その日学園では恒例の救世主候補の能力測定試験が行われていた。
そしてそこには、つい先日アヴァターに召喚されたばかりの新しい救世主候補、当真大河とその妹の未亜があった。
初めの組み合わせの未亜とリコリスであったがその勝負はあっけなく終わり、そして丁度今大河とベリオの勝負が始まろうとしているところである。
「大河くん、手加減はしませんよ」
「この勝負、勝たせてもらうぜ!」
そう言うと二人は召喚器を呼び出すと、お互いに向き合った。
が、その時、闘技場の上に突然暗雲が渦巻き始めた。
「なんだありゃ?」
不思議に思った大河が上を見上げた次の瞬間
ズガシャァァァァァァン!!
暗雲の渦の中心から何かが凄まじい爆発と共に大河の居る場所に落ちた。
大河の姿は舞い上がった砂埃で見えなくなり、対峙していたベリオもその爆風で闘技場の壁まで吹き飛ばされてしまっていた。
「急いで救護班を!」
「お兄ちゃん!!」
「ベリオ!!」
闘技場にいた全員が一瞬何が起こったか解からなかったが、いち早く正気を取り戻したダリア先生がそう叫んだ。
未亜とリリィもその声で正気を取り戻すと、すぐさま名前を呼んだ人物の所に向かって駆け出していった。
ベリオの方は吹き飛ばされた後、闘技場の壁にぶつかっただけで、多少ふらふらとした足取りながらも立ち上がっており幸い大きな怪我はしていないようだった。
その様子を見たリリィはほっと一安心する。
しかし問題は未亜が向かったもう一人の人物の方である。
見間違いで無ければ、当真大河はあの爆発を至近距離で受けたはずである。
リリィは冷たい汗が流れるのを感じる。
視線を向けるが未だに砂埃が宙に舞っており、視界がはっきりしなかった。
そしてだんだんと人影らしきものが見えてきた。
「お兄ちゃん、しっかりして!誰か早くきてよ、お兄ちゃんが死んじゃう!」
そして砂埃が完全に晴れると、そこには必死に助けを呼ぶ未亜の姿とうつ伏せに倒れている当真大河の姿があった。
その後、大河は駆けつけて来た救護班によってすぐさま運び出されていくのであった。
〜Duel Savior 第2話 〜
気がつくと薬品の臭いが鼻についた。
眼を開けると、涙目で俺を覗きこんでいる未亜の顔が目の前にあった。
「お兄ちゃん気がついたの!?」
「まったく、悪運の強い男ね。あの至近距離で爆発を受けて生きてるだなんて。まるでゴキブリ並の生命力ね」
「リリィさん、その言い方はちょっと可哀想じゃないですか?でも、無事で本当に何よりです」
心配そうな顔をしている未亜
呆れ顔をしているリリィ
リリィをたしなめながらも無事を喜ぶベリオ
急に目頭が熱くなる。
「お、お兄ちゃんどうしたの!? 急に泣いたりして!? もしかしてまだどこか怪我してるの?」
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ。いきなり泣くなんて」
「大河さん、もしかしてまだどこか痛むのですか?」
そして遂に耐え切れなくなった涙腺が決壊し俺の眼から涙が溢れ出した。
リリィが少し慌て、ベリオが心配そうに大河に声をかける。
「いや、何でもない。ちょっと目にゴミが入っただけだ」
大河はそう言って涙をふき取ると、皆にそう言った。
「まったく、人騒がせなんだから」
「それにしても、大した怪我がなくてよかったですね。あの時は本当に驚きましたよ」
「お兄ちゃん。ほんと〜に心配したんだから」
「ふふ、そうですね、未亜さんったら「お兄ちゃんが死んじゃう〜〜」って大声で泣き叫んでましたしね」
ベリオはクスっと笑いながら未亜の方をみている。
「だ、だって、あの時は本当にお兄ちゃんが死んじゃうかと思ったんだもん」
未亜は顔を真っ赤にしながらそう答えていた。
そう……何もかもが懐かしく、そしてもう二度と見れないと思っていた光景が目の前に広がっていた。
大河は再び涙腺が決壊しそうになるのを堪えながらその光景を眺めていた。
「そういえば、何で俺は医務室なんかに寝てるんだ?」
しばらくして、やっと気持ちがが落ち着くと俺はできるだけ普段どおりの調子でベリオに問いかけた。
アビスと共に神の座から消える寸前までは覚えているのだが、それ以降のことはまったく覚えていなかったのだ。
気がつけば、ベッドの上にいたというわけである。
「ああ、大河さんは気絶していて覚えてないんですね。えっと、実は……」
ベリオはそう言いうと俺の身に起こった出来事を話してくれた。
「……という訳なんですよ。まあ、幸い大した怪我も無かったようなので安心してください」
ベリオは心配ないですよっと言った表情でそう答える。
(どういうことだ……)
大河はベリオの話を聞きながら一つの疑問点について考えていた。
今のベリオの話を聞く限り、今ここに居るのはこの時代の当真大河の身体ということになる。
恐らく、未来から来た俺の魂がこの時代の当真大河の身体に入ったのだろう。
(それじゃあ、俺の体とこの時代の当真大河の魂は何処へ行ったんだ……まさか消滅しちまったのか!?)
予想外の事態に頭が混乱する。
「それじゃあ、大河さん。今日は大事をとってそこで寝ていてください。試験の方はまた後日することになると思いますので、それまでにしっかり身体を直しておいて下さいね」
「まあ精々大人しくしておくことね」
「お兄ちゃん、ゆっくり休んでね。」
大河が思考の渦に巻き込まれそうになっている事にも気付かず、3人はそう言って部屋の外に出て行った。
ドアが閉まる音で、3人が出て行ったことに気が付いた大河はベッドに再度横になりもう一度、今の状況を整理することにした。
「えっと、ベリオの話から予測すると今のこの俺の身体はこの時代の「俺」の身体で、おそらくこの時代の「俺」の身体に俺の魂が入ってるんだよな……」
ここまでは問題ないな。
「んで俺の魂がこの時代の「俺」の身体に入っちまったってことは、俺のがこの時代の「俺」を乗っ取っちまったってことで、だからこの時代の「俺」の魂は……やっぱり消滅しちまったのか!?」
最悪の事態を考えて、頭の血がサーっと音を立てて引いていく。
「大丈夫だ、主が心配しているような事は無い」
だが大河が罪悪感に浸ろうとしていると、突然声が聞こえてきた。
「その声は……アビスなのか、いったい何処にいるんだ?」
そう言うと俺の寝ているベッドの上にアビスの姿が現れた。
急に姿を現したアビスに驚きながらも説明を求める。
「いったいどういう事か説明してくれ!」
「うむ、まあ何というか……主の魂をこの時代の当真大河と融合させたのだ」
「は?」
思わず気の抜けた声が医務室に響く。
「だからこの時代の当真大河と主を融合させたと言ったのだ。」
「な、なんで融合なんかさせたんだ?」
そう聞くとアビスは少し思案顔をしたがすぐにまた元に戻ると説明を始めた。
「私たちがこの時代に来る際、同じ時代に同じ存在が2つもあるという事態に世界がその矛盾を修正するために、異物である主を消去しようとしたのだ。私もこの事は予想外だったため、このままでは主の存在自体が消されてしまうと思った私は、それを防ぐために主とこの時代の当真大河を融合させたのだ」
「それだとこの時代の「俺」の命を奪ったも当然じゃないのか!?」
自分の身勝手のためだけに、同じ「大河」とはいえ人の人生を奪ってしまったことに変わりはないのだから。
その事実に大河は怒りを露わにする。
「心配しなくても、ちゃんと了承はとったぞ。」
「は……」
再び気の抜けた返事をする。
了承を取った、一体どうやって……
「本来なら無理やり主の魂に吸収させるつもりだったのだが、主の魂をこの時代の当真大河に入れた際、主の記憶がこの時代の当真大河に流れ込んだのだ。そして主の記憶を知ったこの時代の当真大河は我々のしようとしていることに協力してくれたというわけだ。だから今の主にはこの時代の当真大河の記憶も存在するはずだぞ」
そう言われてみると確かに覚えのない記憶も俺の中に存在していた。
それにしても、同意してくれたとはいえこの時代の「俺」には悪い事をしたな……本当ならこんな事は俺一人でやるべきだったのに……。
「主、これは私が勝手にしたことだ。だから主が悲しむことはない。恨むなら私を恨んでくれ……」
アビスは俺が落ち込んでいるのを見て、まるで自分が悪いと言わんかのようにそう言った。
「いや、アビスに非はないと思うぞ、それにこれはアビスが俺を助けようとしてくれた結果なんだよな」
そんな心遣いをするアビスにそれ以上何もいえるはずもなかった。
もとはといえば自分が戻りたいと言ったのが原因なのだ。
それにこの時代の「大河」の同意の上で行われた事だし、アビスに感謝こそすれ責めるのは見当違いというものだろう。
「そんな悲しそうな顔をするなよ」
「あ……」
俺はそういってアビスの頭を優しく撫でた。
アビスも一瞬驚いた表情していたが、気持ちよさそうに目を閉じると俺に抱きついていた。
どうやら最初に撫でられて以来、これが気に入ってしまったようだ。
その後しばらくアビスの頭を撫でていたが、何時までもこうしているといつ誰が来るともわからないので撫でるのをやめた。
「むぅ……」
手を離した瞬間、アビスが一瞬不満気な表情をする。
「そういえば、アビスは普段の時はどうするんだ?」
そんなアビスを見ながらふと思いついたことをアビスに聞く大河。
さすがに急にこんな少女が俺と一緒にいたらみんなも不審がるだろうし……
「ああ、それなら」
そう言った直後、アビスの体から光が発せられると最初に出会った時と同じような黒い本の姿になった。
(普段はこの状態で、主の懐に隠れているから心配ない)
アビスはそう言うとそそくさと俺の懐に器用に潜り込んできた。
「なるほど。たしかにこれならいつでも一緒に居られるし、みんなにばれる心配はほとんどないな」
懐に入っているアビスは本の姿になっても何故か体温ほどの暖かさを持っており、不思議と柔らかかった。
(あ、これってなんか気持ち良いかも)
本のクセにフヨフヨと柔らかいアビスの感触を味わいながらそう思った。
(こ、こら……あ、主……何処を触ってるんだ!)
本の形なので何処が何処やらさっぱりだったが、どうやら変なところを触ってしまったらしい。
大河は慌てて手をはなすと、心なしかアビスはプルプルと震えているようだった。
(そうだ、主よ、伝えておく事があった)
「ん、なんだ?」
(ここに来る前に私との契約には代償がつくと言ったな)
そう言えばそんな事を言っていた気もする。
あの時は戻れるということで頭がいっぱいだったので詳しい事はほとんど覚えていなかったりする。
(あのことは忘れて良いぞ)
「は……」
本日3度目の間抜けな返事
「な、なんでだ?」
(うむ、それはな、本来なら普通の人間である主の魂の許容量では私の力は受け入れきれないのだが、この時代の当真大河の魂と融合したお陰で主の魂の許容量が増えたのだ。そのお陰で私の力は完全に主の魂に収まりきったというわけだ)
「ふうむ、代償がなくなったのは嬉しい誤算だな」
この時代の「大河」には感謝する。
(だが、あくまで私の力が収まりきったというだけだ。この力を解き放てば主の体に反動があることに変わりはないぞ)
くれぐれも使いすぎないようにというアビスの忠告が大河に届いた。
「はいはい。まあ、話はこれくらいにして、今日はこのままここで休ませて貰うとするかな」
窓からを外を見ると既に外は真っ暗になっている。
とりあえず疑問も解決したので、布団をかぶるとそのまま寝ることのにした。
暖かい布団の感触に身を任せながら目を閉じた。
(アビス、これからよろしく頼むぜ)
(ああ、我が主よ)
大河は段々目を閉じながらこれから自分が行うであろう事について覚悟を新たにする。
もう二度とあんな悲劇は起こさせない
例え身勝手と呼ばれてもかまわない
あの悲劇が運命だというのなら
あれが世界の意思というのなら
この右手に反逆の名を持つ剣、トレイターを
この左手に無を司る黒き魔道書を掲げ
その全てを払いのけてみせる。