「こいッ、トレイター!!」
ブンッ!
ガキンッ!
硬質な音と共に地下室の扉にかかっていた南京錠を切り裂いた。
もともと細かい作業が苦手な大河は、南京錠だけを切り裂くこと成功したことにほっと一安心をする。
どうやら手加減の具合がよかったのか扉自体は全く壊れていないようだ。
(流石に扉ごと吹き飛ばしちゃまずいもんな……)
万が一扉を壊してしまった場合を考え少し冷や汗がでてしまう。
大河は扉に引っかかっている南京錠の残骸を取っ払い、さっそく扉をくぐる。
地下室に入るとヒンヤリとした空気が火照った体を撫で、妙に気持ちよく感じられた。
(さ〜てと、ナナシの奴は……)
さっそく地下室の中を見渡してみるがそれらしい姿は見当たらない。
まあ、入ってすぐ見つかるほどそうそう上手くいくわけがないのだが……
とりあえず、入口付近にはいないことがわかったので、もっと奥の方へ行ってみることにした。
カラッ……
「―――ん?」
ふと入口付近の方で物音がしたような気がしたので振り返ってみる―――――が誰もいない。
一瞬ナナシが隠れているのかと思ったが、彼女ならそんな周りくどいことはしないだろう
「誰かいるのか?」
念のため声をかけてみるがやはり返事はない。
やはり気のせいだったらしい。
気を取り直した大河は再び奥を目指そうと地下室の奥の方を振り返る
が―――
ガラガラガラッ!
「―――!?」
今度ははっきりと後ろから何かが崩れる音が聞こえた。
――――――――――――――<Duel
Savior 黒の書 第10話>――――――――――――――――
「誰だ!」
バッと振り返りながら、警戒しつつその音をした方を見る。
見回す限り人が隠れれる場所は一箇所だけ―――あの穴の開いた壁の後ろだけだ。
穴の真下には壊れた瓦礫が溜まっており、聞こえた音はそこが崩れた時の音らしい。
(まさか……既に他の破滅の軍勢のスパイが……)
崩れた壁の穴を見て、ふと頭によぎる嫌な予想
まさかこの時点でダウニー以外に破滅の軍勢のスパイが潜りこんでいるとは思いたくもなかったが可能性としてはありないこともないのだ。
頬に冷たい汗がつたう
「そこにいるのはわかってるんだ!誰かは知らないがさっさと出て来い!」
再度警告するがやはり反応はない。
どうやら相手も姿を現すつもりはないようだ。
大河も万が一に備えて、トレイターを呼び出し構える。
そして慎重にその相手が隠れているであろう場所にゆっくりと足を進めていく……
5メートル……
4メートル……
3メートル……
そして遂にあと2メートルというところの位置までたどり着いた。
もしも壁の裏に隠れている相手が破滅の軍勢かと思うと自然と鼓動が早まっていく。
大河はその緊張を抑えるかのように口の中に溜まった唾を飲み込んだ。
(さ〜て、誰だか知らないが……その面拝ませてもらうぜ!)
大河はそう意気込むと最後の距離を詰めようと――――
チュー、チュー
「……へ?」
―――――できなかった……
大河の視線の先には灰色の小さい生き物が一匹
大きな前歯と細長い尻尾もったこういう薄暗い場所には定番の生き物
そこには大河の住む世界にいたネズミそっくりの生き物がカサカサと動き回っていた。
カサカサカサ……
呆気に取られている大河をよそに、そのネズミのような生き物は数秒大河の顔を見つめたあと、クルリと方向転換をしてどこかに消えていってしまった。
どうやら音の原因はコイツだったらしい。
「はぁ……まったく……びっくりさせやがって……」
文句の一つでも言ってやりたいがその相手はもうとっくに逃げ去ってしまった後である。
今まで張り詰めていた緊張の糸がぷっつりと切れ、ふっと体か力が抜ける
それと同時に今まで戦闘モードだった気分も一気に平常モードへと戻ってしまった。
「まあ良く考えたら、こんな場所なんだからネズミの一匹や二匹いてもおかしくないよな……」
そう呟きながら今度こそ地下室の奥を振り返る。
それにしても、最近妙に気疲れするような事が多いような気がしてならない
何だかその内倒れてしまってもおかしくないような気がする
大河はそうブチブチと心の中で文句を垂れながら地下室の奥を目指して歩いて行った。
(それにしても……ネズミってほんとに石で出来た壁に穴を開けれるんだな……)
地下室の奥に向かって歩く大河の脳裏には、ふと昔の物語にでてくるネズミの話が思い浮かんでいた
ズルズルズル……ストン
大河の姿が完全に見えなくなった後、壁の後ろで誰かが座り込む人物が一人
その人物は、もちろん大河を尾行……もとい監視していた彼女である
座り込む彼女の額には冷や汗がびっしりと張りつき、心臓もまるで警鐘を鳴らすかのようにバクバクと音をたてていた。
(こ、こっちが驚いたわよ!)
鼓動が未だに収まっていないが、思わずそう心の中で叫ばずにはいられなかったリリィ。
まさか自分がこっそり尾行していることが初っ端からばれかけるとは思ってもみなかったのだ。
何故こんな事になったのかというと、大河の後を着けていた彼女は、ちょっとした拍子に足元にある小石を蹴っ飛ばしてしまい危うく大河に気付かれそう になった。
その時は運良く大河も気のせいかと思ってくれたので、どうにか切り抜けられたのだが、ホッと安心したのもつかの間、たまたま手をついた壁が崩れてし まったのだ。
慌てて隠れたのだが、既に後の祭り、殺気を放った大河が自分の隠れている場所に近づいてきて、危うく発見されるところだったのだ。
もしもあの時ネズミが現れなかったら、彼女は発見され、恐らく明日には自分の尾行話の噂が飛び交っていることは間違いなかったであろう。
(ほんとあのネズミには感謝するわ……)
生まれて初めてネズミに感謝した彼女であった。
「さてと……確かこの辺だったかな……」
ナナシを探している途中で、ふとネックレスの事を思い出した大河。
せっかくなので先に手に入れておこうと思い、さっそくルビナスの墓を探しにいくことにしたのだ
どうも正確な場所は覚えていなかったが恐らくこの辺だろうと思い、辺りにあるお墓を一つ一つ調べ始める大河。
そして十数分ほど探していると、その中の一つに目的のお墓発見した。
早速そのお墓に近寄り、その周りについている埃を手で払いのける。
だんだんと埃塗れだったお墓が綺麗になっていき、そこに刻み込まれていた文字と一枚の肖像画が浮かび上がってきた。
そして、完全に埃がとれさったそこに映っていたのは一人の女性の姿
今でこそ肖像画に写った姿はくすんでいたが、本来ならそこには美しい銀髪に小麦色の綺麗な肌が写っていたことだろう。
そして、その肖像画に写っている人物こそがナナシの本来の姿なのだ
それと同時に、今は破滅の将軍の一人、ロベリアの姿でもある……
ルビナスの体を奪った時のロベリアの心境はさぞ愉快だったことだろう。
長年、羨望の眼差しで見つめていた相手の肉体を奪うことができたのだから……
しかし、現実はそうそう甘くはなく、ロベリアはルビナスの体に魂ごと封印され、ルビナス自信は自分の魂をホムンクルスに移していたのだ。
だが、彼女の実力ならばわざわざそんなことをせずとも初めからロベリアを魂ごと打ち砕くことが可能だったはずなのだ。
しかし、彼女はそれをしなかった――――いやできなかった。
たとえ敵にまわったとしても、かつては寝食を共にした仲間であったロベリア。
自分が皆に賛美されればされるほど、その影に埋もれていく彼女。
それ故にその彼女がどれほど自分に大して羨望と嫉妬の眼差しを向けていたのかを知っていた。
だからこそ、ルビナスは封印というわざわざ回りくどい手段をとったのだ。
「ルビナス……今度はお前の体もちゃんと取り戻してやるからな……」
ルビナスの墓を見ながらそう呟く大河
ロベリアの気持ちもわからないでもないが、あの肉体がルビナスの本来の肉体であるという事には変わりない。
本来の持ち主がいるならばその持ち主に返すのが通りというものなのだ。
……そう、返すのが一番なのだ。
「まあとりあえずは、さっさとネックレスを探すとすっかな」
何かと思い悩んでしまったが本来の目的を果たすために大河はルビナスの墓に手をかけた
と、その瞬間――――
「あの〜、アタシのお家に何か御用でもあるですの〜?」
背後から響いてくる懐かしい声。
ゆっくりと背後を振り返る大河。
振り返ったそこにはピョコピョコとゆれる大きなリボンをした人物がひとり、不思議そうにこちらを見つめていた。
「よう、あいかわらず元気そうだな」
あとがき……なのかもしれない
やっとナナシの登場です。
今回は少し短めなのですが、次回へのつなぎということでご了承ください。
ということで11話をお楽しみに〜〜……って楽しみにしてくれてる人がいるのかなぁ……(--;