学校が終わり、部活をしていない俺はすぐに学校を後にする。
自転車に乗りながら秋の空気を胸いっぱいに吸い込む。
暑かった夏が終わり、天高く馬肥ゆる秋の到来だ。
周りの木々も紅葉を始め、萌えるような緑から燃えるような赤に色を変える。
「秋になると空が高く感じるというが、本当だな」
しみじみと空を見ながら呟く。
そのとき、不意に感じる自転車への抵抗。
「ぴぎゃっ!」
自転車が急停止し、慣性で俺の体が前に飛ぶ。
だが、こんなところで傷を負うマッハ新沢ではない…はず。
「とうっ!」
掛け声と共に、空中で一回転。
「はっ!!」
さらに空中で一回転。
「とぅりゃっ!!!」
おまけに体を捻り、ロンダートぎみに回転。
「できるわけねぇだろ!?」
結局、俺は無様に土を体にぬりたくった。
痛みから解放され、原因を突き止めるべくオミクロン号の回収に向かうと朝の男が寝ていた。
何故か男特有の急所を押さえ、震えながら丸くなっている。
そしてその隣に転がるオミクロン号。
「これはいったい、どういうことだろうか?」
朝すずねぇに…された男。
その断末魔の叫びに気がついたら、自転車から離れて倒れていた。
その男が朝と同じ場所で一人寂しく震えている。
「…なにか、悲しいことでもあったのか?」
男の肩に触れながら話しかける。
男は俺の顔を見ると、一瞬笑顔になり、また震え始めた。
「これは、重症だな…」
仕方ないので、うつぶせに近い状態で腰を叩いてやる。
しばらくして男は大分落ち着いたのか、深呼吸をしている。
「す、すまない、気がついたら、猛烈な、痛みに、襲われていた」
息も絶え絶えという感じで男が話し出す。
立ち上がるも、内股になっている足が彼のコンディションを表している。
「…これでは今日の試合への出場は断念か」
「そ、そんな! 俺はまだ戦えます! …今やめたら、絶対に後悔するって分かってるんです!」
震えながら一生懸命に俺のボケに付き合う男。
付き合いが良いのか、痛みにやられているのか、どちらだろうか。
…おそらく後者であると断言する。
「とりあえず、大丈夫か?」
「あ、ああ。」
今度こそ大丈夫だろう。
俺は自転車を起こして立ち去ろうとした。
「ま、待て!」
男が性懲りもなくまたしがみ付く。
「ば、ばかっ! 離せっ!」
往きとは違い、下り坂でスピードがでる。
ズザザザザザッ! っと盛大な音を立てながら引きずられる男。
「っていうか、待て! 止めろ!!」
男が必死になって訴えかけるので、ブレーキを掛けることにした。
キキィィィィ!!
「ひぎゃぁぁぁ!」
男が後輪に突っ込んだ(らしい)声を上げる。
「大丈夫か?」
「っく、大丈夫なわけあるかっ!!」
今度は鳩尾を押さえながら立ち上がる黒服。
以外と丈夫にできているらしいな。
「すまんな、まさかこのマッハ新沢についてこれるとは思わなかった」
「…絶対にわざとやっただろう」
男の質問を丁重に聞き流して、質問をし直す。
「で、ここまでして、お前は俺に何を求める」
さすがに、この男の執着の仕方はオカシイ。
「あ、ああ、俺は大道芸をしながら旅をしているのだが、最近は路銀に困っている」
「金なら貸さん、じゃあな」
手を上げて去ろうとする。
「待て、金を貸せとは言っていない」
男が引き止める。
「じゃぁ、俺に何をしろというんだ」
「俺の芸に、アドバイスをしてもらいたい」
この男、今、俺にナンテイッタ?
(――――――芸に、アドバイスをしてもらいたい)
俺に、アドバイスをしてもらいたい。
「…ふっ、君はなかなか見所がいい」
「いきなり口調が変わったが大丈夫かオイ」
ついに、美術教師に『ムッシュ』といわしめたこの才能を開花させるときがきたのだな。
「まず、君の芸とやらを見せてもらおうかしら」
「何で女口調やねん」
黒服は渋々ながら人形を地面に置いた。
「さぁ、楽しい人形劇のはじまりだ」
男がそういうと、人形が独りでに起き上がり歩き始めた。
とことことこ。
とことことこ。
右に行ったり、左に行ったり、ただ歩くだけの人形。
「さぁ、物語はクライマックスだ!」
「てか早っ!?」
始まってから15秒余りでクライマックスってどうなんだ。
「きまるか? きまるか? 幻の空中3回転半捻り+α!!」
「+αってなんだよ!?」
でかい宣伝文句の割りに、1回転と捻りしかしていない。
おそらく、αには−2回転半が入るのだろう。
「どうだ、最高にエキサイトでヒーティングだったろ!?」
…こいつはこれで面白いと思っているのか?
「駄目だ、全くなってない」
「そ、そうなのか?」
「お前は俺の教えを何一つ理解していない」
「教わってないぞ?」
「貴様は破門だ!」
「なんでだ!?」
「…仕方ない、俺が一から叩き込んでやるか」
こいつには、芸人としての心構えができていない。
そこを教えてやるか。
「お前に足りないもの、新沢流人形術その一、危うさを取り入れろ」
日本には、カラクリと称される木材機械がある。
そのなかでカラクリ人形と呼ばれるものがあり、人々の目を楽しませる。
「カラクリ人形にはわざと失敗する仕掛けがあり、それは観客をハラハラさせる為の仕掛けだ。
ハラハラを乗り越えてカラクリを成し遂げた時、観客の反応はピークを迎える。」
「なるほど…」
「お前は自己満足をしている、お前の本来の目的は観客を喜ばせることだ」
「確かに、具体的に何をすればいいんだ?」
「そうだな…よし、お手本が来たぞ」
俺は向こうからちょうどよく歩ってくる小泉ひより先生を見つけた。
彼女は現在教育実習生としてうちの学校に来ているが、彼女のドジっぷりは目に見張るものがある。
「おーい、ひよせんせ〜!」
「くしゅっ? 新沢君?」
ひよ先生は俺の姿を見つけるとうれしそうに近づいてきた。
そして…。
「くしゅっっっ!?」
ビタン!っていう音がしそうなほどきれいにこけた。
「なぁ、あれのどこがお手本なんだ?」
「…しまった、はらはらする前に失敗してしまったではないか」
お手本にひよ先生を選んだのは誤算だったらしい。
「くしゅ〜、先生、転んじゃいましたよ〜」
「いい大人が転んだぐらいで泣くな」
誤算な上に、面倒だった。
「で、新沢君。 先生に何のようですか?」
「おまえもう用済みだ、帰れ」
となりの男がギョッとしてこっちを見る。
「く、くしゅ〜!!」
「あ、泣きダッシュ」
ひよ先生は泣きながら走っていってしまった。
すずねぇがいたら俺は折檻されているな。
「お、おい、さっきのは良かったのか?」
「ああ、気にするな・・・あの人はいつもあんなんだからな」
おまえ、意外と酷い奴だなといいながら男が人形を手に取る。
「まぁお手本は失敗だったが、俺が教えてやろう」
「・・・お手本を呼ぶ必要があったのか?」
それから三時間、俺はもてる限りの力を男に託し、知識を与えた。
男は俺の特訓に良くついてきたといえるだろう。
「よし、ここまでだ」
「はっ、はぁ、はぁ・・・! ありがとうございました」
男の呼吸の荒さが、訓練の激しさを物語っている。
「明日の午後、お前の技をこの町の人々に披露する」
「あ、あしたなのか!?」
さすがの男も性急な話に驚いたらしい。
俺もびっくりだしな。
「練習を見学に来た女がいただろ?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
練習中に来た女。
眼鏡の癖っ毛持ちで、類い希な巨乳の持ち主。
「あいつはな、俺のクラスメートで尼子崎初子(あまこざき ういこ)というんだ」
「その尼子崎さんがどうした」
「なんでも、明日の広告をつくりビラを配っているらしい」
「なんだと!?」
初子は、悪い意味でムードメーカーだ。
自分がおもしろいと思ったことに周りを巻き込んで無茶をする。
明日の人形ショーを無理矢理に手がけたのも初子である。
「お、おい、心の準備ができていないぞ?」
「大丈夫だ」
男の目を見ていってやる。
「失敗したら、だれよりも早く笑ってやる」
「なんの心配をしてるんだ!?」
「まぁ、俺が鍛えたんだしそうそう失敗はしないだろう」
「だといいんだがな・・・」