暗い地下室の闇の中

 出会うべくして出会った二人の男女

 少女はキョトンとした目で男を見つめ、男は優しげな目で少女を見つめる。

 そしてそんな男に向かって少女は言葉を放った。   
 


 
 

「あの〜、どちらさまですの?」
























―――――――――――――<Duel Savior 黒の書 第11話>―――――――――――――――――
























(しまった、ナナシと俺はまだ初対面だった……)

 


 元気そうなナナシの姿をみて思わず以前のように挨拶をしてしまった後そのミスに気付く。
 
 だが、その後すぐにナナシなら誤魔化す必要すらないと思いなおした。

 何故なら彼女なら言い訳するまでもなく勝手に解釈してくれるだろうと思ったのだ。
  


「はっ! まさか……」


 と、大河が少し考えている間にナナシはどうやら一つの結論に至ったようだ。



「もしかしてドロボウさんですの!?」

「違うわいッ!」

「それじゃあ、夜這い……」

「それも違うッ!」

「え、違うんですの!?」



 何やらとんでもない方向に解釈されてしまったらしい

 まあ、たしかに自分がさっきしようとしていたことはドロボウみたいなものなのだからしょうがない。

 そして自分の結論を否定されたことにかなり驚いているナナシ

 どうやら自分の答えにかなり自信をもっていたらしく、かなりショックを受けているようだ。

 どうも最後に彼女に分かれた時のルビナスとしての印象が強く残ったせいか、記憶喪失時のナナシとの間にかなりギャップをうけてしまう。

 だが、何故かそれが妙に嬉しかった。




「は〜、まったく……俺は当真大河、史上初の男性救世主候補者だ」
 
「救世主候補者さんですの? すごいですの〜♪」



 ため息をつきながら結局自己紹介をする大河。

 ナナシは大河の言った理解しているのかどうかは怪しいが、一応感心している。



「俺はちゃんと答えたんだから、お前もちゃんと自己紹介しろよ」

「ハイですの〜♪ アタシの名前は……あれ、えっ〜と、ん〜っと」




 そこで今まで軽快だったナナシの言葉が急に詰まる。

 そして指で口元に添えながら考え込んでしまった。

 恐らく必死に思い出そうとするが一向に思い出せない自分の名前に思考が混乱しているのだろう。




「どうしたんだ?」

「思い出せないですの。実は私って生きてた時の名前がないんですの〜、ションボリ」

「まあ、思い出せないなら仕方ないよな」

「ごめんなさいですの〜」


 
 記憶がないというのに落ち込んでるのかそうでないのかわからない態度をするナナシ。

 大河はそんなナナシを慰めてやりながら、心の中で思案する。


 もしも大河が、今ここで彼女の名前を勝手に決めてやれば、何の疑いもなく信じ込むだろう。

 そもそもナナシという名前も、大河が彼女の事を「名無し」と言ったのを勝手に自分の名前を付けてくれたと勘違いした結果なのだ。

 そして今回も大河が一言彼女にその事を言ってやるだけで彼女との仲は以前と似たようなものとなるのだ。

 だが―――




「それならお前がいう家に書かれてる名前は何なんだ?」

 

 そう言って、大河が指差したのはナナシの家、もといルビナスの墓だった。

 ナナシ大河に言われた通り、その指差す方向にある墓に刻まれた名前を見つめる



「ルビナス……これがアタシの名前ですの?」 

「お前の墓……じゃなくて家に書かれてるんだからお前の名前じゃないのか?」

「そう言われればそうだったような気がしますの」




 微妙に悩んでいるナナシだが、これが彼女の本来の名前なのだから当たり前の事なのだ。

 そしてナナシが自分のことをルビナスと決めた瞬間、もう自分は彼女の事をナナシとは呼べなくなってしまう。

 その事に少し寂しさを覚えつつも、これが彼女のためになるのならそれでいいと思う大河だった。




「そうですの、思い出しましたの。私の名前はルビナスですの〜♪」

「それじゃあ、それで決定だな。よかったな、自分の名前が思い出せて」

「ハイですの〜♪これから末永くお願いしますの、ダーリン♪」

「おう。こちらこそよろしくなルビナ……」




 ここまで言ってふと違和感を覚える。
 
 彼女は自分の事をなんと言った……
 


「どうしたんですの?」

「あ〜、すまないがルビナス、今言ったことをもう一回言ってくれないか?」



 再度ルビナスに聞く大河。

 もしかしたら聞き間違えかもしれないが、聞き返さずにはいられなかった。



「だからぁ〜、これから末永くお願いしますの」




 そう、この後だ……



「ダーリン♪」



 しまった、大河はその言葉を聞いた瞬間はそう思った。


 彼女が気付いた時、彼女の周りには誰もいなかった。

 たった一人で過ごすくらい地下室での生活。

 思い出となる記憶すらなく、話してもらえる相手すらいない。

 そんな状況で彼女は1年や2年――いや、もしかしたら何十年、何百年という時間をここで過ごしていたのかもしれない。

 そしてそんな状況の中、初めて会った生身の人間、それも自己紹介をして、さらに自分の名前まで思い出させてくれた人物。

 初めてまともにした会話の中で彼女はどのような感情を抱いただろうか……

 


「キャイ〜ン♪ 今日から貴方は私のダーリンですの〜♪」



 答えは簡単だった。


 そのまま飛びつくように自分に抱きつき、さらには頬擦りまでしてくるルビナス。

 まるで匂いを擦り付けるかのように頬を大河の胸に押し付け、精一杯の愛情表現を示している。

 だが、その抱きつく彼女の褐色の肌から感じるのが硬く冷たい感触であることに無性に悲しさを覚えた。 


 彼女が人としての温もり、感触、そして記憶を取り戻すためには二つの要素が必要なのだ。

 一つ目は彼女の記憶が封じ込められたロザリオのついたネックレス。

 そして二つ目は彼女を心から愛し、さらに彼女からも愛される人物からのキス。

 この二つが揃った時、彼女は記憶だけでなく温もりも感触も取り戻す。

 だが、自分には二つ目を担う資格はない…… 




「ルビナス、少し頼みがあるんだが」

「ハイ、何ですの? は、まさかプロポーズ!? キャイ〜ン、ダーリンったら大胆ですの〜」



 大河はせめてロザリオだけでも彼女に渡しておこうと、彼女に墓を開ける了承を得ようと話しかける。
 
 だが、ルビナスは大河の真剣な眼差しをどう勘違いしたのかいきなり妄想を始めてしまう。



「いや、そうじゃなくて……まあ、いっか。ルビナス、突然だけどお前の家を見せてもらってもいいか?」

「え、私のお家を見たいんですの? ダーリンなら大歓迎ですの〜♪ ダーリンったらもう……」

「ちょっとまてい!」

「キャイン!」


 そう言って頬染めながらいきなり服を脱ぎ始めたルビナスの延髄に手刀を叩きつけ、どうにか落ち着かせる。

 そのショックで首が取れかかったような気がしたがたぶん気のせいに違いない。



「ううぅぅ、ダーリン痛いですの」



 ルビナスは取れかかった首を直しながら、涙目でこちらを見つめてくるが、
 大河はそんなルビナスをとりあえず放置してさっそくルビナスの墓の上に置 かれている墓石をどける作業にかかる。 

  

「ふ〜、結構重たいな〜」


 とりあえず上に塞いでいた墓石を全部どけた後、一息をつく。

 そして早速中から出てきた黒い棺おけの蓋を開けた。



「どうですのダーリン、これが私のお家ですの〜」 
 
「……」

「どうしたんですの?」

「……いや、なんでもない」



 大河はルビナスに返事をしながら気付かれぬよう、自然とつたっていた涙を拭う。

 彼の視線の先にあるのは今は風化してしまっているがルビナスが埋葬された時に入れられたであろう彼女の思い出の品々。

 以前、ここの墓を見た時は彼女の事情を詳しく知らなかったので、墓荒らしをしている罪悪感ぐらいしかなかった

 だが、ルビナスの事情を知ってしまっている今の大河には目に映っている光景は悲しすぎた。

 

「それじゃあ、ちょっと失礼して」



 大河はどうにか湧き出てくる悲しさを落ち着かせ、記憶に残るロザリオのネックレスの姿を探す。

 

「ダーリン、何探してるんですの?」 

「ん、ちょっとな……ええと、確かこの辺に……痛ッ!?」



 棺おけの隅の方に伸ばしていた手に鋭い痛みがはしる。

 何事かと思って、その辺りを注意深く探ってみると、そこには捜し求めていたロザリオの姿があった。

 どうやら痛みの原因はロザリオの先端部分が指先に当たったせいらしい。

 大河は見つけたロザリオを手に取ると、ルビナスの方を向く。



「だーりん、大丈夫ですの?」

「あ、ああ、大丈夫だ。それよりこっちに来てみろ」

 

 自分の様子を心配してくるルビナスを大河は呼び寄せる。

 ルビナスはハテナ顔をしながらもトコトコと大河に近寄ってきた。



「ほら、お前にとって大切な持ち物だ。二度と無くすなよ」



 そう言って大河はルビナスの首にロザリオのネックレスをかける。

 ルビナスは呆けた顔をしながら自分の首にぶら下げられたロザリオを見つめている。

 ロザリオの真ん中に付いた紅のルビーがキラキラと輝いている。



「キャイ〜ン♪ ダーリンありがとうですの〜♪」



 しばらくの間ロザリオをしげしげと眺めていたルビナスだが、大河の顔を見つめると、目一杯の笑顔を浮かべながら大河に抱きついていった。  

 とその時、ルビナスは先ほどロザリオが当たった大河の手の指先から血が出ていることに気付く。

 どうやら、先端の尖った部分で切ってしまったらしい。



「ダーリン、血がでてますの」

「ああ、これくらいなら唾でもつけときゃ治る」
 


 実際、血はまだ止まっていないが傷自体は大したことはなかった。

 大河はあふれ出てくる血を舐め取ろうと、指に口を近づける。

 が――



「私が舐めてあげますの」

「――――へ?」

「失礼しますの」

「――――!?」




 あまりに素早い動作に止める暇すらなかった。
 
 ルビナスは油断した大河の腕を引っ張り込み。
 
 そして、まるでパクっという音が聞こえてきそうな勢いで傷ができた指を咥えてしまった。
 


「ちょ……ルビナス、やめ……」

「らめれすの、らーりん。ふぁらしがろまってふぁふぇんの(だめですの、ダーリン。血がまだ止まってませんの)」




 一瞬呆けながらも、慌てて指を引き抜こうとするが、ルビナスが腕を強く掴んで放してくれない。
 
 さらに強く引張ろうとするが、これ以上強くするとルビナスの腕が?げてしまうと思った大河は結局ルビナスの好きにさせてしまう。

 ルビナスは大河が指を引き抜こうとする力が緩めるを感じると、ゆっくりと大河の指を舐め始めはじめた。




「…………」 


 
 眼前には自分の指を一生懸命に舐めるルビナスの姿

 別に他意があるわけでもないのだが、目の前で起こる光景は色んな意味でまずかった。

 チュパチュパという音と共に大河の指先からはヌメヌメとした生暖かい感触が伝わってくる。 

 指先に絡むルビナスの舌から感じるヌメヌメとした感触が大河の神経を刺激する。



(……やばい……だんだん変な気持ちになってきた)



 あまりに扇情的な光景に沸き起こる興奮をどうにか理性で押さえ込む大河。

 だが、ルビナスはそんな大河の心の内を知るはずもなく、一心不乱に指を舐め続ける。

 しかし、この行為は間もなくある人物の手によって中断されるとになる。

 その人物は大河にとって救いの神だったのか、それとも破滅への死神だったのか、あるいは両方だったのかもしれない。






「ちょっとこのバカ! その変な奴といったい何やってるのよ!」








あとがき……かな?
やっと11話完成しました。
結局ナナシのことはルビナスと呼ぶことに決めちゃいました。
シリアスに書いてるつもりでも、何故か途中からエロくなってしまう今日この頃……