「GUGYAAAAAAA!?!?!?」
渾身の力を込めて振りぬいたトレイターは狙いをあがたわず神の胴体を引き裂いた。
断末魔と共に光の粒子になって消えていく神を大河はトレイターを杖にしながら眺めていた。
「は、はは……今度こそ……終わりなんだよな……」
そう呟くと力なく地面に倒れた大河。
既に体は全身が傷だらけで、立っているのもやっとの状態だったのが遂に限界を迎えてしまったようだ。
着ている服もここに来るまで倒してきた破滅の軍勢の返り血で元の色がわからないほど真っ赤に染まっている。
だが、やっと想いで神を倒したにも拘らず、大河の心には虚しさだけが漂っていた。
何故なら……この勝利を一緒に喜んでくれるはずの仲間はもうどこにもいないのだ……
全身を白濁とした液体だらけにして、腕の中でだんだんと冷たくなっていったベリオ
操られているはずの体を無理やり動かし、怨敵の将軍、ムドウと共に自爆したカエデ
ライテウスの禁断呪文でダウニーと共に次元の狭間に消えていったリリィ
再び体を乗っ取ろうとしたロベリアの魂を自分の魂ごと肉体に封じ込め、エルダーアークで自分の肉体ごとロベリアの魂を貫き消滅したルビナス
操られた未亜を守るために自ら破滅の将軍となり、最後には大河自身の手によって倒れ去れたセル。
魔道兵器レベリオンのマナ搾取から大河達を守るため自分を犠牲にしたクレア。
力を使い果たし消滅してしまったリコ。
そして、化物となった神の口から吐き出された光線から大河を庇い一緒に飲み込まれていった未亜。
床に倒れている大河の脳裏には死んでいったみんなの姿が走馬灯のように流れていた。
「ちくしょう……何が救世主だ……仲間を死なせて置いて自分だけ生き残って何の意味があるっていうんだよ……」
半ば呻くような声でそう呟く。
あの時もっと上手くやれていれば、そんな後悔が大河の内で何度も反芻する。
しかし過ぎ去ってしまった時間はもう元には戻らない
そんな当たり前の事実が無性に悲しかった。
「はは……何だか眠くなってきちまったな……」
そうこう考えている内にだんだんと意識が薄れてきた。
どうやら血が流れすぎたらしい。
「このまま死んだらあの世でみんなに会えるかな……」
神を殺しておいて何なのだが、もしあの世というものがあるのならそれも良いかもしれないとそう思った。
ゆっくりと目を閉じると大河は四肢の力を抜きそのまどろみに意識をゆだねる。
(みんな……今から俺もそっちに行くぜ……)
意識が闇に沈み体の感触がだんだんと消えていく。
「……汝は……それでいいのか?」
そのまま死のうと思っていた大河の頭の中に不意に声が響く。
「――――――!?」
驚きと共に、神がまだ生きていたのか思った大河は、ほとんど動かない体でトレイターを構えようとする。
だが、大河はそこで急に動きが止まる。
「こ、ここは一体……」
いつの間に移動したのかそこは神の座ではなくまったく見知らぬ部屋。
何が何だかわからず、取り乱す大河。
入り乱れる感情をどうにか抑えて落ち着きを取り戻す。
気持ちを落ち着けたところで部屋を見渡してみると、別の場所に繋がっているとおぼしき通路があった。
他の場所を見渡しても、他に出口となるようなものは無かったのでとりあえずその通路を進む。
体を引きずりながらその通路をしばらく進むと、そこには半壊した巨大な門があった。
大河は覚悟を決め、その門をくぐる。
「なんだ……ありゃ?」
門をくぐるとそこにはまるで牢屋のような部屋があった。
そしてその部屋の中心には幾重にも鎖で繋がれた一冊の書物が浮かんでいた。
「黒い……本……」
ゆっくりとその黒い本に近づきそれに触れようとする。
「よくきたな」
触れようとした寸前、突然目の前の黒い本から声が聞こえた。
どうやら先ほど頭の中に響いた声と同じものであるようだ。
「……おまえが俺をここに呼んだのか」
「そう、私が汝をここへ呼んだのだ」
黒い本はそう言い放った。
恐らくこの本もリコやイムニティのように何らかの力を持った書物なのだろう。
「それで、お前は何者なんだ?」
「私は黒の書、神によって封印されていた無を司る書」
一応何者か聞いてみるとやはり自分の予測どおりのようである。
しかし神に封印されていたとはどういうことなのだろう?
それにリコも、赤の書と白の書以外の色を司る書があるなど一言も言っていなかったはずである。
何となく疑問に思いつつもとりあえず、自分がここに呼ばれたわけを聞いてみる。
「どうして俺をここに呼んだんだ?」
「私は汝の持つ魂に興味をもったのだ。その神をも打倒するほどの強き力を持ちながら、その力に流されぬその不可解な魂に」
「神をも打倒する力か……」
自嘲じみた声でそう呟く大河。
「私は封印された中で汝の魂の波動を感じていた。仲間を失い、愛する者たちを失い悲しむ汝の魂の慟哭を……」
しかし黒の書はそんな彼を見ながらも淡々と会話を続ける。
「私は思った、どうして汝の魂はあれほどまでに嘆き、悲しみ、打ちのめされながらも憎しみや破壊の色に染まらないのかと……」
今まで単調だった声に若干悲しみの混じる。
「それで、この俺に何が言いたいんだ?」
「私は汝と契約をしたい、汝が持つ魂は放つ波動をもっと知りたいのだ」
「契約か……」
「それに汝の魂の炎は既に消えかけておる。私と契約をしなければそのまま死んでしまうぞ」
今更生き延びてどうなる……
未亜も、カエデも、リコも、ベリオも、クレアも、セルも、そして未亜もみんな死んでしまった。
この自分だけこれ以上生き残って何の意味があるというのか。
どうせあの時死ぬつもりだったのだ。
みんなの居ないこの世界に何の未練などない。
「ほっといてくれ……」
大河はそう言って黒の書の契約を断ろうとする、だが―――
「汝が望むなら私の力でもう一度皆に会える、と言ってもか?」
黒の書から予想もしていなかった言葉が吐き出された。
そのセリフを聞いた瞬間、大河は眼を見開き目の前の黒の書を見る。
皆に会える、そんな都合のいい話があるのか?
普通の状態の彼ならそんな言葉など信じなかっただろう。
だが今の大河にはその言葉が悪魔の声であろうと構わなかった。
再び皆を救えるチャンスがあるのなら、それを見逃す手はない。
「けど、それがお前に一体何のメリットがあるっていうんだ? 俺に何をさせたいんだ?」
「初めに言ったであろう、汝の魂に興味をもったと。それに私は汝のことが気に入ったのだ。」
「俺みたいな何の取り柄も無いような奴を気に入るなんて、お前も変わった奴だな。」
「何の取り柄もないか……まあそういう事にしておいてやる。」
黒の書は何か含みを持たせたセリフをは言う。
「まあ、いいか。さあ、さっさと契約をしちまおうぜ」
「ああ、いいだろう。だが、一つだけ言っておくことがある」
急に黒の書の雰囲気が変わった。
「私の力は赤の書とも白の書とも違う異質で巨大なものだ。もし汝が我と契約した際、汝の魂の容量では私の力が収まりきらず汝の体に何かしら代償が支払 われるだろう。それでもいいのか?」
黒の書は俺にそう問うた。
「どんな代償なんだ?」
「それは私にもわからない。ただ何かしら代償があるとしか言いようがない」
黒の書少し沈痛な声が発せられた。
だが、そんなことは関係なかった。
「もう一度みんなを救えるチャンスができるんだ。そのためなら代償ぐらいいくらでも引き受けてやるさ」
大河ははっきりとそう黒の書に告げた。
「さすがは私の見込んだ男だ。ならば今ここで契約を結ぶとしよう。」
黒の書は俺の返答に満足したように頷く。
そして急に黒の書から光が発せられたと思うと、繋がれていた鎖が砕けちる。
そこには光が収まったあと、そこには一人の少女が立っていた。
その少女に一瞬見惚れる大河。
艶やかな漆黒の長髪と、まるで吸い込まれるような深い黒の眼。
そして全身からは人間とは違った独特の雰囲気が放たれている。
「さあ、契約の儀式を始めましょう」
少女は妖艶に微笑むと倒れている大河の上にのしかかってきた。
一瞬の間の後、少女の唇と俺のそれとが重なり、同時に大河の中に様々な知識や力が流れ込む。
そして唇が離れるころには、全身にあったはずの傷もいつの間にか消え去っていたのだ
「これで汝は私の主(あるじ)となった。私の持つ力と知識は汝と共有される。使い方は既に主は理解しているはずだ」
先ほどまで鉛のように重かった体が、まるで羽のように軽くなっていた。
そして流れ込んできた知識や力の使い方もまた既に理解していた。
「ああ、確かにこれだけの力があればみんなを助けられる……」
大河は拳を握りしめた。
「しかし忘れるな。この力は神すら恐れ封印した力。人の身である汝がこの力を行使し続ければ、唯でさえ何の代償があるかもわからぬ汝の体崩壊するかも しれぬぞ」
黒の書はそう言って俺に釘をさした。
「ああ、重々承知しておくさ。」
大河はそう言いつつも内心はまったく逆だった。
自分の体一つでみんなを助けられるのだ、そのためなら力を使う事に何の躊躇いがあるというのか・・・
「そうか、それならばそろそ出発するとしよう」
「おっと、その前に聞きたいことがある」
「ん、まだ何かあるのか?」
黒の書は出鼻を挫かれたのか少しむすっとした様子で俺に聞いてきた。
「お前の名前を教えてくれないか? いちいち黒の書って呼ぶのもなんだか違和感があるしな」
「私に名前はない……私はずっと封印されていたからな、名前など持つ必要もなかった」
黒の書は淡々と述べているつもりだろうが、その言葉に若干悲しみが含まれていることに大河は気付いていた。
「そうか、それなら俺が名前をつけてやるぜ」
「あ、主がか!?」
「そりゃあ、俺はお前の主だからな名前をつける権利くらいあるだろう」
「そ、それもそうだな……私に似合う名前を期待しているぞ」
かなり期待した視線が大河に突き刺さっている。
(これはかなり期待しているな・・・がんばって名前を考えねば)
〜そして十数分後〜
「よし、これに決めたぞ!」
「ど、どんな名前だ?」
期待と不安の混じったような視線が黒の書の視線が俺に向けられる
「お前の名前はアビス・レイ(深淵なる光)だ」
俺はその深淵に引き込まれるような黒い瞳、そしてその艶やかな髪に反射する輝きからその名前を付けることにした。
「アビス……レイ……それが私の名前。」
「どうだ気に入ったか?」
「あ、ありがとう」
「気に入ってくれた付けた甲斐があるっていうもんだ。」
しばらくの間、ぽ〜っとした表情をした後、大河に御礼を言ってくるアビス
初めてお礼をいうのか、少し声がどもっている。
そんなアビスの頭を大河は軽く撫でてやった。
「ん……」
気持ちよさそうな表情をして、撫でられているアビス
大河は見ていた以上に滑らかなアビスの髪の毛の感触を楽しんでいる。
しばらく撫でたあと手を離すとアビスは少し名残惜しそうな顔をする。
「よし、名前も決まったところで、そろそろ出発するとするか」
「そ、そうだな」
「んで俺は何をすりゃいいんだ?」
「主はただ想うだけでいい、私はその主の想いの力を増幅して次元の壁に穴をあける。後は主の想いが我々を導いてくれるはずだ」
大河はその言葉に従ってあの時思い浮かべる。
アヴァターに召喚されて間もない頃、皆がまだ笑顔で居られた時のことを……。
その直後、神の座に光が走った。