「お〜い大河、さっさと起きろ!」



枕元から懐かしい声が聞こえる。



「やっと、起きやがったか」



目を開けるとそこには嘗て自分自身の手で切り殺したはずの友人がいた。



「セ、セル……どうして」



生きているんだ?そう問おうとしてようやく自分が戻ってきていたのだということを思い出した。

周りを見ると、どうやら自分はまた医務室で一泊してしまったようである。

窓からは差し込む朝日がその事を伝えていた。

二日連続で医務室で朝を迎えるとは……懐かしきマイルームにはいつ戻れるのだろうか。



「どうしてって……ああ、なんで未亜さんじゃないのかってことか。そりゃあ、昨日あんなことをすりゃあベリオさんがお前のところに未亜さんを来させるわけないだろ」



目の前ではセルが大河のいったセリフを勝手に納得して話を続けている。

しかし、よく聞いてみるとふと疑問に思ったことがあった。



「あんなこと?」

「大河、まさかその年で痴呆症か……お前昨日の能力測定試験でベリオさんに……」

「すっかり噂になってるぜ、史上初の男性救世主候補者はどスケベだってな」

「なにぃ、それはほんとか!?」



驚いて思わず布団から飛び起きる。



「ああ、昨日、能力測定試験終わったあと体をタオルで体を隠しながら顔を真っ赤にして涙目で歩くベリオさんの姿と、それを慰めるリリィと未亜さんの姿が目撃されたらしくな。女子生徒とその事について盛んに話してたから、たぶん今頃は女子生徒専用の情報網を伝って全員に知れ渡ってるはずだぜ」

「まさかたった一日で全校生徒に伝わるほどの噂になるわけが……」



大河はまさか一日でそんなに伝わるわけがないと、セルの言葉が過大評価のしすぎであろうと思い込もうとする。



「大河、信じていないようだがここの学院の女子生徒の情報網を甘く見たらいけないぜ。俺も何度その情報網で……」



だが、そんな大河の心情を裏切るかのようにセルが追い討ちをかける。

それを話すセルの目は何故か遠くを見をしながらそう語る。

どうやら自分もその情報網のおかげで酷い目にあった経験があるらしい……



「まあ、これでお前も俺と同格になったわけだな、親友♪」



セルがポンっと俺の肩を叩いてにこやかに話しかけてくる。



「嬉しかないわぁーー!」



種類は違えど二日連続で医務室に俺の絶叫が響き渡った











〜Duel Savior 黒の書 第5話〜









「ヒソヒソヒソ……」



右を見ても女子生徒の視線と噂話の声



「ヒソヒソヒソヒソ……」



左をみても女子生徒の視線と噂話の声



「なあ、大河……何かめちゃくちゃ歩きづらいんだが……」

「心配するな……俺もだ」



セルと一緒に廊下を歩く大河には四方から様々な感情が含まれる視線が突き刺さっていた。

まあ、ほとんどが冷たい視線ではあるのだが……



「確かに……もうとっくに全校生徒に知れ渡ってるみたいだな……」



セルに医務室で聞いてはいたが、大河は改めて女子生徒の情報網の恐ろしさというものを知った。

恐らくこの様子だと、とっくに他の救世主候補者達にも知れ渡っていることだろう。

大河は未亜とベリオとリリィをどう対処するか必死に考えながら、みんなの待つ部屋を目指した。

しかし、大河はわかっていなかった。

未亜とベリオの怒りが大河が想像している以上に凄まじいことに……




四方から突き刺さってくる女子生徒の視線に耐えながら、やっとの想いで着いた部屋のドアを開けるとそこには仁王立ちで待ち構えているベリオを未亜の姿があった。

目の前の二人からは先ほどまで俺が感じていた視線さえ生ぬるく思えるほどの強力な威圧感が放たれている。



「おはよう、お兄ちゃん」

「おはようございます、大河くん」



ここに居てはいけない! 早く逃げろ!

本能が警鐘をそう鳴らす。

しかし大河の体はまるで恐怖で縫いとめられたかのように動かなかった。



「オ、オハヨウゴザイマス、未亜サン、ベリオサン」



かすれるような声でかろうじて挨拶を返す。



「お兄ちゃん、早速だけどそこに座ってもらえるかな?」

「大河くん、指導は今度ににしますから今はそこに座ってもらえますか?」



二人の指差す先にはいつの間にか石畳が用意されている。

二人とも顔は見ほれるほどにこやかに笑っているはずなのだが、この時の大河にはそうは見えなかった。

この絶対的な威圧感を持つ二人に逆らえるはずもなく、大河はその用意されていた石畳の上に大人しく座る。

リリィは後ろの方でニヤニヤとした笑みを浮かべながらこっち見ており

リコはというと二人の放つ殺気の余波でガタガタと震えながら部屋の隅のほうで震えていた。


「お兄ちゃん、昨日の試合の時にベリオさんに何をしたか覚えてるよね」


底冷えするような声に大河は首をカクカクと上下に揺らす。


「それでね、あの後みんなで話し合ったんだけど、お兄ちゃんにこれ以上悪さをさせないようにベリオさんに特別講習を頼む事にしたの。あ、もちろん私も手伝うけどね」


笑顔だった未亜の顔がだんだんと怒りで歪んでくる。


「それじゃあベリオさんよろしくお願いしますね」

「わかりました。それじゃあ今から僧侶である私が、大河くんを更正させるために人としてどういう生き方をするべきなのかみっちり説いてあげますね。未亜さん、サポートをお願いします」


ベリオは未亜にそう言うとスーっと息を吸い込んだ。



(天国のお父さん、お母さん……どうやら思ったより早く貴方達に会えそうです……)



そして説教の時間が始まった。



ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ

「…………」

クドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクド


「…………」


ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ

「…………」

クドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクド



ベリオが一息つくと未亜に交代し、未亜が一息つくとまたベリオに交代するといったように途切れなく説教は続いた。

あまりに長い説教のため意識が何度も飛びそうになったが、その度に未亜とベリオがお互いの召喚器を呼び出し、無言の圧力を掛けてくるため、大河は説教を聴き続けるしかなかった。



(これって説教というより拷問だろ……)



そう心の中で呟やかざるにはいられない。



「―――と言う風に人間というのはその理性でもって欲望を抑える事ができる生き物なのです。大河くんみたいに本能で行動ばかりしているということはせっかく神様が与えてくれた知性というものを放棄することなんですよ。だから大河くんは―――――」



目の前では未だに説教を続けているベリオの姿

しかし、よくよく考えれば神様を殺した男が神様に仕える聖職者に説教を受けるという光景はなかなか滑稽である



(まったく主は、これだからいかんのだ。何度やっても反省し――――)



何故か途中からアビスまで加わり、大河は内と外からの両方の説教を受け続けるはめになった。


ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ
クドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクド
ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ

…………

………

……

結局、この説教という名の拷問はいつまで経ってもやってこない救世主候補者達を呼びにダリア先生がやってくるまで数時間延々と続けられた。
















「ふぅ〜、満腹満腹♪」

大河は大きくなったお腹を抱えながら悠々と森の中を食後の散歩している。

あの後ベリオと未亜からようやく開放された大河は真っ先に食堂に向かった。

起きてから水一滴口にしていなかったため、大河の空腹は既に限界を迎えていたのだ。

ちなみに説教が終わった時の大河の姿はまるで真っ白な塩柱のようだったらしい。

食堂に入ると周りの視線が俺に集中したが、その時の大河にはまったく気にならなかった。

速攻で料理を注文し、それを受け取ると恥も外聞もなく一気にそれを胃袋の中に収めていったのだ。

そうして食事を終えた後、食堂を出て現在に至るわけである。



「それにしても、ベリオと未亜の体力は無尽蔵なのか……」



自分の部屋に向かいながら、二人の説教を思い出しそう呟く。

あの時の二人の説教は最初からまったく衰え見せず、むしろ時間が経てば経つほど増していくほどだった。

明らかに説教を受けていた大河よりもカロリーを消費していたはずなのにも拘らずである。

もし、ダリア先生がやってこなかったら二人はきっと明日の朝まででも説教を続けていた事だろう。

あの時、大河にはやってきたダリア先生が女神のようにさえ見えた。

ずいぶん巨乳の女神ではあったが……






「おーほほほほほほほ!」



考えに没頭している俺の耳に突然何処からともなく甲高い声が響いてくる。



「人はその外面から伺いしれない第二の自分を持っているもの」


(ま、まさか、この声は……)


「貴方の内面の素顔は一体どのようなものなのかしら」


スタッ


そのセリフと同時に俺の前に軽い着地音と共に降り立つ人影。



「闇夜に羽ばたく虹色の蝶。ブラックパピヨン、見参!」



お決まりの台詞と共に現れたのは、ベリオの第二の人格のことブラックパピヨンであった。

着地した衝撃でその素晴らしい大きさを誇る胸がプルンと揺れる。

以前の大河ならそこでブラックパピヨンの胸に視線が釘付けになっていただろう。

実際パピヨンもそれを狙っていたのだろう。

しかし、今回ばかりはそうではなかった。

何故なら今の大河は、ただでさえベリオと未亜の説教攻撃でグロッキーな気分なうえに、あの波乱の時代から経験した大河なのだ。

そんな大河が今更見慣れたパピヨンの胸に惑わされるわけがなかった……たぶん



「いや、闇夜に羽ばたくって、今はまだ明るいんだけど……」

「疲れた顔をして……って、え……?」



まともに対応するのも面倒だったので、何となくブラックパピヨンのセリフに突っ込みを入れる大河。

セリフを前もって用意していたのか、それを言おうとしている途中に予想外の突っ込みに逆に間抜けな返事をするブラックパピヨン



「…………」

「…………」



二人の間に妙な沈黙が生まれる。



「……えっと、とりあえずさっき続きをどうぞ……」



半ば適当に言ったセリフが予想以上の効果を発揮したことに驚きながらも、このままでは埒があかないのでとりあえず会話をすすめてみる。



「え、あ……そ、そうね……疲れて顔をしているわね坊や、このあたしがそんな貴方の生活を極彩色の桃源郷に――――」 

「いや、別にそんなことしてもらわなくてもいいし……っていうか俺はさっさと部屋に帰りたいんだが……」



話を進めておいて何なのだが、理不尽な言いように再び突っ込みをいれてしまう。

またも話の途中でつっこみを入れられ、ブラックパピヨンはそのまま口黙ってしまった。



「…………」

「…………」



再び妙な沈黙が二人の間に漂う。



(あ、でもこんなブラックパピヨンを見るのは初めてだな……なんかちょっと涙目になっててかわいいかも……)



今まで見たことの無い態度をするブラックパピヨンに思わず萌えてしまった大河である。



ビュン!



そう考えていると突然風を切る音と共にムチが眼前に迫ってきた。

慌てて顔をそらすがいきなりの攻撃だったので完全にかわし切れずムチの先端が頬をかする。

浅く頬が切れ、一筋の血が流れ出た。



「あっぶねーな!いきなり何しやがる……ん……だ……」



いきなり攻撃されたことに少し怒りながら言い返そうとするが、目の前の光景をみて思わず語尾がしぼむ。



「ふ、ふふ、ふふふふふふ…………」



不気味な笑い声が響き渡る。



「どうやら、本気であたしを怒らせちまったようだね〜」



そう、そこには全身から怒りのオーラを放ちながら次の攻撃の準備をしているブラックパピヨンの姿があったのだ。

どうやらあまりに話の腰を折られすぎたせいで、遂に切れてしまったらしい。



「このあたしをここまでこけにしてくれたんだ……その礼はさせてもらうよ!」



そう言うと同時にムチの嵐を放ってくるパピヨン。



ビュンビュンビュン!



「うおッ……ちょ、ちょっとやめろって……痛ぇ!」

「あははははは、さあ、もっといい声でお鳴き!」


既に怒りで目がイっちゃってるブラックパピヨンに大河の静止の声など聞こえていないらしく、次々とムチを放ってくる

しかもムチの合間にいつの間にか謎の銅像や鉄タライなどが紛れていた。

普通なら目撃者がいて誰かを呼んでくれるはずなのだが、あいにく大河が居たのは森の中。

今の時間帯にこんなところに人は滅多にこないので目撃者は期待できそうにもなかった。

どうやら今日はとことんついていないらしい。

ブラックパピヨンの攻撃から逃げ回りながらどうやってこの状況から脱するか考えるがどうにも良い案が浮かばない。

正直どうしようも無い状況である。



(にしても、なんでブラックパピヨンは俺のところにやって来たんだ……)



ブラックパピヨンが自分を襲いに来る理由がわからない大河。

前回の歴史では俺は能力測定試験でベリオに勝った為、ブラックパピヨンには勝者である大河のプライドを奪うという目的があったのだが、今回はみごとに
負けてしまいそのまま医務室に直行したため、ブラックパピヨンが大河のところにやってくる理由が無いはずなのだ。



(まあ……とりあえず気絶でもさせて大人しくさせたあとに聞けばいいか……)



考えてもわからないものは仕方ないと判断した大河は、結局もっともシンプルな方法をとることにした。




(ん、まてよ……)



さっそく反撃に移ろうとして、ふと脳裏ある考えが浮かぶ

現在逃げ回っているのは森の中

しかも逃げ回っているうちにいつの間にか結構奥まで入り込んでしまっている。

こんなところに滅多に人が来るはずもないので目撃者は皆無。

さらにちょうどよい具合に錯乱しているブラックパピヨン

こんな状態なら正気に戻っても錯乱している時の記憶はろくに覚えていないだろう



(ってことは今ならトレイターの新しい形態を試しても誰にもばれないんじゃねぇか……)



実は大河には今までずっと悩んでいた事があった。

それは『自分だけかっこいい必殺技が無い!』という事にである。

そう、リリィやベリオ、リコにカエデはもとより

未亜にでさえ弓を使った数々の巧みな必殺技があったのだ。

それに引き換え、自分はというと剣の状態で敵を滅多切りにした、ナックルで思いっきり突っ込んだりと全部力任せの技ばかりでカッコイイと思えるような
必殺技を持っていなかったのだ。

一番派手であろうと思われる爆弾形態での体当たりでさえ、使ったあとにゼイゼイと息をついてしまい全然かっこよくなかったのである。



しかし、今は違う!

このパワーアップしたことをトレイターに聞いて以来ずっと考えていた必殺技があるのだ。

その事実にいままで落ち込んでいた気持ちが一気に高揚した。


(ふふふふ……ブラックパピヨンには悪いが俺の新必殺技の第一号被験者となってもらうとするかな)


丁度その瞬間、俺を追いかけていたブラックパピヨンが上空に大きく飛び上がった。

両手には今までもっとも大きいと思われる謎の銅像を持っている。

どうやらこれで決めようとしているようだ。

大河はそのことに気付くと素早くイメージを集中しトレイターを変化させる。

ぶっつけ本番だがどうにかなるだろう。


トレイターが光の粒子のようなものにに分解され腕に纏わりつくように再構築されていく。

そして変化が終えるとそこには、何処となくナックルに似たトレイターの姿があった。

だが、その形態はナックルよりも二周りほど大きく、先端にはところどころにスリットのある四つ又の錨のような物がついていた。

変化を終えたトレイターの付いた腕を迎え撃つよう振りかぶる。




「くらえ必殺」


『ブーストアンカー!』



大きく振りかぶった拳が突き出された瞬間、スリットから爆風が吹き出したと思うと先端部の錨の部分が外れ、凄まじい勢いでブラックパピヨン目掛けて突き進んでいった。

残された部分からは細い鎖がジャラジャラと飛んでいった先端部に引きずられていっている。



「――――!?」



正気を失っていても防衛本能だけは働いているのか、その攻撃を咄嗟に交わそうとするパピヨン。

しかし、あいにくそこは何の足場の無い空中であった。



ドゴッ!



「かはッ!」



アームの一本が無謀になっていたパピヨンの腹部に当たる。

擦れた声をだしてそのまま気絶し、そまま力なく落ちてくる。



「よっと」



大河はそれを優しく抱きとめた。

ちょっと威力が強すぎたかなっと思い、いったん地面に降ろした後、ブラックパピヨンの容態を見てみる。

幸いにも軽い痣だけで、特に痕に残るような怪我は負っていないようだ。

ほっと安心するといつまでも彼女をこのまま地面に寝かせているわけにもいかないので、自分の両腕を寝ている彼女の膝の裏と背中にさしこみ、再び持ち上げる。

俗にいうお姫様抱っこというやつだ。



「……まあ、とりあえず事情を聞くのは俺の部屋に戻ってからにするか……」



そう呟くとブラックパピヨンを抱きかかえたまま、自分の部屋に向かって歩き出した。





あとがきのようなもの
いままで近距離攻撃しかなかったトレイターに遠距離攻撃を持たせたかったので新形態を考えてみました。
ちなみにこの新形態はス○ロボにでてくるロボットの武器を参考にしてたりします。