その日、ミュリエルはいつものように早朝から仕事に勤しんでいた。

 椅子に座りスラスラと紙にペンを走らせる彼女。

 どうやら最近各地で頻発している事件と破滅の軍勢との関連性についての会議で使う報告書を纏めているようだ。

 既に作業を始めてから時間が経っているのか彼女の机の脇にはかなりの数の資料が纏められている。




「ふう、これでいいかしら……」




 一通り作業が終わったらしく、ふっと息を大きく吐いて椅子にもたれかかるミュリエル。

 いくらこの学園を取りまとめているほどの才女である彼女とて疲労はするのである。    

 かけていた眼がねを外し目線を上に上げると時計が視界に入る

 時刻を見てみると思ったより早く終わったことに気づく。

 どうやら会議の時間まで少し間ができてしまったらしい。


 

「そういえば良い紅茶の葉があったわね……」




 余った時間をどうしようかと考えていると、先日知人から良い紅茶の葉を貰っていたことを思い出したミュリエル。

 せっかくなのでこの余った時間で紅茶を楽しもうと思ったのだ。

 さっそく戸棚に閉まってある愛用のティーセットを取り出し準備をはじめる。

 慣れた手つきで湯を沸かし、前もって暖めておいたティーポットに一杯分の茶葉をいれ、お湯を注ぐ。

 実は彼女、紅茶を嗜むのを趣味なのである。




「そろそろかしら……」



 充分蒸らした後、頃合を見計らって紅茶をティーカップに注ぐミュリエル。

 綺麗な紅色の液体がティーカップを満たし、芳醇な香りが彼女の鼻をくすぐる。

 そしてミュリエルはカップを手に取るとその香りを感じながらささやかなティータイムを楽しもうとカップに口をつけ――――







「あの、お義母さま。今すこし時間をよろしいですか?」  








 ――――ようとして自分の愛娘によって断念させられることとなった。


























――――――――――――――<Duel Savior 黒の書 第14話>――――――――――――――――――
























「それでこんな早朝から一体何のようなのかしら?」




 学園長室に入って始めに大河達を待っていたのは妙に不機嫌な表情でこちらを見つめるミュリエルの冷たい視線であった。
 
 彼女の機嫌が悪い理由も分からず脅える大河達。
 
 そんな彼女の机の上には未だに口がつけられていない紅茶の姿があった。


 


「は、はい。それなんですが……少し相談したい人物……っていうかゾンビがいまして……」

「ほら、ルビナス。ちゃんと挨拶しろよ」

「ハイですの〜♪ こんにちわ、私ルビナスですの〜♪」





 自分の義母に睨むような目つきでそう言われ、低姿勢で返事をするリリィをサポートするように大河がルビナスの背中を押す。

 そしてルビナスはリリィとは違いミュリエルの態度などまったく気にすることなく元気良く挨拶をする。
 
 だが、ミュリエルがその少女を目に捉えた瞬間、目を見開くこととなった。




「そんな……まさか……」





 大河達には聞こえないほどの小声でそう呟くミュリエル。

 彼女の目の前には大河達からルビナスと呼ばれている少女。

 そして彼女の視線が集中しているのはその少女が首からぶらさげている赤い宝石がはめ込まれたロザリオのネックレス。

 そのロザリオとまったく同じものがミュリエルの記憶の中に存在していたのだ。

 さらにそのロザリオをしている少女のもつ褐色の肌と銀髪。

 それからはある人物の面影を連想させていた




(ルビナス……貴方なのですか……)



 1000年前、白の書のマスター、ロベリア・リードを自らの身体に封印し、自分はその魂をホムンクルスに封じ再び破滅への危機へと備え永き眠りにつ いた先代の赤の書のマスター。
 
 まさかこんな早朝からこんな重要人物が目の前にやってくるなど思ってもみなかったのだ。




(でも、どうしてこの子が当真君達と……)




 一瞬思考が混乱しそうになったミュリエルだが、すぐさま持ち前の明晰な頭脳ですぐさま情報を整理する。

 そして、今度はルビナスがここに居る理由を考え始めた。

 見る限り、リリィ達がこの少女の事を知っていて会いにいったという気配は無い。

 かと言って、普通に考えればこの少女と大河達が偶然遭遇する可能性はほとんど0なのだ。




(まさか、彼女の記憶が戻った……いえ、見る限りその様子はないし……)

 


 一瞬、記憶を取り戻したルビナスが自分からリリィ達に接触をもったのかと思ったが彼女の様子を見る限りそれも違うようである。





「どうしたのですか、お義母さま?」

「……いえ、なんでもありません……それでリリィ、この少女がいったいどうしたのですか?」




 危うく思考の海に沈みこみそうになっていた所を自分の娘の声によって再び浮上させられたミュリエル。

 内心ではかなり動揺しながらもどうにか表面を取り繕い冷静に聞き返す。

 もしかしたら、彼女から何か情報が得れるかもしれないと思ったのだ。 

 だが、いつも通りの表情をしているつもりのミュリエルだったが、本人が気づかぬ内に表情はいつもより緊張していた。




「あ、はい、実は先日地下室に入ったところこのルビナスというゾンビに遭遇しまして……そのままついて来てしまったんです。
 ですが、彼女は普通のゾンビとはどうも違うみたいなので、それでお義母さまに判断をお聞きしようと思いまして」

「地下室? あそこは確か立ち入り禁止だったはずですが。リリィ、どうしてそんなところにいたのですか?」

「う……え、えっとそれは……このバカ……じゃなくて大河がその地下室に入っていくところを偶然見かけまして、それで、その……」





 まさか後をつけていたとは言えず、どう答えていいのか悩むリリィ。

 彼女としては尊敬する義母に自分がそんな事をしていたなどと知られる事は回避したい。

 しかも彼女の後ろにはそのつけられていた本人である当真大河がいるのだ。

 それが余計に彼女を返答を詰まらせていた。

 もちろんミュリエルはそこまで聞いた時点で、自分の愛娘の心情などとっくに見抜いていたのではあるが……。






「リリィ、貴方が言いたい事はある程度わかりました……それでは当真大河君どうして貴方は立ち入り禁止である地下室に行ったのですか?」

「えっと、それは偶々地下室の入口が目に付いて、何となく中が気になって……」

「地下室の入口には鍵がかかっていたはずですが?」

「いや、それは……その……」

「お義母さま、聞いてください。このバカ……じゃない当真大河はその鍵を壊すために召喚器まで持ち出したんですよ」

「あ、こら、リリィ、そんな余計なことを言わなくても……」

「ふん、ホントの事でしょ」 
  




 慌てる大河に、いい気味と言わんばかりの態度を取るリリィ。

 だが、そんな二人が言い合っているのをよそにミュリエルは別の事を考えていた。




(当真大河……また貴方が……)



 
 この世界に召喚されて以来様々なトラブルを起こしてきた史上初の男性救世主候補者である当真大河。

 まさに自由奔放、優柔不断を体言したような人間である。

 そして今回その彼は偶然地下室の入口を見て、好奇心からついついそんなことをしてしまったと述べている。

 確かに彼がこの世界に召喚されてからしてきた行動を考えれば、今回の彼の行動はある程度頷けないこともない。
 
 現にダリアからの報告でも彼は日頃からそのような行動を繰り返しているのだ。

 


(どうして彼の周りばかりにこんなに事件が……)




 ここ最近何かと事件や騒動が起こると必ずと言っていいほど彼の存在が絡んでいるのだ。 

 原因不明の落雷、能力測定試験での騒動、そして何故か彼が現れてからほとんど姿を見せなくなったブラックパピヨン。

 中には偶然としか言い様がない事故もあったが、彼がこの世界に現れてからほとんど時間が経っていないというのに、その短期間では考えられないほどの 様々なことが起きていた。

 まるで彼がそのような事象を引き寄せているようにさえミュリエルには感じられるほどであった。 




(当真君……もしかしたら貴方は何か知っているのかしら……)




 そんな馬鹿げた事を思いつきながらミュリエルは目の前にいる大河に視線を向ける。




「お義母さま、このバカに救世主たるものがどういう存在なのか教えてやってください!」

「俺様が救世主になっちまえばそれが救世主像になるんだから関係ないだろ!」

「何言ってるの! もしもアンタなんかが救世主になったらそれこそ破滅よ!」

「な、なにおー!」

「お、お兄ちゃん、落ち着いて!」



 目の前では未だに何か言い争っているリリィと大河。

 煽るようなリリィの言葉に思わずくってかかりそうになる大河を妹の未亜が後ろから羽交い絞めにしている。

 まるで子供の口げんかのような内容である。





(やっぱり気のせいなのかしら……)




 そんな大河の姿を見てそんな事を考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなって来たミュリエル。

 どうみても目の前の青年はそんな隠し事ができるようなタイプには見えなかったのだ。

 むしろ、史上初の男性救世主候補者というイレギュラーな彼の存在に、思いのほか疑心暗鬼になりすぎていたのかもしれないとさえ思い始めてしまう。

 



「二人とも……そこまでにしなさい。リリィ、救世主候補者たるものがそんなに簡単に熱くなってどうするのですか」

「え、あ、は、はい……ごめんなさい、お義母さま……」

「リリィちゃんったらションボリしてますの」




 ミュリエルのその一言で一気に静かになるリリィ。

 どうやら、自分の義母に呆れたような目で見られたことがよほど堪えたらしい。





「それで、学園長。ルビナスは処遇はいったいどうなるんだ?」

「そうですね……とりあえず彼女のことはこの私が預かることにします」 

「ちょ、ちょっとお義母さま、それはいったいどういうことですか?」




 ミュリエルの発言に落ち込んでいたリリィが復活する。

 まさか、彼女がルビナスを預かるなどと言い出すとは思ってもみなかったのだ。

 


「それなら貴方が預かるというのですか、リリィ?」

「い、いえ、それは……」

「ま、当然だよな。俺達にはルビナスを預かれるほど余裕もないわけだし」

「そう、それに彼女のような不確定要素は早い内にこちらの監視下に置いておいたほうがいいのです。もしも何か起こってからはでは遅いですからね」





 実際は彼女の正体を確認しておきたいだけだったのだが、この際こうでも言っておかなければ納得しないだろうと適当な理由を述べるミュリエル。

 だが、当真大河がこんなにもあっさり納得するというのは少し意外であった。

 てっきり、彼ならば何か言ってくると思っていたのだ。

 


「わかりましたか、リリィ。それではルビナスさん、今日から貴方の事はこの学園が預かりますね」

「え、ダーリンと一緒に居ちゃいけないですの?」

「ダーリン? それは誰のことですか?」

「私のダーリンはこの人ですの〜♪」




 そう言って大河に飛びつくルビナス。

 ミュリエルは突然のルビナスの行為に一瞬だけ目緒ぱちくりさせた。




「当真君、これはいったいどういうことか事情を説明してもらえますか?」

「いや。まあ。これには深い事情が……」

「説明してもらえますね」

「……はい」




 まさか自分の旧友に何かしていたのかと額に青筋を浮べながら大河を睨みつけるミュリエル。

 しかし、その時の顔がリリィにそっくりだったのはやはり親子たる所以であろう。

 そしてそれに押されるように頷いた大河はミュリエルにも自分の部屋でリリィと未亜に話した内容とほぼ同じ説明をした。

 












「なるほど、そういう理由でしたか……」

「そういう理由です」




 大河の話を聞き終えてミュリエルは一応納得する。

 とりあえず、彼が彼女に何もしていないことが分かって少し安心したのだ。

 だが、何より彼の話の通りならばそのようなことがあってもおかしくないと思ったのだ。




「ダーリンと私は夫婦なんですの。夫婦が一緒に住むのは当たり前なんですの〜♪」

「だから、ルビナス。さっきも言ったけど、同じ学園内にいるんだからいつでも会えるんだから学園長の所でもいいじゃないか?」

「ルビナスさん、別に私は貴方の事を拘束するなどとは言ってませんよ」




 説明が終わった後未だに大河と一緒に住むといい続けるルビナスをどうにか説得しようと試みるミュリエルと大河。

 まあ、大河としては別に一緒に暮らしてもいいのだが、それをすると自分も一緒に住むと未亜が言い出しかねないのだ。

 そしてそれから数分間、二人の説得の甲斐があったのかどうにか納得したルビナスであった。

 











「それじゃあ、学園長。ルビナスの事をよろしく頼むぜ」

「失礼します。お義母さま」

「お邪魔しましたー」




 ルビナスを学園長室に残し、でていく3人を見届けたミュリエルはほっと一息をつく。

 時計を見ると、会議が始まる時間は過ぎてしまっている。




「完全に遅刻ね……」



 だが、今から行っても途中から参加できるというのに彼女は行こうとは思わなかった。

 何故なら、彼女には今からしなければならないことができてしまったのだ。




「ルビナスさん、ちょっとこっちに来てくれるかしら?」

「何ですの?」

「貴方のロザリオをもう一度良く見せてもらえないかしら?」

「はい、勿論ですの〜。これはダーリンが私のお家から見つけ出してプレゼントしてくれたものなんですの〜♪」




 そう言って自慢げにキラキラと輝くロザリオをミュリエルに見せるルビナス。

 ミュリエルはその前に出されたロザリオを再び観察するように見た。



「やはり……間違いないわ……」




 目の前のロザリオが自分の記憶にあるものと完全に一致したことを確認したミュリエル。

 そしてルビナスに視線を戻すと再び彼女に話しかけた。

 


「ルビナス……貴方は記憶を取り戻したいのですか?」

「それはもちろんですのぉ〜」

「そう……なら、今から貴方の記憶を取り戻してあげますね」

「そんなことできるんですの?」

「ええ、もちろんですよ」





 そう言って彼女はルビナスのロザリオに手を当て、呪文を唱えた。











「オーム……イル……マハー」












 その瞬間、光が学園長室を満たした。








後書き……のようなもの
最近投票箱を見てみるとアビス×大河という言葉をちらほらと見かけます。
実を言うとアビスという存在は大河が逆行するための一つのファクターとして作り出した存在だったのでヒロインとしては考えていませんでした。
ですが今後の展開しだいではそういったこともありえるかも……。

それでは次回Duel Savior 黒の書 15話をお楽しみに〜。