。
てっきり、何かしら予想外の反応をしてくれると期待していたクレアは少し拍子抜けをする。
「お、居た居た。おーい、ベリオ、未亜、リリィちょっとこっちに来てくれー」
「あら、大河くん。今度は何をしでかしたんですか」
「お兄ちゃん、また何かしたの?」
「なによ? まさかまた何か悪巧みでもしてるんじゃないでしょうね」
駆け寄ってきた3人の女性から出会い頭に貶されるクレアの前にいる男。
日頃の行いのつけがこういう所に来ているのか、すっかり信用をなくしている大河である。
「いいさ、いいさ……どうせ俺なんて」
「ハイハイ、お兄ちゃん、そんなに落ち込まないでよ。冗談だって」
「未亜……やっぱお前だけだな、俺の味方は」
「でも……半分は本気だったんだけどね」
「ぐはっ」
結局、大河は妹に止めを刺され、その場に項垂れる事となった。
「それで、結局何の用なの?」
「まあ俺は何も用は無いんだが……」
「どういうこと?」
「まあ簡単に人探しに協力してたってことだ、ほら、こいつ等がお前の探してた救世主候補者達だぞ」
そう言って大河は自分の後ろにいたクレアの事をリリィ達に紹介する。
呼ばれた3人もそれに釣られるように彼女の方に視線を移す。
だが、明らかにこの学園の部外者であるクレアを見てベリオが大河に質問をしてきた。
「大河君、この娘はいったい誰がですか?見たところこの学園の生徒ではないみたいですが」
「ああ、どうやらこの学園に見学しにきたみたいでな。それで救世主クラスの場所を聞かれたんで教えてやったところなんだ」
「なるほど、そういう事だったんですか」
「そういうわけだ」
「ふーん、アンタにしちゃあ珍しく真面目に対応したみたいね。アンタのことだからてっきり変な事をしてると思ったのに」
「そういえばそうだよね、お兄ちゃんが女の人に何の反応も示さないなんて……」
少し感心した様子で答えるリリィの言葉に反応した未亜が少し訝しげな表情で大河を見つめる。
だが、クレアの姿をもう一度確認して、彼女の年齢ならば普通なのかもしれないと思い直す彼女。
兄がロの字でないことに少し安心した妹であった。
「ふむ、お前らが救世主候補者か」
「お前らって……何か偉そうな言い方ね……」
「私の言葉は変か?」
「いや、変ってわけじゃないんですが、その少し……」
「ふむ、そうなのか。……だが私はこの言葉しか知らぬのでな、許せよ」
今まで王宮で上の者として会話してきた彼女にとって普通だと思っていた言葉使い。
だが、やはり自分の喋り方は庶民から見ればやはり少し違うということ事を実感したクレアであった。
「ふーん、まあいいわ。それで貴女の保護者はどこ? 見たところ何処にも居ないみたいだけど」
「そういえば見当たりませんね……」
リリィの言葉にベリオもクレアの保護者の不在に気づく。
普通彼女ぐらいの年齢ならば、この学園の見学には保護者同伴するのが規則なのだが、見たところ辺りにそれらしい人物の姿は見られなかったのだ。
「ふむ、そういえば見えぬな。どこに行ったのであろう?」
もちろんそんな人物などいる筈がないと分かっていながらわざとそんな事をいうクレア。
彼女は学園に入ってからはずっと一人で行動していたため初めから保護者などついていなかったのだ。
そして、そんなことなど知るはずも無いリリィ達。
結局、クレアが迷子ではないのかと相談をし始める。
「それじゃあ、とりあえずこの娘を正門に連れて行きましょうか」
「何故だ?」
「当たり前でしょ、ここの門は6時になると全部閉まっちゃうんだから」
「それは困る。私はもう少しこの中を見て周りたいのだ」
「はいはい、お嬢ちゃんは我がまま言わないで早くお家に帰りましょうね」
「私はお嬢ちゃんではない、クレアと言う名前がある」
リリィに子ども扱いをされ少し憤慨したのか、頬膨らませて反論するクレア。
確かに彼女はその年齢からは考えられないほど聡明で、その卓越した能力で王国を取り仕切っている才女である。
だがいくら彼女が大人ぶろうとも、彼女が少女であるという事実は変わりない。
そういう何気ない仕草の中に隠し切れない彼女の年相応の表情が垣間見えた。
「でもクレアちゃん、このまま6時を過ぎちゃうとほんとに帰れなくなっちゃうよ」
「ふむ、確かにそれは困るな……」
「でしょ、だから早く貴女の保護者の人を……」
「だが、それならば別に今すぐでなくても構わぬのであろう?」
「で、でも……」
「そうだ、ちょうどよい。まだ6時まで時間があることだし、私の保護者が見つかるまでお主たちが案内申せ」
「ちょっと、どうして私達がそんなことしなくちゃならないのよ」
「ふむ、お主たちは救世主候補者なのだろう。そのお前たちが困っている市民を助けるのは当然ではないのか?」
「う……」
反論するリリィの揚げ足をとるように自分の有利な方へ会話を進めていくクレア。
どうにか言い返そうとするリリィだが言い返すたびに逆に反論される始末である。
そしてそのまま押し切るようにリリィは承諾の言質を取られてしまい、結局クレアの案内をするはめになった3人であった。
まさにミイラとりがミイラになってしまったリリィである。
(ふむ、思った以上に順調だな)
悔しそうに地団太をリリィをよそにクレアは内心ほくそ笑んでいた。
元々、史上初の男性救世主候補者である当真大河を見るつもりできた彼女。
その彼に予定よりも早く遭遇できたのも予定外であったが、今のところ全部で4人いる女性の救世主候補者の内3人もの人物に同時に会うことが出来たの は彼女にとって嬉しい誤算だった。
そして今しがたその3人にもこの学園を案内させる言質もとった彼女。
そんな彼女の顔に自然と笑みが浮かぶのも無理はなかった。
(あとはこの者達の実力さえ見れれば……ん?」
どうすれば彼女達の戦闘を見れるのか画策していた彼女の視界の隅に、ふと何か動くものが写る。
何かと思いその動いたものが居た方向に視線を向けてみるクレア。
するとそこにはまるで4人の女性の死角に入るように、コソコソと移動しながらどこかへ向かう当真大河の姿があったのだ。
「おぬし、どこに行くつもりだ」
「げ……」
「ちょっと大河、アンタどこ行くつもりよ!」
クレアの声に反応したのか、リリィもどこかに行こうとしていた大河の存在に気づく。
見つかった大河は如何にもばつの悪そうな顔をして、その動きを止める。
「い、いや。もう俺の用は済んだみたいだからこのまま食堂にでも向かおうかなっと……」
「まさかお主、この私を置いて逃げようなどとは思っていまいな?」
「大河……アンタもしかして私たちに全部押し付けて逃げようだなんて思ってないわよね?」
「ハハ、ソンナワケナイジャナイデスカ、クレアサン、リリィサン」」
じと目で睨んでくる二人の視線に、片言で返事をする大河。
まさに今の彼の姿は蛇に睨まれた蛙そのものである。
「元々アンタがこの娘を連れてきたんだから、もちろん付き合ってもらうわよ」
「じ、実は今日はセルと一緒に食事をする約束が……」
「あれ、確か今朝セルビウム君は今日は街へ出かけてるはずじゃあ……」
「大河……」
「いや、その……」
セルをだしにどうにか逃げようとする大河
だが、未亜のセリフにあえなく退路を塞がれる。
それでもどうにか誤魔化そうとするがリリィの鋭い視線の前に声が詰まる。
「もちろん一緒に来てくれるわよね♪」
「イ、イエッサー!」
これで何度目だろうか、笑顔が恐ろしいと感じた大河。
そのまま押し切られるように返事をしてしまう。
その返事に納得したのかガッツポーズをとるリリィとクレア。
その二人の後ろではベリオが「またですか」といった風な表情で二人を眺めていたとか。
結局前回の時間と同じくクレアの案内をすることとなった大河達御一行であった。
ちなみにその頃リコはというと、一人黙々と料理長が繰り出した最新の鉄人料理を見事完食していたという。
後書き……だといいな。
どうにか16話完成しました。
どうにかオリジナリティを出したいと思っていたのですが今回はほとんど本編の内容と一緒なっちゃいました。
クレアの心情を描くのが中々上手くいかないものですねぇ〜……
それでは次回17話をお楽しみに〜……って楽しみにしてる人がいるのかな……(汗