「そこのところはもっと丁寧に……」

「ん、こうか……?」



薄暗い建物の中に見える二人の人影。

一人は金色の長髪をしている女性、そしてもう一人の方はラフな髪型をした長身の男性である。

周囲に人影はなく、そこにいるのはこの二人だけらしい。

簡単に言えば若い男女が二人っきりというわけである。




「ああ……そうじゃなくて……こう、もっとやさしく」

「うーむ……なかなか難しいな」




時折女性の方から男性に向かって諭すように声をかけ

男の方は慣れない行為に戸惑いながらも、女性の言っている通りにしようとする。




「きゃッ、も〜〜、そんなに振り回さないでくださいよ」

「あ、わりぃ」




慌てた男の方からしぶきが飛び散り、それが顔にかかり文句を言う女性。

男はその事を謝りながらも作業を再開する。




キュッキュッキュ




「―――あっ!」




男が手の中にあるモノを手荒に扱うたびに、女性の方から悲鳴のような声が上がる。





キュッキュッキュッキュ……





だが時間が経つと次第に慣れてたらしく、手つきも滑らかになってきていた。

女性の方も一旦手を止めて、安心した表情でその様子を見守っている。

だが、そのせいで手元が疎かになっていると男の方から逆に注意され、慌てて女性の方も男が手にしているものと同じモノを手に取った。

その様子を横目にしながら、男の方はその後黙々と作業を続行していった。




「よし、これでラストだ……」




どうやらそろそろ終わりも近づいてきたらしい。

男の額には汗が滲み、手は既に水気でふやけてしまっている。

そして男はそのふやけてしまった手をゆっくりと最後に残ったモノに伸ばす。



だが、疲労か達成感かはわからないが男は最後の最後でほんの一瞬だけ油断をしてしまった……そう、一瞬だが致命的な油断を―――

そして男がそのことに気付いた時にはもう手遅れだった……

男の手の中にあったモノはまるで嘲笑うかのように手の中からすり抜け―――



そして






ガッシャーーン!!







硬質な音が狭い部屋に響いた




カラカラ……カラン……



床に落ちたそれはまるで意思をもったかのように女性の足元まで転がっていく。

男はソレが転がる様子を呆然と眺めていた。



「わ、わりぃ…………手が滑っちまった……」



男の方が冷や汗をかきながら視線をゆっくりと足元から上へと上げていく。

そしてそこにはプルプルと震えながら、男の方を睨みつける女性の顔があった。


女性はゆっくりとそのピンク色の愛らしい口を開き―――


そして―――




「もう、大河君!だからあれほど注意してくださいって言ったでしょ!その『銀食器』とっても貴重な物なんですよ!」





ここまで言えばこの二人が誰だかわかるだろう。

金髪の女性はベリオ、ボサボサ頭の男性は当真大河である。
















―――――――――Duel Savior 黒の書 第8話――――――――――――

















何故二人があんな事をしていたのかというと、それは早朝まで遡る。






「大河君、起きてください!」



頭の上からいきなり誰かの大声がしたと思うと、問答無用で叩き起こされた。

慌てて上半身を起こし、その声の主を探すと何故かそこにはベリオの姿があった。

どうやら大河をたたき起こしたのは彼女らしい。




「ど、どうしたんだ、ベリオ?こんな時間に!?」

「何言ってるんですか、約束ですよ。今日は私の指導に付き合ってもらいますからね」

「あ、そういえばそんな約束あったっけな……」



すっかり忘れていたこのフローリア学園の創立以来続いている変わった伝統

能力測定試験の勝者は敗者を一日指導することができる。

まあ簡単に言うと、勝者は敗者の一日好きにできるというわけである。


本来ならこの一歩間違えればかなり危険な伝統は召喚される救世主候補者達が女性だけということもあり、大した問題は起きなかった。

だがこの当真大河が召喚されてからこの伝統はかなり危険なことになってしまったのだ。

この指導はたとえどんな無茶なことでも命にかかわらない限り拒否することはできない。

故に、前回大河はこの能力測定試験に全て勝利し、伝統を自分の本能に従うがままに活用し大変美味しい思いをしたのだ。


だが今回大河はその事をすっかり忘れてしまっていたため、自分が指導されるという立場にあるという事をすっかり忘れてしまっていたのだ。



ちなみに大河は前回のベリオにした指導の事を思い出し、朝ということもあり息子がちょっとヤバイ状態になっていたが幸いベリオにはばれなかった。

もしばれていたら、大河の部屋から爆発音が聞こえてきたことだろう。




「でも、こんな朝早くから一体何を……?」




ちなみに時間は太陽がほんの少し頭を見せ始めた頃である。

窓から外を見ると朝靄がたち、向こうの景色が霞んでいた。





「まあ、それは行ってからのお楽しみです」



妙ににこやかな笑顔を浮かべつつそう答えてくれた。



「さあさあ、とっとと学園にいく準備をしなさい!お昼ごはんは寮母さんに頼んでお弁当を作ってもらってますから」

「って、朝飯も抜きかよ!?」



正直二日連続朝食を抜かれるのは痛いところである。

だが今のベリオの様子を見る限り何を言っても無駄なのは予想がつく。

諦めるしかないと悟った大河は、異様にハイテンションなベリオに戸惑いつつも、いそいそと準備を始める。

漸く準備が終わると、急かすベリオに引きずられるように遼をあとにした。



















「ということなので、ちょっと待っててくださいね」

「りょうかい」



そう言ってベリオは礼拝堂の奥の方へ歩いていった。

なんでも準備するものがあるらしく、しばらく待っていてほしいらしい。

何か持ってくるなら手伝おうかと申し出たが、ベリオはそんなに重くないものだから別にかまわないとあっさり断られてしまった。

その妙なニコニコした顔を怪訝に思いながらも、大河はその後姿を眺めていた。





「やっぱりここって結構大きいよな〜……」




待っている間、特にすることもないので礼拝堂をぐるりと見渡して見てそう思った。



礼拝堂にしてはかなり高い天井

結構な人数が入れると思われる席の数

祭壇ある変わった形をした大きいレリーフ

そしてその上には小さいながらも綺麗なステンドグラス


やはり礼拝堂にしては結構大きな部類に入るのではないだろうか。

少なくとも自分のいる世界にあった近所の礼拝堂は精々十数人が入るぐらいの大きさだったような気がする。

よほど、この学院……いやこの世界の人々は神様に対する信仰心が厚いのだろう。

特に今は破滅の危機が迫っているという事もあるので、神様に縋りたくなる人が増えても仕方の無いことである。



(って俺がそれを言ったら元も子もないか……)



何しろ自分は、その神様を一度殺してしまった人間である。

かと言って、今のみんなに神様がどういうものと言っても誰も信じてくれないだろう。

寧ろそんな事を言いまわっていては、例え俺が救世主候補者だったとしても反逆者と見なされるかもしれない。


まあ、ある意味俺にはお似合いの肩書きなのだが……




(この世界に戻ってきた頃の学園長もこんな気持ちだったのかな……)




間違った伝承に信じる人々に真実を言う事もできず、たった一人の孤独に耐え続け、ただ一人で破滅をから世界を救おうとしている女性。

それを思えば今の俺にはまだ、アビスとトレイターという頼れる相手がいるだけましというものだろう。

胸元に入っている本から伝わってくる暖かさが嬉しかった。



最近、妙にセンチな気分に浸りやすくなってしまう大河であった。





「お待たせしました」




そうやって色々考えていると、ベリオが大きなバケツ抱えて戻ってきた。

たしかにあれなら俺が手伝うまでもないと言うのも納得である。



「よお、思ったより早かったな」

「まあ、時間がかかるようなことでもありませんしね」


たしかに水が入っているならともかく空のバケツを運ぶのに手こずるような奴はいないだろう。




「それで、俺はいったい何をすればいいんだ?」

「私が大河君にしてもらいたいことは――――」




そこまで聞いて何故か嫌な予感が俺の背筋に走る。

特に危険なこともないはずなのだが、何かこう、とても嫌な予感がした。


だがベリオはそんな俺を見ながらニッコリと笑い



「―――この礼拝堂を角から角まで掃除することですよ」



『はい』っとその手にもったバケツを一つ渡してくれた。

バケツの中にはやけに年季の入った雑巾が数枚入っている。




「マジデスカ……?」

「ええ、マジです」

「この広い大聖堂を角から角まで……?」

「はい♪ もちろんそうですよ。もちろん私も手伝いますけどね」




ベリオ『はい♪』と♪マークまでつけて、にこやかに宣ってくれた。

大河はそんなベリオの顔を見て、もう一度ぐるり礼拝堂を見回す。



くどいようだがここの礼拝堂は広い。

普通に考えれば、ここを掃除するなら最低4〜5人用意するだろう。


だがベリオはそれをたった二人ですると言っているのだ。



「もう一度聞くが……本当にここをたった二人で掃除するのか」


「何言ってるんですか、当たり前じゃないですか」




聞き間違いかもしれないという僅かな希望はあっけなく打ち砕け散った。

大河はげんなりとした表情を浮かべ絶望に浸りかけたが、コレさえ終わらせれば指導は終わりだと自分に言い聞かせ、どうにか立ち直ろうとする。



「あ、そうそう」



だが、そこでベリオが何か思い出したかのように手をポンと合わせた。



「ん……どうしたんだ?」



ディープな気分になりながらかろうじて返事をする。

これ以上何かを聞くのも億劫な気分だ。




「これが終わったら、来週、大聖堂の司祭様が視察しに来る時に使う銀食器を洗うのもお願いしますね。それに今日はちょうどお休みですから時間も十分ありますし」





ゴッド、俺がいったい何をした!!




(主よ、今更何を言っておる……)



胸元に入っているアビスが放った声が妙に虚しく頭に響いた。













後書き……かな?
一応本編でもあったイベントにすこし+αしてみました。
そろそろカエデも登場させたいところなのですが、なかなか話が進まないものです……

では次回「大河、下着泥棒で捕まる!!真犯人を探しだせ!!」をお楽しみに(注:この予告は嘘ですので信じないでください)