「当真……大河か……」

大河達が闘技場で再試験を始めようとしている頃、学園長室では椅子に座りながら資料を読んでいる妙齢の女性が一人。
女性の名はミュリエル・シアフィールド、このフローリア学園の学園長である。


元救世主候補生であった彼女は数年前、もうあのような悲劇が二度と起こらぬよう後世に救世主の実態を伝えるべく、一度は元の世界に戻されながらも必死の努力の末再びこの世界、アヴァターに戻ってきた人物である。

しかし必死の想いで戻ってきた彼女を待ち受けていたのは1000年という時間のずれと、本来の姿とはまったく逆の姿で伝えられてる救世主の伝承というあまりに悲しい事実であった。

そんな状況下でいまさら自分が本当の事を告げたとしても信じるものは誰もいないだろうと判断した彼女がとった手段は、フローリア学院という救世主候補者を育成する施設を設立し、その召喚された救世主候補者達の中で真の救世主になる可能性の高い者を見つけ出し、覚醒する前に秘密裏に殺してしまうということだった。

彼女は、もしこの中から真の救世主になりうる可能性の高い者が現れたならば、愛する娘でさえこの手にかける覚悟があった。
もっとも、最近その覚悟がだんだんと薄れてきていることに本人は気づいていない。
彼女は自分でも思っている以上に娘を愛し過ぎてしまったのである。


そんな彼女の前に、召喚士を介さない通常ではありえない方法で召喚された青年
この事実は彼女に当真大河に対する疑念を抱かせるには十分な理由であった。

だからこそ彼女は万が一のために救世主候補者適正試験の時に本来なら出す予定のないゴーレムという強力なモンスターを出し、事故に見せかけてあわよくば抹殺、もしくは再起不能に陥れようとした。

だがその目論見は兄を危機から救うために救世主候補者として覚醒した未亜の召喚器、ジャスティから放たれた光の矢によって失敗に終わってしまった。
しかもその後、生き残っていたゴーレムから妹を庇うために、当真大河本人も救世主候補者として覚醒してしまったのである。


それを見た彼女は驚きと同時に恐怖を感じた。
まさか、本当に目の前の青年が召喚器を呼び出せるとは思っていなかったからである。
あくまで可能性の範疇であった予測が、ますます現実味を帯びてしまったのだ。


「私は……きっと天国にはいけないでしょうね……」


自分のしようとしている事に今更ながら自嘲する。


「オルタラ、ルビナス……もし貴方達が今の私のしようとしていることを知ったらどう思うのかしら……」


かつての仲間を思い出しながら悲しげな雰囲気を纏った微笑を浮かべるミュリエル
しかし、彼女はもうこの決心を変えるつもりはないようである。

事情は違えど、彼女もまた当真大河と同じく大切なものを失った神のシナリオの犠牲者の一人であった。










〜Duel Savior 第4話〜










「二人も準備はいいかしらぁん?そろそろ再試験をはじめるわよぉ〜ん」


先生らしからぬ気の抜けた口調でしゃべるダリア先生


「二人とも気を抜かないでねぇ〜ん♪」


逆に気が抜けるのは気のせいではないだろう……
いまさらながらあの先生の態度が本当に演技なのかと疑問に思えてきた。



「ベリオさーん、お兄ちゃんに負けたら絶対エッチなことされちゃうから負けないでねぇー」

「ベリオーーー!そんなスケベに負けるんじゃないわよ!」



観覧席から見ている二人からベリオに暖かい(?)応援が響いてくる。



(マイシスターよ……そんなに兄のことが信用ならんのか……)

「大河くん、私が勝ったら絶対エッチなことはさせませんよ」

(ベリオ、お前も言うのか……)



ベリオは異様にはりきりながら召喚器をよびだす



(主の自業自得だ)

(ブルー○スよ、おまえもか!)



遂には魂の契約をした相方にさえ言われてしまう始末である。
どうやら朝の一件でますますスケベという印象が強まってしまったらしい。
しかし、ここまで言われるとかなり悲しいものがある。


「大河くぅ〜ん、落ち込んでるのはいいけど早く召喚器を呼び出してくれないかしらぁん」


落ち込みが激しく、なかなか召喚器を呼びさない大河にダリア先生が声をかける。


「へいへい、わかりましたよ」


少しやさぐれた様子で返事をする。
まあ、何時までも落ち込んで居るわけにも行かないのでとりあえずトレイターを呼び出す事にした。


「来いッ、トレイターッ!」










次の瞬間、周囲の動きが止まった。











「え、な、なんでだ?」


トレイターを初めて召喚した時のような空間が周りに形成されていた。
この時代では既にトレイターを一度召喚しているので、この現象が起きるはずがないというのに


「我が使い手よ、再び我を呼び出してくれる事を待ちわびたぞ」


懐かしい声が響く。


「まさか……お前は俺のトレイターなのか……」

「然り、我が名はトレイター、汝の魂の一部にして汝の敵を貫く剣なり!」」


震える声で自分の相棒の名前を呼ぶ大河
その言葉に呼応したかのように姿を現すトレイター。


「ど、どうしてお前までここに居るんだ?」

「汝がこの時代に来た時この時代の「汝」と融合した時に我もまたこの時代の「我」と融合したのだ」

「なるほど、そういうわけか」


確かに魂の一部なのだから、トレイターもそうなってもおかしくないはずである。


「んで、なんでまた俺に話しかけてきたんだ。まあ、俺もお前とはもう一度話してみたいとは思ってたけどな」


前の戦いで全てを共にしてきた相棒だ。お礼ぐらいは言っておきたかった。


「この時代の「我」と融合したお陰で、汝と同様に我の力も増大したことを伝えておこうと思ってな」

「なるほどな、お前もパワーアップしたってわけか」

「そういうことだ。それに汝が契約した黒の書と呼ばれる者の力も我に影響を与えている」


どうやら、トレイターも相当パワーアップしたようである。





「ほう、そなたが主の剣か」




唐突に声がしたと思ったらいきなりアビスが姿を現した。


「急に主の精神が別の次元に跳んだと思ったらこういうわけだったか」

「汝が黒の書か」


トレイターはアビスにそう聞く。


「そう、私が黒の書、だが今の私にはアビス・レイという名がある。」

「そうか、主に名をもらったか……。我はトレイター、主の前に立ちふさがる敵を貫く剣なり」

「おぬしが主の剣というのなら、私はさしずめ主をすべての敵から守る盾というところだな」


どうやらお互いの事を認め合ったようだ。
仲良きことはいいことである。



「ところでトレイター、いったいお前の何処がパワーアップしたんだ?」


とりあえずアビスとの話に区切りがついたようなので、肝心の所を聞こうとした。



「うむ、それはな、力が増大したことにより以前よりも多様に主の望んだ姿に我の姿を変化できるようになったのだ。もちろん前からある姿の武器の威力も上がっている」

「ってことは今までよりもいろんな武器が使えるようになったってことだな」

「その通りだ。もちろん武器以外の姿にもなることも可能だ」



どうやらトレイターは、万能包丁どころか超万能包丁になってしまったようだ。



「主よ、その例えだとトレイターが可愛そうだと思うが……」


アビスが俺の心の声に突っ込みを入れてきた。
よく見ると、トレイターもプルプルと震えながら落ち込んでいるように見える。


「って、何でお前ら俺の考えてることがわかるんだ……」

「そんなの主と魂を共にしているからに決まっているだろう」



さも当たり前のようにアビスが告げる。
俺にはこの二人に対してプライバシーと言うものはないのだろうか……


「「ないな」」


同時に突っ込みを入れてくるトレイターとアビス
なんだか涙が出てきてしまった……ほんとに俺ってこいつらの主なのか……
今更ながら自分の位置づけというものを考えなしてしまう大河である。



「それじゃあ、そろそろ元の次元に戻るとするか。あんまりベリオを待たしちまうのもなんだしな。これからもよろしく頼むぜ、相棒」

「ああ、我が使い手よ、汝が望む限り我は汝の力となろう」

「主、私がいる事も忘れるな」

「はは、アビスもこれからもよろしくな」



少しむくれた表情で言ってくるアビスを宥めながら大河は目の前に浮かぶトレイターをこの手にとった。
しっくりくる懐かしい感触が手のひらに伝わってくる。
そしてその瞬間、時間は再び元の時間を流れ始めた。









「さぁて、いつでも準備はいいぜ」


トレイターを構えながら平静な態度でダリア先生にそう言う大河。
現実世界では1秒にも満たない時間しか流れていないので誰も俺のことを不審に思う人物はいないようである。



「それじゃぁ〜、試合始めぇん!」


試合開始と共にベリオが大河に向かって突っ込んできた。
二人の間合いが一気に縮む


「ホーリーノヴァ!!」


至近距離でベリオの必殺技が炸裂する。
どうやら初っ端から勝負に出たようである。
大河もさすがに黙って受けるわけにもいかず、慌ててバックステップでそれをかわす。


「ふぅ〜、あぶねぇ……」


まさか、いきなり大技を繰り出してくるとは思わなかったので、一瞬背筋がひやっとした。
前もってベリオがどういう技を使うのか知っていなかった恐らく直撃してただろう……


「シルフィス!」


落ち着く暇すら与えてくれず、バックステップで逃げた大河を追撃するようにベリオが魔法を放つ。
光の円盤が俺に向かって襲ってくる。


カキンッ!!


さすがにかわしきれず、トレイターでガードする。
軽い振動がトレイターを持つ手に響いた。


「レイライン!」


動きを止めた大河に、ベリオはしめたと言わんばかりに遠距離から次々と魔法を放ってくる。
レーザーのような魔法がユーフォニアの先端から次々と撃ちだされ、その都度、衝撃がトレイター越しに伝わる。

しかし、周りから見えればかなりピンチに見える大河ではあるが実はそうではなかったりする。
パワーアップしたトレイターとアビスとの契約のおかげで戦闘能力は大幅に上がっている大河はベリオの攻撃を受けながらも実際はかなり余裕だったりする
しかし何故反撃に移らないかというとこれには深い訳があった。
それは、このままパワーアップしたトレイターの力で無理やり突き進むのは簡単ではあるが、今後の事を考えるとこの力はできるだけ隠して置きたいというのが本当の理由である。
過ぎた力はいつの世も何らかの歪みを引き起こすものなのだ。


(学園長やダリア先生、それにダウニーの野郎には警戒されるわけにはいかないからな)


特に学園長には適正試験の時に一回殺されかけたようなものである。
まあ、学園長の心情を考えれば仕方が無いというものではあるが……


(とにかく、あんまり力を出し過ぎないように気をつけなきゃな)


むしろ、落ちこぼれのように見せておいた方がいいのかもしれない。
その方が、余計な警戒を招かずにすむであろうし。


(とりあえず、この勝負は適当に負けるとして……)


俺がそう思った瞬間、攻撃していたベリオが余裕の表情で声を掛けてくる


「大河くん、ガードしてばかりじゃあ私は倒せませんよ。ひょっとして史上初の男性救世主候補者の大河くんはお腹でも壊したのですか?」


そしてさらに観客席からも


「ベリオさ〜ん、お兄ちゃんならそうそう大丈夫だから心配しなくていいですよ〜」


そしてトドメの一言


「ベリオー!このままそのスケベをやっちゃいなさい!!むしろもう一度医務室送りにしてあげていいわよ!」


プッツン


大河の中の何かが音をたてて切れた。
そしてふつふつと大河の中から何かどす黒いオーラが湧き上がってくる。
ここまで言われて何もせずに負けるというのはプライドが許さないというものである。


(そこまでいうなら、一矢報いてやろうじゃないか)


大河はニヤっと笑うとベリオの攻撃の合間を縫って横に転がった。


「いくぜ、ベリオ!」


トレイターを前に構えるとベリオに向かって一気に突進して行った。



「甘いです、ホーリーフィールド!」


だが、それを待っていましたと言わんばかりにベリオが防御魔法で俺の突進遮ろうとする。


しかし、それこそ大河が予測していた通りだった。
素早くトレイターをナックルに変化させるとそのまま勢いをつけてベリオの張ったホーリーウォールを貫いた。


「そんな!!」


まさか自分の防御魔法を突破されるとは思っていなかったベリオはそのまま無防備な状態で大河の攻撃を受け吹き飛ばされる。
慌てて立ち上がろうとするが思ったよりダメージがでかかったのか、ふらふらとよろめいている。
大河はその隙に一気に間合いをつめた。


そして、未だに足元のおぼつかないベリオの目の前までくると再び剣の姿に戻したトレイターを大きく振りかぶった。
避けきれないと判断したベリオは咄嗟にユーフォニアを構える。


「遅い!」


掛け声と共にトレイターが振り下ろされた。


スパッ!


何かが切れた音が響いた。
















てっきりトドメを覚悟していたベリオ。
しかし、実際には何の衝撃も来なかった。
体を見回してみるが、どこも切れていない


「ど、どうして……?」


一瞬攻撃が失敗したのか期待する。
現に自分はまったくダメージを受けていない。
そう思って安心する。
だが、次の瞬間


パサッ……


地面から何か軽い物が落ちた音が聞こえる。



「え…………」



妙に下半身がスースーする。
そして何故か目の前の人物、当真大河の視線は自分の下半身に注がれている
まさか、と思いゆっくりと自分の視線を下半身に移した……


「ふむ、ピンクか……」

「キャァァァァァァーーー!!」


ベリオの絶叫が闘技場に響き渡った。







大河は絶叫しているベリオを見ながら、してやったりと言う笑みを浮かべていた。

そう、あの時大河はベリオを自身を狙わず、ベリオの服の下半身の部分をそのまま真横に断ち切ったのだ
お陰で、ベリオのパンツが丸見えというわけである。


(あ、でも……これでまたみんなに俺がスケベという印象がよりいっそう強まってしまったような……)


ふとそのことに気付く。
既に手遅れなのだが、この後どうしようか頭を抱えながら考えに没頭し始める大河。


しかし、この時大河は忘れてしまっていた。
まだ試合の決着はついていないという事に……



ユラリ……


その時、まるで亡者のように立ち上がる一つの影
考えに没頭している大河はそのことに気付かない
涙眼をしながらゆっくりユーフォニアを向けるベリオ


「ホォォォリィィィ……」


気付いた時にはもう手遅れだった。


「スプラァァァァァァッシュ!」


閃光を伴う巨大な爆発が大河の目の前で炸裂した。



「飛んで飛んで飛んで……」


大河は弧を描くように数メートル上空に吹き飛ばされ



「回って回って」


落下する時に何故か図ったかのように吹いてきた突風で体をきりもみするように回転しながら




「おち〜る〜」



ドガァッ!


そのまま地面に頭から激突し、そのまま意識を失った。
吹き飛んでいる途中、何故か大河はそのような音楽が口ずさんでいたらしい。




「勝者、ベリオ・トロープ〜♪」



ダリア先生の試合終了を告げる声が虚しく闘技場に響いていった。