「そうかい……あくまでいう気はないのかい……」



パピヨンは低い声でそう言い放ち、後ろを振り返ると服を脱ぎ始める。

ゆっくりと上半身の水着のような衣服が脱がされ、真っ白な素肌をした背中が俺の眼前に現れた。

どうやら先ほどの言っていた脅しを本当に実行しようとしているらしい。


しかし、その時の俺にはそんな彼女の姿を冷めた眼で見ることしかできなかった

脳裏に駆け巡るのは自分の腕の中で徐々に冷たくなっていった彼女の姿

青白くなっていた彼女の肌と薄暗い明かりで少し翳った背中の肌の色が重なり悲しみが心を支配する。




「さあ、これでも言わないなら―――――」




唐突に彼女が俺の方に振り返る。

恐らく最後の通達でもするつもりなのだろう。



だが、今の俺にはそんなことはどうでもよかった。

よくよく考えれば彼女達に愛される資格などとうの昔に失っている。

もし、ここで彼女が脅しを実行し俺の悪い噂でも広がれば未亜も俺のことを嫌いになるかもしれない。

そうすれば未亜もあんな風にはならないかもしれない……



どうして俺はみんなに前回と同じように接していこうと思っていたのだろう……

アビスの力やパワーアップしたトレイターを持つ今の俺なら皆の力を借りなくとも一人でどうにかできるはずなのだ。


徐々に黒い感情が俺の心に広がっていく。



だが、てっきりその後最後の通達をすると思っていた彼女が、俺の顔を見た瞬間動きが止まり、急速に顔色が青ざめさせていった

それはまるで、見てはならない何かを見てしまったかのような顔をして……




「アンタ……いったい何者だい……」



そして数秒後、パピヨンの口から言葉が漏れた。





















―――――Duel Savior 黒の書 第7話――――――




















「何者かだって?俺は史上初の救世主候補者の当真大河だぞ。それよりどうしたんだ?脅しを実行しないのか?」



淡々とした口調でそう問い返す。

そもそも今更どうしてそんなことを聞くのだろうか

俺の肩書きぐらいなど彼女はとっくに知っているはずだというのに

それよりもさっさと脅しを実行すればいいではないか

彼女なら混乱に乗じて正体がばれないように脱出するも不可能ではないだろう。


「ちがう、そんなことはもうどうでもいい。それにアタシが聞きたいのはそんなことじゃない」

「む、じゃあ何が聞きたいんだ?ちなみに言っとくがお前の正体を知ってる秘密を教えろっていうのは無しだぞ」




急に勢いを増したパピヨンに多少押されながらもどうにか言い返す




「じゃあ聞くけど、アンタのさっきの眼はなんだい?」

「さっきの眼?」




はて、さっきの眼とは何のことなのだろう

まったくの予想外の問いに思わず考え込んでしまう。




「そうさ、さっきのアンタの眼だよ!初めて会った時の当真はあんな眼なんかしていなかった……あんな眼を持った人間が普通の生き方をしてきたとは思えないね!」

「―――――!?」




その言葉を聞いた瞬間、冷めていた俺の心を驚愕が支配する。

まさかあの時の俺の感情が表情にでているなどとは思わなかったのだ。




「はん、何驚いてるのさ。このアタシが気付かないとでも思ったのかい? 随分甘く見られたもんだね……」

「―――――ッ」




確かに迂闊だった。

仮に今の彼女がベリオの状態なら気付かなかっただろう。
だが、今の彼女は人間の暗い闇の部分を知っているブラックパピヨンなのだ

彼女なら今の俺の心情ぐらい直ぐに看破されてもおかしくはない……

そんな解かりきっていたことを忘れていた自分が非常に恨めしい




「そうさ、よくよく考れば今のアンタは何もかもおかしいんだ。アンタに初めて会った時は初対面のはずのベリオを行き成りナンパしたり、美人を見ればホイホイついて行くようなまるで節操のない平和ボケした男のようにしか誰も思わなかったさ、実際他のみんなもそう思っていたはずだよ」



まるで今まで感じていた違和感の理由がわかったような言い方でパピヨンは話を進める。




「それが今のアンタはどうだい。いくらアタシが誘惑しても一向に乗ってこないどころか、逆に冷めたような表情さえしてしてる」

「別にその理由はさっき言っただろ」

「いや、まだおかしいことがあるのさ。アンタ……能力測定の再試験の時、わざと負けただろう?」

「―――ッな!?」

「必死に隠してたつもりなんだろうけど、ベリオの視点でずっと見てたアタシの目は誤魔化せないよ、アンタはあの時明らかに手加減していた。指導の事を聞いた時はあんなに張り切ってたはずのアンタがわざと負けるなんて―――――こんなおかしい事はないはずだよ」



まるで探偵のように次々と推理していくパピヨンの姿に俺は場違いながら驚嘆するしかなかった。

あの時は誰にも気付かれないよう、注意を払いながら戦ったつもりだったがまさかこんなところに伏兵が潜んでいようとは……




「そう、明らかにアンタは最初に出会った頃の当真大河の行動とはまるで矛盾した行動ばかりとってる……アンタは最初のアンタと比べるとまるで別人だ……」



そして疑惑は徐々に確信へと変わり



「もう一度聞くよ……アンタは一体何者……いや……アンタは本当に『当真大河』なのかい」



さし射抜くような視線が俺へと向けられた。




「……………」



パピヨンの問いに沈黙する大河

そんな大河を瞬き一つせず見つめるパピヨン

二人の間に緊張した空気が漂う。




「……俺は…当真大河だ……それだけは嘘じゃない」




長い沈黙の末、俺はようやく口を開く




「ふん、そんなこと言われても信用できないね」




まあ、それはそうだろう……

彼女のいう事はもっともである




「じゃあどうすれば信用してくれるんだ?」

「そうだねぇ〜……じゃあアンタが当真大河である確たる証拠を見せておくれよ」




普段の彼女に戻ってきたのか余裕のある表情をしながら、できるものならやってみろと言わんばかりの態度で俺を追い詰めようとする。

だが、それなら簡単だ

もとより彼女の推理には一つだけ抜けているところがある。

そう、もっとも重要な一つだけが……



「じゃあ、聞くけどよ……」

「何だい?」

「もしお前がいうように俺が当真大河でないとしたら、どうして俺はトレイターを呼びだせるんだ?」

「あ……」



そう言って俺がトレイターを呼び出すと、パピヨンは間抜けな表情をして口をあっと開く


そう、召喚器というものは救世主候補者だけが呼び出せる特別な武器だ。

召喚器が呼び出せるということが救世主候補者の絶対条件であり、召喚器自体が救世主の象徴ともいえる

故に俺がトレイターを呼び出せるという時点で彼女の推理は破綻していたのだ。

そもそも俺とまったく同じ召喚器が呼び出せて、俺とまったく同じ顔をしている偽者などそうそう簡単に用意できるはずもない。




「そういうことだ。どうだ、これなら確たる証拠になるだろ?」

「う……」



俺はトレイターを消しながらそう言い返してやる

そう言われてはかえす返事すらないのか、彼女も思わず押し黙ってしまったようだ。



「け、けどそれでもアンタは最初と比べるやっぱりどこか違う……それに、その理由じゃあアンタがあんな眼をできる理由にはならないよ」

「む……」



どうにか体勢を立て直したのか反論してくる彼女に今度は俺が押し黙ってしまった。

いったいどうやって説明したらいいものか……




「まあ、その理由はさっきの俺の正体にも繋がるから勘弁してくれないか?」



とりあえずどうにかコレで説得を試みる。




「そんなことでアタシが納得してあげるとでも思ってるのかい?」

「いや、思ってない……けどこればっかりは本当に言いたくないんだ……少なくとも今はまだ……」

「……ふ〜ん、今は、ね……ってことははいずれ話してはくれるんだね?」

「ああ、今は言えないけど、時が来れば必ず話す……」




その俺の返事にしばらく納得いかない表情をしていた彼女だが、俺の顔をじっと眺めると



「それじゃあ、今回だけは見逃してあげるよ」



急にニヤっとした笑顔を浮かべるとそう答えてくれた。

俺はその彼女が急に態度を変えた理由がわからなかったがどうにか納得してくれたことにホっと安心したが……



「それに、アタシだけ秘密を握られているってのもなんだしねぇ……まあここはアンタの秘密の一つを握らせてもらったということでオアイコにしておいてあげるさ」



彼女はそういって懐から幻影石を取り出す。



「なっ……い、いつの間に!?」

「このアタシを誰だと思ってるんだい」



フフン、と彼女本来の余裕を含ませた笑みを浮かべてそうのたまった。

まさに用意周到とはこのことを言うのだろうか……

そして俺は彼女に弱みを一つ握られてしまう事となった

知ってはいたつもりだが改めて彼女の恐ろしさを実感した。




「それじゃあ、そろそろアタシはお暇させてもらうよ。まあ、本音を言うと全部吐かしてあげたいところなんだけどね……」

「それだけは勘弁してくれ……っていうかそのまま諦めるってのは無しか?」

「それは無理だね。逆にますますアンタに興味が沸いちまったよ。あれだけアタシの秘密を知ってたんだ……その秘密を絶対全部白状させてあげるから覚悟しておくんだね」



そう言って彼女は窓枠に足をかける。



「あ、そうだ」

「ん、まだ何かあるのかい?」



体を半分乗り出したところで声を掛けられ、不自然な体勢で振り返るパピヨン



「もう人様に迷惑をかけるはやめろよ。それでも、もしベリオがストレスを溜めて欲求不満になって我慢できなくなったら俺で解消しろ。俺ならいつでも相手になってやるぜ」、



そう彼女に言ってやる。

これ以上学院を騒がすと本格的な調査が始まって彼女も色々と不便というものだろう。




「ふ〜ん……まあ考えといてあげるよ」




彼女もそれを考えていたのか、とりあえず納得したような返事をしてくれた。



「それじゃあ、また会いましょう」



そう言って彼女は今度こそ漆黒の闇夜に羽ばたいていった。




ちなみに余談ではあるがその日を境にブラックパピヨンによる被害届けが出されなくなった。

別に彼女が悪さを働かなくなったわけではない

ただその被害を受けるのが、もっぱらドジでスケベな史上初の男性救世主候補者に集中することになっただけである。








後書きかも
まず最初に一言……更新遅れてゴメンナサイ!
大学も始まり、色々と忙しくなってきたことも重なり中々執筆が進みませんでした。
恐らくこれからも更新が遅れがちになるでしょうが、どうか見捨てないでやってください;;

というわけでどうにか7話完成しました。