「なあ、アビス……ほんとに大丈夫なんだよな?」

「知らん……というよりそもそも主が手加減の具合を間違ったのが原因だろう」



大河は自分の部屋にあるベッドの上に寝ている人物を指差しながらアビスに聞く。

そんな問いにアビスはやれやれといった表情で返事をしてくる。



「は〜〜……やっぱりそうなんだよなぁ〜……」



ため息をつきながら頭を手で抑えながら天井を仰ぎ見る。



何故、大河が頭を抱えているのかというと目の前でスースーと寝息を立てている女性、ブラックパピヨンに原因があった。

あの後、襲ってきた理由を聞くために部屋に運んだまでは良いのだが、どういうわけかいくら待っても肝心のパピヨンが目を覚ます気配をみせないのだ。

傷のほうはアビスに頼んで治療していたので、てっきり直ぐに気がつくだろうと思っていたのだがどうやら予想が外れてしまったらしい。

アビスが言うにはあの時自分の放った攻撃の威力が強すぎたため思いの他ダメージを与えすぎていたらしいのだ。


調子に乗った自分が悪いだけに誰にも文句が言えないのが悲しいところである。



とりあえず、肝心の彼女が起きるまで何もすることがないので、アビスと相談をしつつ時間を潰しているのだが、さすがにそれもそろそろ限界がきていた。

ついでに言うと大河たちが部屋に戻ってから既に数時間経過している。




余談だが現在アビスは人型の姿で俺の隣に座っている。

何故かというと本の姿では、もし寝ているブラックパピヨンに俺が不埒な事をしようとした時に止めることができないという理由らしい。

この事に関してはまったく主のことを信用していない精霊である。

ちなみにどれくらい信用していないかというと



「それにしても主、この娘を一体どうするつもりなのだ?よもや、この事をネタに○○○や○○○を強要するのではあるまいな……」



まどと、とんでもないことを言ってくるぐらいである。

以前心が読めると言っていたのでそういう事は心配は無いのではないか聞いてみたが、心が読めるのは魂同士が深くリンクしている状態の時だけで、普段の時はよほどのことがない限り心が読めることがないらしい。







「んっ……」




と、その時ベッドの上でブラックパピヨンが身じろぎをする。

どうやらやっと眠り姫がお目覚めになってくれるようだ。




「アビス、そろそろ隠れてくれ」




アビスはその声を聞くと同時に再び本の姿に戻ると、俺の懐の中に潜り込んでいく。
相変わらず器用な奴だ。




「さ〜てと、俺を襲ってきた理由を聞かせてもらうとするかな」






















――――― Duel Savior 黒の書 第6話 ――――――





















(こ、此処は……ベッドの上?)



意識を取り戻したブラックパピヨンは自分がどこかに寝かされていることに気が付いた。

背中に柔らかい布団の感触が伝わってきていることからどうやらベッドの上であることがわかる。

自分のいる場所を確認すると、次に自分がベッドの上に寝ているのか考えてみる。

しかし、どうやら記憶が混乱しているらしくその理由が一向に思い出せない。



(確かあの時……)



とりあえず記憶を遡ってみるが、当真大河に散々話の腰を折られてた当たりで記憶が途切れてしまっている。



「よう、やっとお目覚めか」

「え!?」



突然、真横から声を掛けられる。

振り向くとそこには今しがた思い浮かべていた人物、当真大河が椅子に座りながらこっちを眺めていた。



「そんなに警戒しなくても何もしたりしないぜ」



無意識に警戒態勢をとるブラックパピヨンに、大河は座っている椅子の背に顎を乗せながら憮然とした表情でそう言ってくる。




「ここは何処だい?それにどうしてアタシはここに寝ていたんだい?」


「起きていきなり質問かよ。まあとりあえずその質問に答えるとここは俺の部屋だな。んで、どうして寝ていたかというと気絶していたお前を俺がここまで運んだからだ」


「気絶していた……ってどういうことだい?」




まったく見に覚えのないことについて質問すると、大河ため息をつきながら事情を話し出した。

どうやら切れた自分がいきなり襲ってきたので、仕方なく気絶させてここまで運んできたらしい。




「アンタ……いったいどういうつもりさ?」




わざわざ気絶した自分を部屋に連れ込んでまで何をするつもりなのかわからず問い返す。




「ん? 別に何も企んじゃいないぜ。ただ少し用があっただけだ」

「史上初の男性救世主候補生である当真大河がこのアタシに一体何の用があるっていうんだい?」

「大した用じゃないさ。単にお前が俺を襲ってきた理由が聞きたくてな」

「へ〜、本当にそれだけかい?ほんとはアタシの体が目当てだったんじゃなかったのかい」



男が女を部屋に連れ帰る時など大抵そのような考えを抱くものだ……

そう思ったパピヨンはまるで誘うようなポーズをする大河を挑発する。

その絹のように真っ白な素肌が薄暗い部屋に浮かび上がった。



「おいおい、それが目的ならお前が寝ている間にとっくにしてるさ」



しかし予想に反して大河は挑発に乗るどころか、むしろまったく気にしていない様子で切り返してくる。



(なんなんだい、この男は……)



その態度にブラックパピヨンは内心苛立ちを感じた。

普通自分のような女がこのような態度をすれば、目の前の男は絶対何かするはずだと思っていたからだ。




「どこまでホントなんだか……本当は私が寝ている間に胸の一つや二つ触ったんじゃないのかい?」

「そういわれても本当に何もしていなんだがな……」




あくまで何かしたと決め付けなければ気がすまないブラックパピヨンに、それを証明する手段がなく困り果てる大河。

大河が嘘でもいいから彼女の言っていることを認めれば話は簡単なのだろうが、二人とも引く気配はない。

その間にもブラックパピヨンは大河を挑発し続けてくる。



「ほらほら、我慢してないでさ……今すぐこの胸を触りたいんだろ〜」



いつの間にか大河の隣まで移動してきたパピヨンは、その豊満な胸を押し付けるような格好をする。



「さあ、正直に言っちまいなよ……アタシを抱きたいってさ。アタシは別にそれでもかまわないんだよ」



トドメと言わんばかりのセリフが彼女の口からはきだされる。

普通の男なら、目の前の女性にそんな事を言われれば理性などというもはすぐに切れてしまうだろう。

そしてパピヨンもこのセリフで絶対目の前の男も本性を現すであろうと予測していた。

現に目の前の男は椅子から立ち上がり、顔を俯かせたままゆっくりと手をこちらに移動させてきている。



(ふん、口ではああ言ってても結局そこら辺にいる奴らと一緒じゃないか……)



自分の方に伸びてきている手を見ながら心の内でそう呟く。



だが、彼女はわかっていなかった……

目の前の男はそんじょそこらにいるような奴ではなかったという事に……








ムニッ!



「ふぇ……(え……)」







突然顔に感じる違和感

目の前には呆れた表情をする大河の姿



「まったく……いい加減にしろよ」




てっきりそのまま自分の胸に向かうと思われていた手はそこにはなく




「さっきから聞いてりゃまるで俺がぜんぜん節操のない人間みたいじゃねぇか」




どういうわけか自分の頬を掴んでいたのだ。



「ふぉっと、ふぁなふぃなふぁい!(ちょっと、離しなさいよ!)」



予想外の展開に慌てながらも大河の手を振り払うパピヨン

何故か摘まれていた頬が妙に熱い感じられる。



「それにな、言っておくが俺は今のお前を抱きたいなんて思ってないぜ」

「何だって……」



だが、その妙な頬の熱さも次のこの男の言葉で一瞬で冷える。




「ここまでアタシにお膳立てさせておいて断るってのかい?」



女としてのプライド傷つけられ思わず怒鳴り返してしまう。

彼女にとってプライドを奪う物であって、プライドを傷つけられるということはあってはならないことなのだ。




「それとも何かい……アタシには抱きたいと思うほど魅力が無いとでも言いたいのかい」

「別にお前に魅力が無いなんて言ってないさ……」




だが大河はそんな彼女の言葉を即座に否定する。


実際パピヨンからは男なら誰でも興奮するような素晴らしい魅力が漂ってきている。

事情を知らない以前の大河なら間違いなく飛びかかっていたことだろう。




「けどな……少なくとも今のお前は抱きたいとは思わないね」

「それじゃあ一体なにが足りないんだい?胸かい、口かい、おっぱいかい?」



これ以外に何がほしい?そう思いながら思わず問い返す。



「別にそんなものはどうだっていいんだ……」



そんなもの?どうでもいい?

男なんて女の体さえあれば満足ではないのか?

いままでそれが自分にとって当たり前だった事実をこの男は事も無げに否定する




「じゃあどうしてだい!」

「簡単な理由さ……だってお前が俺を愛してくれてないんだからな」





愛?そんなものただの幻想だ……

愛など男が女を抱くために言い繕う言葉でしかない

きっとこの男は人の持つ闇の部分というものをこれっぽっちも理解していない

だから愛などという甘い言葉が簡単に言えるのだ




「はん、何甘っちょろいこと言ってんのさ!だいたい男なんてものは一度抱いただけ女のことなんて直ぐ忘れちまうんだろ!」



所詮男は女の体だけが目的だ。

愛などという甘い言葉を信じても、結局最後には裏切られる

そんなことわかり切っているはずなのだ。



「それなら本当によかったんだけどな……」



だが、そんな自分の問いに大河ポツリとそう呟く



「本当に……忘れられたらどれほど楽なんだろうな……」



どこか困ったような表情をしながら……



「人を愛するってのは本当に大変だ……俺は不器用だからな、一度愛しちまったら相手は二度と忘れられない……」



淡々と話し続ける大河……



「その相手の仕草も、表情も、香りも、肌触りも、可愛い喘ぎ声も……いくら忘れようとしても全部記憶に残っちまう……」



まるで懐かしむような表情を浮かべている。

恐らく今のこの男の脳裏にはその相手の姿が浮かんでいるのだろう。

なのにそれを語る大河の言葉には悲しみしか含まれていない。




「だからお前に言ってやるさ、愛するってことは甘っちょろいことじゃない。それに、俺は愛した相手は決して忘れない。
 たとえそれが……一晩限りの相手だったとしてもな……」




自分のことを正面から見据え、そう告げてくる。

普段の自分なら「何をバカな」と言って否定するだろう。

しかし、今の自分には何故かこの男の言葉を否定することができなかった









「それにな、ブラックパピヨン」






急に大河の雰囲気が先ほどまでの雰囲気にもどる




「もし仮に俺がお前を抱いたとしたら、何も知らないベリオに悪いだろう?」

「な―――!?」




そのセリフを聴いた瞬間、パピヨンは大河の傍から一瞬で飛び退いた。



「どうして……アンタがそのことを知ってるんだい……」

「俺は一度見た女の子の体型は二度と忘れないんでね」



明らかに嘘だとばれるようなセリフを言う大河



「そんな冗談が通じると思ってるのかい!」

「いや、通じるとは思ってないぞ。まあこれは冗談だ」

「いい加減ふざけてると承知しないよ!」



さらに警戒心を強め、大河を睨みつける

真面目に話をしているのに冗談などで返されては怒りたくもなるというものだ



「まあ、落ち着けって……実を言うと俺はお前の事ならほとんど知ってるんだよな……」

「アタシの事をほとんど知ってるだって?そんな事を言って誤魔化そうったってそうはいかないよ」



普通の人間なら、こんな戯言など信じないだろう

事実、今のところ自分は誰にも正体すらばれていないのだ。



「嘘じゃないさ。例えばお前がベリオの第二の人格ってことや、お前には他人のプライドを盗む性癖があるって事とかな」



しかし目の前の男の口からは、この男が知りうるはずのの無い事実が次々と吐き出されてくる。



「ど、どうして……」



まったく理解できない状況に混乱する。



「そんな事を知っているんだってか?すまないがそいつだけは言えないな」

「言えないってどういうことなのさ!」



得たいの知れないものを見るような目をしながら大河を見る。

今までまったく会った事のなかった人間が自分の秘密を何もかも知っているのだ。

恐怖を抱かないほうがどうかしている。



「そこまで言っておいて今更隠すつもりかい。なんなら、今ここでアタシ裸になって人を呼んでもいいんだよ。そうすればアンタにどういう噂が立つだろう ね?そうなったら困るだろう?」



必死に表面を取り繕って、イニシアチブを取ろうとする。

だが、そんな事をすれば自分の正体がばれるという事にすら彼女は冷静さを欠いていた。



「すまん……本当にこれ以上は言えない……いや言いたくないんだ」



しかし、大河はそんな自分の脅しに対してもあくまで否定の返事を返す。



「そうかい……あくまでいう気はないのかい……」



そう言うとパピヨンは急に後ろに振り返り着ている服に手を掛ける

本当に脅しの内容を実行すると態度で示しているのだ。

ただでさえ衣服としての機能が問われるような服装がゆっくりと脱がされていく。

胸が完全にはだけ、残りが下半身となったところで大河の方の慌てふためく姿を想像する。



(ここまですればコイツもアタシを止めようとするだろうね)



そう思いながらゆっくりと大河の方を振り返る。



「さあ、これでも言わないなら―――――」



だが、そこで動きが止まる……いや止まらざるを得なかった



(――――――――ッ!?)



振り返った自分が見たのは大河の眼だった……

つい一瞬前まで普通に見ていたはずの眼……


しかし、今自分が見ているのは先ほどまで見ていた眼とはまるで別物の眼があった。


生きて地獄を味わったかのような

深淵に堕ち、それよりもなお深く堕ちたような

何千、何百という絶望を一つに纏めたような


そして何より



(寒い……)



その眼から感じるのはまるで極寒の地に裸で立っているような寒さが感じられた。


一体どのような体験をすればこのような眼ができるようになるのか……

かなり凄惨な過去を持っているはずの自分でさえ理解できなかった。


ただ理解できるのは、目の前にいる男は自分の過去すら生ぬるいと思えるような地獄を経験したであろうということだけであった……



ポタッ



いつの間にか吹き出ていた汗が頬から雫となって滴り落ちる。



「アンタ……いったい何者だい……」



おもわずそんな言葉が彼女の口から漏れた……












後書きのようなもの
何故か6話を書き直していたらまったく別物の話になっちゃいました。
しかも何故か微妙なところで途切れてしまうという始末です……
まあ今回はこのような終わり方ですが、次回はどうにか一区切りつかせる予定です(あくまで予定です)