わいわい、がやがや。
 わいわい、がやがや。

「おい、予想以上に観客の動員数が良いぞ?」
「ああ、初子の作ったビラに効果があったらしい」

 夏祭り用のステージが置かれた商店街の一角。
 そこで俺と男は舞台開演を待っていた。







秋桜の町で 〜黒色の往人〜(後編)    By 嶺次









「ちなみに、ビラになんて書いてあったんだ?」
「面白くなかったら、入場料を倍料金でお返しします」

 男は豆鉄砲を食らったような顔をしている。

「ま、まて! 今日の公演は無料じゃなかったのか!?」
「いや、昨日見たチラシには入場料500円と書いてあった」
「なんだと!? 500円なんて一週間で稼げればいい方だぞ!!」

 …お前、流石にそれはまずいだろ。

「しかもこの人数、軽く100人を超えているぞ」

 男は呟き、目に見えて狼狽した。

「まて! 面白くなかった場合、だれが返却するんだ…?」
「お前に決まっているだろう」
「なんでだ!?」
「お前が公演するんだからな」

 何て当たり前のことを聞くのだろう。

「じゃあ、おもしろかったとしよう」
「うむ」
「そのとき俺はいくら貰えるんだ…?」
「500円」

 男はあまりのうれしさにか口を開けたまま止まっている。
 …そうだよな、一週間分を一日で稼げるんだもんな。

「なんなんだこのハイリスクでローリターンな賭は…?」
「ローリたーん? お前、そんな趣味が…」
「まて、それはどんな聞き間違いだ!?」
「あっ、靖臣くんだ」

 そこに、身長約140cmの女の子がやってくる。

「待てかな坊!! こっちに来るな危険だっ!!」
「違うといっているだろう!!?」

 この140cmくらいの女の子は楠若菜(くすのき わかな)という。
 見た目からは想像がつかないが、歴とした高校生で俺のクラスメイトである。

「あっ! 靖臣さんがいる風味ですっ!!」

 今度は、鹿の縫いぐるみリュックを背負った145cmぐらいの少女がやってくる。

「待て子鹿!! こっちに来ると危険だっ!!」
「だから違うと言っているだろう!!?」
「大丈夫です! 愛には危険が付き物です! 今日こそは靖臣さんのハートをガッチリゲットする風味です」
「何度も言うが、俺は断じて危険ではない!!」

 この登場直後から俺にラブコールを送っているのは姉倉子鹿(あねくら こじか)。
 近所に住む歴とした小学生で、とある事件に巻き込まれた際に惚れられてしまった。
 毎日あの手この手で俺に告白をしてくるので少々困っている。

「靖臣くん、こんなところで何してるのかな? 何してるのかな?」
「見ての通りだ、わからないのか」

 かな坊は俺の頭の先からつま先まで視線を走らせる。

「…?」

 わからないらしい。
 ちなみに今の俺は七坂商店街と書かれたはっぴを着ている。
 初子がどこからか持ってきたもので、無理やり着せられた。
 この姿を見て俺が役員の仕事をしているとわからないのか?

「お前、馬鹿たれか。 俺がはっぴを着てるのに気づかんのか」
「う、うん、はっぴは分ったんだけど…」
「うん?」
「はっぴの下がどうして海水パンツだけなのかな?」

 よく見ると、確かに海パンとはっぴだけだった。
 というか、気づかなかったのか俺…?

「靖臣さんは、怪パン一枚で小鹿を襲う段取りを考えていた風味です」
「えっ、靖臣くん!? それってロリコンじゃないかな!? ロリコンじゃないかなっ!?」
「違う! それに同じこと2回繰り返して言うな!」
「…お前もロリコンじゃねぇかよ」

 取りあえず、後ろから聞こえた呟きに拳で答え黙らせる。

「今日は後ろで仮眠を取っている男の手伝いをしてんだよ。…なんで海パンなのかは俺もビックリだ」
「へぇ、靖臣さんはボランティア精神が旺盛風味です」
「それは褒めてるのか褒めてないのかわからないぞ…」

 ふと時計を見ると、開演時間が10分後に迫っていた。

「かな坊、小鹿、そろそろ準備をするからお前らは観客席に行ってくれ」
「うん、靖臣くん頑張ってね頑張ってね♪」
「靖臣さん、今日の公演がうまくいったら私の唇を奪わせてあげる風味です♪」

 二人の背中を見送り、男を起こす。

「おい、いつまで寝てるんだ」
「う、ああ、俺は寝ていたのか?」
「ああ、疲れがたまってたんだろう…休めたか?」
「…なんか首がいたいな」
「…寝違えたのか? だが今日の発表に影響はでないから大丈夫だろ?」
「ああ、それは心配しなくてもいい」

 首を回しながら男が立ち上がる。

「…おい、なんか客が増えてないか?」

 言われて会場を見渡すと確かに客が増えている。

「確かに、みんな楽しみにしているのだろうな」
「ああ、それはないわよ」

 そこで後ろから女に声を掛けられた。

「ん? 初子じゃないか」
「ほら、あそこの男の子泣いているでしょう?」

 初子の指差す方向では確かに小学2年生ぐらいの男の子が泣いていた。

「どうしたんだ、迷子か?」
「今日持ってきたお小遣いがパーになっちゃったんだって」

 初子が入場券を振りながら答える。

「初子、おまえ何をした?」
「いや、会場内に侵入したから無理矢理入場券を売りつけただけよ?」
「お前鬼か! いくらなんでも可愛そうだろ!?」
「この会場の3分の1は私が呼び寄せたのよ」
「なんてことだ…」

 ということは、ほとんどが初子につかまされた客ではないか。

「そんなことして大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、このチケットに責任者:新沢靖臣って書いといたから」
「…、それは大丈夫じゃねぇだろ!?」

 振り向いて怒鳴りつけると、すでに初子の姿はなかった。

「まもなく、さすらいの旅芸人による人形劇が始まります」

 初子はいつの間にかナレーション席に座っていた。

「…まぁともかく頑張ってくれな」
「あぁ、なんだかすごく緊張するが頑張ってみるか」

 男は人形を持たずにステージに上がっていった。




「さぁ、楽しい人形劇の始まりだ!」

 男がそういうと、舞台袖から人形がとことこ歩いてくる。
 人形は主人の足元までくるとペコリと挨拶をした。

「みなさん、これが今日の舞台の主役、黒光り形(くろびかりけい)ちゃんです」

 うむ、さすが俺が名づけただけあってすばらしい響きだ。

「わっ、なんだか変な名前じゃないかな? 変な名前じゃないかな?」
「あの人形術師はネーミングセンスが駄目駄目風味です」

 …あいつら、言いたい放題じゃねぇか。

「さぁ、今日は型ちゃんの初舞台ということで、初めての技もお見せします」

 男が説明しているそばでは、人形が手を振りながら会場を見渡している。

「まずは、型ちゃんに挨拶がてら一発芸を…」

 男の言葉に従い、順調に技を披露する人形。
 時々危うくなりながらも、懸命に体を動かす型ちゃんに観客は拍手を送る。
 そんな観客に手を振り答える型ちゃん。

「…流石おれが鍛えただけあるな」

 男の人形を操る技は昨日に比べ格段に良くなっていた。
 喋りながら人形を動かし、人形の動きには不自然さが少なくなっている。

「お前、結構すごい奴じゃないか…」

 靖臣は、その時初めて男の実力を認めた。

「さて、これが最後の演技だ」

 芸が細かいのか、型ちゃんは肩で息をしている。

「器械体操から決めポーズでフィニッシュ!」

 人形が走り出し、新体操の選手の如き技を見せる。

「そこでポーズ!」

 人形がピタッと止まり、ポーズを作る。

「おお、あれは俺が教えた『老人が感動でうち震えるポーズ』だ」

 会場を見渡すと、何人かの老人が震えている。

「う、うわっ!? おじいさんが引き付けを起こしてるんじゃないかな!?」
「あ、泡吹いている風味です!!」

 そして、型ちゃんがまた動き始める。
 鋭さを秘め、それでいて滑らかな動き。

「行け! フィニッシュ!!」

 タンッ、と一際高く跳んだ人形が着地と共にポーズを決める。

「うむ、あれは俺が教えた『子供が感動で動けなくなるポーズ』だ」

 会場を見渡すと、多数の子供が動きを止めて人形に魅入っている。

「う、うわっ!? この子立ったまま気絶してるんじゃないかな! 気絶してるんじゃないかな!?」
「………」
「うわ、うわっ子鹿ちゃんまで気絶してるんじゃないかな!?」
「く、くしゅ〜! 子鹿ちゃん!?」
「わっ、先生いたんですか!?」
「く、くしゅ〜!!?」

 すでに会場は感動の渦に巻き込まれ、大変な事になっていた。

「お前の実力、凄かったぜ」

 ステージの上の男に言葉を残し、靖臣は会場を後にした。
 もとい、逃げた。



 結局、入場料は全額返却となり人形劇は幕を閉じた。
 男は警察で事情聴取をうけ、一日囚人気分を味わったらしい。
 出所した男は、すぐに町をでるというので俺は見送りにきた。

「もう出ていくのか」

 バス停でたたずむ男に声を掛ける。

「ああ、ここでの公演は凄く経験になった」

 目をつむりながら呟く。

「俺の教えた奥義は、刺激が強すぎるからあまり使わない方がいい」
「安心しろ、二度と使わん!」

 カッと目を開いて男が噛みつく。
 いま、確かに目が光っていたぞ?

「まぁ、無難だな」
「ああ、無難だ」

 なんだか、男は怒っているらしい。
 もしかして、責任を一人に押しつけたのがまずかったのだろうか?

「まぁ、そんなにつんけんするなって」
「ふん」
「餞別をもってきてやったんだよ」
「食い物か!?」

 とたんに態度が変わりやがったぞオイ。

「ああ、オカズなんだが、主食は自分で捕獲してくれ」
「お米券じゃないだけマシだ」

 俺の渡した袋を開け、固まる男。

「なんだコレ?」
「かな坊と子鹿を写真に撮ったものだが」
「食えねぇだろ!?」
「お前のオカズに…」
「違うわボケっ!!」

 男は憤りながら写真をカバンに詰め込んだ。
 そこで、向こうからバスが来る。
 …ちょっと寂しいかも、な。

「そうだ、お前の名前聞いてなかったな」

 奴が今更ながら聞いてくる。

「そうだっけか? まぁいい、俺の名前は新沢靖臣だ」

 自慢げに言ってみる。

「そうか、新沢靖臣か」

 男はしみじみと呟いた。

「お前の名前はなんていうんだ?」
「俺か? 俺の名前は国崎往人(くにさき ゆきと)だ」

 男は荷物をまとめながら呟く。

「国崎…たしか夢で」
「ん?」
「いや、なんでもない」

 俺がわらいながらごまかすと国崎も笑った。

「新沢、世話になったな」

 ドアに足をかけ振り返りながら言う。

「こっちも面白かった、体に気を付けて稼げよ」
「ああ、じゃあな」

 バスの扉が閉まり、窓越しに見つめあう二人。
 …うえ。
 バスが発進し、だんだん遠ざかっていく。
 俺は、最後にこう叫んだ。

「ひゃっほーぃ! 国崎さいこぅ〜!」






                                   Fin



 こんにちは嶺次(りょうじ)ともうします。

 この小説が、私のネット初公開の一品です。
 いつもは読み手側だったので楽しいだけだったのですが、
 書き手側に回ると楽しさに大変が加わりますね(笑)

 内容についてですが、自分のレベルの低さを思い知らされました。
 もともと、いきなり長編を書くのは流石に愚かかな? と思って書き始めたのですが、
 予想外に長くなってしまい、文章も幼稚です。
 もっと練習して、うまく書けるように頑張ります。