始めはあのバカを監視しているだけのつもりだった。

 いきなり現れた変なヤツのこともここから出た後できっちり問い詰めてやるつもりだった。

 なのにあの変なヤツがあのバカに抱きつくのを見るたびに何度も胸に走るチクっとした小さな痛み。

 気のせいだと思いたかった。

 そして気のせいだと自分に言い聞かせた。


 それなのに……。


 あの変なヤツがあのバカの指を咥えて。

 あのバカの鼻の下を伸ばした顔を見た瞬間。


プチッ


 そんな音と共に自分の中の何かが切れた。



「ちょっとこのバカ! その変な奴といったい何やってるのよ!」






















――――――――――――――<Duel Savior 黒の書 第12話>――――――――――――――――――


















「――――リ、リリィ!?」

「あ……」



 行き成り背後に現れた赤毛の少女の声に興奮していた気分が一気に冷める。

 速攻で咥えられている指をルビナスの口から引き抜き、リリィの方に身体を向ける。

 指を引き抜く瞬間、ルビナスが残念そうな顔をしていたのはきっと気のせいに違いない。




「ど、どうしてこんな所にお前がいるんだ!?」



 
 WHY、何故、どうして?

 そんな単語が頭の中を駆け巡る。

 ここは普通なら立ち入り禁止になっているはずの地下室。

 自分はここに用があってきたのだが、彼女にそんな理由などあるはずがないのだ。




「ふん、それはこっちのセリフよ。アンタこそ何でこんなところにいるのよ? しかもその腕にぶらさげてる変なヤツ、一体誰よ! 
 あ、こら、それ以上そのバカに引っ付くな!」

「ちょ、ちょっと落ち着けってリリィ!」

「この人は私のダーリンですの〜。夫婦がいつも一緒にいるは当然ですの〜♪」




 複数の質問を矢次にしてくるリリィ対し混乱する大河。

 だが、リリィもかなり興奮しているためか質問と本音がごっちゃになっていることに気付いていない。

 ルビナスはルビナスで慌てふためく大河をよそにリリィの問いにさも当然かのようにとんでもない事を返答をしている。

 しかもご丁寧に腕にぶら下がりながらほお擦りまでしながら……。 

 目の前の赤毛の少女の額にさらに青筋が増えた。



「夫婦って……ちょっとアンタ……いったいこの変なヤツに何言ったのよ!」



 ドスの効いた目線で大河を睨み付けるリリィ。

 既に大河を監視するとという当初の目的などすっかり忘れているようだ。

 引きつった頬をピクピクとさせながら、いつの間にかその片手には発射寸前のフレイズノンと思われる火の玉が浮かんでいる。

 

「さあ、吐きなさい!」
 
「と、とりあえず訳を話すからその手にある物騒なものをしまってくれ!」



 ワタワタと手を振りながらとりあえずリリィを落ち着かせようとする大河。

 リリィもその大河の返答にとりあえず手に浮べていた火の玉を消す。



「わかったわ……」

「お、おう……」



 振り上げていた手を下ろしながら、ふっと一息つく彼女。

 その反応に一瞬だけ彼女が理性を取り戻したのかと希望を抱く大河。

 だが、すぐに彼はその考えが甘かったということに気づかされることとなる。



「それじゃあさっさと吐いてもらいましょうか、と・う・ま・た・い・が・く・ん♪」

「イ、イエッサァー!」



 急に笑顔になって話かけてきたのだが、明らかに目が笑っていない。

 目は口よりものを言うという格言は本当なのだと改めて気づかされる大河である。  

 そして大河はそのリリィの異様な迫力に押されるまま、思わずそうイエスと返答してしまったのであった。

 リリィはその大河の返答を聞くとニンマリとした笑顔を浮べる。



「さーて、納得のいく話をしてもらいましょうか」



 両腕を組みながら大河の前に立つリリィ。

 そんなリリィを前にして大河は渋々自分がここにいる理由を話し出した。



「まあ、とりあえず簡単にいうとだ……俺がここに入ったのは偶然だ」



 自分がルビナスの事を思い出したのはこの地下室の入口が偶然目についたのが理由なのだから嘘は言っていない。

 

「偶然ですって!? ふん、そんな嘘は私には通じないわよ。だってちゃんと見てたんだから。
 アンタが地下室の扉の鍵をわざわざ召喚器まで呼び出して壊してたところを!」

「だって仕方ないだろ。トレイターぐらいしか鍵を壊す道具がなかったんだし」

「だぁーーっ、このバカ! そんな理由で召喚器を呼び出してどうするのよ!」



 思わず大河の襟首を掴み上げ、怒鳴り声を上げるリリィ。

 どうやら召喚器の使い方がお気に召さなかったらしい。



「いや、だってさ、俺のトレイターって何かこう万能包丁みたいな感じでお手軽に使えるというか……ほら、色々形変えれるし」

(主……それはあまりに……)



 トレイターの声が聞こえたような気がしたがとりあえず無視をする大河。

 そんな事よりも何か良い言い訳を考えるのに必死脳みそをフル回転させていた。



「アンタ、一体召喚器を何だと思ってるのよ。召喚器は救世主候補者の証、いわばこのフローリア学院の先頭に立つ存在の証なのよ!
 それをよりにもよって万能包丁と一緒の扱いをするなんて……まあ、確かにアンタの召喚器は色んな形に変わるから万能包丁みたいだけどさ……」



 召喚器について熱く語りだしたと思ったら、最後の方は大河と同じ意見になっている。

 リリィにまで万能包丁と言われてしまったトレイター……少し哀れである。

 まあ、確かに彼女の言う通り、何故かトレイターだけが他の召喚器と違い様々な形にその姿を変えることができるのだ。



(そういえば召喚器って確か過去の救世主の魂から作られてるんだよな……)



 ふいに、そんな事が記憶に蘇る。

 召喚器、それは過去の散っていった救世主の魂を元に作り出された神が定めし真の救世主を選定するためのアーティファクト。

 それゆえに召喚器にされた救世主たちは未だにその意思を封じられたまま、神に利用されているのだ。



(あれ、じゃあ何でトレイターは男なんだ……?)



 そう、今までこのアヴァターに召喚された救世主たちは皆女性であり、自分以外に男が召喚されたという例はない。

 故に、その召喚器に封じられているはずの意識は全て女性人格であるはずなのだ。

 だが、自分の召喚器であるトレイターの声も口調も明らかに男性人格のものであった。

 トレイターを召喚した当時は、そのような事実も知らなかったのでまったく気にならなかったが改めて考えるとおかしな話だ。




(なあ、トレイター……お前は一体……)

(すまない我が主よ。今はまだその問いに答えることはできぬ……何故なら今の我には枷がついてしまっているのだ)

(枷? どういう事だ?)

(うむ、それはこの時代の『我』と融合したことにより、再び我にもその枷の一部が適応されてしまったのだ)

(その枷があるせいで言えないことがあるっていうことか?)

(その通りだ我が主よ。枷が一部だからこそ今こうしてある程度情報を渡すことができるが、彼のものが我を見ている限りこれ以上のことは話せないのだ)




 そう言って黙り込むトレイター……いや、本人から言えば語ることができないのだろう。

 トレイターに再びついた枷

 恐らく『彼のもの』とは神のことだろう。

 そして、枷とは神による監視……。

 自分の相棒の状態すら把握していなかったいう自分が今更ながら恥ずかしく感じた。 




(我が主よ、気を落すことはない。汝は我にとって唯一の使い手なのだ。我は汝が戦う限り何処までもついていこう)

(ありがとな、トレイター。やっぱりお前は俺の最高の相棒だぜ)

(主よ、私のことを忘れていないか?)

(心配するなよ、アビス。もちろんお前もだぜ)




 いつの間にか自分とトレイターの会話を聞いていたアビスを宥めなながら苦笑する。

 そして、ふとアビスなら枷も何もないのではないかと気づく。




(なあ、アビ――)

「こらぁー、このバカ! 人の話をちゃんと聞きなさいよ!」

「もー、ダーリン。無視しないでほしいですのー!」




――と、ちょうどその瞬間、目の前に詰め寄ってくる赤毛の少女とノータリンゾンビに思考による会話が中断される。

どうやらちょっと考え事に耽っている間リリィとルビナスによる口喧嘩が始まっていたようだ。

そして何がどうなったのかは知らないがその矛先がいつの間にか自分になっていた。




「もう、こうなったら一旦寮に戻ってとことん問い詰めてやるわ。さあ、この変なヤツを置いてさっさと帰るわよ!」

「やーん、ダーリーーン、置いていかないで欲しいですのー」

「こら、そこの変なヤツ! このバカから離れなさい!」

「甘いですの!」




 ルビナスに向けてフレイズノンを放つリリィ。

 その攻撃をひらりとかわすルビナス。

 そしてその矛先を失ったフレイズノンは行き先はもちろんそのままルビナスが抱きついていた人物。




「ま、まてリリィ、フレイズノンは――」




 そして本人が気づいた時には既に手遅れであった。




「うぎゃあああぁぁぁ!」



 
 爆発音と共に吹き飛ぶ大河。

 そして地面に落ちるとそのまま動かなくなった。

 プスプスと全身から煙をあげ、コンガリと良い具合に仕上がっている。




「……」

「……」



 
 短い沈黙がリリィとナナシの間に漂う。
 
 心なしか二人の顔には汗が浮かんでいるようだ。

 だが、その後顔を見合わせた二人はお互いに何かを感じ取ったのか頷き合うとそのまま倒れている大河の足をそれぞれ掴むと、何事も無かったかのように そのまま大河を引きずりながらあ地下室の出口に向かって歩き出した。

 その後数分間、何かがぶつかり合う鈍い音が地下室に響き渡ったという。













後書き〜……かな?
やっとジャスティスクリアしました〜。ハーレムエンドはかなりよかったです。
とりあえずジャスティスと一部少しだけ内容がかぶった所はありましたが、全体としてはほとんど大丈夫だったのでプロットに修正は無さそうな感じです。
あと、投票をちらっと覗いてみましたが読んでくださってる人が思ったよりいて少し感動しました。
追伸:ちなみに私は誰が特に好きというのはありませんが、どちらかといえばリリィ派です。でも、全員ちゃんと活躍させる予定(?)です。