「お兄ちゃん、起きてよ」


兄を起こそうとする未亜の声が医務室に響く。


「もうお兄ちゃん、早く起きてってば」


しかし布団の主である当真大河は一向に起きる様子をみせない。
怪我人なのでいつもより優しく起こそうとする未亜にも徐々に怒りが溜まってきた。


「も〜、こうなったら……えい!」


バサッ


あまりに寝起きの悪い兄に未亜は最終手段として大河のかぶっている布団を剥がしてしまった。
しかし人間というものは寝ている時に急に暖かさを失うとどういう行動をとるだろうか?
大抵そのまま起きるか、もしくは手短にある暖かさを求めるのが普通である。

そしてこの当真大河もその後者の種類の人間に当てはまっていた。
布団を失った大河は手を伸ばすと手短にある温もり、つまり未亜の手をひっぱった。


「え―――」


寝ぼけているとは思えぬ素早さで未亜を布団の中に引っ張り込むと、そのまま抱き枕のように抱きこんでしまう。
いきなり抱きすくめられた未亜は顔を真っ赤にして慌てて脱出しようとするが、思いのほかがっちりと抱きすくめられているため中々抜け出せないでいた。


(ん……これは……)


そこで未だに寝ぼけている当真大河は手のひらに柔らかいものがあることに気付く。
どうやらこの男、今までの行動をすべて無意識で行っていたらしい。


 ふよふよ


「あ、え……ちょ、ちょっと、お兄ちゃん!?」


いきなり胸に刺激を与えられた未亜はびっくりして必死にやめさせようとするのだが、当の大河は未だにまま寝ぼけたまま半ば本能で手のひらにあるモノを揉み続けている。


 ふよふよ むにゅむにゅ



「あ、そこは……だ、だめ……」


段々と大河の腕の中にいる未亜の抵抗が少なくなってくる。
このまま未亜は禁断の世界へ旅立ってしまうのか?
しかし、現実はそう上手くはいかないものである。



「未亜〜〜〜〜〜〜、そのバカを起こすのに何時までかかってるのよ!」



バンッという音と共に扉が開かれリリィが部屋に踏み込んできた。
そして兄を起こしに行くと行ったきり何時までたっても戻ってこない未亜の姿を探したのである。
そしてそこでリリィの視界に入ってきたものは


「あ、あん……お兄ちゃん……未亜、もう……」


ベッドの上で妹を抱きすくめながら胸を揉んでいる当真大河の姿と、それに悶えている未亜の姿であった。


「ちょ、ちょっとあんた!?」


リリィの怒声が医務室に響く。


「リ、リリィさん!?」


その怒声でようやく正気を取り戻した未亜。
そしてその直後未亜の目に飛び込んできたのはブツブツと魔法の詠唱を唱えながら手のひらに紫電を纏わせているリリィの姿。
そこまできて、ようやく自分の置かれている状態を悟った未亜はいつの間にか緩んでいた大河の腕の中から慌てて脱出する。
乱れた衣服を直しながら医務室を脱出すると残された兄の冥福を祈った。



「朝から何やってんのよ、このどスケベがぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ヴォルテクス!」



ドッゴォォォォォン!



「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」







どうやらいくら強くなってもこの男の本質は変わることはないようである。
ちなみにアビスはというと危険を察知した時点で、さっさと転移魔法で逃げていたそうな。


(ふん、いい気味だ……)


そう呟いていたとかなんとか……。
こうして戻ってきた大河の二日目の朝が始まった。











〜Duel Savior 黒の書 第3話〜












「まったく、こいつがここまでどスケベだったなんて……」

「まあまあ、大河くんもわざとじゃなかったんですから……たぶん」

「わざとじゃないってことは、このバカは本能レベルでスケベってことね」

「大河くんならありえるかも……」


恐らく初めて出会ったことの時を思い出しているのか、大河の顔を見ながら納得するベリオ
未亜は二人の会話を聞きながら先ほどの事を思い出しているのか未だに真っ赤な顔をしている。


「お、お兄ちゃんに……あんなことされちゃった…………これはもう、責任とって貰うしか……どうせ私たち血が繋がってないんだし……」


ぶつぶつと何やら危険な事を呟いているような気がするが何も聞かなかったことにしよう……
幸いベリオとリリィの耳には聞こえていなかったようである。

ちなみに現在、大河はベリオ、未亜、リリィと共に朝食をとっているところだ。



「それにしても大河さんも、朝から大変ですね」

「ああ、目が覚めたと思ったらいきなり感電死しかかったぞ」


朝起きると体中が真っ黒焦げになっていた。


「ふん、自業自得よ」


リリィがそう言って大河を責める。
まあ、確かに自業自得と言えばそうなのだが……。
それにしても……寝ぼけていたとはいえ、未亜の胸の感触を覚えていないというのは実におしいことをしたものである。


「あんた、何そんなに落ち込んでんの?」


大河の落ち込み方が余りに異様だったのか、不審そうな目でリリィが俺を見ていた。


「あ、そうそう。今日の午後から昨日の能力測定試験のやり直しがあるそうですよ。」


ベリオがふと思い出したかのようにそう告げた。
そう言えば、昨日は自分のせいで試験が一時中止になったことをすっかり忘れていた。


「ベリオ、このどスケベ相手に手加減なんていらないわよ。むしろ半殺し程度までぶちのめしてあげなさい!」

「ああ、元より手加減するつもりはありませんが、半殺しというのはちょっと……」


リリィの気迫にベリオは少し引きながら返事をしていた。


朝食が終わるリリィ達は授業を受けるために各自の教室に散っていった。
大河は未亜は歴史の授業を受けると言ったので一緒についていくことにする。
教室に入るすぐに授業が始まり、教壇から先生の声が教室に響く。
未亜は真面目に一生懸命ノートを取っていたが、大河の方はと言うと手に持った鉛筆をプラプラさせながら話を聞いていたが、途中からいつの間にか眠っていた。
















「お兄ちゃん、もうお昼だよ」

「ん、ああ、もうそんな時間か」

「お兄ちゃん、顎によだれが付いてるよ。もう、ずっと寝てばかりなんだから……」



未亜の声で目を覚ました俺はゆっくりと体を起こすと服の袖でよだれを拭った。
そう、結局俺は午前中の講義を全て寝て過ごしてわけである。


「仕方ないだろ。先生の説明を聞いてると何故か知らんが睡魔が襲ってくるんだからよ」


最近は学校の先生の説明には催眠音波が混じっているのではないかと冗談抜き思えて仕方がない。


「あ、ベリオさん」

「あら、未亜さんに大河くん。ちょうど良かった、今から食堂に行くのでご一緒しませんか?」


教室を出るとちょうど食堂に向かう途中のベリオに遭遇した。
誘いを断る理由もないので俺たちは一緒に食堂に向かうことにする。






 ガヤガヤガヤ ガヤガヤガヤ


「……混んでる」

「ちょうどお昼でみんなここに集まってますから」



食堂に着くとそこは人で溢れていた。
未亜は人ごみが苦手なのでその人の多さに少しげんなりしている。
まあ、この学院の大きさを考えれば当たり前なのだが、久しぶりに見ると確かに凄い数である。


(それに、最後の方はほとんど人なんて居なかったしな……)



前の記憶では破滅の軍勢との戦いが進むに連れて、だんだんと食堂に集まる人の数は減っていった。
一日立つごとにだんだんと食堂の空気が重くなっていくのを感じざるを得なかったのだ。
食堂に来なくなった人々の中には顔見知りの人がいったい何人いたことだろう。


(もう二度とあんな光景は再現させない……)


今の大河には目の前で活気に溢れる食堂が眩しく見えた。


(主、そんなに気を張るな。主ならきっとできる)


懐に入っているアビスが大河にそう話しかける。


(ありがとな、アビス)


自分のパートナーとも言える少女に心から感謝をする。



「お兄ちゃん、どうしたの?」


食堂の入り口で立ち尽くしている俺のを不審に思ったのか未亜が声を掛けてきた。


「いや、あんまり人が多いんでちょっとうんざりしちまっただけだ」

「そうだよね。私も人ごみ嫌いだし……どうにかならないのかな」

「まあ、こればっかりは仕方ないですね」


ベリオは苦笑しながら俺達を見ている。

どうやら、前の記憶の所為で妙に湿っぽくなり易くなってしまったらしい。


「さてと、未亜今日は何がいい?」

「お兄ちゃんに任せる」

「了解、んじゃ席を取るのは任せたぜ」


そう言って俺は人ごみの中に入っていった。
厨房の前に来た俺は、自分の頼む料理を何にしようかと悩みながらメニューを見る。


「ふむ、今日は料理長のお勧め日替わり定食にしてみるかな」


そう決めるとさっそく料理を貰いに行った。
3人分の料理を貰った俺は席をとりにいったはずのベリオ達を探し始めた
しかし、やはりこう人が多いとなかなか見つからないものである


「あ、大河くん、こっちこっち」


ちょうどその時、奥の方からベリオの呼ぶ声が聞こえてきた。
その声を頼りにベリオのいる場所を目指す。
そして人ごみを掻き分けてやっとのことで3人分の料理を運ぶと、そこにはいつの間にかリリィも座っていた。


「あんたがなんでここに来るのよ?」


大河の姿を見ると、そう言って突っかかってくるリリィ。


「何でって言われても、もともと最初から俺はベリオ達と食事をしにきたんだがな。そっちこそ何でここにいるんだ?」

「ふん、べ、別にいいでしょ」


大河の問いにリリィは顔を少し赤くしながら少しどもった声で言い返してくる。
そんなリリィを不思議に思いながらも、大河はさっそく持ってきた料理を渡す。


「ベリオの料理も適当に選んできたけど別にいいよな?」

「ええ、それは別にかまいませんけど」

「ほい、未亜」

「さてと、午後の能力測定試験に備えてちゃんと腹ごしらえをしとかないとな」



未亜とベリオに料理を渡し終えると自分の料理を食べ始める。
さっそく一口食べると、ジューシーな肉の味が口いっぱいに広がった。
さすが料理長お勧めというだけあってなかなかいい仕事をしている。



「腹ごしらえをしてもあんたが負けるのは目に見えてるけどね」

「モグモグ……真の救世主の俺が……こんなところで……(ゴックン)……負けるわけねえだろ」

「まったく、ちゃんと飲み込んでから言いなさいよね。それに、あんたみたいな奴が真の救世主なはずないでしょ」


リリィは俺をフンっと鼻で笑うと俺のセリフを否定した。
まあ大河としては救世主なんてものは既にどうでもいいのだが、急に態度を変えると不審に思われるかもしれないので一応そう答えておいた。


「ふん、まあいいわ。どちらにしろ真の救世主になるのは私よ」


気丈な態度でそう言い放つリリィ
相変わらず、この時のリリィは救世主に対する異常とも言える強い執着心を持っている。
おそらく現在の救世主候補者の中で唯一破滅の軍勢を体験した恐怖がよりいっそう救世主というものに強い希望を感じさせるのだろう。


だが救世主などになっても何の意味もないという事をこの時のリリィはまだ知らない。

様々な世界からトラウマを持った女性だけが集められ
そのトラウマを利用されているとも知らず

救世主と言う名の生贄になるために

神の作ったシナリオという名の壇上で

ひたすら真の救世主を目指す救世主候補者達


(でも、そんなことは俺が今度こそ終わらせてやる)


リリィがそんな神のシナリオの犠牲者の一人には絶対なってほしくない
あんな思いをするのは自分ひとりでたくさんだ、そう思う大河であった。




「それにしても、リコの食欲は凄いな」


思わず感傷気味になってしまった感情を誤魔化すため、話をそらせる。
視線を横に向けると、そこには山積みになった空の皿とその中心で黙々と料理を食べているの姿があった。


「相変わらずリコは凄いわね……」


見慣れているはずのリリィも少しげんなりとした表情でその光景を見つめている。
大河の方も前から見慣れていたので、その光景を見ても驚きではなく寧ろ懐かしさを感じているほどであった。
そんな中リコは気にした様子も見せず黙々と空の皿をで量産していた。



「そろそろ闘技場に移動しましょうか。もうすぐ試験の時間ですし」

「ああ、そうだな。そろそろ移動すっか」


色々考え事をしていると何時の間にかそんな時間になっていた。
食器を返すと闘技場に向かうことにした。








後書きなど書いてみる
どうも、シロタカです。転載に当たっていろいろ細かな部分を加筆修正しました。
今後ともよろしくお願いします。