「ん、ここは……?」



 カーテンの隙間から入ってきた朝日の光が顔に当たり眩しさで目を覚ます大河。

 周りを見渡すと、ここ数日間お世話になり続けている薬品類が多数並んでいる戸棚が目に付いた。

 どうやら、自分はまた医務室にお世話になったらしい。

 流石に4度目ともなると慣れたもので、いそいそベッドから起き上がると寝ていた布団を三つ折りに丁寧に畳み、掛け布団も同様にする。

 その後名簿に退出時間を記入し、医務室を退室すると大河は自室へと向かった。


 朝日を浴びながら寮に続く道を散歩気分で歩く。

 たった数分の距離なのだが、これが中々気持ちがいい。

 寮の前に着くと朝食の準備をしているのだろうか、良い香りが漂ってきていた。

 大河はその香りから朝食の内容を予想をしつつ、鼻歌を口ずさみながら自室へと向かった。





 だがこの時のささやかな幸せは、この後彼に降りかかる不幸の前の休息にすぎなかったのかもしれない。

 
 そう、彼はすっかり忘れていたのだ。
 

 自分が何故医務室に寝ていたのかという理由を……。



















――――――――――――――<Duel Savior 黒の書 第13話>――――――――――――――――――
















「ふわぁぁ〜〜っ……まだ朝食まで時間もあるし……もう一眠りすっかな」



 起きた時間が早かったせいか、朝食の時間までまだ時間があったのでもう一眠りしようと考える大河。

 そして欠伸を噛みしめながらゆっくりとドアを開けた。




「おはよう、お兄ちゃん」

「あら、思ったより早かったじゃない」

「おはようですのー、ダーリン♪」




バタンッ




「…………」




 反射的に大河はドアを閉じる。

 一瞬ドアの向こうに何かあり得ない光景が目に映ったような気がしたのだ。




「こんな朝っぱらから部屋に未亜とリリィとルビナスがいるなんて……幻覚以外ありえないよな……うん、そうに違いない」



 
 もしかしたら自分は思っていたより疲れているのかもしれないと思った大河。

 きっと、昨日ベリオの手伝いをしたのが原因に違いない。

 そう自分に言い聞かせ、冷静さを取り戻すと再び自分の部屋のドアノブに手をかける。




「よし、今度こそ……」



 再びゆっくりとドアを開ける。

 今度こそいつも通りの自分の部屋の光景が広がっているはずなのだ。



「お兄ちゃん。どうしてドアを閉めちゃったの?」

「そんなところに突っ立ってないでさっさと入ってきなさいよ」

「ダーリン、無視するなんて酷いですのー」




 

 ゴシゴシと大河は目を擦るが一向に目の前の幻覚は一向に消える気配はない。

 目の前には額に青筋を浮べながらニコニコと笑っている未亜とニヤニヤと笑っているリリィ、そして相変らずノータリンなルビナスの姿。

 どうやら、自分は本気で疲れているらしい。

 何度目を擦っても消えない幻覚を見るほどなのだ。

 


「うん、こういう時はベッドに入ってぐっすりと眠るに限―――」


「こら、いい加減戻って来い!」

「――グハッ!」




 半ば現実逃避を仕掛けている所をリリィの突っ込みによって現実に引き戻される大河。

 残念ながら幻覚ではなかったらしい。 

 ひりひりする頭の痛みが目の前の光景が現実であるという事を物語っている。


 

「相変らず世話をかかせる奴ね。まったく……どうしてこの私が……」




 はぁっとため息をつきながら何かブツブツと呟いているリリィ。

 どことなく疲れた様子ではあるが何故か妙に頬が赤い。




「さてと、お兄ちゃん。落ち着いた所で一つ聞きたいんだけどいいかな?」



 タイミングを待っていたのか、正気に戻った大河に未亜が話しかけてきた。

 しかも、何故か先ほどより額の青筋が増加している。




「あ、ああ……マイシスターよ。お兄ちゃん何でも答えちゃうぞ」 




 顔は笑っているのに目が笑っていない表情をしている未亜を見て思わずそう答えてしまう大河。 

 何故か自分の周りにはこういう表情をするのが得意な女性が多いのは気のせいだろうかと思う今日この頃である。




「それじゃあ聞くけど……昨日いったい何してたの? 夕食の時間になっても帰ってこないし……私、待ってたんだよ」 




 未亜は一瞬少し悲しそうな顔した後、直ぐに刺すような視線で大河を睨みつける。

 どうやら大河が医務室で寝ていたことを知らないらしい。

 まあ、昨日はいつの間にか気を失っていたので帰ろうにも帰れなかったというのが本当のところなのだが。
 



「いや、俺は今朝気づいたらいつの間にか医務室に寝ていたんだが……」

「ふーん……じゃあ、今朝お兄ちゃんを起こそうと思って部屋に入ったら何でか知らないけどリリィさんとそこの見かけない女の人がいたんだけど……
 これって一体どういうこと?」

「いや、それはまった身に覚えが……」

「お兄ちゃん、その服昨日と一緒のやつだよね……しかも何か土で汚れてるし」

「いや、それは……」

「さらに言うけど、そこの見かけない女の人からお兄ちゃんの匂いがするんだけど……」

「いや……」

「さあ、ちゃんと納得できる理由を言ってね、お兄ちゃん♪」

「…………」




 言い訳すらゆるされない状況に自分はいるらしい。
 
 こちらが何か言い終える前に質問を返してくる未亜に途方に暮れる大河である。

 そしてその光景を見ながらしてやったりといった表情を浮べているリリィ。

 どうやら入ってきた時にしていたニヤニヤとした笑いはこうなる事を見越しての事だったようだ。




「そ、そういえば、何で俺はまた医務室なんかで眠ってたんだ?」

「それはアンタが怪我してたから親切にも私がわざわざ医務室に放り込んでおいてあげたの。まったく……感謝しなさいよ」

「え、お兄ちゃん怪我してたの?」




 今まで刺すような視線を放っていた未亜の表情が急に崩れる。 




「ああ、まあ怪我と言ってもかすり傷程度だったみたいでもうほとんど塞がっちまってるけどな」

「よかった……でも、昨日何か怪我をするようなことでもしたの?」

「ああ、それなんだがな、さっきからそれを思い出そうとしてるんだが昨日の記憶の最後の方がどうも曖昧で良く覚えてないんだ。なあ、リリィ何かしって るか?」

「それはリリィちゃんがダーリンを……モガモガ」

「だ――っ、アンタは黙ってなさい!」



 何か喋ろうとするルビナスの口をものすごい勢いで塞ぐリリィ

 まさかその怪我の原因が自分がフレイズノンで吹き飛ばしたせいなどとは言えるはずもない。




「それについては忘れなさい。と、兎に角アンタは私に感謝してればいいの!」

「む〜〜、何だか誤魔化されてるような気がするけど……まあ、とりあえずありがとな」





 リリィの妙な迫力に押さされながらも素直にお礼を言う大河。

 その大河の反応をみて少し頬赤らめながらほっと一安心するリリィであった。  

 その表情を見て未亜の表情が少し曇る。




「じゃあ、リリィとルビナスはこんな朝っぱらから俺の部屋何かにいたんだ? それについては俺もさっぱりわからないぞ」

「それは〜、私とリリィちゃんは昨日ここに一緒に泊まったからなんですの〜♪」

「リリィさん、それって……」




 一度は下がっていた未亜の嫉妬ゲージが再び上昇しはじめる。

 リリィは先ほどまで大河に向けられていた怨念の篭った視線の矛先が今度は自分に変更されてしまったことに焦りだす。 




「ちょ、ちょっと勘違いしないでよ未亜。だって仕方ないじゃない、私の部屋に連れて行くわけにもいかなかったんだから。
 それにこの子を泊められるような場所はアンタの部屋ぐらいしか思いつかなかったのよ……」




 必死に未亜の機嫌をとるリリィ

 どうやら、ルビナスを泊めれるような場所がここ以外に思い浮かばなかったらしい。

 確かにこの部屋はもともと屋根裏部屋で他の部屋からは結構離れているし、男の部屋ということもあって誰かが来ることも無いのでルビナスのような見ず 知らずの人間(?)がいたところばれる心配はほとんど無い。

 その点で言えばリリィの判断は正しかったといえばその通りだろう。 
 



「って、それじゃあ何でわざわざお前まで泊まったりしたんだ。別にルビナスだけ俺の部屋に置いておけばよかったんじゃあ?」

「だからアンタはバカ大河なのよ。考えても見なさい、こんな訳の分からないヤツを一人で置いておけるわけないでしょ」

「あ、それもそうか」

「む〜、私訳の分からないヤツじゃないですの。ちゃ〜んとダーリンにもらったルビナスっていう名前がちゃんとあるですの」

「いや、その名前は俺があげたんじゃなくて、もともとお前の墓に書いてた名前なんだが……」

「そういえば大河……昨日からずっと聞きそびれてたけどこの……えっと、ルビナスっていう訳の分かんないヤツ、一体誰よ?
 それにさっきからお墓がどうのこうの言ってるけどそれって一体どういう意味?」

「そうだよお兄ちゃん、危うく誤魔化されるところだったけど、この人一体誰!
 しかもさっきからダーリンって言ってるけどお兄ちゃんと一体どういう関係なの!」



 どうやら遂にその質問が出てきてしまったらしい。
 
 しかもリリィと一緒でルビナスのダーリンという言葉にやたら反応している未亜。

 そして相変らずルビナスは状況を理解していないのかニコニコと笑っている。

 




「ちょっと落ち着けって未亜、ちゃんと説明すっから……」

「それはダーリンと私はふう……モガモガ」

「はいはい、お前が喋ると余計にややこしくなるから少し静かにしててくれ……」




 そう言って何か喋ろうとして今度は大河に口を塞がれるルビナス。

 モガモガとしながら何か言おうとしているがこの際無視である。
  
 まあ、何を喋ろうとしていたのかは想像はつくのではあるが……
 



「まあ、結論から言うとだ……ルビナスと俺の関係は昨日偶然出会っただけのまだ知り合いになってから一日も経ってないような仲だぞ。
 んでまあ、さっきから俺の事をダーリンって呼んでるのは自分の名前を覚えてなかったらしくてな、名前を教えてやったら一目惚れされたわけだ」

「ちょっと大河。そんなに都合よく記憶喪失の少女に会ってその日の内に一目惚れされるってみたいな事が偶然がそうそう起きるわけないでしょうが。
 しかもあんな場所にいたこと自体普通じゃないんだから。まったく、嘘をつくならもっと分かりにくい嘘にしなさいよ」

「そうだよお兄ちゃん。ほんとは街かどこかでナンパしてきた女の子なんでしょ!」




 正直に話しているのに信じてもらえない大河。

 まあ、普通なら考えられない偶然が重なったのも原因なのだろう。

 もちろん彼の普段の行いも原因の一つなのであろうが……。

 
 

「嘘なんか言ってないぞ。ちなみにルビナスはちょっと訳ありなんでな……おい、ちょっとルビナスちょっとこっち来てみろ」

「なんですのダーリン?」




 大河に呼ばれトコトコと近づいてくるルビナス。

 そして大河はルビナスが自分の近くまで寄ってくるとおもむろに彼女頭を掴んだ。

 リリィも未亜も、そして頭を掴まれたルビナス自身も大河が何をしたいのか分からずハテナ顔を浮べている。




「お兄ちゃん、ルビナスさんの頭を掴んでどうするの?」

「まあ、よく見とけって……百聞は一見に如かずって言うからな……よっこらせっと!」





 その掛け声と共に勢い良く引張られるルビナスの頭。

 そして、それと同時にスポッという小気味の良い音と共に外れてしまったのだ。




「きゃん……ダーリンいきなり何するですのぉ〜」

「ちょ、ちょっと大河……もしかしてコイツって……」

「お、お兄ちゃん……ルビナスさんってまさか……」





 生首のまま大河に文句を言っているルビナス。
 
 未亜は唖然とした表情をしたまま固まってしまい、リリィは目を見開いている。

 リリィの方はこういう事に対して耐性があるのかまだ余り驚いていないようだが、未亜にとってはかなりショッキングな光景だったようだ。 

 まあ、大河の居た世界ではこんなことなど実際ありえなかったのだから仕方が無いと言えば仕方がないのだが……。

   


「そういうこと、見ての通りルビナスはゾンビってなわけだ。まあ、普通のゾンビとは違うみたいだけどな」




 本当はゾンビではなくホムンクルスなのだが、この際ゾンビと言っておく大河。

 この方が後々面倒が少ないと判断したのだ。




「ダーリン、頭を返してほしいですのぉ〜」

「あ、悪い悪い。ほらよっと」

 


 大河に頭を受け取ったルビナスはよっこいしょと頭を自分の首につける。

 それにしても未だにルビナスの体がどうやってくっ付いているのかは謎なところである。




「大河……」

「ん、何だリリィ?」




 どうやらいち早く落ち着いたリリィが大河に話しかけてくる。

 だが、何故か彼女の目は哀れみを含んでいた。




「アンタ、まさか生きてる女性に相手にされないからってこんなゾンビにまで手を出すなんてことは……」

「んなわけねぇだろ!」




 何かとんでもない事をおっしゃってくださるリリィさん。

 いくら女好きの大河とはいえ死姦などという特殊な趣味は持ち合わせていない。
 
 


「お兄ちゃん……そんなにしたいんだったらいつでもこの私が……」

「未亜。俺たちは兄妹ってこと忘れてないか?」

「でも、私達血が繋がってないんだし……」

「そ、そりゃそうだけど……」




 未亜の言葉に大河の心が揺れる。

 大河とて本心では未亜の事を抱きたいと言えば嘘ではない。

 事実、前の世界では未亜を抱いた大河。

 目の前では切なげな目で自分を見つめてくる未亜の姿。
 
 今でもはっきりと覚えているあの時の柔らかな感触、そして甘い匂い。




(くそ……こんな時に俺は何を考えているんだ!)




 一瞬でも欲情してしまった事に自己嫌悪する大河。

 そして、それと同時に蘇るもう一つの記憶。



『生きて……お兄ちゃん……』



 自分の代わりに閃光の中に消えていった未亜の姿。

 それは彼の心に撃ち込まれた楔。

 急速冷めていく大河の興奮。 

 そして大河は落ち着いた声で未亜に話しかける。
 



「未亜、お前は……俺にとって大切な人だ」

「お兄ちゃん、それは家族として?」

「……ああ、もちろん家族としてだ」




 家族――だがそれ以上にはなれない。

 それが大河が未亜に答えた返答だった。

 そしてその意味を悟ったのか悲しそうな表情を浮べる未亜。




(そう、これでいいんだ……俺と未亜は家族、それでいいじゃないか。未亜だっていつか俺の代わりに良い人を見つけてくれるさ……)




 大河が未亜との間に作る小さい壁。

 限りなく薄く、向こうが透けて見えそうな壁。

 だが、その向こうは決して見えず、それは決して壊れることは無い。 

 そう、それが大河の心に出来た楔なのだ。   





「とにかく、このままルビナスをここに置いておくわけにもいかないからな……リリィ、学園長って今部屋にいるか?」

「え、ええ……この時間なら会議の始まる前だからたぶんいると思うわ」

「そっか、じゃあ今からルビナスを学園長の所に連れて行こうぜ。あの人なら何か知ってるかもしれないし」






 そう言って急に明るい表情をしながらルビナスを連れて部屋を出て行く大河。

 だが、明らかにそれは無理をしているというのがリリィにもわかった。

 残された未亜は俯きながら何か呟いている。



「おーい、未亜、リリィ何やってんだ? 早く来いよー」



 部屋の外から大河の呼ぶ声が聞こえてくる。

 どうやら中々出てこないリリィたちを待っているようだ。 



「ハイハイ今行くから待ちなさいよ。そんなに慌てなくてもまだ大丈夫よ。……まったく、無理しちゃって」



 口ではそう言いながらもやはり大河を心配している。

 そして彼女はまだ何か呟いている未亜に呼びかけると大河の後を追って扉を出た。

 


 ちなみに余談ではあるが未亜が呟いていた内容だが……









「家族って事は……まだチャンスがあるかもしれないって事だよね……お兄ちゃんって結構責任感強いし、一度既成事実さえ作っちゃえば……」







 

 どうやら彼女はまだ諦めていなかったらしい。

 伊達に数年間ずっと片思いをしていたわけではないのだ。





後書き……という名の言い訳
なにやら投票箱で早く書けとのコメントが多々あるので少しがんばってみたシロタカです。
ちなみに言っておきますが私は未亜は嫌いではないです……ただちょっと黒くなった未亜が……。
とまあ13話完成です。


ちなみに黒の書のことアビスが本編に絡んでくるのはなだ当分先になります。
当分はちょこちょこっと話の合間に出てくる程度ですね。