私、天野美汐は現在受験シーズンの真っ只中です。
当然今は大学合格を目指して日々勉強の毎日なのですが……
「ここの問題はどうやって解くんですか?」
「あぁ、そこはこうすればいい」
「……………………」
「どうした天野?」
「まさか相沢さんに勉強を教えてもらう日が来るなんて……」
「……何気に酷いこといってないかお前?」
こんなことになるなんて想像すらしてませんでした。
私の受験するのは県内でも最難関と言われている国立の大学です。
その私の現在の成績は学校では上位の方に位置づけられます。
それでも、担任からは難しいだろうという言葉しか聞きません。
事実、私もその大学の過去問題などを解いてみたのですが……結果は散々でした。
そんなことがあって自信をなくしていた私に救いの手を差し伸べたのは、あまりにも意外すぎる人物でした。
「天野、あそこ受けるんだって?」
昨日、いきなり私の家に来た相沢さんは私を見るなりそう聞いてきました。
相沢さんらしいといえばらしいのですが、流石にこれでは相沢さんの意図がわかりません。
「……いきなりなんですか?」
「いや、真琴からそれらしいこと聞いてな」
なるほど、真琴経由でしたか。
この間真琴に大学のことを話したことがあったので、多分その日に聞いたのでしょう。
でも相沢さんと何の関係があるんでしょうか?
「確かに受けることは受けますけど……それが何か?」
「実はこの俺が家庭教師をやってやろうと思ってな」
……今のは聞き間違いでしょうか?
もう一度聞くのは正直恐ろしいのですが、我慢しましょう。
「……今、家庭教師と言いましたか?」
「あぁ、そう言ったけど……どうかしたか?」
どうやら家庭教師といったのは本当だったようですね。
……………………。
「えぇえっ!?」
「うぉっ!? ど、どうした天野?」
「どうした天野? じゃありません! なんで相沢さんが私の家庭教師になるんですか!」
「なんでって……天野が困ってるって真琴から聞いたし、何より俺が通ってる大学そこだし」
「……………………冗談ですよね?」
「いくら俺でもその反応はへこむぞ?」
こんな会話があって初めて私は相沢さんがその大学の生徒だということを知りました。
最初は本当に信じられませんでした。
だって相手は“あの”相沢さんなのですから。
そこで私は相沢さんに入試の過去問題をやらせてみたのですが……。
「ほら、終わったぞ天野」
「……………………全問正解?」
「これで真実がわかったろ? ……って、何してんだ天野?」
「カンニングしてなかったかどうかの確認ですが、何か?」
「だからってなんでボディチェック……や、やめろ! そこはやばい、マジでやばい!」
結局認めたくはありませんでしたが認めざるを得ませんでした。
……ボディチェックのことに関しては思い出すのも恥ずかしいですね。
とりあえず事の詳細を相沢さんに聞いたところ、本格的に勉強に打ち込んだのは高校3年の12月からだったそうです。
それまでは同じクラスの北川先輩と順位の低さで競っていたらしいのですが、そんな相沢さんを美坂先輩が更正してくれたそうです。
これでようやく納得することが出来ました。口に出来ないほどの点数を私に見せびらかしていた相沢さんが最難関の大学に入れた理由が。
それと同時に美坂先輩の偉大さも。むしろ彼女に家庭教師を頼もうかと思ったのは相沢さんには秘密ですが。
「……どうした天野? 考え事か?」
昨日のことを思い出している私に相沢さんが不審気に声をかけてきました。
私としたことが少しうかつでした。
「人生の理不尽さについて真剣に考えていたんです」
「……そこはかとなく馬鹿にされてるような気がするのは俺だけか?」
「気にしたら負けです」
「気にするわっ!」
そんなやり取りをしてる間にも時間は無情に進みます。
私は諦めて現実を全て享受することに決めました。
たとえ相沢さんに勉強を見てもらおうが何しようが合格してしまえばいいのですから。
それからは私は相沢さんにも協力してもらっていつもの倍以上のペースで鉛筆を走らせました。
「今日はこのくらいにしとくか?」
ふと相沢さんがそんなことを言い出しました。
もうそんな時間なのかと思って時計を見てみると、既に時計の短針は6時のところで止まっていました。
「もうこんな時間……集中しすぎて気付きませんでした」
「それは俺も一緒。天野につられて俺まで集中しちまったじゃねぇか」
「……遠まわしに私を非難してるんですか?」
「気のせいだろ」
さっきの仕返しですか……。やっぱりただでは終わらないということですね。
でも時間が時間なので私は相沢さんへの怒りを抑えて、開いていた参考書やノートを閉じることに専念しました。
その最中、相沢さんが私に話しかけてきました。
「ところで、明日以降はどうする?」
「そうですね……相沢さんは、人格はともかく教師としては優れているとわかりましたし」
「人格はともかく、ってなんだよ……」
相沢さんが不満そうにしていますが気にしません。さっきのお返しです。
でも教え方が上手いというのは事実なんですよね。
私はそのことが気になって相沢さんに聞いてみることにしました。
「それより、何故相沢さんはそんなに教えるのが上手いんですか?」
「俺の人格をそれ扱いか!?」
「真面目に答えて下さい」
流石にこのペースにも慣れましたね。
……これって毒されてるってことなんでしょうか?
「まぁ、いいか。実は俺、教師になろうと思ってんだよ。それが理由」
「教師……ですか」
驚きました。
いつもはふざけているばかりだった相沢さんがそんなことを考えていたことに。
でも、そう考えると相沢さんがあの大学に通ってることも納得がいきます。
しかし、よりにもよって教師ですか……。
「……将来の夢があるっていいことですね」
「天野にはないのか? 将来の夢とか」
「……まぁ、あるにはあるんですが」
確かに私にも将来の夢というか希望はあります。
でも……でもそれだけはいいたくありません。
特に目の前の人には。
「へぇ……俺も教えたんだし、教えてくれよ」
「嫌です」
「……ふっ」
泣きまねしたって駄目です。
誰が言えますか。あなたと同じ職業が将来の希望だなんて。
初めて教師という職業に憧れたのは小学校の時。
担任だった教師がとてもいい人で、その時にこんな教師になれたらいいと思いました。
でもその後“あの子”が消えて、私も抜け殻になって、将来のことなんて考えられなくなりました。
そんな私を救ってくれたのが相沢さん……あなたでした。
あなたのおかげで私は立ち直り、昔の夢を思い出すことに繋がりました。
しかもその夢があなたと同じだなんて、これは運命という物なのでしょうか?
「ん〜、ならこんな交換条件はどうだ?」
教えてもらえずに涙していた相沢さんが突然立ち上がりました。
そして私にゆっくりと近づいて……って、何するつもりですか相沢さん!?
あまりの急接近に赤面してあたふたする私を尻目に、相沢さんは私の耳元に顔を近づけて小さく呟きました。
「 」
――数ヵ月後――
私は相沢さんのおかげで無事合格することが出来ました。
そして今日は記念すべき大学の入学式。
少し前までは考えられなかった笑顔を浮かべる私。
その隣には同じく笑顔のあ……祐一さんの姿。
新しく踏み出した人生の一歩……
私は愛する人とともに夢に向かって歩き出します……